——メガトン。
キャピタルウェイストランドのほぼ中心に位置する、四方を防壁に囲まれた街だ。防壁、と言えば聞こえはいいが実際は方々から掻き集めた廃材を繋ぎ合わせて出来た継ぎ接ぎの壁だ。元々はそこには何もなかった。200年前の全面核戦争、それによって引き起こされた最終審判の後。vaultに入れなかった難民が投下されたが不発だった核爆弾の側に寄り添い、まだ使えそうな機械系部品や廃材などを利用して組み立てたのがメガトンの始まりだった。
初めは核爆弾の回りにテントが点々と張られているだけのこじんまりとしたものだったが、運よく生き残った人々が徐々に集まり使えそうな部品を探しては壁を作り家々を建てていき、どんどん大きくなっていった。
そうして出来た外壁の周辺には、使えなかったり余った部品の山々が大小幾つもある。
その中には廃品部品や廃電子機器、修理すれば動かせるロボットなど様々な物が埋まっている。これらはメガトンを運営していくための代替部品や資金源となっている。同時に卑しいレイダーや野盗の話題にもなっているのだが。閑話休題。
さて、長い年月を経て組み上げられた外壁は内側にいる住人を外敵から守り続けてきた。その高く分厚い防壁に庇護され、昼も夜も穏やかな時が流れるメガトンであったのだが、今は様子が違う。
今は夜。普段なら殆どの住人は自分の家に戻っているのだが町の中心近くにある食堂は大勢の人で溢れかえり喧騒が広がっていた。時折怒号なども飛んでいるが他の者は特に気にした風もなく自分に宛がわれた食い物や酒をがっついていた。
「あ~うめぇ! ここの連中こんないいもん食ってやがったのか!」
「全くだな、オレたちなんか食い物に困ったときはその辺の人間捌いて喰らってたってのによ」
「まぁいいじゃねえか。この場所はもうオレたちのモンだ。これからはこっちが楽しむ番だろ?」
「へへっ、違えねぇ」
男たちの話を聞いて周りの連中から卑下た笑いが上がる。話の内容から分かるように、彼らはここメガトンの本来の住人ではない。今町の中を歩いているのは非道、無法者で知られるレイダー逹である。数日前、たった一人の青年の裏切りによってこのメガトンは彼らの手に落ちたのだ。以来、レイダー達はこうして蓄えられた食糧や酒で好き放題していた。
前にいた場所よりも立派な拠点/住み処を手に入れて彼らは上機嫌だった。その為か、周辺の警戒を全くといっていいほどしていなかった。酒が入っている事と周囲を囲う防壁の安心感も手伝って警戒は極めてザル。
だがそれも仕方がないのかもしれない。ここメガトンの周辺には大きな脅威は存在しない。核爆弾があるためか迂闊に近づこうとする者は殆どいない。いるとしても流れの放浪者か彼らレイダーのようなメガトン狙いの無法者くらいである。モンスターにしてもモールラットやブロートフライ(突然変異したハエ)のような小型のものが殆どを占めるため、気にする必要もない。彼らはそう考えていた。
その考えが自分達を絶望のドン底に叩き落とすことになることを、今の彼らはまだ知らない。新たな住人がばか騒ぎする食堂から離れた場所にある一角。あちらと違ってここには人影がなく継ぎ接ぎのような壁が静かに佇むのみだ。その一部がズズズッと小さな音をたてながら動き出す。そこから二つの人影が現れた。一人はサンドブラウンのコンバットアーマーを着こんだ青年。もう一人はスカート姿の年端もいかない少女だ。
「ふう、潜入成功だね。でもこんな入口があるとはね……」
「私もこの間見つけたの。どうやら取り付けが甘かったみたいね」
……メガトンを建造した先人の中には手抜きをしてた人がいたようです。まぁそのお陰で助かってるけど。
そんなことを考えながらアーマーを着た青年——ユウは懐から携帯電話くらいの大きさの機器を取り出す。
ピッ
「……ジェームスさん、こちらユウ。潜入に成功した」
『分かった、合図があるまで待機しててくれるかい? くれぐれも見つからないようにね』
「了解、任務に戻る」
ピッ
ジェームスさん製作の簡易無線機で通信をする。潜入は成功、作戦は次の段階に進む。
「合図があるまで待機してろってさ」
「りょーかいっ」
マギーに今後の動きを伝え、見える範囲で周囲を観察する。街の真ん中近くの食堂には十数人のレイダーが集まり飲み食いしている。上の階層にある建物には見張りだろうか、レイダーがドアの前で一人やるせない感じで立っている。恐らくだがあそこに住人を閉じ込めているのだろう。
情報を集めようと更に周囲を観察していると、その建物に歩いて向かう三人のレイダーが目に映った。一人が前を歩き、もう二人はそれに付き従っている。先頭の人物は幹部、或いはこの集団のボスだろうか。他のレイダーとは別格のようで、つまらなそうにしていた見張りのレイダーが慌てて背筋を正していた。
「あ、あいつは……!?」
「マギー、知っているの――」
ユウが喋り終わる前にマギーはその建物目掛けて飛び出していった……ってオイ!? スルーされた、じゃなくていきなり出ていったら不味いでしょうよ! 放っておくわけにもいかないので、自らも後を追う。しかし普段は大人しいマギーがあそこまで取り乱すなんて何者だろう?
