暗殺教室の戦闘員 〜異世界からの侵略×超生物の出現~ 作:汐音 アイリ
この学校では、月に一度全校集会がある。
E組という特例があるから、毎週というわけにはいかないのだろう。
E組の差別待遇はここでも変わらない。
生徒どころか、教師まで一緒になって差別をやっているのに、よく問題にならないものだ。
全校生徒に馬鹿にされるというのも、なかなかに新鮮で……腹立たしいものだ。
人間はいつだって、差別する対象をつくるものだ。
それに、「こうはなりたくない」という意識を育てることにも役立っているのだろう。
途中で烏間先生やビッチ先生、殺せんせーが入ってきて、いろいろと……そう、いろいろとあった。
E組の表向きの担任である烏間先生が、本校舎の教師に挨拶を、というのはわかる。烏間先生は真面目な人だし。
引き締まった肉体をもち、整った顔立ちの男性教師に、他クラスの女子から羨望の視線が集まるのもわかる。
次に入ってきたビッチ先生は、そもそもハニートラップ専門の暗殺者だ。その美しさは年頃の男子学生には刺激が強すぎる。
さらには本人が、その蠱惑的な肉体を見せつけるように渚にぶちかますものだから……。
そのあとは、大柄で関節が曖昧な教師──殺せんせーがいつの間にか乱入し、ビッチ先生に暗殺を仕掛けられるなどE組にとっては見慣れた光景が繰り広げられた。
差別に目を伏せていたE組が、顔を上げて笑いをあげる。
それはいつもなら考えられないこと。
だが、E組が変わってきている証拠だ。
──それが、許されるかは別として。
◇◆◇
ある日、殺せんせーが増えました。
分身で。
中間テストも近付いてきたため、殺せんせーは分身を使ってマンツーマン指導をするらしい。
ご丁寧に苦手教科のハチマキをつけている。
私は「理」マークだ。
私の苦手教科は生物だ。
他の教科と比べてもさほど差はないため、自己申告したが、実は勉強時間の大半を生物に注ぐことで現状を維持している。
ちらりと右を見ると、寺坂くんの前の分身はナルトマークだった。
「何で俺だけNARUTOなんだよ!」
思わず、と言ったように寺坂くんが声を荒げる。
「寺坂君は特別コースです。苦手科目が複数ありますからねぇ」
……とのことだ。
そこで、白紙とかではなくNARUTOをチョイスするところが殺せんせーらしいというか、なんというか。
◇◆◇
「あれ渚、今帰り?」
「ああ……うん」
授業終わりに教員室前で渚を見つけ、足を止めた。
中を覗き込んでいた渚につられて私も覗き込む。
中には、殺せんせー、烏間先生、ビッチ先生、そして、浅野
浅野學峯といえば、私立椚ヶ丘学園の理事長で絶対的な支配者だ。
「……でそれをどうこう言う気はありません。
私ごときがどうあがこうが、地球の危機は救えませんし」
どうやら、話は終わりの方らしい。
こういうラスボスらしき雰囲気を纏う人間の話なんて重要に決まっているので、聞き逃したのは純粋に悔しい。
あとで渚に聞こう。
「よほどの事がない限り、私は暗殺にはノータッチです。
充分な口止めも頂いてますし」
後半は、烏間先生に向けて囁くように。
なんだ、やっぱりお金の力か。
「ずいぶんと割り切っておられるのね。嫌いじゃないわ、そういう男性」
生徒と接しているときよりも大人っぽく振る舞うビッチ先生。 ビッチ先生のような美女を前にしても、理事長はペースを崩されていなかった。
「光栄です」
そう、余裕で返す。
最初から変わらぬ笑みを浮かべて。
「しかしだ。
この学園の
つまり、仮に誰かがあなたを
そう。多くの殺し屋が訪れる学園となってしまっているから……
「率直に言えば、ここE組は
違うのか!
