暗殺教室の戦闘員 〜異世界からの侵略×超生物の出現~ 作:汐音 アイリ
002-暗殺の時間
100億円という成功報酬に飛びついたE組の面々は、さまざまな方法で暗殺を試みた。
その一つが、朝礼でのクラス全員の一斉射撃だ。
私の目から見ても被弾は免れないであろう弾幕を余裕で避けながら、タコは出席をとっていく。最高速度マッハ20を誇るだけあるということか、1発も被弾しない。E組にはタコの残像が見えるだけだ。
国がわざわざ落ちこぼれクラスに暗殺の依頼をするくらいに切羽詰まっているわけだから、私も長期戦の覚悟はしていた。
しかし、ここまでの圧倒的な差があると期限の3月までに殺せるのかどうか不安にもなる。
これで一緒にいるのがボーダーの面々ならば、これほど不安にはならなかったかもしれない。なにせ、共に暗殺に取り組むE組生徒は自分たちの実力不足すら認識できず、いつか殺せる気でいるのだ。先行きが不安である。
それにしても、と手の中の拳銃に目を落とす。いくら弾が対先生特殊弾であるBB弾とはいえ、銃は銃。ボーダー隊員というわけでもない、普通の中学生の立場で銃を手にするとは、人生はわからないものである。まったく、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
タコが出席をとり終わったらみんなで教室中に散らばった弾を片付け、今日もまた、授業が始まった。
◇◆◇
休み時間ごとに、タコは海外へ飛んでいく。
国家機密とかいう前にあの触手をどう隠しているのか気になるが、今のところなんとかなっているのだろう。
クラスはマッハ20の超生物という奇妙な教師に一時期話は盛り上がるも、結論はいつも同じだ。
「エンドのE組だから、頑張っても仕方がない」と。
絶望、諦念――E組ができてから今まで、この暗い雰囲気がなくなったことはない。崩れかけの器がギリギリその形を保っているような、危うい均衡だ。
諦めること。ときに、私にとっては許しがたい感情にうつるそれ。
諦めた方が上手くいくケースを否定する気も、頑張りすぎた人にさらに追い打ちをかける真似をする気もない。これはとても身勝手な私の思い。
三門市は一度絶望を味わった。
異世界からの侵略なんてSF小説かと思うような展開は、地震や洪水などといった自然災害よりもよほど恐ろしいものだった。
都市壊滅までのカウントダウンが1週間をきっていたあの時に比べれば、1年の猶予は優しい方だと思うのは仕方のないことではなかろうか?
あの絶望の中から、私たちは立ち上がったぞ――そう言いたい気持ちをグッとこらえる。
絶望に上も下もない。その人にとっての絶望が、他者の絶望とイコールであるはずがないのだ。
だから、私は今日もやり場のない不満をのみこむ。
淀んだ空気の中にいたくなくて、教室を出た。
このままサボってしまおうか、なんて考えていると、カツアゲ現場のようなところに遭遇した。
寺坂とかいう男子生徒とその取り巻きは、いかにもヤンキーといった感じで、対する渚――名前で呼んでほしいと言われた――は草食系で非力そうだ。
3人の不良が1人の草食系男子を脅している、という構図が瞬時にできあがる。
何を話しているのか気になって近づいてはみたが、話は終わってしまったようで、その場には渚だけが残された。
彼は、寺坂くんから渡された袋を持ち、俯いている。
何を渡されたのだろう、と疑問に思っていれば、渚の横にタコが着地した。
タコは、何故かミサイルを持っている。
……思いっきり危険物なんですが。
「……おかえり先生。どうしたの、そのミサイル」
「まさか、盗んだの?」
渚のあとに続いてそう言えば、タコは面白いほど動揺した。
月を破壊し、地球を破壊する宣言をした生物とは思えない無防備さだ。
まあ、暗殺の面でいえば、隙など1ミリたりともないのだけれど。
「違いますッ!日本海で自衛隊に待ち伏せされたんですよ!」
初日にも思ったけれど、タコは随分と感情豊からしい。
オマケに皮膚も色が変わるから、余計わかりやすい。
「自衛隊が待ち伏せ……ってことは、国家機密とはいっても、軍部はタコのこと、知っているの?」