とりあえず見張りのいる建物の横まできた。途中からはスカベンジャーさんから貰ったステルスボーイを起動したので難なく近づけた。いきなり飛び出していったから冷や冷やしたが、マギーも起動させていたようなので一先ず安心。再び入口に眼を向けるとさっき見かけた三人は中に入ったようで、見張りだけが相変わらず面白くなさそうな顔で立っていた。
クイクイッ
「ん?」
マギーが服の袖を引っ張る。
「ねぇ、何か食べ物ある? いい作戦があるんだけど。」
◆◆◆◆
「……はぁ、折角メガトンを手に入れて贅沢できるってのに何でオレだけ見張りなんざやらなきゃなんねえんだよ」
彼はリーダーから見張りをするように言われたため、不本意ながらもここに立っていた。内心は皆と同じく食って飲んでのどんちゃん騒ぎと行きたいところであったのだが、自分達のリーダーは歯向かう者は容赦なく殺すことを知っているため渋々引き受けたのだ。
本当なら今頃自分もあの食堂でばか騒ぎをしていた筈なのに、と考えて溜め息を漏らす。楽しんでいる他の連中を見て、差し入れの一つでも持ってこいってんだと悪態をつく。ここ最近録な食事にありつけず、メガトンに入ってからもご馳走を目の前にしながらリーダーの言い付けのせいでお預けの状態。不満一杯の彼の心情を表してか、腹の虫が激しく泣き出す。
コトッ
「んあ?」
音のした方に目を向けると、床に食料が置かれている。辺りを見回すが誰もいない。もう一度キョロキョロと辺りを見回してから、
「誰もいねぇんならオレが食っちまっても問題ねぇよな」
と言って拾い物の包装を解く。中身は即席ポテトだった。本来なら袋から取り出した後磨り潰してマッシュポテトにしてから食べるものだが、彼は塊のままかぶりついた。空腹の彼には調理などという過程は要らず、ただ腹が膨れればいいという考えだからだ。
「ん? 何か固い部分が……?」
咀嚼しているとガリッという音が口内から聞こえたが、見張りは構わず飲み込む。食べたという満足感に浸っているとき異変は起きた。彼の表情が幸せそうなそれから徐々に苦悶のそれに代わり始めたかと思うと、自身の腹部を押さえて悶え始めた。顔面からは異常なまでの汗が流れ、顔の色も心なしか蒼白くなっている。
(は、腹があぁぁぁ!?)
突然の激痛に焦る彼の腹からは先程の腹の虫とは別種の音が鳴り響いている。早くトイレに行かなければ!! 身体からは危険信号とともにそんなメッセージが送られてくるが、ここを勝手に離れるわけにはいかないと最後の理性が押し留める。少しの間踏み留まったようだが、危険信号が理性を上回ったのかトイレの方向に駆け出していった。離れていく見張りを見届けてからユウはマギーに聞いてみる。
「行ったな。しかし何混ぜたんだ?」
「ん、下剤。モイラさんから貰ったやつ。男子とかに苛められたら使いなさいって前にくれたの。効果がどうだったか後で教える条件付きで」
………流石モイラさんだ。やることがえげつないぜ。しかし見張りもあんなあからさまな罠に引っ掛かるなんて……。迂闊過ぎやしないか?
