気ままに! ウェイストランド放浪記   作:気分屋

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第5話 少女の涙

 

 

 霧がかかっていた。

 

辺りは深い霧に覆われて視界が悪く、10m先の物すら視認できない。霧のせいで分かりにくいが、周囲には大小様々な山の影が浮かんでいる。それらは機械の部品であったり作業用ロボットの残骸であったり、いわゆる“スクラップ”が積み重ねられたものだった。

 

 

「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…」

 

 

 その山々の間を走る二つの人影。一人は傭兵服を着た男性。頭には白いヘッドラップを、右目に眼帯を着けている。もう一人はショートな髪型の10歳前後の可愛らしい少女だ。男性は少女の手をとり走っては時折、何かから逃げるように後ろを振り返っていた。実際彼らは追われていた。

 

 

「隠れてもムダだぁ!」

 

 

「おれに見つかるとヤバいぞぉ!」

 

 

 遠くから追っ手の声が聞こえた。下卑たその声は段々と近づいてきているようだ。幼い少女を伴っている分こちらの動きはどうしたって遅くなる。追い付かれるのは時間の問題だ。男性はせめてこの子だけでも逃がさないと、と考えた。走っていた足を止め近くのスクラップの陰に身を潜める。上がった息を整えつつ、右手でホルスターからスコープ付き44.マグナムを抜く。手にズシリとした感触が伝わるが、普段は頼りになる愛銃も今は棒切れのように頼りなく感じた。

 

 

「……マギー、おれが連中を引き付けるから、その間にお前は逃げるんだ。」

 

 

「いやっ! 一緒じゃなきゃいや!」

 

 

「そこにいたかぁ!!」

 

 

とうとう見つかってしまったらしい。もはや言い合っている時間もない。男性は覚悟を決めて銃を構えた。

 

 

「いいから行くんだ!!」

 

 

そう言い残し、男性は追っ手がいる方へ自ら駆け出した。

 

 

「おら、来いよ!」

 

 

「さあ、戦うぞ!」

 

 

 獲物を見つけて戦意が高揚しているのか、追っ手の嬉しそうな叫び声が聞こえた。次いで複数の発砲音。深い霧の中、マズルフラッシュが稲光のように閃く。

 

 

「いやよビリー、ビリーーー!!」

 

 

手を伸ばし、離れていく男性に発した少女の悲痛な叫びは、遂に届くことはなかった。

 

◆◆◆◆

 

 

「…う……ん……」

 

 

「おや、気がついたかい?」

 

 

「!? あなたは、誰……!?」

 

 

「俺はジェームス。しがない旅人さ」

 

 

 その人はジェームスと名乗った。第一印象は『いい人』だけど、見た目くらいウェイストランドで信用ならないものはない。周りを見回してみるとここはどこかの小屋のようだ。中は狭く自分が寝ていたベッドの他は椅子とロッカーしかない。知らない場所、知らない相手。状況さえ理解できず不安を募らせているとドアが開いて一人の少年が入ってきた。その姿に勿論見覚えはない。

 

 

「ジェームスさん、見回りしてきまし――あぁ、よかった目が覚めたんだね」

 

 

その人はこちらに気がつくと心配そうな顔つきで声を掛けてきた。

 

 

「悪い夢でも見てたの? 随分と魘されてたみたいだけど…」

 

 

「……悪い…夢……」

 

 

 言われてから考える。そう、夢を見ていた。とても大事なことの筈なのに、ちゃんと思い出せない。そもそもなんで自分はここにいるんだろう。ビリーはどこに……ビリー!? 目覚めたばかりでぼんやりとしていた思考が一気に覚醒していく。そうだ。私は、私達は追われていて、私を逃がす為にビリーは……。

 

 

「ビリーは、ビリーはどこ!?」

 

 

「え、ビリー?」

 

 

少年は首を傾げている。ジェームスさんも同様のようで分からないという顔をしていた。その反応で少女――マギーは背中に冷たいものが走るのを感じた。

 

 

「君は道端で倒れていたんだけど、他には誰もいなかったよ」

 

 

ジェームスさんの言葉にマギーは愕然とした。ここにいないのなら、ビリーは……。

 

 

「何があったのか、話してくれるかい?」

 

 

「……はい」

 

 

 この人達に頼むしかない。そう考えて、逃げてきた少女マギーは何があったかを語り始めた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「つまり、君はメガトンから来たんだね」

 

 

「……はい」

 

 

 彼女の話だと、メガトンは今レイダーの一団に占拠されているらしい。周囲を外壁で覆われているメガトンがたかがレイダーに落とされるとは考えにくいが、その疑問もマギーの話で納得がいった。

 

 

「……裏切り者がいたの」

 

 