「タコ!?もしかしてそれ、先生のことですか!?」
「もちろん」
タコはシクシクと泣き始めた。
ただの「先生」だと他の先生と区別がつかないから、わかりやすい特徴をとらえて呼んでいるつもりだったのに。
もしかして、意外とタコに似ていることを気にしているのだろうか。だとしたら、悪いことをしたかもしれない。とミジンコほどの罪悪感が芽生える。
「えーっと、タコに似ていること、もしかして気にしてた?だったらゴメンね?」
タコとの間に流れる微妙な空気に、渚が慌てて割り込んだ。争いごとを好まない彼らしいというか、なんというか。
「えっと、大変ですね。
タコは近くの木にミサイルを立てかけながら、「いえいえ」と否定する。
ミサイルについては、あとで返却するのだと信じておこう。
この校舎にはE組とその関係者しか来ないとはいえ、学び舎に危険物があるのはどうなのだろうか。
「皆から狙われるのは……力を持つ者の証ですから」
タコがニヤニヤ笑いながら言ったその言葉に、渚はなぜか衝撃を受けていたようだった。
タコはそれに気付かずに校舎へ入っていく。
渚の空気が、どんどん暗く淀んでいく。
深く沈みこんでいく。
「……渚? どうかしたの?」
「えっ? ううん、何でもない。教室に戻ろうか。5時間目が始まるし」
渚は、ぱっといつもの顔に切り替わった。
でも、相変わらず空気は淀んでいた。
◇◆◇
今日の国語の授業は短歌だ。とそこで、タコが無茶を言い出した。
「お題にそって短歌を作ってみましょう。ラスト7文字を『触手なりけり』で締めて下さい。
書けた人は先生のところへ持ってきなさい。チェックするのは文法の正しさと触手を美しく表現できたか。出来た者から今日は帰ってよし!」
自分の触手にこだわりでもあるのか。だとしても、こちらにまで押し付けてこないでほしい。切実に。クラスに「いや、何言ってんだよ」とでも言いたげな空気が満ちる。触手がテーマ、ではなく締めの言葉を決めてくるとは。難易度が跳ね上がった。
ざわつく教室で、茅野さんが「しつもーん」と手を挙げた。
「今さらだけどさあ、先生の名前、なんて言うの?他の先生と区別する時不便だよ」
別に、タコでも問題ないと思う。
だが、タコ自身に呼んでほしい名前があるならそれを尊重すべきだろう。
それに、名前からわかることもあるかもしれない。
「名前……ですか。名乗るような名前はありませんねぇ。
なんなら皆さんでつけて下さい。今は課題に集中ですよ」
名乗るような名前がない?
名前を持たないのか、名前を名乗れないのか。どちらだろう。
この生物の過去は、明かされていない。防衛省は知っているのだろうか。
色々と考えを巡らせている間に、渚が席を立った。
タコは呑気に「もうできましたか」なんて言っているが、生徒側には隠し持っている対先生用ナイフが見える。
クラスがわずかに緊張するのも気にせず、一歩一歩渚がタコに近づき、勢いよくナイフを突き出す。
しかし、それはタコが渚の手首に触手をそえることで防がれた。
「……言ったでしょう。 もっと工夫を」
余裕だったタコが、渚が首元に抱きついたことで動揺を
そしてその瞬間、渚の首元から大量の対先生弾が飛び散った。
──何、を。
自爆?確かに
だって、彼らは生身の人間だ。ボーダー隊員が戦闘で特攻を仕掛けることはあるけれど、それは換装体だからできることで、
それに渚は、自爆攻撃をする覚悟なんてなかった。
あったのは、ある種の諦めだけ……。
クラス中が呆然とする中、寺坂くん、村松くん、吉田くんの3人が喜びの声を上げながら走り出た。
「ざまァ!!まさかこいつも、自爆テロは予想してなかったろ!!」
即座に茅野さんが寺坂くんに食ってかかった。誰もが寺坂くんの言葉に嫌な予感を覚える。
「ちょっと寺坂、渚に何持たせたのよ!」
「あ? オモチャの手榴弾だよ」
寺坂くんは悪びれもせず言い放つ。
同級生の1人に特攻させておきながら、賞金にしか考えがいっていないのか。
唖然とするのと同時に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