「相当お腹空いてたみたいだし、自分達が占領したからって気が緩んじゃったんじゃない? それこそ栄養が足りなくて頭が働かなかったみたいだし」
なるほど、そう言われればそうだ。納得がいったよ。てかさりげなく人の心を読むんじゃありません。地味にビックリしてるぞ今。
見張りがいなくなったので扉まで近づき扉の窓から中を窺う。室内には縛られた住人が一か所に固められている。幹部クラスと思しき先程の青年レイダーは縛られたテンガロンハットを被った男と話している所だった。
「やあルーカスさん。気分はいかがですか?」
「……このオレが気分最高だ、ヒャッハー!!ってな感じに見えるのか? もしそうだって言うんなら医者にでも診てもらえ。そんでもってその節穴の目刳り貫いてもらったらどうだ? ポッポよぉ……!」
ポッポと呼ばれたレイダーの青年の言葉にテンガロンハットを被った男——“自称”保安官のルーカス・シムズは憎々しげに答える。
「そんなこと言わないで下さいよ。せっかく心配で様子を見にきたのに。あんまりじゃないっすか」
ケタケタと笑いながら話す青年とは対称的に、ルーカスの表情はどんどん憎しみで歪んでいく。ルーカスだけではない。彼の後ろで同じように縛られている他の住人も同様に顔を歪めて彼を睨んでいた。
「心配だと……? オレ達をレイダーなんかに売りやがって、裏切り者がどの面さげて言いやがる!?」
そう、ルーカスの言う通り彼はレイダーを招き入れた張本人である。にも拘わらず当の本人は「裏切り者?」と言いながら分からないといった顔をしていた。かと思うと何か合点がいったのか手をポンと叩いて、何が可笑しいのか笑い混じりに話す。
「あぁ、とんでもない。僕は裏切りなんてしてませんよ」
「キサマ、ふざ——」
「だって——」
「僕は初めからこちらの人間なんですから」
「なに……!?」
その言葉にルーカスをはじめ縛られた住人のあちらこちらから驚愕やどよめきが起こる。その反応が面白かったのか更に顔をニヤケさせ、楽しげに種明かしをしていく。
「思い出すと懐かしい。一年前、レイダーに追われている僕をあなた方は助けてくれました。それだけでなく僕に仕事や住む場所、食べ物という生きる糧を与えてくれた。追われて逃げてきた、あれ自体が仕組まれたものだとも知らずに」
住人の面々に動揺が走る。驚き呆気にとられる者、真実を知り歯を軋ませる者、怒りに顔を赤くして歪ませる者と反応は様々だ。それらの反応にポッポは大変満足げだ。
「改めて自己紹介といこうか。オレはスプリングベールのレイダーを束ねるリーダーのポッポだ」
これにはあまりの怒りに押し黙っていたルーカスも驚きの表情になる。レイダーの一員だとか仕込みだとかでも驚きなのに、まさかボス自らが潜入していたとは……。
「さて、種も明かし終わった事ですしここからは本題。あなた方の今後についてお話にきたんです」
「……オレたちをどうするつもりだ?」
一応聞いてみたもののどうせ碌な末路じゃないだろうとルーカスは思った。相手がレイダーの上、ただの雑魚でなくリーダー格ときた。恐らく骨の髄まで利用され、生存の可能性は極めて低い。
「我々の労働力となっていただく……というのも良かったんですが、あなた達と暮らしていて分かりました。大人しく従うような連中じゃない、隙を見ていずれは反旗を翻す。それも面倒なんでねぇ……」
「……?」
「”ユーロジー・ジョーンズ”の所に売り込みに行こうかなと考えてます」
「……!?」
住人の顔が今度は恐怖を刻んだ。それも無理からぬ事、ユーロジー・ジョーンズはウェイストランド中にその名を轟かす最大最悪の奴隷商人。一度彼の商品に数えられれば最後、死ぬまで自由はない。聞いた話だと何やら特殊な機械を使って奴隷を支配下に置き、例え逃げ出しても彼の部下が追ってきて始末をするという。
「明朝ここを発ち彼の事務所に向かおうと思ってます。暫くメガトンを空ける事になりますが、一つ忠告しておきましょう。変な気を起こさない事です。……実はここの不発弾に細工をしました。オレの合図で起爆するように、ね」
「……!? てめぇ、正気か!?」
狂気に陥っているとしか思えない行為にルーカスが叫ぶ。自身の近くにある核爆弾を爆発させられるようにするなど、正気の者なら絶対に考えられない事である。
「ハハハ、ご心配なく。至って正気です。これは一種の保険みたいなものですよ」
「保険だと?」
「先程も申した通り暫く不在になりますので。部下は置いていきますがあいつらも腹の内では何を考えてるか分からんし、あなた方もこのまま大人しくしているとも思えません。だからこその保険でして。安心してください、大人しくしてれば起爆スイッチを押さずに済みます」
