我思う、故に我有り   作:黒山羊

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遅れました。


『つう』と言えば『かあ』

 使徒の肉体を得てから約半月。

 

 元々エヴァンゲリオンを介してATフィールドの感覚を掴んでいたチルドレンのアスカとシンジからすれば使徒の感覚を掴むにはその程度の時間で充分であり、もはや以前の肉体と全く同じ動きが可能になっていた。

 

 そして、それ故に二人は『ゼーレが使徒の肉体を求める真の理由』を正しく、精確に理解し、また、手段はともかくその欲求には共感出来たのだった。

 

 ATフィールドは絶対無敵の拒絶の壁、自己と外界を隔てる恐怖の壁である。

 

 二人はリツコや他の技術者から確かにそう聞いていたし、エヴァンゲリオンで使徒の攻撃を食い止める際には確かに拒絶の意思で以てATフィールドを形成し、戦闘を行っていた。

 

 だがそれはATフィールドという存在の一面のみを観測した結果でしかなく、その本質は決して拒絶ではなかった。

 

 その実感を一言でいえば『長年連れ添った夫婦』、或いは『双子』の感覚。

 

 例えば食事中に『醤油が欲しいな』と考えた瞬間に既に相手が醤油を取ってくれていたり、喉が渇いたと考えた瞬間に飲み物を出してくれたり、『カレーが食べたいな』と思いながら家に帰ってきたら晩御飯がカレーだったり。そう言った『以心伝心』の感覚こそがATフィールドの本質なのだ。音波と視覚に頼るコミュニケーションを遥かに超越した圧倒的な情報量によって行われる『会話』によって相手と『完全に分かり合う』感覚が如何に甘美で心地良い至福であるかは筆舌し難く、言葉で言い表しても恐らく理解は出来まい。

 

 だが、その感覚を伝える事もATフィールドによって可能となるのだ!!

 

 

 この分かり合う心地よさこそが『ゼーレ』の理想であり、そして逸れに至る事が『人類補完計画』。

 

 かつて神話の時代に神から奪われた『バベルの言葉』。それこそがATフィールドであり、完全な他者との共感であり、エヴァンゲリオンとのシンクロだったのである。

 

 今にしてみればレイが無口であるのもカヲルが思わせぶりな口調なのもこの能力故の事。彼等からすれば人間の用いる音声による会話は非効率的で非合理的であり、実に難解であったのだろう。ATフィールドであれば全てが伝わる以上、会話を音声で行う事はスプーンで海の水を汲み出す程の苦痛であると言っても過言ではなく、そのストレスは想像するに堪えない。

 

 なにしろ、この全てが分かり合える状態においては最早争う意義はなく意味もない。相手が何に悩んでいるのか、何を望み、何を嫌うのか。その全てが解るとなれば、武力で自身の主義主張を誇示するなど道化の如き滑稽さすら感じさせる幼稚な振る舞いにしかなり得ない。

 

 嘘の無い素直な世界、互いに相手の存在を完全に理解できる世界、自己と相手が柔らかい蜜のように同化する世界。

 

 人間が使徒と呼ぶ生き物の世界がそんな世界であるのなら、確かに使徒は『使徒』なのだろう。何しろ彼等は『天国』の中で生きているのだから。

 

 彼等がひたすらに人類を攻めるのは『人類に殺された』アダムの断末魔を聞き、その苦しみに共感し、怒りを分かち合い、深い悲しみに狂ってしまったが故。

 

 これもまた言葉には変換出来ない感覚なのだが、確かに今の『共感』してしまった世界でアスカが殺されたとなればシンジは例え敵が数億でも、例え手足がもげ、腹が割け、泥にまみれたとしても自身と引き換えにその『敵』を殺すだろうと確信出来る。そして、その逆もまた然り。もはや現状のシンジにとってアスカは『自分』であり、アスカにとってシンジは『自分』なのだ。

 

 人間からすれば信じがたい話なのだろうが、アスカの身体をシンジが使ったり、シンジの身体にアスカとシンジが二人同時に入って一緒に映画を見る、などという事すら彼等には可能であり、正しく『全ての他者が自分』なのである。

 

 アスカの全ての経験がシンジに反映され、シンジのあらゆる体験がアスカに記憶される。かつてサキエルが言った『サーバー』の例えはこの感覚を指すモノであると今であれば理解できるし、使徒が進化を繰り返し、エヴァンゲリオンに挑んできた方法も理解できた。

