甲高い金属音が辺りに広がっていく。何度も何度も、硬いもの同士がぶつかる音が灰色の曇り空に広がっては消え広がっては消える。
「違う! 甲殻の隙間、柔らかい部分を狙うんだ!」
「は、はい!」
甲殻の隙間、と小声で復唱しながら手に持った物を構え直す。右手にはコンバットナイフを、左手には10mmピストルを。鈍い光を放つ両手の得物を相手に向ける。
対する相手はほぼ全身が黒銀の甲殻に覆われていて、計8つの赤く丸い目で眼前の獲物であるユウを仕留めんと目を向けてくる。そして自慢の猛毒の尻尾を突き刺そうと振り回しながらタイミングを図っている。
今相手にしているのはラッドスコルピオンという、放射能の影響で巨大化したサソリだ。キャピタルウェイストランドでは大振りな個体で、軽自動車くらいだろうか。ゲームでは決まったアルゴリズムでしか動かないため、武装を用いて何気なく潰していたのだが戦闘開始から数分。ゲームのように楽に勝てる相手ではない事をユウは悟る。
鋏と毒針しか攻撃方法のないラッドスコルピオンの対処法は、遠距離射撃による殲滅というのがセオリーだ。それに倣いユウも距離を取りつつ10㎜ピストルを撃ち込んでいるが、その悉くが強固な甲殻に弾かれて甲高い金属音を空しく響かせるだけだった。
(硬ぇ!! ほんとにサソリかよ!?)
撃ち出される10㎜弾を意にも介さずじりじりと近づくラッドスコルピオンは、自慢の尻尾をユウ目掛けて振り下ろす。
「うわぁっ!?」
寸でのところで後ろに飛び退くユウ。針が深く突き刺さった地面は毒々しい紫色の液体で染まっていた。それを見てユウは背筋に悪寒が走るのを感じた。
たかがサソリと侮ることなかれ。その甲殻は大きくなるにつれて強固で頑丈な装甲となり、尻尾の毒素は通常よりも危険な猛毒となっているため、非常に恐ろしい存在なのである。ユウは追撃を躱そうと岩場地帯に逃げ込む。右へ左へと細い道を走り進んだ先は行き止まり。引き返そうとしても直ぐそこまでスコルピオンが迫っていた。しかし追い詰められたユウの口元には何故か笑みが浮かんでいた。
逃げ場を失くした獲物を仕留めんと毒針付きの尻尾が振り下ろされる。鋭利な針先がユウの額を捉えようとしたそのとき――
キュィィィイン
一体何が起こったのだろうか。一瞬の後に毒針が捉えたのは大きな岩肌であり、本来の獲物であるユウはその上を跳んでいた。前後左右に逃げ場が無ければ上に逃げればいい。単純なように思えるが、タイミングを間違えるとそのまま串刺しにされる危険性もある。まして毒針が触れるか触れないかの瀬戸際からどう脱したのかは、その場では当事者のユウにしか分からない。
無論ラッドスコルピオンにはそんな事を考える頭はない。再び獲物を突き刺さなければと尻尾に力を入れるが、深く突き刺さった毒針はビクともしない。ユウはその隙を逃さずスコルピオンの背中に着地、コンバットナイフを振りかざす。頑丈な甲殻に覆われているモンスターはウェイストランドでスコルピオン以外にも存在するが、総じて身体の構造上全身がそうというわけではない。関節部などの可動域や顔面部分など柔らかい部位も存在する。
甲殻に覆われていない眼の部分ならどうだ!!
