すべての艦たちのための艦娘解体   作:うずしお丸

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駆逐艦隊VS姫

「きゃあ!」

 

 直上で岩盤が爆発したせいで砕けた破片を頭から浴び、耳がきーんと鳴る。一時的に聴覚が駄目になったことが分かったが、吹雪はそれでも船速は緩めず、あえて岸壁すれすれを最大船速で駆け抜けていた。そのすぐ背後を敵の球体飛行物体が高速で追随してきている。銃撃が吹雪の行く先を掃射して、波間にふつふつと鋭い飛沫を立てた。牽制射だと分かってはいるが、一撃を避ける度に吹雪の背筋は凍りつく。駆逐艦の装甲は薄いのだ。吹雪は生きた心地がしないまま、左手側の岸壁の途切れるその向こうまで必死に走った。

 

 しかしついに彼女は球体に追いつかれる。いくら特型駆逐艦と言えど、飛翔体から艦が逃げ切るのには限界がある。背後で球体が急上昇する気配があって、本命の爆撃が来ると分かった。自身目掛けて急降下する風切り音を聞いて、吹雪は強く念じた。

 

(今だ! 漣――!)

 

 自身の背後で轟音と共に水柱が立つ直前、鉄板を撃ち抜く小気味の良い音を聞いた気がした。大量の海水を被ったあとに振り返ると、撃ち抜かれてひしゃげた球体が水を含んで沈んでいくところが見え、思わず岸の上の漣を見上げた。

 

 漣が口笛を吹いて親指を立てていた。

 

「漣! 上手くいったよ!」

 

 作戦がハマって命を救われたばかりの吹雪は今すぐ崖の上に登って恩人を抱きしめたいくらいだったが、当の本人は簡単に興奮に流されてはいなかった。

 

「上手くいってなかったら死んでるってば! 吹雪っち」

 

 作戦は吹雪を囮にして漣が草陰に身を隠し球体を撃ち落とすという決して上策とは言えない即興のものだったが、こうでもしなければ自由に速度も軌道も変えられる飛行体を撃ち落とすのは至難だった。二人は自分たちの安全を確保してひとまずは安堵する。しかし気を抜いてはいられなかった。皆は上手くやっているかと、吹雪ははぐれた艦隊の安否を思った。暫く前から原因不明に無線が通じなくなっているのも不安に拍車を掛け、胸騒ぎがしていた。

 

「吹雪、止血するよ」

 

「へっ?」

 

 艤装をつけて海面まで降りてきた漣が、その手に救急箱を持っていた。吹雪が自分の頭を触るとべっとりと手が赤く濡れている。

 

「気づかなかった。多分岩の破片で切ったんだと思う」

 

 岩礁まで移動すると漣が消毒の後に布をきつめに巻きつけてくれる。ふと息をつく暇ができて、吹雪は決戦作戦が始まる前のことを思い出した。

 

「ねえ漣……結局誰も『艦娘辞めたい』なんて言い出さなかったね」

 

 「どしたん急に?」漣が目を丸くして吹雪の顔を覗き込む。

 

「雪風を失くしたときね、私は悲しむよりも次は自分が沈むんじゃないかって怖かったんだ。私はあの時自分のことばかり考えていたけど……結局、皆戦うことを辞めなかったよね。やろうと思えば解体だってできたのに」

 

 真っ先に自分のことを考えて、旗艦失格だとあのとき吹雪は思ったのだ。しかし今自分は旗艦としてここにいた。

 

「ごめん、余計なこと言った。忘れて!」

 

 振り返った吹雪が見ると、漣がスカートをたくし上げていた。ウサギ柄のパンツが黄色く染みになって、僅かに水滴が滴っていた。

 

「さっきね、漣は怖くてちょっと漏らしてしまった」

 

 今度は吹雪が目を丸くする番だった。

 

「吹雪はいざというときには誰より勇気があるよ、囮役を買って出れるくらい。周りのこともちゃんと見てる。だから自信持ってよ頼りにしてんだからさ」

 

 漣は吹雪に手を差し伸べた。吹雪は苦笑してその手を取った。

 

「さぁてここからが勝負ですぜ隊長。敵に一泡吹かせてやりましょうや!」

 

