すべての艦たちのための艦娘解体   作:うずしお丸

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当作品は2015年1月「砲雷撃戦よーい14」にて頒布した小説を加筆修正したものです。
定期更新を予定しています。


プロローグ/駆逐艦隊

 

   零

 

【艦娘システム倫理規定第十四条】

 

同名艦ノ同時刻ニオケル二体以上ノ顕在ヲ禁ズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   一

 

 大海原に小さな人影。

 その影はすべて《少女の姿》をしていて、海の上を悠然と進んでいる。

 一人の少女が、片手に持った羅針盤の情報と進行方向の向きがぴったり一致していることを確認して小さな息をついた。

 

 良かった、今回も無事に帰れるみたいだ。

 

 そう安堵する少女の名は吹雪(ふぶき)。真っ白なブラウスタイプの制服を身にまとい、背後に巻き上がる海の飛沫を涼しげに浴びている。

 彼女から四時の方角にまた一人の少女だ。スモック風の丈長白セーラーの彼女は雪風(ゆきかぜ)。青空の似合う彼女は無線機に向かって話しかけている。

 

「現在作戦完了で艦隊帰投中。帰る頃にはちょうどおやつの時間ですねえ! 間宮(まみや)さんがみんなの分のどら焼きを用意してくれてるらしいんです。うーん、楽しみですね! 司令も一緒に食べましょう!」

 

 そう言って彼女の表情がぱっと輝く。楽しそうな話をしていた。

 それにしてもいい天気だ、と吹雪は思う。吹き抜ける秋風が心地いい。吹雪は自分の名が示す凍てつく冬より、爽やかな今の季節が好きだった。天気の変わりやすい季節ではあるけれど。

 秋の空といえば、十時の方角にいる(あけぼの)という少女はまさに秋めく天候のように気難しい。眼光の鋭い彼女が、無線通信中の雪風をじろりと睨んでいた。文句を言いたげに、眉根を寄せて、サイドテールが風に揺れる。

 まったく笑えば可愛いのに、いつも仏頂面なのがもったいない。吹雪がそう思っていると、曙が大声を上げた。

 

「あーもう煩い(うるさい)! 無線は長電話のためにあるわけじゃない! 帰投するまでが任務なんだから、最後まで気ぃ抜かないでよ! 世間話は帰ってからでいいでしょ!」

 

 よく通る声で怒鳴られた雪風がびくっと肩を縮める。

 

「あんた自分が幸運艦とか呼ばれて、調子に乗ってるんじゃないでしょうね!」

 

 いつも一言が多いのだ。

 

「ふえぇ、怒られちゃいました……」

 

 雪風がしゅんと小さくなる。

 

「吹雪も。旗艦なんだからあんたが号令かけて、引き締めるところちゃんと引き締めてくれないと困る。この私が艦隊にいて任務遂行不十分だなんて御免だから!」

 

 黙っていたら曙の怒りがこっちにまで飛び火してしまった。たしかに、あとは帰投して報告するだけの段階になって少し気が抜けていたかもしれない。吹雪は静かに反省した。

 

「ごめんごめん。次からはちゃんと声掛けるね」

 

「はー、どいつもこいつも」と曙。「司令も私を旗艦にすれば良かったのよ……」

 

「なっ」

 

 これには吹雪も胸中穏やかではない。そこまで言うことは無いんじゃないか。っていうか何様だ。そう思うも旗艦の立場を思い出し、吹雪は煮え湯を飲みこんだように平静を保った。

 一部始終を見て、二つ結びの少女が口に手を当ててにやにや笑っている。吹雪の左隣、その少女の名前は|漣(さざなみ)。セーラーの上の漣模様の缶バッチが陽光を反射する。

 

「ふんふん、あんまり気にしなくていいよ吹雪。曙ちゃんは久しぶりの本格的な任務だから、はりきりまくってるのねん」

 

「う、うっさいわよ漣!」

 

