我思う、故に我有り   作:黒山羊

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目から鼻へ抜ける

 芦ノ湖の湖底。

 

 3ヶ月近い生活の中でサキエルの住処としてゴミ一つ無く掃除されているその場所。そこでサキエルは頭を回転させていた。

 彼が何を悩んでいるのかというと、昨日通信した『アスカ』という少女の事である。

 

「弐号機と言っていたし、まず間違い無く新しいエヴァが配備されるだろうな。……そして、最近のニュースであるバチカン条約の改訂。……これらから察するに、追加されるエヴァは二体以上か」

 

 テキパキと思考を纏めながら、彼は情報を整理していく。

 

 

「惣流・アスカ・ラングレー大尉と彼女は名乗っていた。と言うことは、軍役経験があり、ハーフ、或いはクォーター。だが、英単語の発音にドイツ訛りが見られる事から、ドイツ、日本、英語圏のクォーターと見るのが妥当か? フルネームでネット検索……。む、この大学の一昨年の卒業論文……まさか、大卒なのか?」

 

 声の感じからするに、レイとさほど代わらぬ年齢であると予測される以上、途轍もない才女であると認めざるをえないだろう。その上、大尉である。

 

 

 尉官、と言えば一般には馴染みがないだろう。アニメなどでもイマイチ活躍の場がないので仕方ないと言えば仕方ない。

 

 が、その意味を知る人物からすればアスカの『大尉』という肩書きは驚異的である。

 

 何しろ、大尉ともなれば陸軍では中隊、海軍では分隊、空軍で言えば戦闘機小隊のリーダーにあたる役職である。それほどのセンスを持つ14歳の軍人と言えば、サキエルが『ルーデル大佐の転生体か?』などと馬鹿なことを考えるのも仕方ないだろう。

 

 下手をすれば三歳児がマサチューセッツ国立工科大学を主席卒業する方が簡単である。なにせ、大学卒業に責任は伴わないが、大尉という職業には責任と部下の命がかかっているのだから。

 

「ネルフも本気で私の殲滅を視野に入れてきたか? ……いや、強いて言うならネルフの上位組織だな。ネルフ自体は私を下手に攻撃するデメリットが多すぎると判断しているはずだ。……まぁ、攻撃の可能性がある以上対策はすべきだが」

 

 サキエルはそう呟いて、いざという時の対策を練り始める。

 

 サキエルはエヴァと同じく汎用性の高い使徒だ。仕込み武器はサキエルの方が豊富に持っているが、基本である肉体のコンセプトは似たようなものである。

 

 ならば、その肉体をどれだけ使いこなせるかが勝敗に関わるだろう。

 

 となれば早速、少年マンガよろしく修行と行きたいところだが、生憎サキエルが自由に運動できる場所はない。そして、使徒なので運動しても筋肉は付かない。使徒の肉体はイメージで構成されているため、極端な話筋肉を付けるには『マッチョにな~れ!』と願うしかない。

 

 ならば修行以外でどうやって経験を積むべきかと首を捻るサキエル。

 

 

 

 彼が、非常に非人道的、というか傍迷惑なトレーニング方法を考え出したのは、それから二十分後の事だった。

 

 

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 ネルフの諜報部、と言うのは大まかに三つに分けられる。施設内の防諜を行う特殊警備課、スパイ活動を行う諜報課、そしていわゆるSPに似た役割の警護課である。

 

 その内、サキエルを監視しているのは警護課の職員達であった。

 

 さてサキエルが閃いてから少し後。

 

 そんな警護課の皆さんは割とピンチだった。

 

「山田が、山田が捕まった!!」

「本部に要請を……グァァァァッ!?」

 

「田中ァ!? ……くそ、こんな事になるなんて。だが、本部への連絡は俺が……ウワァァァァッッ!?」

 

 警護課の黒服メンバーが次々と捕縛され瞬く間に壊滅。サキエルの伸縮自在な『顎』によって『喰われた』のだ。

 

 そんなパニックホラーの様な状況は、ネルフには残念ながら伝わっていない。

 

 監視カメラには平凡な芦ノ湖の様子がサキエルの小細工によって映し出されており、ネルフが事態を感知するには警護課からの通信しかない。だが、十分毎の定時連絡は先程行ったばかりだった。

 

 

 そして極めつけと言えば、警護課の皆さんはサキエルに喰われてから数秒もせぬ内に無事に元の場所に戻って居たことである。

 

 各員がしっかりと自身の配置の場所に立っており、衣服に乱れもない。

 

 なのに、喰われた記憶は全員共通に存在する。

 

 薄ら寒いモノを感じた彼等が交代要員を要請して病院の精神科に行ったのはそれからすぐの事だった。

 

 

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 さて、視点は戻り、サキエルは一仕事終えた後の何とも言えない気分を味わっていた。

 

 

 先程の諜報部の皆さんが体験したことは集団幻覚などの類では勿論無い。にも関わらずサキエルに飲み込まれた彼等が無事だったのはひとえにサキエルの『顎』の仕組みにあった。

 

 サキエルの顎の内部は、実はサキエルの体内には全く繋がっていないのである。

 

 と、言えば『お前は何を言っているんだ?』と問い返されるに決まっているだろう。まぁ、詳しい説明をすれば時間が幾らあっても足りないのだが、サキエルの『顎』の内側には『ディラックの海』と呼ばれる空間が広がっている。ほぼあらゆる使徒が保有するこの空間は言わば四次元ポケットの様なもの。サキエルはその空間を胃袋代わりに使い、内部にある物質をスキャンして自分の肉体にフィードバックしていた。