――数刻前、吹雪率いる駆逐艦隊は、任務中に総員散り散りになってしまった。湾岸沿いの周辺住民の非難勧告、及び警護が任務だったのだが、突如現れた霧が艦隊を包み込んだ。

 

『タスケテ……サビシイヨ……』

 

 霧の中を進んでいると、どこからかそんな声が聞こえてきた。吹雪たちは海に出てしまった住民の救助要請の線を捨てきれず、その声のする方に進むしかなかった。

 

『ヒトリハ……イヤダ……』

 

 しかし霧中を進めど声の主に出会うことはなく、それどころか艦隊を囲むように複数の方角から同じ声が聞こえる。皆は身を硬くする。声の主は明らかに人間ではなかった。

 

『ミンナ……イッショニ……』

 

「だ、誰なのですか……?」

 

 電の呼びかけに、霧の向こうの気配が動いた。そして火炎が突如揺らめいた。それは遠くでは人魂に見えたが、霧の層を破って視認できるほど艦隊に接近すると、敵意を持ち武器を備えた球体飛行体だった。電や島風の叫び声が上がる。艦隊は正体不明の敵から攻撃を受けていた。

 

 そのときどこからかプロペラの音がする。濃霧の中を逃げ惑う艦隊の間を空気を削り取る何かが駆け抜け、吹雪や漣や曙はお互いの姿をはっきりと見ることができた。それが通り抜けたところの霧の壁が綺麗になくなっていた。水蒸気の断層からちらりと見えたのは、飛び退(すさ)る烈風改の機体だ。呉の加賀の機体だった。排出ガスで雲を凝固させて打ち消す、消滅飛行機雲と呼ばれる現象を起こしているのだった。

 

 どうして加賀が航空支援なんてしてくれたのか、作戦要項にはなかった筈だったが、深く考える余裕もなく、艦隊はお互いの姿が見えるようになった霧の中で吹雪の号令によって撤退しようとした。

 

 そうして上空で烈風改と敵の球体との激しい航空戦が繰り広げられる中、霧間が破れ艦隊の前に現れたのは、吹雪たちと同じほどの体躯の真っ白な人型深海棲艦だった。胸に《零式艦上戦闘機》の模型を抱いている。その少女は目撃例の非常に少ない、既存の艦種にカテゴリー分けできない姫級深海棲艦『北方棲姫』であることが見て取れた。吹雪たちは深海棲艦を統べる者に出会ってしまい一瞬死を覚悟した。

 

「ヤメロ……! ワタシニチカヨルナ……ッ!」

 

 艦隊に気付き敵意を露わにした少女が叫ぶ。それに呼応するように、海中から球体飛行物体の第二陣が次々に現われる。烈風改による支援も、物量差で押され始めていた。球体の持つ機銃の一斉射が艦隊を襲う。

 

 激しい弾幕から逃げきるために、吹雪たちは霧の中を別々に逃げた。そのときに全員は離ればなれになったのだった。

 

 そのようなわけで現在吹雪と漣は他の艦隊員を探していた。

 

――その二人からそう遠くない浜辺近くの霧の中。火花が砲声と共に咲き散っていた。

 

「うらああああああ!」

 

「しぃっ!」

 

 曙と駆逐艦不知火がお互いの背後をかばい合うように、襲い来る球体を撃ち落としていた。その場で組んだタッグであるのに、まるで呼吸が即応しているような一体感だ。位置を反転しあって弾幕を張るのは、まるで互いの死角をフォローし合っているかのよう。しかし実態は――

 

「あんたには負けないんだからあああ!」

 

「減らず口をっ!」

 

 二人は球体の撃墜数を競いあう大立ち回りを演じていた。曙が不知火の眼前を飛ぶ球体を我先にと破壊し、不知火は曙を押しのけるように標的を狙う。結果的に暴風の中心は安全がもたらされているのだった。砲弾を撃ち体を反転させる度に、曙の髪束と不知火の短いポニーテールが揺れる。

 

「はぁっ……はっ……あんた……意外とやるじゃない。最初はただの無愛想な奴かと思ってたわ」

 

「あなたこそっ……。射撃の精度は不知火に次ぐほどでしょう」

 

 その一言に曙の眉根がひくついて、砲塔の動きが一瞬止まった。

 