 曙の慌てた声が返ってきた。しかし図星だったのか、彼女は腕組みをしてそっぽを向いてしまう。この二人は、実際のところ仲が良いのか悪いのか傍から見ている分にはよく分からない。しかし同期ということもあって、お互いをよく知ってはいるのだろう。

 隊列からやや離れた前方に、また一人の少女の姿。全体の速度を無視して、40ノットで先に行ったり戻ったり。潮風にたなびく金色の髪、波頭の飛沫を一身に受けるタイトな制服。島風(しまかぜ)という少女がUターンして吹雪たちに向き直った。

 

「ちょっとみんなー、おっそーいー!」

 

 やれやれ、と吹雪はため息が漏れる。曙は規律を重んじるが、島風は自由を重んじる。というか、おそらく彼女の辞書には『規律』という言葉が無い。吹雪の悩みの種の一つだった。あまり曙を刺激しないでほしいと思ってしまう。

 

「ねえもっと速く走れないのー? そんなんじゃ陽が暮れちゃうよー」

 

「アンタが一人だけ速いのよ!」

 

 得意げに跳ねまわる島風に、曙の我慢も限界に近かった。

 

「ふふん、私には誰も追いつけないんだから!」

 

 そう言って、島風はまた速度を上げて行ってしまう。

 

「吹雪、旗艦としてああいうのこそ統率して欲しいんだけど」

 

「う……私も頑張ってるつもりなんだけどなーあはは」

 

「……まぁ流石に同情してあげるわ。あの問題児の面倒を見るなんて私でも嫌だし」

 

 曙でも半分以上匙を投げるしかないとは、島風恐るべしだった。島風の性能が他の駆逐艦より上に突き抜けているせいで、面と向かって叱れる艦が少ないというのも彼女のわがままを助長させる原因になっているのだ。

 

「私がいっちばーん!」

 

「ちょっとー島風! あんまり離れないで!」

 

 吹雪は旗艦として声をかけるが、やはり聞いていない。

 しかし、あと数分も走れば鎮守府が見えてくる。このままいけば何事もなく帰れるはずだった。

 

「チッ」

 

 曙の苛立ちを吹雪は左方向から感じていた。胃が痛くなってきたので舌打ちが聞こえたようなのも風の音か何かだと思うことにした。

 

「ったく、ホントありえないんだけどアイツ。一体どういう了見なんだか。(おか)に上がったら覚えておきなさいよ、ガツンと言ってやる……」

 

 雰囲気が険悪になっていく。

 

「はわわ、け、喧嘩はダメなのです!」

 

 艦隊の窮地に声を上げたのは、(いなづま)という少女。雪風の右舷(うげん)側で心配そうにしていた。

 ひときわ柔和な電は、艦隊の和が乱れるのを感じ取って、吹雪を気遣っている。心優しい子なのだが、一滴でもアルコールが入ると性格が豹変することは、電本人以外にはよく知られていることだ。酔っ払った電はゆらりと立ち上がっては誰かれ構わず衝突して(絡んで)記憶をすっかり失くしてしまうので、彼女自身はそのことを覚えていることはない。

 総勢六名の駆逐(くちく)艦隊(かんたい)

 半分崩れかけた隊列のとりあえずの体裁を取りながらも、一行は目的地、(くれ)鎮守府(ちんじゆふ)に向かって進んでいた。

 

 吹雪たちは海の上を、まるでスケーティングするかのごとく滑走している。もしくはスノーボーディング、それらに近い要領の水上走行だ。

 そのような移動が可能であるのは、彼女たちがそれぞれが脚に装着している艤装(ぎそう)という装置によるものだった。一見デザイン色豊かな軍靴(ぐんか)だが、内蔵されている蒸気タービンで身体を水面まで浮かせ、推進力を生みだしている。

 ただ、その操作・運用は難解を極める。着用しても訓練を受けていない普通の人間ならその独特の浮遊感に海面に立っていることすらままならないだろう。加えて変速や旋回をするとなると、風や潮の流れの影響を受けて殊更に精密な制御を要求される。最初はほとんどの人が、後頭部から海面に突っ込む経験をすることになるわけで。要は、バランスを取ることが至難なのだ。