「ただし火薬を使って威力を上げてる。300発の対先生弾がすげえ速さで飛び散るように」
死にはしないだろうが、怪我は避けられない威力だ。
渚の容態を確かめようとして、しかし、床に転がる渚は無傷で膜におおわれていることに気付いた。
ハッと気配を感じて天井を仰ぐ。
そこには、黒いタコがはりついていた。
怒っていることが丸わかりの表情。
「寺坂、吉田、村松。首謀者は君等だな」
タコがドスのきいた声でそういうと突風が吹いた。
教室の入り口までの瞬間移動か。――いや、タコは教室入り口で大量の表札を抱えていた。
おそらく、一瞬のうちに各家庭を回り、表札をはがしてきたのだろう。
……あとでちゃんと戻してくれるのかな。
「政府との契約ですから、先生は決して
……その言葉はちょっと聞き捨てならない。
寺坂くんたちのような犠牲の上に成り立つ暗殺を仕掛けるつもりなどないが、家族や仲間に危害を加える可能性を示唆されると落ち着かない。
実行するつもりは、どうやらないみたいだが。
「家族や友人……いや君達以外を地球ごと消しますかねぇ」
「なっ……何なんだよテメェ……迷惑なんだよォ!!いきなり来て地球爆破とか暗殺しろとか……迷惑な奴に迷惑な殺し方して何が悪いんだよォ!!」
相変わらずタコの顔は真っ黒に染まっている。
今までのふざけた態度よりも、よほど「悪」にふさわしい様子だ。
それが、腰を抜かした寺坂くんの叫びには顔に丸を浮かべて応えた。
「迷惑?とんでもない。君達のアイディア自体はすごく良かった」
そして、さらに二重丸を浮かべて触手を渚の頭に乗せる。
「特に渚君。君の肉迫までの自然な体運びは100点です。先生は見事に隙を突かれました」
逆に、寺坂くんたちにはバツマークを浮かべた。
相変わらず怒りの感情を孕んでいるが、それは
「寺坂君達は渚君を、渚君は自分を大切にしなかった。
そんな生徒に暗殺をする資格はありません!」
危険なことだとたしなめながらも、その発想力を褒める。
危険だからと、それだけですべてを否定しないことに驚いた。
タコはクラス全体に告げる。
「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。
君達全員、それが出来る力を秘めた有能な
このタコが対象だからいいけれど、胸を張れる暗殺ってあるのだろうか。
それに、いい話風にまとめていいのだろうか、これ。
それでも、渚の空気が明るくなった。
クラスの空気が、揺らいでいる。
暗殺なんて、咎められることのはずなのに、クラスが変わっていっている。
いい方向に向かっている。
……このクラスも、悪くないかもしれない。
ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、そう思った。
茅野さんが「あ」と声を上げた。
「殺せない……先生……あ、名前。『殺せんせー』は?」
◇◆◇
§ 報告書
3年E組の担任教師となったタコ型超生物の暗殺を依頼された。
超生物は「殺せんせー」と名付けられ、生徒たちにも親しまれるようになった様子。
詳しい能力や外見は添付したファイルを確認すること。
生徒への通達を主に担当するのは、防衛省の烏間惟臣という男性。
経歴から察せられるように相当の猛者であり、肉体は鍛え上げられている。主な戦闘手段はおそらく素手と拳銃。
暗殺の成功報酬は100億円だが、国家機密故に口外禁止であり、場合によっては記憶消去の措置がとられるとのこと。
情報の取り扱いには注意が必要である。
共に暗殺任務に就くE組の面々は、現時点での能力は劣るものの、伸びしろに期待できる。
特化した能力を持つ者も多く、「殺せんせー」の暗殺任務の中でどのように成長するかに注目していく予定。
場合によってはボーダーのスカウトも検討する。
一方、E組の成り立ちの関係から、おそらく全員が劣等感を持っており、無謀な暗殺計画を立てる者も現れた。
「殺せんせー」の能力を見る限り、成功する確率は限りなく低いが警戒しておく。
追記 E組の空気が淀んでいて気持ち悪いので、早急に前向きになって頂きたいです。
報告者:太刀川 幸