「今気づいたけど、あんたって一言多いんだよね。今和解の流れだったじゃないのよ? 射撃の精度なんてあたしの方が上に決まってるでしょ、長年やってるんだから。ほらまた外した。ノーコン」

 

「なんでしょうか……? 不知火に落ち度があるとでも?」

 

 曙は不知火のエルボーを躱して飛行体に射撃を撃ち込む。手が滑ったようなフリをしてぶつけようとした砲塔が、不知火の砲塔で阻まれた。

 

「手が出るのが落ち度じゃなかったら何なの!? っていうかあんたどのあたりが雪風の姉妹艦なのよ。ちっとも似てないし性格なんて真逆。あんたのせいで艦隊の雰囲気が真っ暗なのよ!」

 

 今後は不知火の額に青筋が走った。口が勝手に滑っていくのをもう止めるつもりもない。

 

「思うに不知火ではなくあなたの口さのなさが艦隊の泣き所の大部分だと思いますが……バカ?」

 

 ついに頭突きが出た。曙の。

 

「クソバカにバカって言われる筋合いはないのよこのブーメランバカ!」

 

「いったあ! ちっ、もう少し考えて喋れないんですかあ!」

 

 曙の額目掛けて、不知火が頭を振りかぶる。日常聴く機会のない鈍い音が響き渡った。くわんくわんと脳を揺らしながらもその足で海を踏みしめ、曙が叫ぶ。

 

「あんた覚悟できてんでしょうねえええ!」

 

「こっちの台詞ですが!」

 

 身体性能のリミッターを外した全力の喧嘩が勃発しようとしていた。二人を追っていた球体は既に全滅している。余計な邪魔はもう入る余地がなかった。思う存分、二人はこれから拳で語り合うのに違いなかった。曙と不知火は後に呉の二本槍として幾多の戦場で背中を預け合う仲となるのだが、それはまたいつかの話である。

 

 

 

「コナイデェ!」

 

 霧の中に白い少女の声が響く。その声に呼応するように少女の周囲の海中から球体が引き上がった。球体はその先に揺れる二つの艦娘の影に向かって急進する。

 

「待って! 電たちに敵意はないのです!」

 

 標的にされた電は立ち止まり叫んでいる。

 

「危ない電!」

 

 球体の口から現れた爆弾、それを島風が横から狙撃した。撃ちぬかれた弾頭は爆風を起こし、周囲の球体ごと海に散った。島風は白い少女の周囲を旋回して攻撃を避けながら声を上げる。

 

「ダメ! このままだと私たちもやられちゃうよ!」

 

「でも…………」

 

 電が言葉を濁す。彼女の視線の先、霧の中に立っている少女は酷く錯乱しているように見えた。敵とみなした島風や電を追い払おうと激しい攻撃を仕掛けている。しかし二人は逃げないどころか反撃もしてこない。自分の周囲を旋回するだけの艦娘たちに彼女は当惑していた。

 

「このままだとあの子は湾岸の方に行くかもしれないのです……そうしたら民間の人達が守れなくなるのです。ここで電たちがなんとかしないと……」

 

 島風は叫ぶ。

 

「なんとかってどうするの!?」

 

「それは……」

 

 島風も電も襲ってくる球体を射撃して追い払うのみだった。北方棲姫に対しては一度も砲塔を向けていない。

 

 駆逐艦の二人は、少女の目に怯えの色が浮かんでいることに気づいていた。敵意を剥き出しにしつつも、その胸にはゼロ戦の模型を固く抱いている。こちらを襲うために攻撃しているのではない様子だった。その姿は今まで見たどの深海棲艦よりも人間的で、痛々しかった。

 

「……攻撃できるわけがないのです……そうですよね? 島風さん」

 

 電の問いに島風は無言で頷いた。二人は、艦隊を包む濃霧が加賀の艦載機によって切り開かれ、この白い少女を初めて見たとき、そのときから、彼女のことが他人とは思えなくて仕方がなかった。艦隊員が少女の攻撃に追われ方々に散ってしまっても、島風と電だけは霧の中で彼女の姿を見失わないようにその場に留まり続け、特に電の意思は頑強だった。それも全くの考えなしだったわけではない。艦隊を襲う危機は目の前の少女一人だけなのだから、彼女を説得することがもし可能なら危機は去るはずだと電は自分に言い聞かせていた。