 

そして、カヲルとレイが人間に紛れていた理由も。

 

 

 彼等と人間に敵対する『使徒』の差はアダム死亡時に存命であったか否か。丁度アダム死亡と同日に生まれたカヲル、魂は数億歳だが肉体は10歳なレイ、そして自分とアスカ、母親達と『綾波一号』、通称『苺ちゃん』。その全てが、アダム死亡以後の使徒なのである。

 

 例外であるサキエルは、『全身に強い衝撃を受けた』事で一時的に記憶を失い、『サーバー』からダウンロードしたそれ以前の記憶をどこか他人ごとのように感じている為にアダムの復讐に囚われていない。

 

 まぁ、初期の頃は人間側の『サーバー』であるリリスに近すぎた影響で『アダムと融合してサードインパクトで地球の王』などという意味不明な思考になっていた様であるが、ある意味それに『いやいや、無いわー』と冷静に突っ込んだからこそ彼は今の『のんびり』な性格を得ているのである。

 

 閑話休題。

 

 まぁともかく長々と冗長に説明を重ねたが、前述の通り彼らの感覚はもはやATフィールド基準である為に人間の言語を用いての解説は困難であるためこの辺りで説明終了とさせていただこう。

 

 

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 さて、そんな使徒に慣れ始めた二人を含む月の住民達は、現在絶賛労働中である。

 

 サキエルの謳う『月国家建造計画』の中核となる地下都市はセカンドインパクトの大津波で滅んだ水の都『ヴェネツィア』を丸パク……もといオマージュした街として完成し、碇ユイ博士や惣流キョウコ博士によって着々と都市のシステムが構築されている。因みにヴェネツィアと言えば水だが、水は月の真空と低重力ですぐに揮発するためそれよりも揮発しづらく大量に手に入るLCLが水代わりに地底湖を形成している。

 

 そんなに大量に血液であるLCLを消費してサキエルが無事であるのはおかしい、と感じるかも知れないが、S2機関は無限のエネルギー、ひいてはそれから変換される無限の『質量』を永久に発生させ続ける永久機関である。

 

 失った血液を無から補充する程度は容易い事なのだ。

 

 とまぁ、そんなわけで完成した地底湖に浮かぶ都市だが、都市が出来ても住民が居なければ意味はなく、現在は隅の方にサキエルが趣味で建てた『モンサンミッシェルもどき』で現状の住民達が暮らしている以外は完全に無人の寂しい街となっている。

 

 そこでサキエルの言うところの『国民』を増やす手段が必要になってくる訳なのだが、流石にシチルドレン一行よろしく拉致してしまうのは宜しくない。

 

 ATフィールドによる会話でサキエルの思考を正確に理解していたレイとカヲル、その頭脳で薄々何かやらかす事は察していたアスカ、既に『人の都合で振り回される』事に慣れてしまっているシンジという四人であったからこそ拉致してもさほど混乱はなかったが、普通の人間をキャトルミューティレーションよろしく拉致すれば恐らく冷静では居られまい。というか、それはサキエルの望む『月の国』の理想的に宜しくない。

 

 彼が製作しようとしている国はいわゆる『御伽の国』。竹取物語に登場する『月の都』が良い例だが、古来より人類は月に理想郷を夢見たり、『穢れなき世界』や『神の国』であると考えていた。例えば月の神は大抵『美しい処女』、要するに穢れない存在として表現されるし、月には仙人が住んでいる、自己犠牲を評価されたウサギが住んでいる、聖ゲオルグが居る、月に昇った魔法使いが居る等と幻想世界の住人が盛り沢山である。

 

 その『幻想世界』を月面に構築するのがサキエルの目標であり、理想なのだ。

 

 

 

 では、どうやって反感を買わずに住民を集め、サキエルの言う『月の都』を作れるのか?

