赤城が語る二年前の空母寮で起こった事件の顛末はこうだった。
当時の赤城(建造艦)は、元空母寮の加賀の部屋で、喀血にまみれ死亡している彼女を発見した。赤城はそれが服毒による自殺であると気付く。加賀の倒れている先には血の付いたワイングラスが転がっていた。衝撃を受けて錯乱した赤城は加賀の死の原因が自分にあると思う。そして自らその毒を飲み、加賀の後を追ってしまう。
その後、呉は赤城の死の方のみを隠蔽した。当時ある海域で事前に発見されていたドロップ艦の赤城と、不正建造されていた赤城の存在を入れ替えたのである。
どうしてそのようなことを企てたのか。それは艦娘システムの倫理規定の穴を抜けるためだったと、赤城は考えている。
【艦娘システム倫理規定第十四条】
《同名艦ノ同時刻ニオケル二体以上ノ顕在ヲ禁ズ》
この規則は、人体クローン技術の乱用により同名の艦娘を量産することを禁じるものだ。これによりドロップ艦や建造艦に関係なく、同じ名前の艦をこの世界に二人以上存在させることはできなくなった。この規則があるからこそ、艦娘は量産される兵器以外の何ものかでいられる――と考えられていた。
現在では、この規定には大きな変更が加えられ、十四条の項目は破棄されている。二年前、加賀の事件は艦娘の自殺として軍部に衝撃を与えた。その煽りを受けて、解体制度という現在の艦娘の扱いに関する規定が成立したのだった。
ところが二年前以前、赤城という艦はこの規則を破って二人存在していた。呉は初期の戦力を増強するために赤城という艦を不正建造していたが、後にドロップ艦として発見された赤城も所持していた。その事実を隠し続けた上で、事件の日を好機と見て赤城の入れ替えを行ったのではないかと、入れ替わりの当事者であった赤城は考えていた。
「ふむ、呉はクロでありましたか……」
赤城の話を聞き終えたあきつ丸が嘆息した。
「つ、つまり赤城さんは事件の真相を知っていたってことですか」
加賀は驚くしかなかった。今日一日で天地が何度ひっくり返ったか分からない。
「ええ。加賀さんの自殺の理由まで、聞かされました」
赤城はそう答える。加賀の自殺の、本当の理由。
「それは『誰に』……でありますか?」
あきつ丸が横から口を挟んだ。赤城が故意に名前を伏せていた点を指摘したのだ。
「…………芦木長官です」
今更隠しても仕方ないと思ったのだろう。赤城は言った。ふむ、と一人納得するあきつ丸。
「赤城さん、教えてもらってもいいですか? 彼女の自殺の理由を」
加賀はそう赤城に問う。二年前の加賀の不審死は自殺であり、それが次なる悲劇を生みだしていた。そうなるといっそう疑問は強くなる。何故加賀はそのようなことをしたのか。
「あの人は、心因性の視力障害だったんです」
そう赤城は答える。
「視力障害」
「……はい。戦闘中、彼女はほとんど眼が見えていなかったそうです。その状態で、前線に立ち続けた。秘書官として、旗艦として、呉のすべての艦娘の上に立っていた。しかし彼女は自殺の日まで、視力障害についてを周囲に隠し通していたんです。誰一人にも、建造艦の方の赤城にすらも言わなかったそうです。
私、今でもわからないんです……どうして彼女はそれを黙っていたのか……そんなことができたのか……。
その事実が知れたら、艦娘としての存在意義を失ってしまうからだと、長官は言っていました。そうして矛盾を抱え生き続けてきた加賀は、ある時に壊れてしまったのだと。それが、二年前の加賀さんの自殺の理由です。当時は《解体制度》なんてものがありませんでした……彼女には、逃げ場がなかったんだと思います……」
そう赤城は言った。そう言った。今度は、加賀にも矛盾点がはっきりと分かった。それは『二年前の加賀が視力障害を持ちながらにして時代小説を愛読していたこと』だったろうか。それとも、『視力障害を持ちながらにして呉の前線に立ち続けた加賀が、いまさら存在意義なんてもので自殺できたこと』だろうか。いま挙げたそれらは真の矛盾に比べたら些細な整合性の掛け違いに過ぎない。加賀は気づいてしまった。赤城が、芦木長官の言葉のすべてをこの二年間ずっと信じていながらにして、今ここで長官に背くよう過去の暴露をしたことが、身の毛のよだつほどに矛盾していた。
