暗殺教室の戦闘員 〜異世界からの侵略×超生物の出現~   作:汐音 アイリ

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007-プロの時間

タンッ、タンッと苛立たしげにタブレットを叩く音が教室に響く。

焦った表情でタブレットを睨むイリーナさんを、生徒たちは黙って見つめていた。

話しかけるタイミングも勇気もないからだが。

 

「あはぁ、必死だね、ビッチねえさん。あんな事(・・・・)されちゃ、プライド、ズタズタだろうね〜」

 

隣のカルマくんが呟いた。

からかう響きを含んだ声だったが、イリーナさんに聞かせるためのものではないのだろう。

声は少し潜められている。

 

「焦ってるね」

 

追随して呟けば、カルマくんは意外そうに私を見た。

 

「……何か?」

「いや……太刀川ちゃんって、あんまり発言しないから。

いつでもどこでも、黙っていること多いじゃん」

「……そうかな?単に、タイミングの問題だよ」

 

このままだと危ないかな。

観察に重きを置きすぎて、大人しいキャラになっていたらしいと自覚する。

ちょっとずつでも個性を出さないと、発言力が危うい。

 

そこで、クラスの頼れる委員長が声をあげた。

 

「……先生、授業してくれないなら、殺せんせーと交代してくれませんか?

一応俺等、今年受験なんで……」

 

磯貝くんの言葉はクラスの思いを代弁したものだった。

超生物である殺せんせーの授業は、当初の不安に反してとてもわかりやすい。

その超スピードがなせるわざなのか、個人にあった指導もしてくれる。

イリーナさんは目の保養にはなるが、逆に言うとそれだけだ。

ここは、場の雰囲気を悪くする美しい置物よりも、受験のためになる授業をしてくれる教師の方が価値が高くなる場所だ。

 

しかしイリーナさんは、教卓にタブレットを置くと磯貝くんの言葉を鼻で笑った。

 

「はん! あの凶悪生物に教わりたいの?

地球の危機と受験を比べられるなんて……ガキは平和でいいわね〜」

 

プロの殺し屋として、確実に()れると確信していたのだ。

なのに結果は失敗。

さらには屈辱的な姿を見下していたE組の生徒に見られたということ。

焦りからか、イリーナさんが生徒たちへぶつけていた八つ当たりの嫌味に歯止めがきかなくなっていく。

 

「それに、聞けばあんた達E組って……この学校の落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて、今さらしても意味ないでしょ」

 

……あ、それ、地雷踏んだ。

私は、目に見えてクラスの空気が重くなったのを感じた。

それに気付いていないのか、大したことはないと思っているのか、イリーナさんは言葉を続ける。

 

「そうだ! じゃあ、こうしましょ。

私が暗殺に成功したら、ひとり五百万円分けてあげる! あんたたちがこれから一生目にする事ない大金よ!」

 

五百万という金額は太刀川家というくくりで考えれば、普通に持ち合わせている金額だった。

兄と私の今までの給料と論功行賞を合わせればそれなりの額にはなる。

だから私にとってはおもしろくもない冗談にしか聞こえない。

 

なら、他の生徒はどうか。

 

「無駄な勉強するより、ずっと有益でしょ。

だから黙って私に従い」

 

その言葉を遮るように(実際、遮った)、消しゴムが黒板に向かって投げられた。

 

「……出てけよ」

 

誰かの感情を抑えた呟きに、ようやくイリーナさんが教室の空気に気付く。

たとえイリーナさんに協力した見返りにお金をもらえるとしても、誰も従わないだろう。

ここまで馬鹿にされたのだから。

 

「出てけ、くそビッチ!」

「殺せんせーと代わってよ!」

 

みんなが不満を爆発させ、教室はぎゃーぎゃーと騒がしくなった。

途中から誰でも予測できた展開である。

軽い学級崩壊の出来上がりだ。

 

「そりゃ、従うわけがないよねぇ……」

 

ひとり言のつもりだったのだが、隣のカルマくんに突っ込まれる。

……随分と、彼に見られているらしい。

 

「なんで、従うわけないって思うの?」

「え? まず、上から目線だもの。押さえつけられたら反発したくなるものだしね。

あの人もすごい殺し屋なのかもしれないけれど、ここで晒したのは無様な失敗だけ。

仮にあの人に従ったところで、得られるメリットなんて無いに等しいでしょ?」

 

何か変かな?と首を傾げる私に、カルマくんは意味ありげな視線を寄越したのみだった。

その視線に含まれた意味は、私には大まかにしか読み取れない。

 