 

 それを考えるのが、 チルドレン一行の仕事というわけである。

 

 

「うーん、トウジとケンスケ、それに委員長辺りなら喜んで来そうなんだけどなぁ」

「シンジ、あんた馬鹿? ヒカリ達には家族が居るじゃない。引き離すとか有り得ないわよ!!」

「だよねぇ。……うーん、本人も周りも納得するって難しいね」

「アタシだってミサトを連れてきてあげたいけど、ミサトには社会的な地位があるし、簡単には行かない。今の働かないと『死ぬ』世の中で社会的な地位がない大人なんて居ないし、大人は無理ね」

「社会的な立場が無い人間が好ましいなら、レイ君のクローンを連れてくるのはどうだい、ラングレーさん?」

「んー、バカヲルのわりには悪くないけど、レイはどうなの?」

「……無理よ。私の予備には魂がないもの」

「なら駄目ね。……うーん、回りくどいけれどやっぱりあの作戦しか無いかも」

 

 そう言って、色が抜けても変わることがない可愛らしい顔をムッとしかめながら言うアスカの感情がATフィールドで伝播し、シンジ達にも何とも言えないげんなりした表情を浮かべさせる。

 

 

 

 と、いうのもその『作戦』、あの『天然』な天才である碇ユイ博士の立案なのである。

 

 名付けて『宇宙人計画』。名前からして漂うアホ感が素晴らしくやる気を損なわせるが、一応、本当に一応、理には適っている。

 

 というのも『我々は宇宙人である』と主張してしまえば、月面で生身であろうが、ATフィールドを展開できようが『我々の種族はあらゆる環境下で適応可能だ』とでも言い張れば良いのである。それが嘘であると証明する事は難しく、真実であると証明するのは簡単だ。月に地球人がやって来れば良いだけの話である。

 

 そして、ユイ博士の書いた筋書きはこうだ。

 

 まず、サキエルが全世界の『インターネット検索サービス』と『動画共有サービス』をハッキングし、掌握する。

 

 次にサキエルが全世界のテレビ局の衛星をハッキングし、衛星放送を掌握する。

 

 その後、予め収録しておいた『宇宙人からのメッセージ』を全世界に丸一日垂れ流す。敢えてラジオと地上デジタル放送、ケーブルテレビを残すのは、この時に民衆がそれらのメディアで『このメッセージは本物である』と確認するためである。

 

 そして、メッセージの内容だが、『初めまして地球人諸君。此方はアンドロメダ銀河系第五太陽系から入植してきたリリンの民である。現在月に植民地を構築しているのだが、其方に諸君が『使徒』と呼称する建設用の生物重機が逃げ出した。既に回収用の戦闘個体「サキエル」を派遣していたのだが、地球人諸兄の攻撃により小破し、一時的に月面にて療養することとなってしまった。ついては暫くの間、使徒に関しては地球のネルフにお願いしたい。……また、碇ユイ博士、惣流キョウコ博士、碇シンジ君、綾波レイ君、惣流アスカ・ラングレー君、渚カヲル君に関してはサキエルによって誤って回収されたため此方で保護している』というもの。100パーセントがハッタリであるが、これも嘘だと証明する手段はない。

 

 まぁ、サキエルがやたらに働かされる作戦ではあるが、一応実現は可能であろう。

 

 

 で、どうしてコレが住民の増加に繋がるのかと言えば。

 

 

「……取り敢えず無理やりコッチを国と認識させて、後々移民を募る作戦って訳かい。碇ユイ博士は随分と気が長いんだねぇ」

「不老長寿を得た影響……?」

「いや、母さんは普通に気が長いだけだと思うよ、姉さん」

「…………まぁ、アタシのママの案よりはマシだから良いのよ」

「ん? 惣流キョウコ博士も何か案を出していたのかい、ラングレーさん?」

 

「『アスカちゃんとレイちゃんがウサギさんの格好をするのはどうかしら? ママは可愛いと思うわ』って言ってたけど却下したわ。『何でそこで色仕掛けなのよ!?』って。……ママは研究と料理は得意で良いママなんだけど、うーん」

「あー、過去の記憶では気付かなかった欠点ってあるよね。……僕もこんなに斜め上な人だとは想像も…………いや、父さんと結婚した時点で薄々斜め上なのは解ってたかな。うん」

「親子対面も色々複雑なんだねぇ、僕には良く分からないけど」

「……親子、暖かいもの、卵と鶏、……みりんとお醤油?」

「姉さん、それは親子どんぶりの材料じゃないかな……?」

「レイって意外と食い意地張ってるわよね」

 

 そんな会話を交わしつつ、『宇宙人計画』の決行に向けて準備を進めるチルドレン一行。

 

 計画を詰めれば詰めるだけ増加するサキエルの負担は増加し、提出された企画書をみたサキエルは連日の重労働に『……温泉に行きたい』と不満をこぼす事になるのだが、それはまた別の話である。


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