 

「まったく……昔の自分を見てるみたいで……放っておけるわけないじゃない!」

 

 島風が球体を迎撃する。

 

「ナ……ナンデカエラナイ!? キエロ……ッ! ……カエレェ!」

 

 彼女の声に呼ばれるように、今度は単装高射砲を備えた中型の怪物がその身を海から引き抜いて現れた。兵装の形をした深海棲艦を使役できるのは、鬼級以上の存在に固有の性質だ。少女の拒絶の意思を全うするように、それは島風たちに一斉掃射を放った。

 

「お願い撃たないで! 私たちは攻撃する気はないの!」

 

 島風が叫ぶが、爆撃と射撃の弾幕で声も届かなくなってしまう。そうしているうちに、じりじりと二人は後退していた。

 

「う、うわあああ!?」

 

 霧の中、突如背後から声がした。

 

「島風さん大変です! 子供なのです!」

 

 島風が振り向くと、そこには少年の姿があった。深海棲艦や艦娘たちを目にして慌てて、ほとんど溺れかかっていた。遊泳していたら霧に包まれ、方向を見失い沖近くまで流されてしまったのだろうか。とにかくここにいるのは危険以外の何でも無かった。白い深海棲艦の少女の目が、少年の姿を捉えて驚きの色に染まる。

 

「……ニンゲン……ッ! ……ドウシテ……!?」

 

 少女は蒼白した。人を前にして戸惑っているようだったが、その動揺の仕方は普通ではなく、艦娘と出会ったとき以上の恐れを抱いているように見えた。ただちに深海棲艦の銃口と、周囲を飛ぶ球体を少年に向けさせた。少女の肩は震えていた。

 

「ニンゲンナンテ……ニンゲンナンテエエエッ!」

 

 絨毯爆撃が、水面を奔って少年に迫る。翻る海。飛び散った鮮血が少年の表情を濡らした。少年が目を開けると、飛び出した高速艦が少年に覆い被さるようにその攻撃のすべてを受けていた。

 

「う……痛ぅ……」

 

「島風さん!」電が叫ぶ。

 

 島風は怯え固まっている少年の目を見て微笑みかけた。しかし対空用の高射砲とはいえ、生身の人間ならば確実に殺せる量の弾丸をその身に受けて、島風が無事なはずはなかった。

 

「大丈夫だから……私が来たからには、もう安心だよ」

 

「お、お姉さん?」

 

 少年は目の前の艦娘に自分の命を救ってもらったことを理解し、呆然としていた。その光景を見て、白い少女は当惑している。

 

「ナ……ナンデ…………? コウゲキ……シテコナイノ……? ワタシガ…………ワルモノ……ナノ?」

 

 白い少女は今まで自分の身を守るために外敵を攻撃していたはずだった。自衛のために武力を振るい、その正当性を問うことはなかった。しかし理性を持った者がふと相手の立場に立ち、お互いに無意味な争いをしていると気づいたとき、やってくるのは不条理なほどのやるせなさだろう。

 

「私たちはあなたを攻撃する気は無いのです!」

 

 電は島風の前に立つ。

 

「だからもう誰かを傷つけるのはやめて欲しいのです!」

 

「…………デモオマエタチハ」

 

 白い少女は目の前の光景を受け入れがたいように、電たちを凝視している。

 

「ナカマヲ……ワタシタチノナカマヲ、タクサンコロシタ!」

 

「それは……」

 

 少女の視線が、戦闘機の模型に落ちる。

 

「……モウ……ヒトリボッチハイヤダ……」

 

 消え入りそうな声で、白い少女は呟く。

 

「な、何が……わぷっ……何が起こってるの?」

 

 島風に守られている少年は、彼女の艤装にしがみついてその隙間から恐る恐る顔を覗かせた。少年は息を呑んだ。そこにいたのは海の上に立つ武装した少女や、怪物を引き連れた真っ白な少女。その不思議な光景に少年は息を呑む。ふと、彼は白い少女が抱いているものに目がいった。

 

「あ…………あの飛行機、お爺ちゃんの家で見たことがある」

 

 その声が聞こえたのか、少女は驚いたような眼を丸くする。

 

「お爺ちゃんが作った模型と似てる……わぷっ」

 

