すべての艦たちのための艦娘解体   作:うずしお丸

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あきつ丸と黒

 長官室のドアが激しい音を立てて開けられる。慌てる瀬名司令が息せき切って立っていた。

 

「緊急事態です長官! 仁蔵司令の姿がどこにもありません!」

 

「どういうことだ……?」

 

 想定外の事態が立て続けに起こり、呉鎮守府内は騒然としていた。作戦上起こる筈のない仁蔵艦隊の姫級との会敵、それに続く爆雷の誤作動による艦隊壊滅の報せ。そして仁蔵司令の行方不明。そのような司令部の動揺だけではなく、敷地内では鼓膜を痺れさせるようなサイレンも鳴り響いていた。戦時を告げる警報は深海棲艦が呉に攻めてきたことを示すものであったが、そのような目撃情報は入っていない。この報知は誤作動であると考えられた。一連の事態が同時に起こったということを、偶然だと片付けることは難しかった。

 

「長官……これは一体」

 

 芦木は騒々しさの中で静かに推察を積み重ねていた。目を閉じている。

 

「心そこにあらざれば、見えども見えずだ……」

 

 そう呟いていた。士官候補生だった時からいつも諳んじてきた言葉だ。そうすることで、芦木はいつも心を落ち着けることができた。

 

「爆雷は誤爆ではない。故意に起こした自爆だ」

 

 そう言った芦木はそして一つの結論に辿り着いた。

 

「瀬名、《標識》を辿れ! 揚陸艦あきつ丸だ!」

 

 

 

 誰もいないはずの工事の一時中断された元空母寮、二年前の加賀の使っていた一室は陽当りが良好だ。長官室や工廠のある楝からも離れていて、遠くに聴こえてくる報知器の音が耳に心地良い。

 

 仁蔵文七は窓の外を眺めながらティーカップからコーヒーを啜っていた。

 

「優雅な時間の過ごされ方で羨ましい限り。自分もご一緒したいところですなあ。時に仁蔵殿、お仕事はどうされたのでありますかな?」

 

 彼の背後から声をかけたのは、漆黒の制服を身にまとう揚陸艦。

 

「あきつ丸くんか」

 

 慌てることもなく振り返った仁蔵は、彼女を見ていつもの平静な笑顔を顔に張りつけていた。

 

「君こそこんなところにいる場合じゃないだろう? 持ち場に戻れよ」

 

 若干の語気荒く、そう返した。しかしあきつ丸はその場を動かない。

 

「ふふ、自分の持ち場なんてどこにもないのでありますよ」

 

 笑い、それから見透かすような視線を仁蔵に向けた。

 

「それより仁蔵殿、先ほどの爆雷の動作は気になりましたなあ。大本営に提出された仕様書には電波式信管なんてついてなかったように思うのでありますが、それの誤作動でありましょうか?」

 

 途端に仁蔵は怪訝な表情を浮かべる。

 

「何のことだか分からないな」

 

 あきつ丸は仁蔵の足元に持っていた紙束を投げて寄越した。工廠から押収した爆雷の仕様書、それも正規に提出されたものとは異なるものだった。数十枚から成るそれは、仁蔵の指示した特注品の構造を示している。

 

「本来爆雷は弾頭と弾尾にそれぞれ信管がついており、弾尾には時限式か水圧感知式、弾頭には磁気検知式のものを付け、一定の水深に達するかあるいは潜水艦に接触することで起爆します。しかしこの爆雷には、弾尾に電波式でも動作する信管が付いている。どうして爆雷が海中まで届かない電波によって起爆できる必要があるのか」

 

 仁蔵は無表情にコーヒーを二口啜った。話を最後まで聞くつもりのようだった。

 

「爆雷は仕様書通りに起爆しました。仁蔵殿は自らの艦隊が姫級と会敵したという報せを聞いた直後、何の躊躇いもなく、その周波数帯の電波を無線機で飛ばし、爆雷の信管を起動させた。艦隊を敵艦隊もろとも自爆させたのであります」

 

 あきつ丸は自分の考えを述べ立てた。仁蔵はカップを寄りかかっていた棚の上に置く。

「オーケー、確かに爆雷は僕が特注して作らせたものだ。そして君の推理は合ってる。僕が艦隊を自爆させた。そこまで証拠を掴んでいるならはぐらかしても仕方ないしね」

 

