我思う、故に我有り   作:黒山羊

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久々に投下。


歯に衣着せぬ

 芦ノ湖。

 

 先日の外出騒ぎで監視を限界まで強化されたサキエルの前に、子供が四人。

 

 お察しの通りエヴァのパイロットであるチルドレン四人組が新入りの顔合わせにやってきたのである。

 

 プカプカと浮かぶサキエル、にこやかなシンジ、微笑んでいるレイ、ニヤニヤとチェシャ猫の様に笑うカヲル、引きつった表情のアスカ。しばらく無言で見つめ合っていた五人の中で最初に口を開いたのは、一応精神的には一番大人であると思われるサキエルであった。

 

「初めまして。私は第三使徒サキエル。故あって芦ノ湖で暮らしている。その関係でネルフとは協力関係にあるので仲良くして貰えれば幸いだ。お近付きの印と言っては何だが、コレを受け取ってくれたまえ、アスカ君とタブ……カヲル君。お口に合うかは分からないが、四人で仲良く食べてくれたまえ」

 

 そう言ってサキエルが爪の先に乗せて差し出したのは『芦ノ湖使徒饅頭』と書かれた包装紙に包まれたお饅頭の紙箱。

 

 サキエルの仮面の形をした饅頭にカスタード、こしあん、抹茶あん、桜あんの四パターンのあんが入っており、各四個ずつの計十六個入り。鯛焼きに似た生地で作られている為、レンジで加熱すればさらに美味しくお楽しみ頂ける一品である。

 

 それを受け取ったのは、余り驚いていない様子のカヲル。その横で呆気に取られているアスカを尻目に早速環境に適応したらしい。

 

「ありがとう、美味しそうなお饅頭だね。食べてみたいって事さ。……と、いう訳で開けても良いかな?」

「ああ、構わないよ」

 

 その返答に気を良くしたらしいカヲルが器用に包装紙のセロテープを剥がし、饅頭を一人四個ずつに分配し始めた事で漸くアスカも思考を取り戻した。

 

 

 下手に常識がある分、E.T.紛いの未知との遭遇に固まってしまっていたようである。

 

「……本当に、使徒が喋ってるわね」

「おや? アスカ君とは既に話した事があったはずだが……?」

「え!? 私、使徒の知り合いなんて居ないわよ!?」

「おやおや、ガギエル戦でのアドバイスをもう忘れてしまったのかね? それとも、電話越しとは声が違うのかな?」

 

 そう言ってわざとらしく肩を竦めてみせるサキエルに、アスカは彼の正体に漸く思い至ったらしく素っ頓狂な叫び声を上げる。

 

「まさか、サッキーってあんたなのっ!?」

「その通り。……ミサキ君が私の事を使徒の専門家、と言うのも頷けるだろう?」

 

 専門家も何も、本人が使徒なので使徒に詳しいのは当たり前である。

 

「……なんか、怖がってた私が馬鹿みたいね」

「人畜無害な私に対して酷い評価だね」

「人畜無害には見えないわよ、普通」

「そうかね? ……レイ君、シンジ君、お饅頭を食べているところに大変申し訳ないが、私の印象を述べてくれたまえ」

「……サッキーは、お兄ちゃんよ」

「うーん、僕はむしろお姉さんっぽく感じたけどなぁ」

 

 モシャモシャと饅頭を頬張りながら回答するシンジとレイ。性別不明な独特の声で喋るサキエルは、確かに女性とも男性とも取れる雰囲気を放っている。それを見積もって考えれば、頼れる年長者、と言うのがサキエルの評価になるのだろう。

 

「……まぁ、もう突っ込まない事にするわ。……改めて、私は惣流・アスカ・ラングレー。これからよろしく、サキエル」

「切り替えが早いのは素晴らしいね。……此方こそよろしく、アスカ君」

 

 差し出された黒く巨大な手と、白く細い腕。

 

 異種族間で交わされたその握手は、今後の未来をねじ曲げる兆しとなる。

 

 

 その影響は、既に、見えない場所に現れていた。

 

 

--------

 

 

