我思う、故に我有り   作:黒山羊

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船頭多くして船山登る

 学習、進化、学習、進化、学習、進化。

 使徒ならばどんな個体でも持ち合わせるそのサイクルは、彼の場合『自我』というバグの影響で加速に次ぐ加速が行われていた。『生きる』という強い欲望が生み出すそれはある意味、神の奇跡のようにすら感じられ、彼を包囲していた軍の連中は「成る程、こんな化け物がいたら神か悪魔にしか思えない」と『使徒』という名称に納得したものである。

 

 そんなわけで、彼が登場してから四日、エヴァ大破から二日目となる現在。

 

 彼は、再び紫色の巨人と相対した。

 

 

--------

 

 

 エントリープラグの中。この4日間のシュミレータ訓練で大体の操縦を練習したシンジは、初の実戦にもかかわらずそれ程緊張していなかった。

 

 当然だが、その原因は何も訓練の影響だけではない。昨日意識を取り戻した頼れる先輩、綾波レイからのアドバイスもその精神に若干のゆとりを齎していた。

 

「碇君、彼はあなたの命は取らないわ」

 

 ただ一言、明らかに電波な発言をキリッとした表情で告げるその少女にシンジは内心で「彼って誰なのさ」とか「何の根拠が?」とか「美少女との初会話が電波とか、無いわー」とか様々な思考を巡らせて。

 

 結果、凄まじいまでに脱力したわけだ。

 それから訓練で程良く緊張を高め、今に至ると言うわけである。

 

『シンジ君、聞こえる?』

「はい、ミサトさん」

『現在使徒に動きはないわ、訓練通り落ち着いて行動すれば大丈夫よ』

「了解です」

 

 ミサトの声に従い、シンジはパレットライフルを構えて山の上で日向ぼっこしている使徒に照準を合わせる。何とも和やかなその姿を見て若干罪悪感を覚えるものの、此方とて住民をこれ以上シェルターに避難させ続けておくわけには行かないのだ。

 

 シンジはその引き金に指をかけ、カチッ、カチッと引き金を軽く引いて銃弾を射出する。が、当然の如くその弾丸は張りっぱなしのATフィールドに阻まれ使徒本体に到達すら出来なかった。

 その弾着で此方に気付いたらしい使徒はその両目から牽制するように光の矢を放つ。だが、シンジとて無策ではない。

 

「ATフィールドッ! 全ッ開ッッ!!」

 

 シンジの雄叫びと共に現れたのは光の壁。使徒のそれとほぼ同一の性能を持つそれは、見事に光の矢を食い止め、無効化してみせる。その状況に、使徒はやけに人間臭い動きで腕を組み、ぽつりと呟いた。

 

「心の壁か。……随分面白いモノを使うな。だが少年、そちらが外部からのエネルギー供給に頼る以上、私の有利は揺らがんぞ」

 

 その呟きに目を見開いたのはシンジだけではない。2日前の片言と比べれば天と地程に差がある流暢な日本語。と、言うか、物凄くネイティブな発音と、えらく知的な指摘に、この場をモニターしていたネルフの人員は絶句した。

 

 使徒の学習能力と自己進化能力の恐ろしさを痛感した為である。

 

 そんな中、病室から見守るレイだけが「……ユニーク」などと言って若干嬉しそうだったのは、まぁ、例外である。電波ガールを常識で量るのは実にナンセンスだからだ。

 

「どうした少年、用がないなら帰ってくれ。私はラジオの日本語講座を聞くのに忙しいんだ」

『シンジ君、相手の挑発に乗っちゃ駄目よ』

「了解!!」

「む、今の声は確か……ミナトだったか?」

『誰がミナトよ!! あたしにはミサトって名前があるのよ!!』

「……何で僕より先にミサトさんが挑発に乗ってるんですか」

 

 呆れ声をあげつつも、シンジは肩に格納されているプログレッシブナイフを取り出し、両手で構えながら突進。使徒のATフィールドを侵食、突破し、その身体を引き裂かんと唐竹割りの如く振り下ろす。

 

 だが、使徒もただ黙ってそれを受けるほどバカではない。

 

 右手から光の槍を展開した使徒はナイフの軌道に合わせるように槍を振り上げる。その結果、発生する鍔迫り合い。その瞬間、エヴァの側面に痛烈な回し蹴りが放たれた。

 