 あきつ丸が思っていた以上に簡単に軍規違反を告白した仁蔵は、彼女が動揺して何かを言う前に、今度は彼の方から疑問を述べた。

 

「ところで僕を怪しいと思った理由は何だったのかな。発覚するのが余りにも早い。君は僕をずっと追跡していたんだろう?」

 

 今度はあきつ丸が問われていた。それについて彼女は冷静に答える。窓の外の呉の喧騒に対して、二人の空間は静か過ぎた。

 

「ポイントは二点でありました。艦娘解体制度の発端となった、二年前の加賀殿の事件。その事件において、三人の司令官はそれぞれどのような役割を担っていたのかということ。もう一つは、不正建造艦だった赤城殿が、『後追い自殺』をしたのだと、現在呉に所属しているドロップ艦の方の赤城殿が『思い込んで』いること」

 

「ふうん」仁蔵が興味深そうに相槌を打つ。あきつ丸の額に汗が伝った。

 

「司令官の役割からいきましょう。まず事件は呉の司令部の手によって進められた。三人の司令官はそれぞれ事の内容を知り、何らかの形で共謀していたはずです。もし呉の司令部の中で離反者や、そもそも策謀の内容を知らない者がいたなら、不正が明るみになり解体制度自体が成立しないリスクが増えるからであります。そのため三人の司令官にはそれぞれに役割があった。役割を負担することで責任を負う。責任は逃げないための枷になる。この場合、策謀の内容を知っていることと策謀の中で何かの役割を担うことはイコールなのであります」

 

 窓の外では、サイレンの音を耳にしてぞろぞろと中庭に出てきた艦娘たちの姿が見えていた。そこに出てきた艦娘が施設内の全てではなく、宿舎や食堂やその他の施設の中で誤報を伝えるアナウンスを待つ艦娘もいることだろう。艦娘たちは現在の戦況を思っているのか、不安げに周りの者と話し合っていた。

 

 あきつ丸は言葉を続ける。

 

「長官は艦娘解体の為の策謀を考え、主導していました。制度成立の為の対外戦略も考えて、大本営と陸軍とを交えた議論の席に立つ必要もあった。頭脳としての役割で彼は手一杯だったのであり、実際に動くのは二人の司令官に任せたいと考えたはずであります。そして二年前の加賀殿の日記は、瀬名司令が保管していた。それでは仁蔵司令は一体何をしていたのでしょう。『赤城殿の入れ替わり』は誰が担当したのでありましょう」

 

「消去法で考えて、それを僕がやったと言いたいのかい? 日記の保管なんて一つも手間じゃないさ。瀬名司令にだって『空母赤城の入れ替わり』を担当できる。でも正解を言ってあげよう。二人の赤城を入れ替えて昔の事件を無かったことにする策も、全部長官の発想だ。長官の指示で、僕らは隠されていたドロップ艦の赤城と、いなくなった不正建造の赤城とを入れ替えたのさ。すごいよねあの人、悪いことばかり思いつくんだから。そこに痺れるし憧れちゃうよな」

 

 仁蔵のこの発言には、あきつ丸も苦笑した。

 

「ははん、話のすり替えには乗らないであります。問題は、入れ替わりを担当した者ではなく、二年前まで、『誰が監禁されていたドロップ艦赤城の世話をしていたのか』ということであります。赤城殿がそれまで『隠されていた』なんて婉曲的な表現を使うのはもうやめにしましょう。今の赤城殿は呉に監禁されていた過去があり、仁蔵殿が彼女の世話をしていた。そして入れ替わりが起きる直前、事情を説明するときに仁蔵殿は、彼女に嘘を吹き込んだ。それが自分の推理であります」

 

「僕が赤城の世話をしていたっていうのは、それも消去法か? それこそ瀬名君でいいじゃないか。同じ女性ということもあって、何かと融通も効くだろう。別に、僕と二人で交代して面倒を見ていてもいいよな」

 

 あきつ丸は仁蔵を疑っていた。その理由はここに集約されているのだった。

 

「これは二年前以前の話であります。呉の通常の業務形式の話であります。二人の司令官は呉に擁する百人弱の艦娘たちの面倒を見ながら、長官の命令通りに彼女たちを指揮しておりました。そして司令官がそれぞれ触れ合う機会のある艦娘たちも自ずと業務の割り振りに従って分かれていました。瀬名司令は遠征を行う駆逐艦や軽巡洋艦と共にいることが多かった。そして仁蔵司令は――」