「赤城殿は、大馬鹿者であります」
あきつ丸が言う。
「二年間も呉に不審を抱きつつも、よくも自らの命を捧げ続けられたのであります。それは二年前の加賀殿が矛盾を抱えながら生きていったことに酷似している。それは赤城殿にとっての償いのつもりだったのでしょうか。死んでいった赤城殿に対する何であったのか、詮索好きな自分ですら訊きたくないのであります」
そう彼女は嫌悪感を露わにした。そうして空を仰ぎ見て、怒鳴った。
「まったく、艦娘はどいつもこいつも大馬鹿者でありますなあ! 海で揺蕩うあほう鳥だ!」
腹の底からの大声だった。凛とした声の残響は全て天に吸い込まれて、消える。
「加賀殿、赤城殿。ここで改めて、問題提起をしておくであります。すべてをリセットするための、問題提起を」
そうして彼女は、最後の謎を残していった。
「三人の司令官のうち、いったいクロは何人で、誰なのでありましょうか。芦木長官か、仁蔵司令と瀬名司令か、それとも――
今日のところはここまでに。突然怒鳴って申し訳なかったであります」
最後は意外にも素直にそう言い残してあきつ丸は身を翻し、走り去っていった。辺りは静かになり、枯れ木の間を風がすり抜けていく。その直後、空母寮の一室の奥からどどどという足音が聞こえてきて、突然窓が思いきりよく開け放たれた。
「うるさあああーーーい! こんな晩に大声なんて出して! びっくりしてラーメンに胡椒入れすぎちゃったじゃない!」
蓋の外れた胡椒壜を握る正規空母瑞鶴が顔を覗かせた。彼女は窓の外に加賀と赤城を発見すると目をしばたかせる。
「あれ……一航戦……? いや、まさか……。ねえ、もし仮にあんたたちが大声の犯人じゃなかったら、今さっきここにもう一人いたはずなんだけど」
「あきつ丸さんならたったいま要件を終えて帰っていったところです。怒鳴っていったのも彼女です」
加賀が答えた。
「あー……あいつね……。そういえば二年ぶりに呉に帰ってきたって聞いたわね……」
瑞鶴は眉をひそめると、二人に向き直った。
「あーうん、わかった、一航戦、私のことは忘れて頂戴。おやすみなさい」
ぴしゃりと窓が締め切られて、あとには静寂だけが残った。加賀と赤城は顔を見合わせて仕方がないと笑った。
「加賀さん。私のこと、どう思いましたか?」
――それからしばらく経って、赤城が恐る恐るという風に聞いた。加賀の死について、黙っていたことを怒っていないかと思ったのだろうか。そんなはずはなかった。
「秘密を打ち明けてくれて、良かったですよ。少なくとも、ずっと一人で抱え込める話ではなかったと思います」
本当に、言ってくれて良かった。加賀はそう思う。
「ありがとう。やっぱり……加賀さんは強いね。私は耐えられない時がある……。何が真実で、何を信じたらいいのか……まったく分からなくなるの……」
赤城は泣きそうな声で言う。その姿が助けを求めている子どものように見えた。
「赤城さん。私、真相を確かめてみようと思うんです」
「加賀さん……?」
加賀自身も自分が言ったことに一瞬驚いたが、口にしてみるとそれは確かに自分の意思なのだと感じ取れた。
「二年前に起こったこと。それを知ることで、ひょっとしたら何かが変わるかもしれません。いまの赤城さんの不安も、打ち払えるかもしれません」
赤城ははっとして、加賀の顔を見た。
「……加賀さん、何か分かったら教えてくれませんか?」
加賀は頷く。赤城を安心させたいと思う。いまはそのための言葉を持たないけれど、約束することならできると思った。
「もちろんです。必ず」
二年前の出来事に、いまの艦娘たちは支えられている。それならば加賀は、その真相を知りたいと思った。
――その日の晩は、ラーメンを啜る瑞鶴のくしゃみが止まらなかったそうだ。
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