我思う、故に我有り   作:黒山羊

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詭計多端

 さて、いよいよ待ちに待った夏休み。後数日で終業式だ、とシンジ達中学生が期待に胸膨らませる頃。

 

 夏休みの宿題よりも面倒臭い存在が日本に向けてやってきていた。

 

 言うまでもなく、使徒である。

 

 

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「巡洋艦はるなより入電!! 紀伊半島沖に巨大な潜行物体を確認したとの事!! データ解析…………パターン青!! 使徒です!!!!」

 

 そう叫ぶ通信担当の青葉。彼の伝えた情報の直後速やかに発令された『総員、第一種戦闘配置』の放送は、学校が半日で終わり本部内でシンクロテストをしていたシンジ達チルドレンの元にもしっかりと届いていた。

 

 幸いにもエヴァに搭乗していた彼らは準備の必要もなく、後は大人達次第である。

 

 そんな中で、働くべき大人達の代表格である葛城ミサトはしばしの思案の後、日向に確認の言葉を投げかける。

 

「日向君、目標の上陸予想時刻は?」

「現在の速度、及び進行予想経路から算出すれば、あと一時間といったところかと」

「……第三新東京市の稼働率は?」

「ラミエル戦でかなりの損害を受けましたし……実戦には耐えませんね」

「…………水際で食い止めるしかない、か。……青葉君、戦略自衛隊に協力要請。ジェットアローンの配備を頼んで。日向君は私と一緒に作戦の立案。マヤちゃんはエヴァ四機の発信シークエンスを発信直前まで進行しといて。……今度も勝つわよ!!」

 

 テキパキと指示を飛ばしながら自分とスタッフを鼓舞するミサトの姿は普段のダメダメお姉さんと同一人物とは思えない程の真剣なもの。

 

 真面目モードに入ったミサトはその才覚を遺憾なく発揮し、日向と共に作戦をたてる。凄まじく有効だが「難しい」作戦を「閃く」事に定評がある天才タイプのミサトだが、其処に秀才タイプの日向が梃入れを行うことでその作戦は一気に実現性を増す。

 

 今回、ミサトは水際での決着と決めた瞬間に閃いた作戦を実行するべく、既に青葉を使ってジェットアローンを確保している。後は日向がその作戦の粗を取り除いて作戦立案完了というわけだ。

 

 作戦がたったならば善は急げ。後はエヴァを出撃させるのみ。

 

 そう考えを決めたミサトはマヤの働きにより既に万全の状態で待機しているエヴァ四機に、手元のコンソールから通信を入れる。

 

「レイ、シンジ君、アスカ、カヲル君、準備は良い?」

『……問題ありません』

『大丈夫です』

『いつでもいけるわよ』

『僕もいつでも構わないよ』

「よし、じゃあ作戦を説明するわ。……今回は幸いにも水際、それも広い浜を使用できるの。そこでまず、ジェットアローンによる威力偵察を行います。その後使徒の能力が判明し次第ジェットアローンを自爆。使徒に隙を作ったところでエヴァ四体により波状攻撃を行う。波状攻撃自体はそっちでタイミング合わせてね。現場でのとっさの指揮はアスカに任せるわ。……OK?」

『了解よ、アタシに任せなさいミサト』

「頼りにしてるわ。……では、エヴァンゲリオン、発進!」

 

 ミサトの号令でエヴァンゲリオンはいつもと異なり横倒しの状況で地下に造られた線路を突き進む。

 

 エヴァンゲリオン輸送用リニアレール。第三新東京市から離れた場所にエヴァンゲリオンを派遣するためのその装置は、緊急用の地下トンネルとして第三新東京を中心に放射線を描きつつ周囲へと延びている。

 今回使用したのはその内の駿河湾行きのルートである。

 

 さて、そのリニアで揺られるエヴァンゲリオンとそのパイロットたるチルドレン四人組。そのチルドレン達の格好は、今までと少し違う。

 

 彼らの顔に輝くのは如何にも『飛行士』といった様子の黒いフレームに赤いレンズのゴーグル。パイロット、という職業からすれば一応違和感はないが、別に空を飛んでいる訳ではないので無意味な装飾といった雰囲気である。

 

 一応リツコによるレントゲンチェックをクリアして消毒も済んでおり、扱い的にはパイロット個人の私物である。コクピットに私物なんぞ勝手に持ち込んで良いのか? という疑問については、エヴァのシステムが『精神シンクロ』であるため、パイロットが落ち着くため、かつ戦闘の邪魔にならないものは基本的に許可されるのだ。

 

 現にシンジはゴーグルの他にお気に入りの音楽プレイヤーSDATを持ち込んでいる。

 さて、ではその『私物』であるゴーグルを何故パイロット四人が仲良くお揃いで付けているのか、といえば、答は簡単。

 

 

 サキエルの差し金である。

 

 

 当然ながらリツコは疑いを持ちまくり、そのゴーグルを壊さない範囲で徹底的に解析したのだが、今の所はただのゴーグルとしか判定されていない。

 

 これでMAGIが『解析不能』とでも表示すれば、怪しいからという理由でどうにでも出来たのだが、MAGIからの返答は『スキー用品』。挙げ句に製造元まではっきりと表示されてしまい、完全に白と判定されたのだ。

 

 では、単純にサキエルからの善意のプレゼントであり、特に意味はない小物なのか、といえば、やはりそれは否である。

 

 

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「エヴァンゲリオン各機、コクピット内にATフィールド反応!?」

 

 そう叫ぶマヤの声は流石に第一発令所にいた面々の度肝を抜いた。

 

 未だリニアの中に居るはずのエヴァンゲリオン。それも、パイロットがいるエントリープラグ内からのATフィールド反応と聞けば、驚かない方が可笑しいだろう。

 

「第七使徒からの攻撃なの!?」

「いえ、コレは……パターン青、第三使徒サキエルです!!」

 

 サキエル。聞き覚えのあるその名は芦ノ湖に居るはずの第三使徒。

 

 それが何故にエヴァンゲリオンの内部にATフィールドを展開できたのか?