 

 あきつ丸は目を閉じる。彼にはもう観念してほしかった。答えは最初から示されていたのだ。

 

「仁蔵司令は鎮守府の『主力となる艦』を担当する傾向にありました。赤城殿は正規空母。明らかに主力艦です。いつか自分が担当することになるかもしれない艦の面倒を見るのは、自然な成り行きでしょう。だから自分はあなたを疑ったのであります」

 

 仁蔵はあきつ丸の話を最後まで聞いて苦笑した。それまで所々で突っ込みをいれていた彼だったが、ついには何も言わなかった。それはほとんど肯定の意を示していた。そして彼はあきつ丸を静かに見据えた。罪を認めた者の瞳は、あきつ丸でも恐れを抱いてしまうほど底のない黒色をしていた。

 

 彼は呆れるほど自然に口を開いた。

 

「僕は幼少期から少年期、青年期まで、何かで表彰されたこともなければ、打ち込んだものも熱が冷めたら忘れてしまう、取り立てて立派なところのない平凡な人間だった。その中で僕が人と違ったところといえば、高校を卒業してから軍を選んだことくらい。それも一旦幹部候補生の集団に紛れてしまえば、埋没して見えなくなってしまう個性だった」

 

 仁蔵はあきつ丸に自分のことを伝わるように話していた。人間として生きた経験の乏しい艦娘という存在に向かって、自分のことを語ろうとしていた。

 

「それでも僕は数年後に艦娘の司令官になれた。何もない僕でも何かになれた。僕が進路として軍を決めたのは、高校時代に、深海棲艦が客船を襲撃したニュースを見たときだった。そのとき僕は、人間はこんなにあっけなく死んではいけないと思ったんだ。そして人を守るための楯に僕はなりたいと思った。この気持は嘘ではなくて、僕はその思いを今でも持ち続けている。だからここまで来れたと思っているんだ」

 

 仁蔵は言った。いつの間にか窓の向こうのサイレンは鳴り止んでいて、斜陽が彼の顔を少し暗くしていた。

 

「告白しよう。僕は空母赤城を陵辱したことがある。今の赤城がドロップ艦として見つかってから呉で監禁していた期間は実のところ半年と数日だった。そして君の言う通り、僕が監禁時の世話のほとんどを担当した。その期間内で、三度に渡り、僕は呉の誰も来ない監禁部屋で、といってもそこは殺風景な独居房ではなく、外側から鍵の掛けられる居室のような部屋で、赤城を無理矢理に犯した。それから、赤城の入れ替わりが起こる直前に、彼女に解放の事情を説明したのだが、そのとき僕は不正建造艦の方の赤城は『後追い自殺』をしたと嘘を吐いた。そして僕はこの二年間、虚構の重さを抱えて苦しむ彼女を見て、愉しんでいた」

 

 あきつ丸は仁蔵の言葉を事実として聞いた。『後追い自殺』という誤解は赤城の中で二年間正されることはなかった。そして陵辱の過去もたった今まで決して明るみに出されなかった。それはどちらも赤城にとって、人に話すような内容ではない。前者は既に事実として信じ込まされており、事件自体が口外するようなものでなかった。後者であれば尚更。そのような状況が、赤城を心を二重に拘束していたのだと、あきつ丸は今完全に事件の全容を理解した。

 

「そして今回僕は、赤城の属する艦隊を深海棲艦もろともに自爆させた。別に赤城に恨みがあったり、特別に苦しませようと思ったわけじゃないよ。深海基地への攻撃は、さらに後続の部隊がやればいいと判断しただけだ。僕はね、あきつ丸、艦娘は『道具』だと思っているんだ。完全にそこは割り切っている。艦娘は人類にとって量産可能な道具に過ぎない」

 

「それが……あなたの正義でありますか」

 

 あきつ丸は、仁蔵の本質を覗いたような思いだった。そして彼女は、そのことと自分自身の本質が、深いところで共通していることに気づいて、低く溜息のような笑い声を漏らした。

 

「ふ、ふ、ふ。やはり仁蔵殿と自分は、どこか似たところがあると思っていた。実を言うと自分も、仁蔵殿と同じ考えかたをしている。自分も艦娘は『道具』だと考えている」

 

「ただ、仁蔵殿とは少し違うところがあります。自分にとっての艦娘は、単なる道具ではない……」

 