私は勝手に抱いていた理事長へのイメージを修正した。
てっきり、「暗殺」自体は地球の危機だからと仕方なく受け入れているが、本心をいえば……とかそういう展開かと思った。
「このままと言いますと、成績も待遇も最底辺という今の状態を?」
頷いた理事長が語り出すのは働きアリの法則。
どんな集団でも20%は怠け、20%は働き、残り60%は平均的になる。
それを、5%の怠け者と95%の働き者の集団にしたいのだという。
この場合、5%はE組だ。
弱くて惨めなE組のようにはなりたくない、という思いがみんなを働き者にする。
まあ、合理的といえば合理的なのかもしれない。
差別される側のこととか、差別をすることに慣れてしまった大多数の価値観の修正とか、問題は山積みだけれど。
理事長のゴールである、働き者が95%を占める集団の完成にはすぐにたどり着けるだろう。
「今日、D組の担任から苦情が来まして。
『うちの生徒がE組の生徒からすごい目で睨まれた』『殺すぞ』と脅された、とも」
横にいた渚は、心当たりがあるのかちょっと気まずい顔をしていた。
渚が理事長の言うようなことをできる生徒には、あまり見えないのだが……。
「渚、何かやったの?」
「いや、睨んだっていうか……うん」
理事長の話は続く。
「暗殺をしてるのだから、そんな目つきも身に付くでしょう。 それはそれで結構。
問題は、成績底辺の生徒が一般生徒に逆らう事。
それは私の方針では許されない。
以後、厳しく慎むよう、伝えて下さい」
そして、取り出しますは知恵の輪。
それを殺せんせーに向かって放る。
「殺せんせー、1秒以内に解いて下さいッ」
――1秒経過。
殺せんせーはテンパって床に転がっていた。
解く(物理)じゃないだけマシか?……無様だが。
1秒しかなかったというのに、解けるどころかよくわからない絡まり方になっている。
それを見た理事長はふむ、と頷く。
「……噂通り、スピードはすごいですね。
確かにこれなら……どんな暗殺だってかわせそうだ。
でもね、殺せんせー。この世の中には……スピードで解決できない問題もあるんですよ」
スピードで解決できない問題もある。
……それは、その通りで間違っていないけれど、スピード型を自負する私としては少し複雑な気分だった。
「では、私はこの辺で」
理事長が教員室から出てくる。
そして、私と渚に目をやった。
しばしの沈黙が流れる。
「やあ! 中間テスト、期待してるよ。 頑張りなさい!」
一瞬で作られた笑みは、理事長が前を向いたときにはもう消え去っていた。
……うん。
本質の柔らかくて優しい部分を奥底に閉じ込めて、「合理的」という言葉で堅くコーティングしてしまっている。
なんとなく、放っておけない。
それに、理事長と話してみたい。
私は理事長に対して興味を持ち始めていた。
「渚、また明日!中間テスト、お互いに頑張ろうね!」
渚の返事を待たずに、理事長のあとを追った。
まだ距離はないはずだ。
◇◆◇
「理事長!」
坂を下っている背中には、比較的はやく追いついた。
「おや……E組の太刀川さん、だったかな。 何か?」
「もしかして、全校生徒の顔と名前を覚えているんですか? さすがですね!
理事長はどうせ車でしょうけれど、車がとめられるところまでの間、お話できないかなぁ……と」
さりげなく、距離を詰める。
この人は、人を支配することに慣れている。
そのカリスマ、威圧感で人を圧倒し、恐怖で人を従わせ、誘導する。
ボーダーで耐性ができている分、私は他の人よりも理事長の雰囲気に惑わされにくいはず。
「理事長も大変ですよねぇ……突然タコみたいな超生物を抱え込むことになって。
おまけに部下はあまり頼らない、というか自分でやった方がはやいって考えているタイプですよね?仕事も多そう」
「……そうでもないよ」
絶対、嘘だな。
いや、嘘というよりはこれくらいこなして当然と考えている。私にはそう見えた。
◇◆◇
「それで、本題は何かな」
え?とその言葉に戸惑う。
私は理事長と話してみたい、とそれだけしか考えていなかったのだから、本題といわれても特に思いつくものもない。
「本題……雑談のつもり、だったんですけど。
……あ、もしかして! 理事長って雑談が苦手なんですか?
あまり仕事に関わらない話はしなさそう」
虚をつかれたように、一瞬言葉に詰まる理事長。
すなわち、図星だ。
「でも、そうだなぁ……どうして理事長が『強い』ことにこだわるのかは、知りたいです。
私も、それなりに『強さ』へのこだわりはありますけど……」
「そうなのかな? その割に、A組への執着はないようだが」
「だから、それなりって言ったんです」
この学校で頂点に立つことは、私にとって何の意味もない。
そんなことになれば、目立つ上に束縛も増えて面倒だ。
そんなことを、理事長に話す。
「では、何の頂点に立つと?」
「……頂点というポジションを目指すというより、負けないだけの『強さ』を持つことを目指しているんです。
それだって、突き詰めれば頂点に立つことになってしまうんですけど、うーん……」
上手く言葉にできない。
ちょっと詩的な表現になってしまうけど……いいか。
「勝つこと、よりも負けないことを優先してますから。
それこそ、負け=死のつもりで。
……勝つことはもちろん大切です。歴史でも、勝者は常に正義として語られてきている。
勝つというのは、ある種自分の主張の正しさを証明することです。
それでも、私は。『負けない』ことこそ重要なのだと思います。
だって、負けちゃったら全部終わっちゃうでしょう?
引き分けでもいい。逃げ出してもいい。悩んでもいい。立ち止まってもいい。地面を這いつくばって、屈辱を味合わされたって。
負けることだけは、認められないんです」
ちなみに、私の中で「逃げる」ことは場合によっては負けにカウントされない。
それこそ戦略的撤退、なんてこともあるのだから。
──脳裏に浮かぶのは、遠征のこと。
休みの訪れない敵との戦い。
遠征艇の位置を悟られないように、
負けは、冗談抜きに死を意味する。……仲間を巻き添えに。
「おや、その点では気の合うところもあるようだ。
私はいつでも負けたとき、死ぬ
「死ぬ……寸前? いつでも?」
大げさなんかじゃない。
理事長は、本気で言っている。
「随分と……自分を追い込むんですね」
「まあね」
しばらく無言が続いた。