我思う、故に我有り   作:黒山羊

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盗人の昼寝

 突如として現れた宇宙人。

 

 その情報は連日ニュースや新聞の一面を彩り、1ヶ月前の竜巻被害についての情報から一転、メディアは人類史上初の『知的生命体』との接触を声高に報じた。

 

 『カウリ』と名乗る人物から送られてきたそのメッセージは全世界のインターネット検索サービスと動画サイト、そして衛星テレビ放送を乗っ取るという前代未聞の『ハッキング』によって全世界に同時に放たれた『ビデオレター』という形で広がり、挙げ句の果てに『全世界の言語』で同様の内容を一日中繰り返すというその行動は宇宙人の知能の高さと技術力を人類に知らしめるに十分なものであった。

 

 そして何より、その宇宙人から『使徒の対策を依頼する以上、人類に対する支援は惜しまない』としてビデオレターに添えられた『スーパーソレノイド式発電システム』の設計図。その仕様書に書かれた『電力を永久に供給する第一種永久機関である』との文字と、翌日に空から投下された小型の『サンプル』が本当に永久に電力を生み出していると確認が取れたという事実は世界の電力事情を一瞬で変えうるモノだった。

 

 だがまぁ、もちろん『実は盛大なヤラセでは?』と考えた人も多く居た。しかし、流石に宇宙人の予告通りに『月からビームが出た』事が観測されてからはヤラセ説は消滅し、ほぼ全ての人類が『宇宙人来訪』を確信する事となったのである。

 

 そのついでに『東方三賢者』二名の生存が報告されたりしたのだが、その報道はあまり行われていない。流石に死亡した人物は蘇って来ないという常識的な判断で、この情報はガセであると判断されたのである。

 

 宇宙人がハッタリで、『東方三賢者生存』が真実なのだが、世の中は分からないものだ。

 

 

 さて、話は代わるが。

 

 

 現在、月面にいるサキエルは燃え尽きていた。二週間で『カウリ』のディテールを作り込み、国連加盟国用のサンプルであるS2機関194機を作り上げ、月から太陽に向けて荷電粒子砲を放ち、スピーチを読むためにありとあらゆる言語を学習し、スピーチ撮影用の機材を作り、スタジオを作り、『カウリ』の肉体に習熟するべくこの二週間をカウリとして過ごしていた彼は不眠不休で今まで働いており、もはや色々と限界だったのである。

 

 まさかカヲルの正体をネルフの一般職員から隠匿するために適当にガワだけ作った『肉人形』であるカウリをよりにもよって自身の『分身』として運用する羽目になるとは夢にも思わなかったが、今になって考えれば『渚カヲルは「シ者オワリ」なんだよ。お遊びって事さ』などと言っていたカヲルに対抗して『じゃああの人形は「シ者キエル」と「サキエル」に因んで「渚カウリ」にしよう』などと自身に因んだ名を付けた時点でサキエルにはフラグが立っていたのかもしれない。

 

 そんなわけで、サキエルの『精神』は未だにカウリの中にあり、『苺ちゃん』に肩叩きされているのであった。

 

 首がないサキエルボディには当然僧帽筋も無かったため肩凝りとは無縁だったのだが、この体で14日間徹夜すれば流石に肩凝りもとんでもない物となっていたのである。

 

「あぁぁ…………」

「じいさん、いたい?」

「……いや、大丈夫だ。……あと、私は確かに軽くウン十億歳だから構わないが、人には『じいさん』や『ばあさん』と言ってはいけないぞ、苺君」

「じゃあ、どうよぶの?」

「そうだな……とりあえず男を『お兄ちゃん』、女を『お姉ちゃん』と呼べばだいたい問題無い。……じいさん、ばあさん、では怒られてしまうぞ。……あぅぅ」

「しってる。しめられたから」

「絞められた……? まぁ、解っているなら次からは気をつけたまえ」

「わかった」

 

 そんな会話をしながら肩叩きから背中を揉む動作に以降した苺ちゃんが動く度にサキエルの背骨からバキバキと割とヤバめの音が鳴り響く。

 

 そんな状況になったのならばサキエルの身体に戻れば良い筈なのだが、現状ではそれを行うことは難しい。今後はこの『カウリ』が宇宙人代表として地球との交渉に当たらねばならないのである。暫くは元の肉体に戻る暇はないだろう。

 

「全く……私に丸投げするとはユイ君も酷い。……うっ」

「さきえる、だいじょうぶ?」

「正直に言えば、割とヤバい。……人間の身体が此処まで柔だとは思ってもみなかったが、これは改良の余地が大いにある……ぐっ」

「さきえる、がんばれ」

「あぁ、まだ頑張らねば……ひぎぃっ!?」「あ、メキョッっていった。だいじょうぶ?」

「………………いや、うん、大丈夫だ」

 