 どのような意図か、中から入口を開けてレイダーを招き入れた人間がいるらしい。それも、住人に睡眠薬入りの糧食を事前に振る舞っていたというから、どうにもキナ臭い。事前に計画していたと見るべきだろう。

 

 

「私とビリーはお腹が空いてなかったから食べなかったの」

 

 

なるほど内側から崩されたのなら納得がいく。どれほど堅固な防壁もそれでは意味を為さないのだから。

 

 

「異変に気づいたビリーは私を連れて外に出たの。そのとき見つかっちゃって、私を逃がすためにビリーは一人で戦って……」

 

 

 そこまで説明すると、マギーは急に黙ってしまった。苦しい表情で口を接ぐんでいたが、決心したのか口を開く。

 

 

「お願いします。勝手なお願いなのは分かってる。でも……」

 

 

 そこまで言ったが、マギーは続けるのを躊躇った。今から言おうとしているのは一方的なお願いだ。成功すれば報奨もあるかもしれないが、しかしそれ以前に危険が伴う。不確定な報奨のために命というハイリスクを賭けようという愚か者はそういまい。目の前の二人もそうだと思った。マギーは恐かったのだ。嘆願が拒否されるのを。このまま何もできず、また“一人”になってしまう想像が現実になる事を。そんな恐怖で押し包まれそうになるのを必死で堪え、勇気を振り絞って続きを話す。

 

 

「――でも、あそこにいるのは私の仲間、ううん家族なの!! ……お願いします。みんなを助けてっ!!」

 

 

 ボロボロと大粒の涙を流しながら嗚咽混じりに懇願するマギーを見て、ジェームスは言葉に詰まった。ユウはともかく、マギーの考えた通りジェームスは無謀に自ら突っ込んで行くような愚か者ではない。奇策を弄したとはいえ、相手はメガトンを制圧したのだ。決して少人数ではないだろう。対してこちらはたったの二人。装備弾薬も十分とは言えず、かなり不利なのは否めない。メガトンの売りになっていた堅牢さも今はそれに一枚噛んでいる。

 

 更に相手がレイダーとなれば、最悪住人が皆殺しにされている可能性もあるが、それを彼女に言うのは心苦しいし、可能性があるからといって見捨てるのもあまりに非情だ。ジェームスは愚か者ではないが、少女らを見捨てられるような非情な人間でもない。寧ろ放っておけないお人好しタイプである故に、返答に窮する。

 

 

「ジェームスさん。何とか助けられませんかね?」

 

 

「ウ~ン……」

 

 

隣のユウが不安げに聞いてくる。ジェームスは考える。別に正面切って戦う必要はないのだ。相手を撹乱し、生きているという前提でだが住人を解放すればいい。そのためには何が必要か……。今ある装備、作戦、他には――

 

 ふとジェームスはユウのpip-boyを見る。通常の物と違い黒く塗装されたそれは、実は機能も通常にはない物が実装されている。

 

――何とかなるかもしれないな。

 

 

「……うん、困ってる子がいたら助けてあげないとね」

 

 

その言葉にパッと顔を明るくするマギー。

 

 

「うんうん、それでこそあんた逹男だよ。こんな可愛い女の子が涙溜めながら必死にお願いしてるんだ。助けなきゃ男じゃないよ」

 

 

ギィ、とドアが開きスカベンジャーさんが入ってきて言った。その手には何やら道具の入った木箱が抱えられている。

 

 

「餞別だよ、持っていきな」

 

 

そう言って渡されたのはスティムパック、血液パック、モルバイン、弾薬、食糧、他に――

 

 

「これは……ステルスボーイじゃないか!?」

 

 

驚くジェームスさん。それもそのはず、ステルスボーイは携行式の光学迷彩装置でゲーム中でも序盤はあまり入手できないレアなアイテムなのだ。戦前の技術で造られたこの装置はウェイストランドにおいても現存しているものは少なく、稀少価値の高い代物なのだがスカベンジャーはそれを無償で提供しようというのだ。それも三つも。

 

 

「あんた逹には世話になってるからねぇ。それにこんな幼い子に家族を失うような悲しい想いはさせたくないんだよ」

 

 

 そう答えてマギーの方を見詰めている彼女の瞳には、どこか哀しげな光が宿っていた。もしかしたら過去にそういった出来事があったのかもしれない。残酷だがウェイストランドに於いては決して珍しい事ではないのだ。

 

 

「さぁさ、お喋りはここまでにしてさっさと準備を始めようじゃないか。早くこの子の大事な人達を助け出してあげないとねぇ!」

 

 

 スカベンジャーさんの顔には先程までの哀しげな表情は既に無く、やってやるぞという気概があった。こうして何故かスカベンジャーさん主導のもとメガトン解放への準備が進められたのであった。

 

 

 

 

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