 二転三転しつつ吹き飛ばされながらもどうにか受け身を取るシンジに、トドメとばかりに光の矢が数発放たれる。その矢は初撃でアンビリカルケーブルだけを焼き切り、次でナイフを弾き飛ばし、最後に肩の小物入れを破壊した。

 

『シンジ君、無事!?』

「なんとか。……肩を思いっ切り殴られた感じがしますけど」

『撃たれたのが後付けのオプションパーツ部分だからその程度ですんでるわけね……。どう、シンジ君、勝てそう?』

「……ギリギリまで頑張ります」

 

 勝てると言い切れないあたりにシンジの気弱さが出ているものの、まだその心は折れてはいない。

 

 転んでいた体勢から跳ね起きつつ拳を握りしめ、殴りかかるエヴァ。その不意打ちに使徒は敢えて自分から後ろ向きに倒れる事で対応。バック転で体勢を立て直し、今度は使徒がエヴァへと突撃する。お互いがお互いのATフィールドを侵食している以上、防御するにしても腕をクロスして受けるのが限界。その腕を掴み取った使徒はエヴァを背負うようにその背に軽く乗せ、前方のビルへと投げ飛ばす。

 

 かなり変則的とはいえ、その動きは見事な背負い投げだった。

 

『使徒が格闘技とか、何てインチキ!!』

「軍人の訓練を盗み見て覚えた努力の成果をインチキ呼ばわりとは随分酷いな、マサト」

『ミ、サ、ト、よッ!』

 

 軽口を叩きミサトを挑発する使徒、その姿にシンジは実力差の程を痛感する。内部電源は残り僅か、武器はなし。その状態からこの使徒に勝たねばならない。

 

 手加減されているのは分かり切っているが、シンジとて男の子。

 

 舐められたままでは終われないのである。

 

「ウォォォォッッ!!」

 

 雄叫びと共に跳ね起き、使徒に足払いを敢行。漸くまともに当たったその一撃は使徒の体勢を崩し、さらなる追撃の隙を与える。

 

 パンチ、パンチ、パンチ。

 

 使徒に馬乗りになって思い切り殴りかかるシンジ。だがしかし、一発逆転の快進撃はそこまでだった。

 

 ピー、というアラート。それと共に停止するエヴァを脇によけ、使徒はムクリと起き上がる。

 

「ふむ。最後のラッシュはなかなかだったな」

 

 そう言って伸びをする使徒の身体は薄く発光し、傷の自己修復が行われている事を示していた。シンジの最後の攻撃は使徒本人が言うだけあってそれなりのダメージを使徒に与えていたらしい。

 

「しかし、何故こうも私は嫌われているのだ。私が人間に何かしたか?」

 

 そうボヤく使徒は「ヤレヤレだ」と言わんばかりに肩をすくめる。そんな彼に声をかけたのはスピーカーから流れる懐かしい声だった。

 

『人間というのは未知の存在を恐れるものよ。アナタ、正直に言えば大分常識外れだから仕方がないわ』

「む、その声はリツコか」

『ちょっと!! 何でリツコは一発で覚えてるのよ!?』

「うるさいな、君の名前も覚えているぞミサカ」

『ミサトだっつってんだろぉぉッッ!!』

「どうどう、お馬さん良い子だから落ち着け」

『ぐぎぎぎぎ、む、か、つ、くぅぅ!!』

 

 完全におちょくってかかる使徒に歯噛みするミサト。その脇から、再度リツコが口を出す。

 

『ミサト、怒ると美容に良くないわよ。……それより、使徒に話があるのだけれど』

「使徒、とは私か? それは種族名で私の名はサキエルだと聞いたが?」

『……誰から?』

「兵士達が話していた」

『……人の口に戸は建てられないって訳ね。……まぁいいわ。本題に入りましょう。……簡単に言えば引っ越しの提案ね』

「ふむ。引っ越し、か。どこに?」

『地下のジオフロントよ』

「地下? 私は一向に構わないが、確か地下は……君達の秘密基地とやらではなかったか?」

 

 リツコのその発言に驚愕したのはサキエルだけではない。

 

『ちょっとリツコ!? アンタ何考えて』

『私に言われても困るわ。碇司令の命令だもの。……私も正直驚いてるのよ』

 

 その言葉も当然だ。使徒をわざわざ地下に招くなど正気の沙汰ではないのだから。

 電池切れの初号機、考え込む使徒、がなり立てるミサト、宥めるリツコ、状況が読めないシンジ。

 

 それらの全てを巻き込んで、碇ゲンドウの計画は新たに回り始めようとしていた。


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