 

 腰に手を当てながらプルプルと震えて言っても説得力が無いが、基本的過ぎる常識が皆無な苺ちゃんは「そう、だいじょうぶなのね」等と言って気にする事なく背中をグイグイと押し続ける。

 

 そんな中、サキエルがぶっ倒れている一室に陣中見舞いにやってきたのは意外にもアスカである。かなり前から仲の良いシンジとレイ、そして兄弟であるカヲルが来るのは分かるが、あまり接点が無い部類に入るアスカがやってくるというのはかなり珍しいのではなかろうか。

 

「……アンタ、孫にマッサージされてるお爺ちゃんみたいになってるわよ?」

「む、アスカ君か。……一応カウリの肉体はカヲルをベースに俳優のパーツを合成したモノなんだが、そんなに爺臭いかね?」

「うーん、アンタがもともと爺臭いからじゃない?」

「……なるほど。……で、何か用かねアスカ君?」

「あ、そうそう。ネルフから通信が来てるわよ、カウリ宛てに」

「そうか。……ありがとう苺君。そろそろ退いてはくれまいか」

「いや」

「そこをなんとか」

「いや」

「……アスカ君が遊んでくれるから」

「……わかった」

「ちょっとアンタ、アタシに子守させる気!?」

「む、イヤかね?」

 

 苺ちゃんを背中から降ろしてムクリと立ち上がるサキエルは、そのスラリと背の高いカウリのボディで伸びをしつつ、アスカに問う。と、アスカは少々頬を膨らませて照れるように反論した。

 

「だってアタシ、多分子守に向いてないわ。私は小さい頃からチルドレンだったから、子供が好きなモノなんて知らないし。……そういう事ならシンジの方が向いてるわよ」

「……ふむ、なら仕方ないか」

「そう、仕方ないのよ」

「苺君、アスカ君と二人で遊んで貰うのは無しだ」

「……さきえる、うそつき」

「まぁ、そう怒らないでくれたまえ。その代わり、シンジ君とアスカ君が遊んでくれる事になったのでね」

「……ふえた?」

「あぁ、増えたとも。三人で遊ぶとなれば……そうだな、ままごとなどが良いのではないかね?」

「ままごと?」

「うむ、シンジ君を父親、アスカ君を母親と見立てる『ごっこ遊び』だ。……やるかね?」

「やるー!!」

「……ちょっとサキエル、アタシは向いてないって」

「シンジ君と二人ならば問題無いだろう? ……む、もしやアスカ君、シンジ君と夫婦だという設定に照……」

「あーもうっ!! ……行くわよ、イチゴ。シンジの馬鹿を探しましょ!」

「わかったわ、まま」

 

 サキエルにみなまで言わせず、去っていくアスカ。その姿にやはり天才少女でも思春期はあるのだな、などと妙な感想を抱きつつ、サキエルはコンソールを立ち上げ、回線を開く。碇ユイ、惣流キョウコの二人によって配備されたイントラネットからその二人の博士を会議室に呼び出し、自身もチルドレン発案の『なんか宇宙人っぽい服』、もといマント付きプラグスーツに着替え、ツカツカと会議室に歩を進める。

 

 モンサンミッシェルをイメージしたサキエル達の居城だが、内部はむしろSFチックなモノであり、さながらロボットアニメの秘密基地といった外見である。そんな内部の最上階にある会議室も当然近代化が成されており、サキエルが会議室に到着したと同時にスクリーンや照明などのスイッチが起動。壁に掛かったカーテン等も電動で巻き上げられ、普段の白い布から真紅に金の縁取りという高級感溢れる色合いのモノに変換される。まぁ、高級感溢れるのは色合いだけで、全部合成繊維なのだが、画面越しに通信を行う程度ならば全く問題無い。

 

 そんな張りぼての『会見場』となった会議室に白衣を着たユイとキョウコが入ってきた時点でサキエルは手元のスイッチを捻り、通信帯域をネルフ側からの通信電波に設定する。すると前方のスクリーンに浮かび上がってきたのはネルフの三トップである碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、赤木リツコの三人、そして恐らくはオブザーバー的な立場で参加していると思われる葛城ミサトだった。

 

 エヴァの喪失によって寝る間も惜しんで働いているらしいリツコの顔色が少々悪い以外は、比較的『サキエル』の記憶のままである。だが『カウリ』として接触するのは初めてであるため、それ相応の対応を考えねばならないだろう。