 うねる波が少年を飲み込んだ。カナヅチなのか、島風の身体に必死にしがみつく。

 

「喋ると海水飲んじゃうよ!」

 

「お、お姉さん……凄いカッコしてる……!」

 

 今さら気づいたらしい。島風は球体の攻撃をその身に受けて、肩から腰にかけての服が破損している。腕で胸を覆って、島風は白い少女に向き合っていた。

 

「コレハ……ワタシガウミデヒロッタモノダ……」

 

 白い少女は少年の言葉の意味を深く考えるようにして、何事かを呟いていた。少女の瞳からはもう、攻撃の意志は感じられなかった。

 

「島風さん、あの子攻撃するのやめてくれたみたいなのです!」

 

 電が言う。

 

「そうみたい、だけど……」

 

 白い少女は視線を海の底に落としていた。ぽつんと佇むその姿に、島風は胸が締め付けられた。

 

「電、昔の私って、あんなに寂しそうだった?」

 

「えっ」

 

「ちょっとこの子任せる」

 

 そう言って島風は電の元まで走って少年を預けた。それから主砲を海に捨てる。霧の海の向こうにいる少女に向かって、島風は声を届かせようとした。

 

「ねえ! あなた、名前はなんていうの!」

 

 少女は顔を上げた。

 

「教えて! お願い!」

 

「……ホッポウ……セイキ」

 

 そう、彼女は自分の名前を口にした。

 

「北方……棲姫? じゃあ『ほっぽちゃん』だ」

 

「……!」

 

 文句ありげに眉をしかめた少女は、島風の浮かべた満面の笑顔を見た。たじろぐ彼女に向けて、島風は握手を求めるように片手を突き出す。

 

「ほっぽちゃん、私と友だちになってよ!」

 

 白い少女は、ただその光景を眺めていた。友達を作ること、それが決して叶わない夢であるかのように瞳の中に浮かんでいる。雲間から溢れる光が、二つの世界を遮る境界に見える。

 

「い、電もなのです! ほっぽちゃん、電ともお友だちになってほしいのです!」

 

 思い焦がれたその光はあまりにも眩しかった。

 

 しかし少女は兵器と爆弾を抱えた怪物達を引き連れる深海棲艦だ。彼女は最後に少年の顔を見た。少年は一度本気で殺されそうになったことを思い出して身が竦む。その様子を見届けて、少女は島風たちに背を向け、霧の中へと消えて行こうとした。

 

「待って欲しいのです! 電たちはほっぽちゃんにまた会いたいのです! また会えたらそのときは!」

 

「……マタアエタラ……?」

 

 ぴたりと止まる。

 

「前よりも仲良しになっているのです!」

 

 電は笑う。島風も手を振っていた。

 

 それから、強い光に二人は目が眩んだ。霧が割れて、陽の光が射し込んだのだった。光の乱反射に、二人は圧倒される。いつしか北方棲姫の姿は見失っていたが。

 

 「わあ……」島風は嘆息する。

 

 青空に大きな、虹のリングが浮かんでいた。本物のブロッケン現象を眺めて、二人は呟いた。

 

「また会えるかな、ほっぽちゃんに」

 

「きっと会えるのです! もちろんそのときは戦争も終わっていて!」

 

 電は自信を持って断言した。

 

「……そういえばさっき島風さんに言われたことで、電は『昔』を思い出したのです」

 

「えっ? 私?」

 

「あの頃の島風さんは『寂しそう』っていうより、どちらかというと『偉そう』だったのですー!」

 

 電が大声で言った。

 

「な、なんで今そういうこと言うのよー! 全然違うから!」

 

 手を振り回して電の言葉を否定したがった島風だが、腰にしがみついている少年の異常に気付く。島風の艤装にしがみついたまま移動させられたりしたため、完全に目を回していたのだ。

 

「う、うーん……海の上で、お姉さんたちが……がぼ……」

 

「た、大変、この子船酔いしてるのです! 恐らく海水も飲んでしまっているのです!」

 

「わー! 早く岸に届けなきゃ!」

 

 二人は少年を背負って湾岸を目指した。その後吹雪たちと合流し、無線も復旧することになる。気付けば慌ただしくも平和な海が戻ってこようとしていた。

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