 さて、ネルフによる『子は鎹』作戦が芦ノ湖で進行する中、その上位組織の敬老会、もとい『ゼーレ』の皆さんは皺だらけの面を突き合わせて悩みに悩んでいた。

 

 その原因は、言わずもがなサキエルである。

 

 

「第三使徒の生存……シナリオに与えるズレは計り知れん」

「左様。タブリスを送り込んだのは早計だったか」

「……冷静に考えれば死海文書の解読は不十分なのだ。もしや、第三使徒が生き残るのは予言通りなのではないか?」

「…………どういう意味だ?」

「……死海文書に拠れば、『第三使徒、来る、リリス、エヴァ、殲滅』とあった。これを、我々は『エヴァによって第三使徒を殲滅』と読み取ったのだが、実は『第三使徒によってエヴァを殲滅』だったのではないかとな。……まぁ、何の根拠もない推察だ、気にしないでくれ」

 

 何やら死海文書の考察にすら話題が及ぶ程には混乱しているらしいゼーレの皆さん。その混乱を更に加速させたのは、次の瞬間届いたメールだった。

 

『サキエルに接触したよ。彼は実に強力無比だね、僕じゃ荷が重いって事さ。と言うか、ぶっちゃけ今後の使徒全部彼に任せて良いぐらいだよ。--タブリスより。--P.S. 彼は僕をタブリスと呼ぼうとしたよ。バレたって事さ』

 

 何やら他人事な口調でとんでも無い事を言ってくれやがったタブリス--渚カヲル君。

 

 そうかー、バレちゃったかー、仕方ないなー。等とあまりの不利に放心状態と化す老人会の皆さん。そのままお迎えが来ても違和感ない状態の彼らを現実へと引き戻したのはいち早く現実へと帰還したキール議長のありがたいお言葉だった。

 

「タブリスの正体が見破られるのは想定の範囲内だ。奴は第三使徒に対する楔になればそれで良い。奴の意識がタブリスに集中すればするほど此方が付け入る隙が生まれるのだ」

 

 そう言ってバイザーをキラーンと光らせるキール議長のカリスマ発言にどうにか勝機を見いだしたゼーレの皆さんはなんとか全員が三途の川の畔から帰還する。

 

 そうしてどうにか落ち着いた彼等は「全てはゼーレのシナリオ通りに」という合い言葉と共に消え去っていく。

 

 その中で、最後まで残っていたキール議長は、なんとか今回も死者を出さずに済んだとホッとしながら帰還する。

 

 世界最強の老人会、ゼーレ。

 

 

 そのトップを苦しめているのはサキエルの戦闘力ではなく、彼から仕掛けられるドッキリによってポックリ逝ってしまう事への恐怖であった。

 

 

--------

 

 さて、視点は再び芦ノ湖へ戻る。其処では現在、流石に老人会の皆さんも予想出来なかった事態が発生していた。

 

 と、いうのも彼らの考えに全く関係なかった要素である「碇シンジ」が原因であった。饅頭を食いながら何やら考えていた彼は、何かを閃いたようにポンとと手を打つと、サキエルに防音のATフィールドを張って貰うやいなや、とんでも無い事を口走ったのだ。

 

 

 曰わく「ねぇサッキー、初号機のコアに取り込まれたのは僕の母さんだけど、弐号機と四号機のコアには誰が取り込まれてるの?」と。

 

 防音を考えたあたりネルフに知られるとマズいのは感づいていたらしいが、この場にいる二人に対する警戒を怠っているその発言。どう考えても失言以外の何物でもないそれは、しかしサキエルが高速思考の末にはじき出した回答によって、シンジに向かうはずだった疑惑の目をネルフへと向けさせるセリフとなる。

 

「成る程、前回私が教えた事から考えたわけだね。ユイさんには逢えたかな?」

「まだ姿は見てないけど、会話っぽいのはしたよ」

「そうか。……では質問の回答だが、恐らく二号機にはアスカ君の母親が喰われているだろうね。カヲル君……というかタブリスに関しては、使徒だからエヴァに人間を喰わせなくても問題ない。アダムベースのエヴァなら私達は素体に直接シンクロできるからね」

