男子二人が奇声をあげてから数分後。邪魔をしてくる使徒をATフィールドで弾き返したりしながら何とか作戦会議を終えた四人は、オーバー・ザ・レインボーの甲板で奇妙なフォーメーションをとっていた。片手に錨の先端、もう片方の手に両刃のプログナイフを装備した弐号機が船首に仁王立ちし、その真後ろで腰に錨から延びる鎖を腰に巻き付けた4号機がクラウチングスタートの姿勢で構えているのだ。
端から見ればかなり意味不明な格好だが、これはこれでしっかりと意味があるのである。
他に異様な点を挙げるとすればオーバー・ザ・レインボーの後方にいる戦艦の主砲が明らかにオーバー・ザ・レインボーの甲板へと照準を合わせていることだが、それも作戦の内である。
そんな、あからさまな罠であっても、知恵のない使徒には有効なものらしい。
『目標、前方より接近!! 二機のエヴァが狙いだと思われます!!』
ブリッジの中から響く警告は、作戦通りに使徒が接近していることを示しているのだから。
その大顎でもって弐号機を喰らわんと迫る使徒。その口内にコアを発見したアスカは、作戦が予想よりスムーズに進みそうだと笑みを浮かべながら渾身の力で錨を使徒の口内、即ち喉の奥へと叩き込んだ。
「ギュァアアアアォォォッッッ!?」
「うわ、喧しいわねコイツ」
そんな事を言いながらもしっかりとATフィールドで使徒の巨体をしっかりと受け止めるアスカは、ウェポンラックから『弐号機のプログナイフ』を取り出し、錨を投げたことで自由になった手に装備。その直後にATフィールドを解除して使徒の口内、その下顎部分に両腕のナイフを突き立て、使徒を甲板に磔にする。
「良し!! やっぱり中身は柔らかいわ!! フォース、今よ!!」
そういって叫ぶアスカと同時に、今度は四号機が動いた、というか、走った。
想像して欲しい、尋常でなく鋭い両刃のナイフが刺さった事で固定された物体を無理やり引っ張ればどうなるのか
答えは、馬鹿でも分かるだろう。
「「裂けろぉぉぉっっっ!!」」
咆哮しながら全力で使徒を引きずるカヲルと、同じく咆哮しながら全力でナイフを固定し続けるアスカ。
その攻撃でオーバー・ザ・レインボーの甲板に横倒しで乗り上げた使徒。そのバックリと裂けた下顎はダラリとぶら下がり、もはや使い物にならないだろう。そして、その結果として、上顎内部のコアが見事にさらけ出されている。
それを確認し、ミサト達に合図を送るのは各エヴァに分乗していた碇姉弟。
その合図を受け取ったクラウザー少将は自身も手近な手すりに掴まりながら号令を放つ。
「総員、衝撃に備えろ!!」
その言葉の数秒後、オーバー・ザ・レインボーの甲板に、後方から艦砲射撃が撃ち込まれたのだった。
--------
オーバー・ザ・レインボー小破、重巡洋艦キーロフなどの巡洋艦、三隻は自沈、或いは撃沈。幸い死者は居ないが、複雑骨折などの重傷者が12名、軽傷者は36名。戦果は使徒の撃破、及び頭部が吹き飛んだとはいえ使徒の死体を確保。
これが、今回の戦績である。
アスカとカヲルはこれが初の使徒戦であることを考えれば、上々の戦果であると言えるものであり、死者も居ないことから太平洋艦隊としても悪くない結果だ。戦艦はネルフに弁償させれば良いが、人が死んでしまえばどうしようもないので当然であろう。
そんな中、アスカとカヲル、そして碇姉弟は現在、オーバー・ザ・レインボー内のカヲルに割り当てられた部屋に集まっていた。
「と、いうわけで、今回の祝勝会するわよ」
「いや、ラングレーさん、何故僕の部屋なんだい?」
「私の部屋がさっきの爆発でぶっ飛んだからよ。文句ある?」
「なら仕方ないか。……しかし、使徒戦は案外大変なんだね、シンジ君達はいつもアレと戦っていたのかい?」
「まぁ、そうなるかな。……でも、今回の使徒はだいぶマシだと思うよ? 結局ATフィールドも無かったし、ビームも撃ってこないし」
「ビームねぇ? そう言えば、サードとファーストに訊きたいんだけど、今までで最強の使徒の能力ってどんな感じだったの?」
「うーん、荷電粒子砲と破壊光線とレーザーウィップとパイルバンカーとドリルを装備してて、肉眼で見えるレベルのATフィールドを展開できて、水陸両用で、人並みの知能を持った使徒、かな」
「……ファースト、サードの言ってることってマジなの?」
「本当よ。……それと、私は綾波レイ。任務中以外は名前で呼んで欲しい」
「あ、ゴメン。じゃあ私もアスカで良いわ。私はファーストをレイ、サードをシンジ、フォースをカヲルって呼ぶから。…………で、話は戻るけど、どうやって倒したのよそんな化け物」
「……?」
「いや、そこで首傾げないでよレイ」
ちょっと困ったような表情でコテンと首を傾げるレイに、ツッコむアスカ。持ち込んだポテチをかじる姿は到底軍人とは思えない普通の女の子であり、そのギャップもまた惣流・アスカ・ラングレーという少女の魅力なのだろう。
そんな彼女と自分の姉のじゃれ合いをボーっと眺めていたシンジは、カヲルに紙コップに注いだコーラを渡されてハッと現実に戻った。
「シンジ君、大丈夫かい? 慣れない四号機で疲れたのかな?」
「あ、いや、ありがとうカヲル君。大丈夫だよ」
「そうか、そう言うなら大丈夫なんだろうけど、気分が悪くなったらいつでも言って欲しい。……で、大丈夫なら訊きたいんだけど、結局、その無敵の使徒をどうやって倒したんだい?」
興味津々と言った様子で問うカヲルと、レイから聞き出すのを諦めたらしいアスカが、シンジに詰め寄る。そんな中、シンジは苦笑と共に返答した。
「いや、倒せてないよ」
「「は?」」
何言ってるんだコイツ、というような目でシンジを見詰めるカヲルとアスカ。その姿にシンジはちょっと気圧されながらも、過去最強の使徒である『第三使徒サキエル』について語るのだった。
--------
「ふーん、変な使徒も居るもんねぇ。死にたくないからネルフに協力して大人しくしてるってのは賢い証拠なのかもしれないけどさ」
「僕は俄然その使徒に会ってみたくなってきたよシンジ君」
さて、説明開始から五分後。アスカは考え込み、カヲルは興味津々な様子でニコニコと笑っている。シンジの説明はサキエルとの触れ合いなどを省いたダイジェスト版だがそれでも充分に二人の興味を引いたらしい。
「あはは、第三新東京市についたら幾らでも会えるよ。ねぇ、姉さん」
「ええ。私達も毎日会ってるもの」
「そうか、なら、この船が早く日本に着くように祈らないとね」
「祈った所で、到着予定時刻は夜の11時よ?」
「聖書曰く、信じるものは救われるらしいよ?」
「……渚君。意味が違うわ」
「あんまりバカ言ってるとバカヲルって呼ぶわよ?」
「それは可哀想だよ、アスカ」
「ははは、シンジ君は優しいね。まぁ、僕もバカ扱いは嫌だけれど」
相変わらずのおとぼけを繰り出すカヲルに、ツッコむレイと追撃するアスカ、フォローするシンジ。
船上で打ち解けた四人を乗せて、オーバー・ザ・レインボーは夕暮れの海を進むのだった。