 

 だが、長時間黙考していてはそれこそ『怪しい』と思われる。サキエルは意を決して自ずから会話の口火を切り、交渉における優位性を確保する事とした。ネルフの三トップはどれもこれも並の狸ではないのだ。

 

「まずは応答が遅れてしまった事、お詫びしよう。休息中であったために対応が遅れてしまった事、誠に申し訳なく思っている、許していただきたい。……して、ネルフの皆さんが我々に何の御用だろうか?」

 

 あくまでも慇懃無礼にそう言い放つサキエルに回答するのは、ゲンドウではなく冬月。あくまでもゲンドウは口元を隠すように手を組むポーズを崩さない。

 

 一見すれば何やら『感じの悪い総司令だな』と感じるだけだが、侮る無かれ。その姿勢こそネルフ首脳陣の交渉術の十八番である。

 

 まず、ゲンドウのポーズには人に『不快だ』と思わせる三つの要素がある。顔の前で組んだ手、黒々としたヒゲ、交渉の席にもかかわらず付けられたサングラス。この三つの要素でもってゲンドウが何を行っているのかといえば、それは『徹底的な表情の秘匿』である。これによって、ゲンドウは交渉相手に『何を考えているのか判らない怪人物』という印象を強制的に刷り込んでいるのだ。

 

 そして、隣に立つ冬月はと言えば、ゲンドウとは逆にスッと背筋を伸ばして直立し、顔には髭一つ無く、柔和な微笑みを浮かべている。その姿はどこからどう見ても真面目そうな好人物であり、事実その口から語られる言葉は元教師である事も相まって非常に耳障りがよい。

 

 この『ギャップ』こそが、ネルフの交渉術。真正面に座るゲンドウに『コイツは手強い』という印象を与えておいて『実に話が分かりそう』な冬月に発言させる事により、相手は自然に『ゲンドウよりも冬月と話がしたい』と考えてしまう。

 

 そして、『話がしたい』というプラスで積極的な感情によって、ついついネルフの口車に乗せられてしまうわけだ。

 

 と、そんなタネがあるのだが、見抜いてしまえばどうという事はない。

 

 『カウリ』は逆に笑顔を振りまきながら冬月の回答を聞くだけである。

 

『いや、此方が急に連絡したのも問題だったのでね。気にしないで欲しい。……用件に関してだが、後の使徒に対する対策を協議したいのだよ』

「ほう、協議とは如何なるモノでしょうか?」

『……端的に言えば、エヴァンゲリオンの返却を求めたいのだよ。我々には使徒に対抗しうる現有戦力がない』

「……エヴァンゲリオン、とは我々の『サキエル』が回収した使徒の模造品でしょうか?」

『その通りだ。あれは我々がアダムを参考に作り上げたモノであり、人類の切り札なのだよ』

「ふむ、そうでしたか。……残念ですが返却は不可能ですねぇ」

 

 そう言って如何にも『申し訳無さそう』に眉を下げる『カウリ』だが、言葉尻を伸ばすその回答はネルフ側に不快感を与える。だが、ネルフが『頼む側』でサキエルが『頼まれる側』であるという上下関係が構築された以上、ネルフ側はその嘲りを甘んじて受ける他無い。

 

 何故ならば、『頼む側』はあくまで冷静に『お願い』しなければならないからだ。怒りを露わにしたり感情的になった時点で頼む側は『交渉に負ける』。

 

 『頼まれる側』は相手側が『キレた』時点で『ふむ、あなた方は対話をするに相応しくないようだ』とでもいって一方的に交渉を中止出来るだけのイニシアチブを持っているのだから。

 

 故に、あくまで冬月は冷静に問うて来た。

 

『ふむ、それは何故なのか教えて貰えないかね?』

「単純な話ですが、サキエルには生体重機、つまりあなた方の言葉でいう『使徒』を『スクラップにして回収せよ』と命じてあります。……幸いにも内部のパイロットとコアの人柱はリリン化処置による復元が成功しましたが、エヴァンゲリオン本体に関して言えばもはや粉々のミンチになっているとしか言えません。本当に申し訳ない。えぇ、本当に」

『ふむ。……ミンチでは仕方がないか。……では、此方に対して何らかの援助を行うことは可能かね? 此方としても新たなエヴァンゲリオンの建造に取り掛かってはいるのだが、些か不安でね』

「ふむ。……碇ユイ博士、エヴァンゲリオンとは建造にどの程度の時間を要しますか?」

「既に製造法が確立された現状だと、約三ヶ月かしら。……間違いありませんよね、赤木博士」

『……ええその通りです』

 