 にも関わらずこの少女たちは隊列を組んで、自在に海を滑走しているのである。どうして年齢中学生ほどにしか見えない彼女たちが、このような芸当をやってのけているのか。それは彼女たちが、艤装運用の特殊訓練を修了した精鋭兵士艦娘(かんむす)であるからであり、国家の推進する『艦娘システム』によって選ばれた少女だからに他ならない。

 

 艦娘、駆逐艦吹雪、同じく漣、曙、電、島風、雪風の六人は、キス島沖で任務を終わらせた帰りだった。

 

「―それにしても、まさか編隊を駆逐艦のみに変えただけで一発攻略できちゃうなんてね……。ちょっと呆気ないね」

 

 吹雪はここ最近の任務を思い出していた。数週間かけてもキス島沖任務を達成できずにいた呉鎮守府の日々。何度出撃してもキス島沖の特定のポイントで《羅針盤》は特定の方向を示しつづけて目的地には辿りつけない。「羅針盤が狂う」などと称されるその現象は、深海棲艦が海域一帯に出現したことによる磁気干渉の結果であるらしい。貴重な資源は徒に(いたずら)消費されていくばかりだった。

 艦娘の一大拠点である呉鎮守府の業務は、そうこうして数週間も停滞していた。

 変化があったのは二週間前。組織の上部階層にあたる大本営が痺れを切らして、鎮守府の抱える研究機関に資金援助をしたらしい。そうして機関に海域のデータを詳細に取らせたところ、どうやら艦隊の編成に問題があったとのことだ。

 

――――なんか全部駆逐艦にすればいいっぽい。

 

 とのことで、実際その通りにしたら羅針盤が誤作動させられることもなく、凶悪な敵艦隊の巣の中に誘導されることもなく、太平洋上に浮かぶキス島に辿り着き、本日づけで任務遂行できてしまったのだった。今回、第一回目の試験的な進撃だったにもかかわらず。

 艦隊も、みな小程度以下の損傷しか受けていない。かすり傷くらいで済んだということだ。幸運の駆逐艦の通り名で知られる雪風は今回も無傷で、敵軽空母の爆撃が直撃する前になぜか上空で爆発するという、幸運伝説に新たな一ページを書き加えていた。

 順調にいった今回の作戦を思い出し、漣が肩をすくめる。

 

「けっきょく駆逐艦だけで任務完了できちゃったねぇ。あれだけ使った資材はほとんど赤城さんの中に……。とにかくこれから鎮守府は資材手繰りにバタバタすると思いますよー。艦娘のタイムラインが不夜城と化すのが目に見えるようですな……メシウマ!」

 

「今メシウマって……」

 

「いえいえなんでもございません」

 

 漣はその時その時で口癖や振る舞いなどを使い分けて、いつも飄々としている。口調をころころと変えながら彼女は言う。

 

「まぁそんなこんなの数週間でうちの主力の練度も上がったわけだし、いいことずくめだったんじゃないですかね? まぁ資源はかつかつだけど、どーせ私たちが遠征しますし? 取ってきますし? ね、ご主人様?」

 

 ご主人様―と語りかけたのは漣が持っている無線機の向こうにだ。電源がオンになっているそれの向こうから、咳払いと、それから落ち着いた若い男性の声が聞こえてくる。

 

『コホン。よくやってくれたね、漣、吹雪くんたちも。これで呉の面子も保てるよ。対外戦略的にもけっこう大事なことなんだ。最大の褒章を以って(ねぎら)おう』

 

 無線機からは穏やかな男性の声が返ってくる。それを聞いて漣はにんまりと微笑んだ。

 

「好きって言って」

 

 吹雪は舌を噛みそうになった。一体どういう関係なのか。昼ドラを連想した吹雪をよそに、にゃははと漣は笑った。

 