自身の腕に括り付けた小型端末を指差してポッポは説明をする。逆に歯向かえば押すと脅しを掛けている、そしてそれは手下のレイダーに対してもらしい。結局は信じられるのは己だけ、というわけだ。万が一の誤作動に対処する為、制御端末は核爆弾の方にも取り付けてあり、不測の事態になっても起爆信号を解除できるらしい。ただしそれにはパスコードや決められた手順が必要であり、高度なハッキングでもしない限りルーカス達には破れないと、上機嫌なポッポはベラベラ話してくれた。その場にいた彼以外の全員が『イカれてる』と心の中で吐き捨てた。
「そういう訳なんで大人しくしてな。大事な金の卵だ、利用価値がある間は生かしといてやるからよぉ」
今まで人当たりの良い微笑で話していたポッポは、邪悪な笑顔で目の前の金の卵に向かって凄む。恐らくはこちらが地なのだろう。いよいよ住人達は自分達の置かれた状況に恐怖しだし、震えだした。その姿を見たポッポはまた微笑に戻り、満足したのか部屋を出ていこうとした。
「……一つ聞きたい」
その声にポッポの足が止まる。ルーカスだ。
「ビリーとマギーはどうした?」
他の住人がはっとする。住人の中でこの場にいない、逃げた二人の安否をルーカスを含む全員が気にしていた。今日まで二人の話が出ていなかったから、無事に逃げていると思っていたがこれがポッポに会う最後のチャンスかもしれない。今のうちに聞いてみようと思ったのだ。
「ああ、言い忘れてたな、ビリーならここにいるぜ。逃げたりしたから広場でお仕置きしてる最中だ」
ルーカスはゾッとした。ビリーが捕えられたことと、マギーだけが見つかっていないことに。ここメガトンの周囲にも小さいながらモンスターはいる。幼い少女だけではもしもの事もありうる。
「マギーは見つかってねぇから、ひょっとしたら野垂れ死んじまってるかも……なぁんてな!」
さも可笑しそうに話すポッポは、今度こそ部屋から出ていく。最後に、首だけ回して住人達に感謝の言葉を述べて。
「ルーカスさん、皆さん。僕を受け入れてくれてありがとうございます。おかげで大儲けできそうだぜ」
忌々しい高笑いを最後にドアは閉められた。後悔と憎悪、絶望がその場を支配した。
◆◆◆◆
「んん? 見張りがいませんね。しょうがないな~、キミ変わりにやってください」
「わかりやした(……調子狂うな、その喋り方気に入ってるのか?)」
勝手にいなくなった見張りへの罰を考えながら付き添いの一人に命令するポッポ。そして残りの一人を引き連れてどこかへ歩いていく。ユウとマギーはそれを物陰から眺める。目で追っていくと着いたのは核爆弾だった。
「気分はいかがですか?」
ここからでは陰になって見えないが、ポッポは誰かに話しかけていた。確認しようと見える位置に移動して眺める。そこにいたのは核爆弾の下で両手を鎖に繋がれた満身創痍の男性、ビリーだった。
「……っ!! ビ……ムグッ!?」
ビリーを見てマギーが叫びそうになったのをユウが慌てて口を塞ぐ。幸い新たな見張りには気づかれなかったようだ。しかし叫びそうになるのも無理はない、ここからでも分かるほどビリーは傷付けられている。下手をすると命に関わりかねないくらいに。
「…………」
「返事も返してくれないのですか、寂しいですねぇ」
返さない、ではなく返せないのだ。愛用の傭兵服は所々弾痕や切り傷等でボロ雑巾のような有り様で、下着やヘッドラップは血が滲み赤黒いシミを拡げている。そんな重体の身で核爆弾の側に拘束されているのだから、話す余裕もない。その上この核爆弾、不発でこそあるが内部の放射性物質は健在であり、近づけば微量ではあるが放射線に晒されることとなる。それだけでなく、爆弾の下には長い年月を経て汚染された水溜まりができていて、ビリーはそこに半身浸かる形で拘束されていた。今この瞬間もビリーは放射能という毒に侵されているという事になるのだ。
「マギーは見つからなかったよ。可哀想に、もしかしたら高値で売れたかもしれねぇのに。残念だよ」
やれやれといった感じで首を竦めてみせる。言葉とは裏腹にその態度は軽い。ポッポにとっては沢山の商品のうちの一つでしかないのだから死んでしまってもそれほど苦ではないらしい。
「……それとお前さんには見せしめになってもらう。どんだけ効果があるか分からんがまっ、これもケジメってやつ?」
口では見せしめとかケジメとか言っているが、ポッポの歪んだ笑みの顔を見れば分かる。この男はただビリーを痛めつけたいだけだ。今回の出来事にしても、以前から計画を練っていたにしては杜撰な部分もあり、彼の気分に合わせて非効率な行動を取る場面が目立つ。ビリー達が逃げ出したのを察知しても直ぐに追わず、部下の内数人を放ち猟犬を連れた狩人のように獲物を追い詰めるのを楽しんだりしていた。今だってそうだ。ただ気に喰わないとか殺したいからとか、利益より気分に傾いているだけなのだ。
「じゃぁな。あっちでマギーに会ったら宜しく言っといてくれ」
そう言って腰のホルスターにある中国軍ピストルを抜きビリーに銃口をむける。ビリーは何も答えない。ポッポの引き金にかけた指に力が少しずつ込められる。
(……ビリーーーー!!)
少女が心の中で悲鳴をあげる。トリガーが引き抜かれようとしたそのとき、爆発音とともにメガトン全体を巨大な振動が揺らした。