 故に、シャムシエルとラミエルの死骸、ラミエル戦で芦ノ湖に浮かんでいた魚の死体の山、ケンスケから貰ったパソコン、ミサトから貰ったスマホといった今まで食べた物体は全てそっくりそのままディラックの海に存在するのである。

 

 そして、サキエルが芦ノ湖を浄化した際に水だけを排出出来たように、取り出しも自由だ。

 

 

 そんなわけでサキエルは諜報部の皆さんを一瞬で取り込んで一瞬で解析して一瞬で吐き出すという荒業を行えたのだ。

 

 そしてその結果としてサキエルは、諜報部の皆さんの記憶を盗み出すことに成功していた。記憶の吸い出し自体は赤木ナオコ博士が提唱、開発した人格移植型コンピューターでも使用されている技術であるため、珍しいが不可能な事ではない。

 まぁ、記憶と一口に言ってもサキエルがコピーした記憶は『身体の動かし方』だけだったりするのだが。

 

 

「ふむ。空手、柔道、逮捕術辺りは普通として、システマ、フェアバーン・システム、クラヴ・マガなどもあるのか。……情報的には理解したとは言え流石に身体に馴染ませたいな。ぶっつけ本番は私の趣味ではないし」

 

 どこか広い場所など無かろうか、と考えるサキエルは、ふとある場所を思い出す。

「空き地ならあるな。……どうやって行くかが問題だが。…………ふむ」

 

 何かを思い付いたらしいサキエルは、許可をとるべくメールを送信してからある能力を引き出すべくシャムシエルとラミエルの死骸を再び解析する。

 

 

 それからしばらく後。二体の使徒の死骸から手に入れたその能力でもって、サキエルは移動を開始したのだった。

 

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 サキエルの監視をしていた諜報部が病院行きになった、という情報はリツコに嫌な予感を抱かせるに十分なものだった

 

 何が、とは言わないが、あの使徒が人間の常識を気にする事は基本的にはあり得ないのだ。学習行為によってある程度の常識は身に付けているが、それに拘ることはないだろう。

 

 そもそも、マナー、礼儀、常識といったモノは綺麗事で言えば『相手への思いやり』だが、実際は『自身の防衛』の為のモノである。

 

 

 相手が殴れば此方も殴るという相互非破壊保証の前に成り立つ『抑止力』とも言えるだろうか。

 

 その点、サキエルはそんなモノを気にする必要がない。使徒の肉体を以てすれば国の一つや二つ、十や二十は軽く殲滅できるのだ。

 

 故に、人間がサキエルの顔色を伺うことは必要だが、サキエルに人間の顔色を伺う必要はない。

 

 にもかかわらずサキエルとネルフの間に仮初めとは言え『最低限の筋』が通っているのは、サキエルがシンジやレイといったネルフのエヴァパイロットを『可愛がっている』からに過ぎない。シンジやレイはサキエルからみれば足元にすり寄ってくる愛らしい子猫や子犬。特殊性癖でも無い限り自分が可愛がっている犬や猫を殺したいモノは居ない。

 そして、シンジやレイのついでに、ネルフはお目こぼしに与っているわけだ。

 

 シンジ達を護衛する諜報部の人員が当初の十倍に増員され、挙げ句に衛星一つを借り切ってGPSで常時追跡している、と言えばネルフがシンジやレイの安全を如何に気にしているかが伺える事だろう。

 

 

 さて、話を戻そう。

 

 

 

 結果から言えばリツコの嫌な予感は的中した。サキエルから送られて来たメールに書かれていた手短な文章は、大凡リツコの予想通りの内容であった。

 

『身体を動かしたいので、N2で消し飛んだ強羅地区に遊びに行って来ます』

 

 それと同時に芦ノ湖や街のカメラに映し出されるのはシャムシエルやラミエルの様に浮遊しながら、空中を泳ぐようにして強羅地区を目指すサキエル。

 

 自由自在に宙を泳ぐサキエルを、第三新東京市の市民達は呆然とした表情で見上げている。子供達は「怪獣が飛んでる!!」と大喜びだが、大人としてはそんなに無邪気にはなれない。

 

 唯一救いがあるとすれば、先日のサキエル散歩事件によってその存在は市内に知れ渡っているために、パニックは何とか抑えられている、と言うことぐらいだろうか。

 

「……先輩、アレ、どうしましょう?」

 

 不幸な事に司令は国連の会議に出席し、副司令は第二新東京市で仕事中。ミサト率いるチルドレン達は第三新東京市のオリエンテーションの真っ最中。

 

 

 そんな中で指示を出せる唯一の人員であるリツコにマヤが問いかけるのは仕方のないことである。

 

 そして、その問いかけにリツコが冷静に問いかけるには、少々感情が高ぶりすぎている。加えたタバコに火を点し、一服してから漸く落ち着いたリツコは、発令所から職員全員に呼び掛けた。

 

「総員、第二種警戒配置。第三使徒サキエルの監視にあたりなさい」

 

 第三新東京市を通り過ぎ、強羅地区へと漂っていく使徒の姿をモニター越しに見つめるリツコの背中は、なんだか煤けていた。

 


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