「ま、もちろん冗談ですよ―私たちはこの国のために働けたら、それでいいんです。だから外出許可日数の延長、Amazon使用回数の増量、それに数週間おやつがたしょー豪華になる以上のことは望みません」

 

「ま、前向きに検討しよう」

 

 しれっと長期スパンでの報酬を要求する漣の手際に吹雪は軽く呆れてしまう。

 無線機の向こうにいたのはこの艦隊の司令官だ。漣がメインの通信手として、司令官との連絡を取っていた。

 曙も無駄話の相手が司令官ならば文句も言えない。というより呆れ返ってものも言えない感じだ。

 

「あーあ、たるんでるわねほんと」

 

 と、曙は周りを見渡して言う。

 

「――――しれぇ、だったら間を取ってどら焼きにはコーヒー牛乳です!」

 

「はわわ、大人の階段登るのですっ」

 

 雪風と電も、()()()()()()()()()()()無線機に向かって何か喋っていた。

 

「大人の階段って……電さんは……、この前の響さんのウォッカを飲んで大変なことになってたような……」

 

「……? なんのことです?」

 

「な、なんでもないです」

 

「司令官さん、コーヒーが飲めるなんて憧れてしまうのですー!」

 

 無線機の向こうの、もう一人の誰かと話している電の丈長の袖がぱたぱたと揺れる。

 

『ところで、さっきは曙くんの大声が聞こえてきたけれど、喧嘩でもあったのかい?』

 

 司令官が心配しているように聞いた。

 

「あー、いえいえ。曙がしっかりしてくれてるお陰で、駆逐艦隊は全員平穏無事、現在まで健在なのですよ」

 

『へぇ。頑張ってるみたいだね』

 

「頼れる子なんです」

 

 そして漣は両手をメガホンのようにして。

 

「あけぼの氏ー、提督が『頑張ってるね』って褒めてくれてるよー!」そう言った。

 

「う……うううっさい漣! クソクソバカゴミ提督!」

 

 若干照れたような怒鳴り声が返ってくる。

 

『うーむ。日に日に接頭辞がアップグレードしていくなぁ』

 

 最初は『クソ提督』だけだったのに、と司令官は嘆く。

 

「ダウングレードしてるんですよ?」

 

 漣が笑顔で首を傾げた。

 

『――ところで、任務の方はどうだったかな。キス島の方々の保護は順調に終わった?』

 

 司令官が神妙に切り出した。任務の経過報告の要求。

 

「ええ、そうですねぇ―」

 

 漣は後続を見上げるように振り返った。そこには大型のクルーザーが視界一杯を占めるように構えている。骨太な船影から突き出しているのは重機関銃で、立派に武装された改造船舶だ。作業着姿の男たちが見えるだけでも数十人は乗っている。その後背にはさらに数隻の輸送船が付いてきており、それぞれに民間人が乗っている。米粒のような駆逐艦たちを筆頭に、幾つもの船舶が付いてきているという異様である。

 

 そして何よりの異様が、船団の突端に立っていた。

 

 度重なる戦いでスクリューの壊れたクルーザーを黙々然とロープで曳いて進む―戦艦長門(ながと)の姿がそこにあった。

 

「駆逐艦隊、キス島の民間人全員の収容を完了、又、防衛に使われていた武装クルーザーに民間の守備隊全員の収容を完了しました。クルーザーは深海棲艦の攻撃により自走不能なほど損傷していたんですけど、ドロップ艦長門さん自身の申し出でにより現在彼女に曳航(えいこう)してもらっています」

 

 漣が無線機に向かって報告する。先ほどの雰囲気とは微かに異なり、口調に真面目な色が混じっていた。

 

 吹雪は再び長門を振り返る。

 

 あの長門が一時的にだが艦隊にいる。目を疑いそうな光景だった。

 