『艦娘は、人を選ぶ道具だ』

 

 その言葉が合図だったかのように、仁蔵が懐の銃を抜き放つ。対艦娘用麻酔銃の銃身が斜陽に光った。あきつ丸の手の上には走馬灯が乗っていた。回る幻燈機。それが仁蔵の視界を一瞬眩ませる強い光を放った。眩い光源に照らされて、部屋の壁一帯に走馬灯の影絵が踊る。艦載機の形をした影が戯画のように踊ったかと思うと、どこか遠くから、記憶の底から、プロペラの音が聴こえてくる。身体を揺るがす駆動音が近づいてくる。

 

 仁蔵は躊躇せず引き金を引いた。射出された麻酔弾は空気を切り裂き、彼を真っ直ぐに見据えるあきつ丸に向かう。その間を遮断するように飛び込んできた力号観測機が、麻酔弾の直撃を受けてバラバラに砕け散った。飛び散った破片は色彩を失い、部屋の床や壁に衝突し墨の飛沫のように形状を変える。飛沫はそのまま走馬灯の像の中に溶け込み、影絵を象るインクの一滴となった。

 

 走馬灯の影から艦載機を創り出す、すべての艦娘の中でも一際異質なあきつ丸の戦闘法だ。軌道の逸れた麻酔弾はあきつ丸を掠め背後の扉に深々と突き刺さっていた。

 

()()()()()()()()()()あきつ丸! 軍規違反及び書類偽装、反逆行為につき呉鎮守府第一司令仁蔵文七の捕捉を取り行う!」

 

「なっ、大本営だと!? お前は陸の犬じゃなかったのか……!」

 

 仁蔵のリアクションをあきつ丸はふふんと鼻で笑った。

 

「それならばスパイ容疑で捕まった時点で自分は用済みでありましょう。陸と海のパイプラインとして、自分は上から重宝されているのでありますよ。()()員だけに!」

 

 どや顔で喝破するあきつ丸の周りに、次々と力合観測機が現われる。その全てのノーズが仁蔵を向いていた。

 

「抵抗の要は認めずであります!」

 

 その声に呼応するように突き進む力合。狭い部屋の中で仁蔵に逃げ場はなかった。二機の力合の間には影で作られたロープのようなものが機体の後方に結び付けられており、錘のついた投射網のごとく仁蔵を引っ掛けては壁へと激しく叩きつけた。

 

「があっ!!」

 

 全身を打ち、血反吐を吐いて呻く司令官。そのときあきつ丸の目にだけは、衝撃に驚いて仁蔵の身体を飛び降りて逃げていく妖精たちの姿が見えたし、力合の搭乗員である黒子の妖精が得意げな表情を浮かべているのすら見えた気がした。壁に衝突した機体は墨のような靄となり、それからロープを止める杭へと形状を変え凝固する。自在に相転移する物体によって、仁蔵の身体を完全に壁へと固定し拘束された。影の妖精も機体の形状変化に伴って壁の影絵の中に紛れた。そっちの方は走馬灯が見せる妖精の像で、生きている妖精ではなかった。

 

 しかし仁蔵を完全に拿捕したはずのあきつ丸は同時に彼の不敵な笑みにも気づいた。彼はまだ、策を残しているかのように、その相貌には余裕を残していた。

 

「は、は、は、は、ははははは、は」

 

 仁蔵は不気味に呻いていた。目玉は狂気に爛々と輝いており、あきつ丸は動けないはずの仁蔵をより一層警戒する。彼はゆっくりと言葉を継いだ。

 

「艦隊に持たせたのと同じ爆雷を、この呉中の至る所に仕掛けてある。そして僕のスマホから遠隔で入電するだけで、敷地内のどこかに隠した無線機が起動するようになっている。無線機に設定したある周波数を爆雷の信管が受信したら、終わりだ。深海の水圧に耐える建造物をぶっ壊すための兵器、そんなものが爆発したらここら一帯なんて一瞬で吹き飛ぶぜ」

 

 仁蔵は狂っていた。理性でそこまで辿り着いた人間の狂気はひたひたと静かだった。

 

「重要なのは、無線機が、僕のスマホから信号を送ることで電波を送ってしまう『正論理』の仕組みでできているのか。それとも、指定の時刻に必ず電波を送るように設定されているのを、僕のスマホから信号を送ることで止めることができる『負論理』でできているのかを、お前たちは知る方法がないってことだ。さあ、分かったら僕を離せ」

