我思う、故に我有り   作:黒山羊

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同じ釜の飯を食う

 学校から帰ってきたら家がなかった。

 

 碇シンジ少年を襲った怪現象はその一文で表現できる。

 

 だが、別に彼が住んでいるコンフォート17がサキエルのうっかりで壊れたとか、チルドレンを狙ったテロで消し飛んだというわけではない。

 

 ただ、『行って来ます』と朝出た部屋に帰ってきたらもぬけの殻だっただけである。

 

 いや、むしろマンションが無事であるにも関わらず彼の住居が消滅しているというのは質の悪い悪夢の様ではないか。

 

 当然、彼は混乱した。だが、彼の保護者である筈の葛城ミサトとは連絡が取れず、部屋の番号を見たところで彼の住居であるのは間違い無い。

 

 ならばコレは夢なのだ。夢なら醒めろと半狂乱で鋼鉄製のドアにヘッドバットしようとしたシンジのスピードの乗った頭は、しかしドアには当たらない。

 

 ベシッという音共に何やらドアよりは明らかに柔らかい物へと衝突したおでこを見れば、其処にはスーツと黒ネクタイ。

 

 どうやらそれが横から割り込んで来たネルフ保安部の黒服さんであり、シンジ少年のヘッドバットを彼がその鍛えられた大胸筋で受け止めた様だと理解したシンジは、藁にも縋る思いで彼に問い掛ける。

 

 『僕の部屋は何処に消えたんですか』と。

 

 

 そして真実を教えられた彼は、再びヘッドバットを敢行する。

 

 そう、連絡を怠った保護者、葛城ミサトの頭に向けて。

 

 

--------

 

 

「あうぅ……シンちゃんって意外と石頭なのね…………」

 

 そう言って頭を押さえて悶えるのは、先程も説明した通り、葛城ミサト。椅子に座った状態で背後から受けた全力の頭突きはつむじにクリーンヒットしたらしく、頭にしっかり出来たタンコブが痛々しい。

 

 だが、今回ばかりは彼女が悪い、というのはミサト本人を含め、この場にいる全員の総意だった。

 

 

「……帰宅したら家がなかった挙げ句、その原因がミサトさんの連絡忘れなんですから、自業自得ですよ。……僕の知らない間にこんな事になってたなんて」

 

 珍しくプンスカと怒っているシンジだが、そのおでこには濡れタオルがあるためイマイチ迫力がない。まぁ、タオルがなかったところで迫力満点とは言い難いが。

 

 だがまぁ、シンジの怒りはミサトにしてもごもっともだと思うのだ。最近チルドレンの転属手続きやら兵装ビルの改装やらで忙殺されていたとはいえ、一言声をかける余裕は充分にあったのである。

 

 故に、ミサトも痛みがある程度引くと同時に、タンコブの付いた頭を下げて平謝りしているのだ。

 

「本当にごめんなさい……」

「……普通、引っ越しを同居人に伝え忘れますか?」

「大変反省しております……」

「その上、チルドレン全員同居なんて聞いてないですよ!!」

 

 頬を膨らませて『僕、怒ってます』と全身で表現するシンジと、平謝りを続行するミサト。

 

 子供に説教される大人というのは実に情けないが、その光景が妙にしっくりとくるのは何故であろうか。

 

 そんな事を考えつつシンジの激昂を遠巻きに眺めているのは先程チラリと話題に出たチルドレンの皆さんである。

 

 

 此処まで言えばお分かり頂けるとは思うが、シンジ達が今居るのは慣れ親しんだコンフォート17ではなく、其処から程近い位置にある一軒家。

 

 要するに、シンジ達の新しい住居であった。

 

 と、いうのも保安部からの『チルドレンの分散は警備上宜しくない』という意見書と、作戦部からの『チルドレン同士の交流を密にすることでより高度な連携が可能となる』という旨を書いた上申書。

 

 そして技術部からの『一人暮らしは精神的にストレスが高く、シンクロ率に影響がある可能性が高い。根拠はアメリカでルームシェアをしていた渚カヲルと葛城一尉と同居している碇シンジのシンクロ率がずば抜けている事と、一人暮らしを長期間続けている綾波レイのシンクロ率がチルドレン中最低であることに拠る』というレポートが司令部に届いた結果、ネルフ内の三部署が提案して来た上に正論である、との判断が下された。

 

 そんなわけでミサトに『チルドレン四名の保護者に任命、それに伴う昇給』というありがたい辞令と『転居命令』が下されたのだ。

 

 それをシンジに伝え忘れていた、というのが今回の事件の要因である。

 

 

 閑話休題。

 

 

 さて、ミサトの平身低頭の平謝りによってどうにか溜飲を下げたらしいシンジが『今日はビール抜きですからね』という一言と共に夕食の調理を始め、ミサトが湿布を買いに出かけた頃、ようやく遠く、というかリビングの隅っこにいたチルドレン三人組はミサトが先程まで座っていたソファーの近くまでやってきてくつろぎ始めていた。

 