その鋭利な凶刃がラッドスコルピオンの赤い目に深々と突き刺さる。紫の体液が噴水のように溢れ、ユウの頬を毒々しい色に染め上げる。あまりの痛みにスコルピオンは堪らず振りほどこうとするが、岩に突き刺さった尻尾が抜けず身動きが取れない。
「ぉぉぉおおおおおおおおおおおおーー!!」
10mmピストルを眼球に押し込む。ほぼゼロ距離で放たれた10mm弾が相手の中身をミキサーしながら突き進んでいく。
一発、二発、三発――
マガジン内の全弾を撃ち尽くしたころには、ラッドスコルピオンは弱々しく痙攣するだけになっていた。
◆◇◆◇
「いやぁ、大分上達したね。凄いよ」
「ジェームスさんのお陰です。でもまだまだですよ」
(謙遜してるけどかなりの成長っぷりだよ)
スカベンジャーの廃村に戻る途中ジェームスはこれまでのことを思い出しながらそう思った。
初めのうちは銃器や近接武器の扱い方、医療、コンピューターの操作など色々と教えたがどこかぎこちなかった。そのうえ失敗ばかりしていた。サイコやモルパインの分量を間違えて中毒になったり、コンピューターをハッキングしたが失敗して自動ターレットに撃たれまくったり。
戦闘でもへっぴり腰で、 ラッドローチ(突然変異したゴキブリ)と戦ったときは半泣きしてて…大丈夫かこの子…とか不安に思ったものだ。
あの頃に比べればかなり変わった。先程のように大き目な個体のラッドスコルピオンを一人で、それも限られた装備だけで倒せるくらいになった。
初めは失敗ばかりしていたが、驚くことにどの作業も2回目を実践してみると完璧にこなせたのである。
吸収力が凄いとか呑み込みが早いとかそんな次元の話ではない。まるで長年培ってきた技術であるかのように見違えたように簡単にやり遂げてしまうのだ。
「しかし君はすごいな。初めはどの作業も上手くできなかったのに、二回目になると僕より上手にできてしまうんだから」
「ハハ、ありがとうございます」
彼は照れ臭そうに苦笑したあと、神妙な顔つきになる。
「……自分にもよく分からないんです。教えてもらったときは上手くできなかったんですが、二回目は自分でも驚くほど簡単にできちゃうんです。まるで、記憶はないのに身体はその動作を覚えてるような……」
そこまで話すとユウ君はハッとして「すみません、訳の分からないこと言って…」と謝ってきた。
「いや、いいさ。まあ何はともあれ必要な知識や動作を二度やっただけで身に付けられたんだ、いいことじゃないか」
「はいっ! そうですよね」
ユウ君は笑顔でそう答えてきた。ここまで素直に喜んでくれると教えた甲斐があったと嬉しくなってくる。そう思いながらジェームスはもう一方で別の思案をしていた。
--彼は一体何者なのだろうか--
正直に言ってユウ・カジマという人間は信用しているが、その素性についてはそうでない。異世界などというファンタジーが存在するのは空想の世界だけであり、まして現実にあるなどジェームスも流石に鵜呑みにはできなかった。彼のpip-boyを見せてもらったとき科学者のジェームスは更に悩んだ。
一見自分達が使っていたものと一緒なのだが、かなり頑丈で軽量化もされている。その上データ許容量も既製品と比べて大容量らしい。地下シェルターvaultで使用されているものより更に高性能なそれは、製造元も製造年月日も何も記載されていなかった。ならばと内部のデータベースにアクセスしようと試みたが、優れた科学者であるジェームスをもってしても破れない厳重なプロテクトがかかっており、データ量が多い事と重量や強度のおおよそのパラメーターくらいしか確認できなかった。
異世界からきた、と言うならば、ではこれは何なのだろう? 一度本人に疑問を口にしてみたが、分からないという答えが返ってきた。嘘を吐いている風でもない。
――まあ考えても仕方ない、か――
ジェームスはひとまず保留にしておくことにした。いずれ分かるかもしれないし、興味深くはあるが今事を急ぐこともない。
「――ん?」
思案しながら歩いていたジェームスは、少し先で誰か倒れているのを発見した。
「だ、大丈夫!?」
ユウが慌てて駆け寄る。駆け寄ってみると倒れているのは幼い少女だと分かった。見たところかなり衰弱している。
(アレ? この娘……)
「これは良くないね…、早く廃村に運んで治療しないと」
倒れている少女を見てふと疑問の浮かんだオレだったが、ジェームスさんが言うにはあまり思わしくないらしいため、この場はそれを横に置き少女を運ぶ事に専念した。心なしか焦りの表情が窺えるジェームスさん。一先ずオレたちは少女をスカベンジャーさんの所へ運ぶことにした。