 吹雪にとって憧れるほどの長身に、腰まで届く綺麗な黒髪がそよぐ。華奢な細さはなく鍛え抜かれたプロポーション、しかしそれの一体どこに大型船艇を曳くほどの力が隠されているのだろう。

 

 最も目を惹くのは長門の装備だった。身につけている主砲は『41センチ連装砲(れんそうほう)』で、自分たちが装備している『12・7センチ連装砲』とは性能から存在感までして違う。極めつけは、その巨砲には銃創や(きず)が刻まれていたこと。駆逐艦のそれより厚みのある艤装にも、激しい戦いの(あと)がある。吹雪たちに発見されるまでは、キス島で守備隊の人たちと戦っていたのだと、彼女はドロップ艦として出会った時に言った。

 

 立っているだけで異質な存在。それはきっと、平凡な自分が隣に立つと一層際立つことだろう。吹雪はそう思う。

 

『そうか、長門くんが見つかったのか! うんうん、良いことだ。えーっと、旗艦の吹雪くんはいるかな?』

 

「は、はいっ! 司令官!」

 

 唐突に呼ばれて吹雪の声が裏返った。

 

『吹雪くん、帰投したらいつものように長官室に来ること。それと報告書、よろしく頼むよ』

 

「は、はい頑張りますっ」

 

 そう言って吹雪は背筋が伸びてしまう。それを見て漣が小さく笑った。

 

「やっぱり吹雪は真面目だなあ」

 

 前方で島風が再び手を振っている。

 

「みんなーおっそーいー!」

 

 島風はクルーザーを曳航する長門の速度に合わせていられないのだろう。さっきから進んでは止まりを繰り返している。

 

「駆逐艦が低速艦に合わせなくてどうすんのよ!」

 

 曙が正論を言うが。

 吹雪の目に映る島風はまるで絹がはためいているようだ。もしくは広大な海原をキャンバスに、金の絵の具を気持ちのままに走らせているのか。太陽の色をした彼女の笑顔を見ていると、なんだか画になるなあと吹雪は思うのだった。彼女の眼にはキラキラと、世界中が輝いて見えているんじゃないだろうか?

 

 そうやって見惚れていたせいだったのか。島風の背後の海面が暗青色に盛り上がっていくのに吹雪は反応することができなかった。

 

―え?

 

 破裂するように水柱が立ち上る。その中に、怪物の影が幾つも揺れる。それらは魚影ではない。それは艦娘と対極の存在、深海棲艦(しんかいせいかん)。その出現を告げる水柱が続けざまに二つ、爆音と共に発生していた。

 

「なっ!」吹雪は目を見開く。

 

島風の前方、水柱の降りきったそこには深海棲艦駆逐ロ級がいる。鋼鉄でできた鮫のような生物が仄白い眼を光らせていた。直後、人型のフォルムの深海棲艦が海から体躯を引き抜くように現われる。艦娘に近い姿のそれは、軽巡ホ級。

 

「―てっ、敵艦隊発見! ただちに迎撃開始します!」

 

 吹雪が上ずった号令を叫ぶ。そして素早く連装砲を構えて敵を照準に入れようとして、手が止まった。確認した水柱は三つ。しかし視界に入っている敵は二体。もう一体はどこ?

 

「……あ、や…………」

 

 島風は青ざめて上空を仰ぎ見ていた。視線の先、中空に駆逐イ級が跳んでいる。彼女を塗りつぶすような巨大な影が、大口を開けて落ちていた。出現と同時に跳んだのだ。艦娘一人くらいやすやすと飲み込んでしまいそうな喉奥から砲門を覗かせて、イ級はその巨体ごと島風に着弾しようとしている。予測しようもないその動きに、島風の足は完全に竦んでしまっていた。

 

「バカしまかぜえええ!」

 

 ドウンと砲撃の音と同時に、イ級は空中で弾かれたように不可解に軌道を変えた。誰かの砲弾が直撃したのだ。首元に風穴を開けたイ級は体内火薬に火が点いて弾ける。島風から離れた海面に頭部が落ちたあと、胴体は藻掻くように身をよじらせながら沈んでいった。曙の連装砲から煙が吹いていて、彼女は詰めていた息を吐き出す。