 この位置がテレビを観るのにベストなのだが、今の今までシンジが怒っていたため寄るに寄れなかったのである。

 

「……いやぁ、シンジ君は随分怒ってたいねぇ」

「ま、今回はミサトが悪いわね。……というか、私が聞いたのも今朝だったんだけど」

「……私も」

「…………二人とも良くそれで引っ越す気になったね。普通、女の子は男子と同居するのは嫌なんじゃないのかい?」

 

 そう言って肩を竦めるカヲルだが、視線はテレビに映る刑事ドラマに向けられている。今放送されているのは凸凹刑事コンビが出て来る『相方』というシリーズものである。どうやらカヲルはなかなかに気に入っているようだ。

 

 そんな、カヲルの適当な『質問』に同じく適当に返答したのはアスカだった。

 

「軍隊にいると男女一緒に塹壕の中で肩を寄せて隠れたりとか普通にあるのよ。それに、シンジは本職の軍人を襲える様なヤツじゃないし」

「酷い言い草だねぇ。……一番酷いのは意識すらされてない僕だけど」

「アンタは性欲無いでしょ。というか、今更だけど何で付いてんの?」

「……僕が忠実にリリンの肉体を模したからだよ。…………しかし、何というかリリンの女性が『性欲』とか『付いてる』とか言ってるのを見ると僕が密かに抱いていた女性観が崩れるね。聞かなきゃ良かったって事さ」

「あー、女性はおしとやか、みたいな女性幻想?」

「うん」

「そんな幻想、早めに捨てた方が良いわよ?」

 

 何やら苦笑するアスカと、ちょっぴり落ち込むカヲル、そして会話の内容がいまいち判っていないらしいレイ。

 

 そんな三人の元に、エプロンをつけたシンジがやってきた。

 

「ごめん、量が量だけに手伝って欲しいんだけど、料理作れる?」

「私は無理。レーションか基地の食堂で済ませてたから」

「……私もやったことがないわ」

「うーん、僕はある程度作れるけど、レシピによるね」

「今日はカレーライスだよ」

「なら大丈夫かな。僕が手伝うよ」

 

 そう言ってキッチンに向かうカヲルとシンジ。男子二人がキッチンに立って女子二人がテレビを見ている、というのは何やら違和感を感じないでもないが、実際の所中学生位の年齢層では男子の方が料理経験者が多いのである。

 

 女子は友達とランチやら何やらと集まって食事するのに対し、基本的に男子は家で食事する事が多い。加えて、男子というのは意外と何かをつくるのが好きな生き物で、かつ凝り性である。プラモやらガレージキットやらを見ればお分かり頂けるだろうか。料理で言うならば、キャンプなどで料理に張り切るヤツには男子が多い、というのが分かり易いだろう。

 そんなわけで、カヲルとシンジが料理が可能なのは何も特殊な事ではなかったりするのだ。カレーぐらいなら中二男子諸君なら全員作れると言っても過言ではないのだから。

 

 

--------

 

 

 さて、時計の針が一時間ほど進んだ午後六時三十分。帰ってきたミサトを含めた新生葛城家の面々は食卓を囲み男子製作のカレーを食していた。と言ってもただのカレーではなくフワフワのオムレツが乗ったオムカレーである。肉嫌いのレイに配慮しつつもタンパク質を摂取できるようにとシンジなりに考えたようだ。

 

 そんなカレーだが、各々が好みのアレンジを加えたためになかなか愉快なバリエーションになっている。

 

 レイはそのまま食べているようだが、シンジはウスターソースを掛けているし、アスカはトマトケチャップ、そしてカヲルは納豆となかなか個性的なトッピングである。

 

 カップヌードルにルーを入れたモノを嬉々として食べているミサトはある意味論外だが、味覚は人それぞれである。

 

 そんな個性的な食卓で、ふとシンジが何かに気付いたように話題を振った。

 

「そう言えば、家事の担当決めないとね」

「確かに、共同生活では担当訳は重要だねぇ。……とりあえず料理、洗濯、掃除の分担で良いんじゃないかな? あ、僕は料理担当で頼むよ」

「じゃ、アタシは掃除にするわ。片付けは得意だし」

 

 そう言うアスカだが、確かに彼女の片付け能力は凄い。何しろカヲル、シンジ、レイの三人の荷物を合わせたのとほぼ同量の荷物を持ち込んだにもかかわらず、彼女の部屋のサイズは他の三人と変わらないのだ。軍隊でバックパックに大量の装備を詰め込んでいた経験の賜物である。

 

 そんなわけでなし崩し的にレイが洗濯当番と相成った。ちなみにシンジは今まで通り「全部」を担当。ミサトは味覚音痴、片付け苦手、服を脱ぎ散らかすと三拍子揃ったズボラなので「買い物担当」という微妙なポジションに就任した。

 

 それぞれの向き不向きを考えれば妥当な判断であろう。なお、チルドレン四人はミサトがお嫁に行けるのかを割と真剣に心配していたりするのだが、暫く考えた末に蓼食う虫もなんとやらということだから、と深く考えないようにしたらしい。

 

 世の中は非情である。

 


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