我思う、故に我有り   作:黒山羊

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兎も七日なぶれば噛み付く

 ビルが裂ける、電柱が砕ける、道路が割れる。

 

 シャムシエルの光の鞭が振るわれる度にもたらされる大破壊。積み重なる瓦礫と舞い上がる粉塵の中でどうにか逃げ続けているシンジだが、遮蔽物ごと切断する光の鞭は着実にシンジを追い詰め、今まで撃たれ続けた借りを返さんとより苛烈に攻め立てる。

 

 そんな中、遂に限界が訪れた。

 

 使徒の振るう鞭がアンビリカルケーブルを切断。その衝撃に僅かにシンジが怯んだ隙にパレットライフルごと右腕がみじん切りにされ、首もとに絡み付いた鞭がエヴァを空中へと持ち上げる。

 

 そんな中でエントリープラグの中のシンジはもはやエヴァの操縦所ではない。

「グガァァァァァァァァァァッッ!? アァ、アアアアア!?」

 

 絶叫。白目を剥きながら、自身の右腕を血がにじむ程握り締めて悶え苦しむシンジの姿に困惑したのは発令所のミサトだった。

 

「シンジ君落ち着いて!? 切り刻まれたのはアナタの腕じゃないのよ!?」

「ミサト、アナタが落ち着きなさい。彼は今実際に痛いの。……エヴァとのシンクロ値が順調に上がっていたのが仇になったわ。……今思えばシンジ君は今まで無傷だった。痛みになれているはずがないのよ」

「そんな!? どうにかならないのリツコ!?」

「……マヤ、シンクロのフィードバック側を一段階弱めて」

「はい!! …………そんな。……ダメです!! シンクロ状態に介入できません!!」

「くっ、じゃあプラグスーツからシンジ君の右腕にリドカインを注入しなさい!!」

「ですが、麻酔はシンクロ値に悪影響が……」

「パイロットが発狂するよりはマシよ!!」「了解!! ……右腕への麻酔完了!!」

 

 リツコの指示で投与された麻酔でシンジの右腕は徐々に感覚を失っていく。それにより多少落ち着きを取り戻しかけたシンジだが、現実は非情である。

 

 使徒はエヴァを宙づりにしたまま今度はその頭に鞭を突き刺し、エヴァの頭部の約半分がこそげ落ちたのだ。

 

 

 なまじ一旦痛みが和らいだだけに、そのタイミングで受けた傷はシンジにとって致命的だ。

 

「----ッッ!?」

 

 もはや声にすらならない叫び。その叫びと共に、遂にシンジは気絶した。

 

「パイロットの精神パルス断絶!!」

「脈拍、呼吸、共に低下!! 昏睡状態です!!」

「シンジ君の回収、急いで!!」

「ダメです! 使徒が首を締め付けているためエントリープラグ排出出来ません!!」「くっ! 兵装ビルは残ってる?」

「戦闘区画から離れた場所にはまだ幾つか残っています」

「じゃあ、今すぐミサイルでも何でも良いからあの使徒に叩き込んで!! 少しだけでも気を引くわよ!!」

「了解!! パトリオットミサイル、装填完了!! 発射!!」

「機銃発射用意良し!! 発射!!」

 

 使徒に撃ち込まれる無数の兵器。

 

 その爆炎を見つめながら、ミサトは奥歯を噛み砕かんばかりに噛みしめていた。

 

 

--------

 

 

「……僕は、死んだの?」

 

 真っ白で暖かな空間。其処でシンジは目を覚ました。

 

 キョロキョロと周囲を見渡す彼の目に映るのは一面の白。そんな中で、シンジに一人の女性が近付いてきた。

 

 その女性の顔にどこか見覚えが有るのだが、今のシンジには思い出せない。

 

「……誰?」

 

 そう問い掛けるシンジを女性は優しく抱き締めた。

 

 普段のシンジならば、絶対に逃れようとするだろう。だと言うのに、寧ろシンジはこの抱擁に至上の幸福を感じていた。

 

 その胸の中で抱き締められているシンジに、女性は静かに話し掛ける。

 

「やっと逢えたわね、シンジ」

「……え?」

「あなたが私を覚えていないのは知ってるわ、気にしないで。……ねぇシンジ。今までの事を聞かせて?」

 

 明らかに妙な発言。だと言うのに、シンジはその近況を女性につぶさに報告した。

 

 中学二年生になったこと。

 

 二人の親友が出来たこと。

 

 変な使徒に出会ったこと。

 

 エヴァに乗って戦っていること。

 

 彼が戦わないと世界が滅ぶこと。

 

 でも、本当は怖くて堪らないこと。

 

 それでも、親友達を守りたいこと。

 

 

 取り留めもない事から重大な悩みまで、悉くを吐き出したシンジを女性はより強く、優しく抱き締めながら囁いた。

 

「……そう、今まで頑張ったのね。じゃあ、『母さん』もシンジが戦うのを手伝ってあげる」

「…………え?」

 

 聞き逃せない言葉。

 

 その声に顔を上げたシンジは、漸く女性の顔を何処で見たのか思い出した。

 

 彼女の顔は、シンジと似ているのだ。

 

「……母、さん?」

 

 その呟きを最後に、シンジの意識は暗転した。

 

 柔らかい、抱擁の中で。

 

 

--------

 

「なっ!? エヴァ初号機、再起動!!」

「……えっ?」

 

 突如叫ばれた言葉のその内容に、ミサトはすぐさま思考の海から帰還した。

 

 その視界に映るモニターでは、確かに初号機が再び動きを取り戻し、左手で使徒の鞭を強引に振り解いてその呪縛から逃れている様が映し出されている。

 

「……どういうこと? シンジ君が意識を取り戻したの?」

「いえ、パイロットは未だに昏睡……。いえ、これは……睡眠状態です」

「……リツコ? エヴァって寝たままでも動かせるの?」

「いえ、不可能よ。……つまりこれは、エヴァの『暴走』なのよ」

「暴走って、あの零号機の!?」

 

 あの零号機の、というのは、1ヶ月程前に行われたエヴァ零号機の起動実験の際に発生した事故を指している。そこで暴走状態に陥った零号機は、自ら頭を壁に打ち付け、発狂したように暴れ狂い、電源が切れるまで制御不能になったのだ。

 

 ミサトがこのジオフロントに来る前の出来事だが、資料として記録映像は閲覧している。

 

 故に、ミサトは不安げな顔で画面を見つめているのだ。

 

 その眼前でエヴァは使徒を蹴り飛ばし、あろうことか自力で顎部拘束具を破壊、咆哮を放つと同時に使徒へと向けて躍り掛かる。その接近をみすみす許す使徒ではないが、光の鞭はシンジが展開したものとは比べ物にならないほど頑強なATフィールドで弾き返され、初号機に傷を与えることすら出来ない。

 

「ヴォォォォッッッ!!」

 

 再び咆哮を上げて使徒へと接近したエヴァは左手でその光の鞭を握り締め、ハンマー投げの如く使徒を投げ飛ばす。

 

 

 その落下地点は、よりにもよって『芦ノ湖』だった。


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