 

 先程のシンジの発言を手榴弾クラスの爆弾発言とするならば、サキエルの発言はセカンドインパクトクラスの爆発力を以て新入りチルドレンの脳髄を直撃した。

 

 

 かたや、母親がエヴァに喰われたなどという剣呑な発言にフリーズするアスカ。

 

 かたや、盛大にネタバレされて冷や汗を垂れ流しまくるカヲル。

 

 どちらもしばらく硬直する中で、先に復活したのはカヲルだった。

 

「……いきなり人を使徒と断定するのは良くないと思うよ」

「いや、私は自分の弟の見分けもつかないほど馬鹿ではないぞタブリス。……大丈夫だ、シンジ君もレイ君も奇特な子だから使徒に偏見はないさ」

 

 そう言ってサキエルが指差す先では「カヲル君も使徒なんだね」「そうね」などとほのぼのとしている碇兄弟。

 

 

 天然というか、お気楽というか、危機感が足りない会話を続ける二人に、カヲルは先程とは別の意味で冷や汗をかく。

 

「…………サキエル、あの二人の心はガラスのように透明だね」

「母親に似たんじゃないか? 後で初号機を見に行けば分かると思うが、ユイさんもやたらほのぼのしているぞ」

「……リリンの遺伝とは凄まじいものだね。驚愕に値するよ。……心臓が幾つあっても足りないって事さ」

 

 そんな事を言いながら苦笑するカヲル。バレるのは覚悟していたが、シンジとレイの反応があまりにお気楽だったため気が抜けたというような表情である。

 

 そんな中、フリーズしていたアスカが怒りと共に復活した。

 

「ちょっと! ママがエヴァに喰われたってどういう事よ!!」

「そのままの意味だが? エヴァを人間が動かす為には肉親をエヴァに喰わせる必要があるのだよ。例えば、シンジ君とレイ君の場合、母親である碇ユイ博士がエヴァに喰われている。エヴァとのシンクロに愛情を司るA10神経が用いられるのはこの喰われた肉親がエヴァの中でパイロットを守ろうと働きかけるからだね。そして、エヴァのパイロットが子供なのは親から自立してしまうとシンクロ出来なくなるからだ。シンクロ率をマザコン率、或いはファザコン率と言い換えてもあながち間違いではない。……要するに、シンジ君は甘えん坊だからシンクロ率が高いのだよ。ちなみに、エヴァに喰われると発狂するか肉体ごと消滅するかのどちらかになるね」

「ッ!? ………………ちょっとシンジ、レイ、コイツが言ってることマジなの?」

 

 あまりに淡々と説明するサキエルにアスカは自分だけ熱くなっているのを自覚したのか、軍隊で鍛えた鋼の精神力でもってどうにか冷静さを取り戻し、シンジとレイに確認の言葉を投げる。

 

 その問いにレイとシンジが頷くのを見た瞬間、アスカは静かな絶望をその可愛らしい顔に浮かべた。彼女の頭脳は非常に優秀であり、それ故にサキエルの説明に破綻がないことを理解してしまったのだ。

 

 だが、その絶望の表情は、サキエルの次なる。

 

「まぁ、アスカ君が母親に会いたいと言うならばサルベージする事は可能だが、代わりにアスカ君がエヴァに乗れなくなるね」

 母親の死の真相をいきなり知らされて混乱している所に差し出された甘い誘惑は、アスカの精神を見事に誘導し、彼女がサキエルに縋るように思考を向けさせる。

 

 真実に絶望させて、其処から一気に救い上げるというのは実に詐欺師じみた話術だが、サキエルはアスカを詐欺に掛けたところで一銭の得にもならない。ただ、アスカの堅く脆い精神を彼女のATフィールドの様子から読み取り、その精神に大打撃を与えるように会話を運んだだけである。

 

 そんな弱点に必殺技をクリティカルヒットされたアスカはサキエルの思惑通りにサキエルへと縋る。

 

 そんな彼女にサキエルが提案したのは、アスカの精神を以てしても抗い難い悪魔の契約だった。

 

 

 


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