 

 その疑問の答えは、ある意味予想通りの方法で解明されることになる。

 

「芦ノ湖より映像通信!! 回線から接続先を特定!! 第三使徒サキエルです!!」

 

 発令所の連中の心臓に多大な負担を掛けたご本人から、このタイミングでの通信。明らかに怪しいその通信に出たのは、この展開を根拠こそ無いものの若干予想していたリツコである。

 

「……あなた、何をしたの? いえ、何をしているの?」

 

 直球ド真ん中なその問いは、サキエル相手に回りくどく言うだけ無駄、という判断からのモノ。サキエルとしても、それは判っているのでリツコの態度についてとやかく言うことはなく、リツコにいつも通りの単純かつ明快な『真実』を叩き付ける。

 

『何といわれても、碇ユイ、惣流・キョウコ・ツェッペリン、綾波レイ一号、渚カウリのサルベージだが? 三分もあれば終わるからイスラフェル戦については心配無用だし、やれるときにやっておこうと思ってね。……アスカ君やシンジ君、レイ君、そしてカヲル。四人全員に『コアの中の家族をサルベージする』と約束した以上、約束の履行は早い方が良い』

 

 

 相変わらず、というか最近メキメキと威力を増したその発言に、リツコは思わず立ち眩みを起こしてへたりこみ、ゲンドウはサングラスとイスを吹き飛ばしながら立ち上がり、冬月は珍しい間抜け面を晒す。

 

 ネルフトップスリーと言って間違いない三人が揃いも揃って過剰反応する『サルベージ』の単語は、流石になにか『ヤバい』ものだと察したミサトがサキエルを問い詰めるべくコンソールに詰め寄ろうとしたその直後。

 

 マヤが甲高い叫び声を上げた。

 

「ッッ!? どうしたのマヤちゃん!?」

「ヒトが!! ヒトがっ!! コクピットにヒトがぁっ!?」

 

 混乱するマヤが指差すのは、エヴァンゲリオン内部のエントリープラグを移した映像。

 

 

 其処には、全裸で漂う二人の女性と一人の青年、そして、一人の幼女か映し出されていた。

 

 

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「ママ……」

 

 自身の眼前に浮かぶ金髪の女性を見たアスカの第一声は、泣いているような、笑っているような、喜怒哀楽入り混じった声音だった。

 

 それと同時にパイロット同士の通信回線からそれぞれの驚きの声が漏れてくるあたり、他のチルドレン達も無事に『成功』したようである。

 

「……アイツは約束を守ってくれたってワケね。……なら、私も頑張らなきゃ」

 

 そう呟くアスカは、クスリと微笑みをこぼしながらキョウコの身体をインテリアの後方部分に移動させ、持ち込んだゴーグルのゴムを使って吹き飛ばされない程度にその身体を固定する。

 

 

 今回、いや、初対面時にサキエルが持ち掛けた契約。

 

 

 その内容は、極めて簡単なモノだった。『零号機、初号機、弐号機のコアの中身をサルベージする対価として、次の使徒戦でサキエルが行う計画に自身の身に危険が及ばない範囲で協力しろ。なお、サキエルが先払いである』というその契約は、アスカやシンジ、そしてレイからすれば是非もない明らかに得な契約だった。

 

 勿論これを快諾したチルドレン達。

 

 そんな彼等の中で今回のサルベージの鍵を握っていたのはアスカだった。

 

 と、言っても、アスカが大尉である事や、その身体的特徴が鍵だったワケではない。

 

 

 アスカが『普段からインターフェースヘッドセットを装備している』ことが鍵だったのである。

 

 

 ゴーグルはブラフであり、サキエルが本当に仕掛けたトリックは『アスカのヘッドセットを元にした偽造ヘッドセットをパイロットに持たせること』だったのだ。

 

 偽造、と言ってもその性能は普段のヘッドセットと何ら変わりない。違うのは、そのヘッドセットを介して『サキエルとチルドレンがシンクロできる』事である。

 

 それを利用してサキエルはチルドレン経由でエヴァンゲリオンにシンクロを敢行。見事に内部からコアの中身を引きずり出したのである。

 

 そして、サキエルの計画は、このサルベージ計画のついでに半分が成功。そしてもう半分はこれから行うというわけである。

 

 茫然自失に陥った発令所の面々を尻目に、サキエルからのシンクロで伝わってくる計画に耳を傾けるチルドレン達。

 

 

 怪獣に味方する『悪ガキ』共を乗せた無敵の巨人は、ひた走るリニアレールの上でその瞳を怪しく光らせるのだった。


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