「いや……意外だなぁと、つくづく思って。太刀川ちゃんって、面白いね。 案外」

 

どういう意味だ。

 

 

 

◇◆◇

 

イリーナさんに生徒たちが反抗した、次の英語の授業の時間。

授業開始時間になっても、生徒たちは着席することなく雑談に興じていた。

誰も、イリーナさんが来るとは思っていない。

 

しかし、予想に反して教室の扉がガラリと開き、イリーナさんが入ってきた。

カツカツとヒールを鳴らし、前よりも真面目な雰囲気を漂わせるイリーナさんに、生徒たちはなんとなく席につく。

基本的には、素直な人ばかりなのだ。

 

チョークを手に取り、イリーナさんが書いたのは英文。

 

"You're incredible in bed."

 

私は、美しい筆記体で(つづ)られた文を和訳しようと試みた。

 

You're……あなたは。

incredible……たしか、信じられない、とか。

in bed……ベッドの中。

 

直訳だと、ベッドの中のあなたは信じられない。

…………ベッドの中、という単語に不安がつのるのだが。

 

「You're incredible in bed. 言って(repeat)!」

 

突然書かれた英文に呆けるクラスに、イリーナさんが再度促す。

変わらず命令形だが、そこには見下すような感情はない。

 

「ホラ!」

「「「「ユ、ユーアー インクレディブル イン ベッド」」」」

 

戸惑いつつ、ぎこちない発音だったが、イリーナさんは特にやり直しを要求せず言葉を続ける。

いったいどんな心境の変化があったというんだ……。

 

「アメリカでとあるVIPを暗殺したとき、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。 その時彼が私に言った言葉よ。

意味は……『ベッドでの君はスゴイよ』」

 

中学生になんて文章を読ませてるんだ……。

クラスの思いが一致した瞬間だった。

 

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。

相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね」

 

いつの間にか、生徒たちはイリーナさんの話に聞き入っていた。

イリーナさんの話に興味を持ったこともあるだろうが、彼女は知らず、教室内の空気を支配していた。

 

「私は仕事上必要な時、その方法(ヤリかた)で新たな言語を身につけてきた。

だから私の授業では、外国人の口説き方を教えてあげる。

プロの暗殺者直伝の仲良くなる会話のコツ、身につければ実際に外国語と会った時に必ず役に立つわ」

 

外国人相手でなくとも、潜入暗殺のプロ直伝の技術の活かしどころは多いだろう。

私も興味がわいてきた。

 

「受験に必要な勉強なんて、あのタコに教わりなさい。

私が教えられるのは、あくまで実践的な会話術だけ」

 

少し目を逸らしながらイリーナさんが言う。

途端に、口を開きにくい空気は霧散した。

 

「……そ、それなら文句無いでしょ?」

 

小声で付け足された「あと、悪かったわよ、いろいろ」に、クラスみんなが顔を見合わせる。

そして、笑いが教室を包んだ。

 

「何ビクビクしてんだよ。さっきまで殺すとか言ってたくせに」

「なんか普通に先生になっちゃったな」

「もうビッチねえさんなんて呼べないね」

 

生徒のあたたかい言葉に、イリーナさんは目を潤ませる。

 

「あんた達……わかってくれたのね」

 

こうしてみると、イリーナさんは実に感情豊かで親しみやすい人だった。

殺し屋として、壁をつくっていただけなのかもしれない。

 

「考えてみりゃ、先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

「うん、呼び方変えないとね」

「じゃ、ビッチ先生で」

 

ビッチ先生の表情が、ピシリと固まった。

 

「えっ……と、ねぇキミ達。

せっかくだから、ビッチから離れてみない?

ホラ、気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ?」

 

必死に訴えるビッチ先生だが、クラスの空気は「ビッチ先生」に決まってしまっていた。

数の力は偉大だ。

 

「そんなわけでよろしく、ビッチ先生!」

「授業始めようぜ、ビッチ先生!」

「キーッ! やっぱりキライよ、あんた達!」

 

 

前回とは別の意味で騒がしくなったクラスを眺めながら、カルマくんに視線を向ける。

 

「……ん? 太刀川ちゃん、どうかした?」

「いや……そもそも、最初に『ビッチ』って略したのはカルマくんだったなぁ、と」

「広めたのは前原だから」

「いや、別に責めているわけではないけれども」

 

 




修学旅行まで早くたどり着きたい。
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