すべての艦たちのための艦娘解体   作:うずしお丸

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妖精さんは喋らない/加賀と瀬名

『「感情がない、お前は鉄で出来ている」って言われた? 誰に? ――私がぶっ飛ばしてやるそんなやつ』

 

 ほんの数日前、加賀は瑞鶴に向かって嘘を()いた。自分の部屋のドアにそういった自分を揶揄する内容の張り紙が貼られていたと言ったのだ。しかし実際にそんな事実は無かった。それは加賀のでっちあげた虚構であり、そこで瑞鶴は加賀の想像以上に加賀のために怒った。加賀は後で自己嫌悪に陥った。

 

 なぜそんなことをしたのかというと、特別な意味はなかった。加賀は子どもみたいな心理実験をしたのだった。自分は無益な嘘を吐けるのかを試さなければならないと思っていた。意味なんて無いのだが、思いついたことを「やらなければならない」と自分に強制していく、そうする必要が加賀にはどうしてもあった。そしてやり終えたあとに、そうする必要なんてなかったと思うのだった。

 

 加賀の頭はいま、そのとき言われた瑞鶴の一言をぼうっと反芻している。シャワー室の中で考えごとをする習慣に耽っている。

 

 湯水が傷ひとつない滑らかな肌の上を弾いていた。鏡の中の肢体が臍から太腿へと右手を滑るように動かしていた。熱いものが身体の芯にまで透き通って、その中でたった一つ冷えた心のことを加賀は考えていた。

 

 瑞鶴は何故あんなことを言ってくれたのか。

 

 自分にはできないことだった。自分こそが、自分に向かって「感情がない」「鉄みたい」だと言うのだが、思えば最初から、記憶が始まったときから、加賀は自身の心というものをそのように感じていた。感情を排し心身を制御できるのは加賀にとって当たり前であった。だからこそ加賀は着任してたった一ヶ月で前線艦隊に編入されていた。

 

 眼を閉じると、生まれた瞬間のことを思い出すことができる。無菌状態の、輪郭がぼやけるほどに真っ白な部屋の中に加賀はいた。

 

『おはよう、加賀』

 

 目覚めた自分は加賀と呼ばれた。

 

『声、聞こえてるかい? 今からいくつかのテストするよ』

 

 生まれた瞬間から自身が兵器であることを知っていた。

 

『驚いた、凄い性能だよ。キミの記憶力、運動性、問題解決能力は共に類を見ないスコアだ。どうしてこんなことになったんだろう。特にね、人格適正の結果がほんとうに興味深い』

 

 兵器はものを喋らない。何も思わない。兵器の身体には鉄よりも冷たい論理だけが走っている。

 

『他者の情緒を理解する数値ゼロ。人間性の欠如。兵器としてはこの上ない適正だね』

 

 それはたった一ヶ月前のことだった。

 

 しかし加賀は思う。まだ自分は結論を出せるほどには生きていない。シャワーを止めて、外にかけてあるタオルを手に取った。

 

 他の者についてはどうなのだろうと、加賀は考えてみる。瑞鶴はどうなのだろう。赤城はどうなのだろう。司令官たちはどうなのだろう。他の人間は何を考え、何を感じ、どのように生きているのだろう。二年前の加賀はどうだったのだろう――

 

    ◇

 

 ミーティングという名の反省会で出過ぎた行動を絞られたあと、加賀が昼時から外れた時間に食堂に行くと、瀬名(せな)(いおり)司令官の姿を見つけた。加賀たちの艦隊で先ほどまで指揮をとっていた彼女は、窓際の席で一人黙々とカレーを食べていた。

 

 人気が少ないこともあり、向こうも加賀に気付き、安堵したように手を振った。

 

「加賀―こっちこっち」

 

 手招きされるままに相席する。瀬名は長い黒髪を後ろで一本に束ねていてすらっと背も高い。艦である加賀の眼から見ても美人な人だったが、尉官の白軍服がいつも妙に似合っていなかった。

 

「良かったあ加賀が来てくれて。私一人ってどうも苦手で」

 