 

 あきつ丸は走馬灯を止めた。光源の力を失った影絵の空は掠れ消えてしまった。仁蔵の身体を拘束する力合の杭も消えた。彼は静かに解放される。

 

 部屋の窓から呉の敷地が見渡せる。艦娘寮の開いた窓から、工廠の正面玄関から、待機所から、食堂から、艦娘たちの姿が見える。鎮守府の中庭にあたるところで話し込んでいる艦娘たちが見える。

 

「追い詰められたらそうするつもりだったのでありますな……。なるほど、ここからなら爆破の一部始終を眺められる……まったく、反吐の出そうな良い趣味をしている」

 

「はは、中庭も含めて、ここ以外のあらゆる場所に仕掛けたさ。やるなら徹底的に。深海棲艦と共に、兵器も撤廃だ」

 

 あきつ丸は走馬灯を捨て、抵抗の意思はないことを示した。

 

「仁蔵殿。自分は大本営の下に就いてから陸からも海からも孤立した中立の立場としてずっと考えていたことがあります。人間と艦娘の間に立ち、眺める者の立場として……。

 

 それは艦娘は果たして『人間として生きるべき』なのか、それとも『兵器として葬られるべき』なのかということであります。自分はあなた方や呉の艦娘たちを見て真実を量ろうと、仕事からは独立した一隻の艦娘の目で考えていました」

 

 あきつ丸は仁蔵を見据えていた。

 

「結局……自分にはわかりませんでした。いくら考えてみてもわからなかったのであります。だから自分には仁蔵殿を止める理由が、一艦娘として無い。最後の判断は、人間に任せようと思うのであります」

 

 そんな告白をした艦娘の姿を見下して憐れむように、侮蔑の目をした仁蔵はスマートフォンを高く掲げた。

 

「だったらよく見ておけよ」

 

 口元は歪んで、指はダイヤルマークのボタンの上にかかっている。

 

「僕は――やるぜ」

 

――仁蔵の背後のガラス窓はそうして、黄金色の音を立てて割れ崩れた。振動が波動となって、あきつ丸や仁蔵の全身を叩いた。揚陸艦はその光景に息を呑んだ。

 

 飛来した礫のような何かがスマートフォンを穿っていた。信号を送る機器自体が一撃で破壊されていた。振り返った仁蔵が見たものは、外から拳銃で仁蔵の装置を狙い撃った芦木草々だった。拳銃はあのときあきつ丸が芦木に渡したもの。そしてあきつ丸の隠し持っていた通信機からの一部始終を、芦木はずっと聞いていてここまで駆けつけてきたのだ。

 

 ガラスの破片を浴び、仁蔵は血塗れで怒り狂っている。

 

「があっ! クソ畜生! やりやがったな……! 何でだ、何で分かった!? そうだよ、無線機は正論理で仕掛けた! だが、やるか普通!? 負論理だったらもう止められないんだぞ……!」

 

「――お前は『()義』が好きだからな」

 

 あきつ丸の通信機から、長官の声が響いてきた。部下の考えていることなどお見通しだと言わんばかりの、落ち着いた声音だった。その声を聞いて、仁蔵は膝を突いた。その姿は、これ以上追撃する必要もないくらいに、抵抗の意思を失くしていた。

 

 それから長官は言葉を継いだ。

 

「――あきつ丸。お前はもうこれ以上悩むな。そんなことに悩むくらいなら、俺が答えをくれてやる。艦娘は艦娘として生きろ。『生き続けろ』。お前たちの使命はそれ以上でもそれ以下でもない」

 

「投げたコインは表だったでありますか……」

 

 あきつ丸が床に転がった幻灯機を掴む。そしてその兵装の力によって、仁蔵を再び拘束した。鋼鉄よりも硬い影の手錠を、彼の後ろ手に掛ける。今度の仁蔵は一切の抵抗を示さなかった。

 

「僕は間違ってない……何も間違ってない筈なんだ……何故こんな目に遭っている……僕は英雄だろうが……」

 

 あきつ丸は、そう呟く彼に憐憫の視線を向けることしかできなかった。瀬名庵が加賀の部屋まで駆け上がってきて、飛び込んできた目の前の光景に全てを察する。そのときうたた寝していて逃げ遅れた妖精が一匹、仁蔵の軍服のポケットの中から顔を出し、事態を把握しようと努めていた。

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