 

「まだ二体……!」

 

 背後に雷が落ちたような、全身に響く地鳴りのような音が吹雪の後方を圧した。瞬間、バクンと軽巡ホ級は腹部に大穴を空けて、音も立てずに沈んでいく。長門が主砲を撃ったのだ。41センチ連装砲。その砲弾が直撃して、生きていられる生物がいるだろうか。

 

 残ったロ級に、吹雪たち駆逐艦は雷門による一斉射を放った。

 

 終わってみれば呆気無い、小規模な戦闘だった。深海棲艦の瞳は死して尚ペンライトのように青白く光り、完全に海底に沈んでゆくまでその姿を目で追うことができる。見ていると引きずり込まれそうで、吹雪ははっと目を逸らす。

 

 最初こそひやりとしたものの、結局負傷者なく急襲を凌ぐことができた。深海棲艦の出現に居合わせるなんて滅多にあることではないが、だからこそ怖い。島風もそれを痛感したのだろう、一気に静かになってしまった。とにかく、危機は去ったようだ。

 

「し、島風さん大丈夫です? ひょっとして怪我……してしまったのですか?」

 

 海の真ん中で屈みこんでしまった島風の周りに、艦隊が集まる。

 

「立てるか」

 

 長門が手を差し伸べた。駆逐艦の両手を包み込んでしまえそうなくらい大きな手だ。

 

「怖かったろう。海は注意なしで遊べるところではないな。でも危ないときは今みたいにみんなが守ってくれる。だから本当に怖いのは、一人で遠くまで泳いでいってしまうことだな」

 

「う、うん……ごめん、なさい」

 

 しおらしくそう言って長門の手をとった島風に、どうやら怪我はないらしい。腰が抜けていただけのようだ。皆は安心して、吹雪は長門がこんなに喋ることに驚きつつも、一息つく。

 

「まったく。さっきまでの威勢はどこいっちゃったんだか。あんたもこれで懲りたんじゃないの?」

 

 曙が呆れたように言った。

 

「ふ、ふん、みんなが遅いのが悪いんだから」

 

 島風は反射的に強がってしまう。

 

「なんですってぇ?」

 

「……う。わ、私が、悪かった……かも」

 

 曙に咎められて少し可哀想なくらいに凹む。

 

「まーそのくらいにしときなって曙さん」

 

 漣が曙の肩を叩いた。

 

「キミも最初は単独行動が目に余るほどだったんだからさ」

 

「んなっ、そ、そうだっけかなー」

 

 曙は漣から目を逸らした。逸らした先で電と雪風が意外そうに目を見張っている。

 

「それで重巡の群れに一人で突っ込んで、危うく死にかけたんじゃん。私忘れてないよん、曙がおもら―」

 

「あー! あんたバカ! バッカじゃないの!?」

 

 曙が真っ赤になって大声を上げた。本当にこの二人は仲が良いのか悪いのか分からないと思って吹雪は吹きだす。

 十二時の方角に、まもなく鎮守府が見えてくる。早朝からの任務ですっかり疲れてしまったけれど、もうひと踏ん張りだ。

 

「みんな、あともうちょっとだよ! よーそろー!」

 

「おー!」

 

「なのです!」

 

 一歩引いて曙が肩をすくめる。

 

「やれやれ、最後だけみんな調子いいんだから」

 

「だけど曙、さっきはかっこよかったぞ」

 

 漣が労った。

 

「当然。志が違うのよ」

 

「いやー、私なんて島風が危ないと思ったら目つぶっちゃったからなあ……。曙氏って朝練も毎日頑張ってるし、まじに尊敬してるんデスヨ」

 

「だっからなんで朝練のこと知ってんのよ……!」

 

 艦隊はまた少しずつ賑やかになっていた。

 長門はやや後方からただ静かについてきている。

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