 物腰が柔らかいせいかもしれない。瀬名がほっとしたように言う。

 

「こんな時間なんて珍しいですね」

 

「まぁさっきまで仕事してたのよ。加賀こそ、いつもこの時間帯に使ってるの?」

 

 加賀も先程まで任務だったことを言った。任務の一部始終を掻い摘んで話し、自分の取った行動や、周りの反応についてを話した。瀬名はそれを聞いて悲しそうに眉根を寄せた。

 

「そっかあ。そっちは仁蔵クンの管轄だから突っ込んだことは言えないけど、艦隊の仲ばかりは時間をかけなくちゃいけないところだからね」

 

 加賀は子どものように頷いて聞いていた。

 

「孤高の人の加賀らしいけどさ」

 

「孤高の人」

 

 瀬名の呟きに加賀は顔を上げる。

 

「あ、ごめん。別に深い意味で言ったわけじゃないんだけど」

 

「いえ……。今『人』って言いましたよね?」

 

 瀬名は意外そうな顔をする。

 

「うん。言ったよ」

 

「『艦』の間違いじゃないでしょうか」

 

 だって、艦娘の呼称は『艦』だろう。そう思っていたら、瀬名が急に噴き出した。

 

「あはは、加賀ったら」

 

「な、なんですか?」

 

「だって、『孤高』の方は否定しないんだもの」

 

「あ、いえ……! そういうわけではないのですが」

 

「『人』だよ。艦娘だって、私たちと同じ……」

 

 瀬名は窓の外の光景を見やって、瞳を輝かせていた。遠征を終えた艦娘たちが資材を運ぶために敷地内を走り回っていた。演習任務終わりに他の鎮守府から来た艦娘に、呉の艦娘たちが施設を案内していた。クレーンが積荷を下ろす仕事の音と、波が堤防で細かく弾ける音と、艦娘たちの話し声が耳を澄ますと聞こえてきた。

 

「少なくとも私はそうやってみんなと接してるよ」

 

 瀬名の言葉が、加賀の中にすとんと落ちてきた。

 

「司令は、どうして海軍に入ったのですか?」

 

 加賀は疑問に思ったことを口にしていた。目の前の人はどうして呉にいるのか。

 

 瀬名が意外だという風に目を丸くする。

 

「よろしければ、是非聞かせて下さい」

 

「そうねえ」

 

 子どもっぽく笑って、瀬名は軍人になる前の自分を話してくれた。

 

 始めから軍属だった加賀には、瀬名の話は新鮮に響いた。

 

「――と、こんな話で良かったかな?

 ごめんね、子どもの頃から変わらず話下手で」

 

 瀬名が口を尖らせた

 

「いえ……お話聞けて良かったです」

 

「ほんと?」

 

 意外そうに加賀を見た。

 

「すみません、私こういうことしか言えなくて……」

 

「いやいや、こちらこそ! なんだか、久しぶりに昔を振り返ったな。自分って、色々考えて生きてきた筈だーって思ってたんだけど、案外何も考えずに人生を決めてきたんだなって再確認したよ」

 

 瀬名はさっぱりと言った。それから加賀のことをじっと見つめる。

 

「呉に来たことは一度も後悔しなかったよ。あなたたちとは人として接させて欲しい。それができなくなったときが、私たちが後悔するときだと思うから」

 

 信頼していると告げる代わりに、瀬名はそう言う。加賀は頷いた。

 

 二人が食器を片付け始めた頃、食堂のドアが慌ただしく開けられる。

 

「瀬名司令官さん! やっと見つけたのです……!」

 

 電が息せき切って入ってきた。呉中を走り回った様子だった。

 

「大変なのです……第一艦隊が……長官さんが呼んでて……とにかく一緒に来て欲しいのです!」

 

 その慌てようは良い報せであるとは思えなかった。瀬名と加賀は目を合わせて駆けだした。

 

 仁蔵司令の率いる第一艦隊に何かがあったのだ。嫌な予感が加賀の胸を突き上げていた。そこには赤城も所属していた。

 

 ここは戦争の前線基地であることを加賀は思いだした。

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