 敢えて此方側のオブザーバーに話を振ってから相手に確認を取る事で『そちらの情報を知らぬ訳ではないぞ』と圧力を掛けるサキエルは、ついでに碇ユイの存在を意図的にちらつかせる事でゲンドウに対して揺さぶりを掛ける。

 

 だが、流石に老人会の皆さんに苛められ続けている男がこれしきの事で大きく揺らぐわけもなく、ピクリと僅かに眉を動かすに留まった。

 

 ついでに本妻と不倫相手のガンのつけあいが始まっているがそれは華麗にスルーし、サキエルはネルフ側に一つの提案を投げかける事とした。

 

「ふむ。三ヶ月もの間戦力が無いのは確かに不便でしょうね。……良いでしょう、我々の兵器をお貸しする事とします」

『ほう、その兵器、とは一体何ですかな?』

 

 そう問い掛ける冬月にサキエル、もとい『カウリ』はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら人差し指、中指、薬指、小指という順番でゆっくり見せつけるように指を立てて言い放つ。

 

「サキエルタイプの『使徒』を四体、エヴァンゲリオンの代理として派遣しましょう。是非とも使徒対策に役立てて戴きたい。……そうですね、明日の正午に強羅地区に投下する事としますよ」

 

 その発言と共にネルフニ見せ付ける様に『カウリ』の背後に上からゆっくりと降りてくるように大型ディスプレイが現れ、仁王立ちする四体の『サキエル分身体』が映し出される。

 

 電化LCLによって構成された超薄型ハイビジョンディスプレイによって映し出されたその映像は紛れもなく本物であり、ネルフ側に多大なプレッシャーを与えるには充分なモノであった。何しろ『サキエル』にネルフが飲まされた辛酸たるや、並大抵なモノではないのである。苦手意識が構築されるのも仕方のない事であると言えた。

 

 そして駄目押しとでも言うように、『カウリ』がパチリと指を鳴らすとディスプレイの画面は切り替わり、玩具などを揃えた『子供部屋』でイチゴと遊ぶチルドレン達が映し出される。シンジが『パパ』、アスカが『ママ』、イチゴが『娘』とだけ設定されたままごとは遊ぶ中で『小姑』役のレイと『プーな叔父さん』役のカヲルを交えたやけにリアリティ溢れるモノに進化発展していた。

 

 無駄に迫真の演技をするレイとカヲルにアスカとシンジが乗っかる形で行われるドロドロな寸劇はどうやら元々毒持ちなイチゴちゃんに馬鹿受けしているらしく、機嫌よくキャイキャイと騒いでいる。

 

 突如として表示されたその映像と共にカウリはネルフ側に通告を下す。

 

「あぁ、重ね重ね連絡の不備を謝りたいのですが、この機会に御連絡する事で謝罪に返させていただきたい。我々は碇シンジ、綾波レイ、惣流アスカ・ラングレー、渚カヲル、碇ユイ、惣流キョウコ・ツェッペリンの六名の亡命申請を受理し、リリン化処置の上で我々リリンの一員として迎え入れる事としました。後に書面にて各国に通達を出す所存ですが、彼等の勤務先であるネルフの皆様方には先に口頭にてお伝えしたく。……あぁ、そう言えば彼等から『葛城ミサト』さんの亡命についても打診があったのですが、葛城さんは亡命なさる御予定は有られますか? ご希望でしたらリリン化処置の後、月に移住して戴く事が可能ですが」

『……亡命とは、随分突飛な事を。……碇、構わないのか?』

『……問題ない。……葛城三佐、君の亡命については君が考えろ』

『……私には責務がありますので、お断りさせていただきます』

「そうですか。また気が変わられましたらいつでも御連絡下さい。我々は新たな同朋を歓迎します。…………さて、実に楽しい一時でしたが、時間は有限です。我々としては協議はこれにて終了と考えますが、ネルフの皆様はまだ何かございますか?」

『……いやいや、我々としても実に実りある会談だったとも。此方も同じ意見だよ』

「そう言って戴ければ幸いです。では、またの機会に」

『ああ、また次の機会に』

 

 そう言ってどちらからというわけでも無しに同時に切れる通信。その完全な切断を確認してからサキエルはゴキゴキと首と肩をほぐしつつ、会議室を出る。それに続くようにユイとキョウコも思い思いに席を立ち、再び自らの仕事に戻っていき、再び月面には緩やかな時間が流れ始める。

 

 そんな中、子供部屋を訪問したサキエルが「誰かマッサージしてくれないかね?」と発言した結果五人全員によってカウリの身体がもみくちゃにされるのだが、それはまた、別の話である。


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