気ままに! ウェイストランド放浪記   作:気分屋

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第8話 メガトン解放その3

 油断だった。中に残った敵が先の四人だけという確証がなかったにも拘わらず、その場の制圧だけで気を緩めてしまった自分にルーカスは憤りを感じた。間の抜けた少し前までの自分を恨みつつ、ルーカスは眼前の状況をどう対処したものかと悩み動けずにいる。目の前にはレイダーのリーダー、ポッポがいる。片方にマギーを、そしてもう片方に10mmサブマシンガンを持ちその銃口はマギーへと向けられていた。簡単に言うと彼女は人質だ。

 

 

「……やってくれたな。お陰で計画はグチャグチャだ。さて、どう料理してやるか」

 

 

迂闊に動けないルーカス達を見て、敢えて強気に捲し立てるポッポ。

 

 

「儲けを減らしたくない一心で仏心を出してきたがもう我慢できねぇ!! また妙な真似してみろ、このガキを殺すぞ! 言っとくが本気だからな! 分かったか!」

 

 

 怒鳴り声で武器を捨てるよう要求するポッポ。ルーカスは仕方なく皆に従うよう促し、自身もハンティングライフルを地面に投げ棄てる。ガチャガチャと次々捨てられる武器を見たポッポは、幾分か気を良くしたのかニタリと笑みを浮かべる。

 

 

「おーし、お利口だ。全員向こうに行け!」

 

 

 次にポッポは彼らを武器から遠ざけようと試みる。一見人質を取り強気で押してるポッポだが、内心では其の実かなり焦っていた。今メガトンの中にいるのは自分だけであり、もしそれがバレればどうなるか。多勢に無勢、形勢逆転、ポッポの末路は想像に難くない。

 

 外で戦っているキャス達が戻ってくればまだ望みはある。手下が戻るまで何とか時間を稼ごうと、必死な思いで有無を言わさぬキレる寸前を演じているのだ。十分に離れたところで次の指示を言おうとした瞬間、ポッポらの直ぐ近くで異変が生じた。

 

 

「……あっ、ヤベっ」

 

 

 何もない空間に揺らぎが生じたかと思うと、聞き覚えのない焦るような声が聞こえた。バチバチと小規模の電流が迸ったかと思うと誰もいなかった筈の場所に人影が浮かび上がる。電流が収まったとき、そこにはコンバットアーマーを着こんだ青年が佇んでいた。

 

◆◆◆◆

 

 

「だ、誰だテメェ!?」

 

 

 銃を向けているにも拘わらず、その青年はポリポリと頭を掻いてどうしたものかと悩んでいる様子だ。余裕を通り越して眼中にないような態度を取る青年に、ポッポは酷い苛立ちを感じた。

 

 対する青年、ユウはこれからどのように動こうかと考えを巡らせていた。マギーが人質に取られたのを見たユウは、こっそり近づいてポッポを取り押さえようとしたのだがその前にステルスボーイの内臓バッテリーが切れてしまった。

 

 

「あー……助っ人、かな。マギーに頼まれてね」

 

 

「このガキが……余計な真似しやがって! だがまぁ、今はどうだっていい。コイツらもテメェもここまでだ、大人しく捕まりやがれ。」

 

 

「ご免だね。そっちこそさっさと出ていったら?」

 

 

(何だこの野郎……銃突き付けられて屁とも思ってねぇ。オレが撃てねぇとか思ってやがんのか? 馬鹿にしやがって、何か段々腹が立ってきたぞ)

 

 見たところ武器は腰のホルスターに入っている10mmピストルのみ。手には何も持っておらず無防備な上に隙だらけだ。そんな若造に舐められていると思うとポッポは我慢ならなかった。

 

 

「この銃が見えねぇのか? あんま舐めた口聞いてるとテメェから先ず撃ち殺すぞ」

 

 

「その銃で? やってごらんよ、無理だと思うけどねっ!」

 

 

 

言うが早いか、若造はいきなり掴みかかろうとしてきた。バカが、何でこのタイミングで。ポッポはその行為を嘲笑いながら引き金を引く指にグッと力を掛けた。だが――

 

(……!? え……何で、トリガーが……引けな――)

 

 予想外の事に気を逸らされたポッポは、ユウの顔面パンチを受けて怯んだ。そして腕が緩んだ隙にマギーは離れ、ユウは続けざまに10mmサブマシンガンを掴んでポッポの腕を捻る。堪らずポッポは転げ倒される。

 

 

「クソッ、何でだ……!? セーフティーはちゃんと外してたんだ。なのに……」

 

 

離れながらくるくると銃を回しているユウを恨めしそうに見るポッポに、ユウは説明をした。

 

 

「確かに外れてたよ。それをオレがまた掛けたんだ。ここに来る途中アンタ何かにぶつかっただろ。あれオレでさ、焦ってテンパっちゃったけど咄嗟にセーフティーだけ掛けたんだ」

 

 

それで合点がいった。あの不自然な衝撃はこの若造にぶつかったときのものだったのだ。

 

 

「さて、人質も武器もなくなったしここらで降参してくれないかな?」

 

 

「はっ、もう勝った気でいるみたいだがまだ終わりじゃねぇ。暫くすれば手下が戻ってくるし、オレにはコイツがあるんだ」

 

 

 ポッポは立ち上がり、腕の端末を盾にユウらと対峙する。その端末には、メガトンの中心に鎮座する核爆弾を起爆させるボタンが備え付けられている。それを押そうとするなど正気の沙汰ではない。如何に彼がレイダーであろうとも、如何に彼が追い詰められていようとも。押すわけが、いや押せるわけがないとその場にいる誰もが思っている。

 

 それでも迂闊に動く事がユウを始め誰もできなかった。両者無言の粘り合い。数分経っただろうか、膠着状態が続いた後、メガトンのゲートが動き出した。その光景にポッポは笑みを浮かべ、対照的に住人達は表情を強張らせた。

 

 

「おう、来たか。これで形勢はまたオレ達の側が有利に――!?」

 

 

手下が戻ってきたと思ったポッポだが、予想に反して入ってきたのはメガトンの警備を担うプロテクトロン、副官ヴェルドともう一人。こちらは見覚えのない、vaultのジャンプスーツを着た壮年の男性だ。

 

 

「残念だけど幾ら待っても外のレイダーは戻ってこないぞ。連中はメガトンの中に籠ろうとしたようだが、移動したオレとこのプロテクトロンの攻撃で無理だと判断したんだろう。慌ててスプリングベールの方角に逃げていったよ」

 

 

 因みにこのプロテクトロンは入口付近でスリープモードになっているのを見つけて、ジェームスがオンラインにして戦力としたものだ。元々メガトンの門番的な役割のヴェルドは、ポッポが計画を実行に移すのに先駆け、障害とならぬよう電源を落とされて放置されていた。それがまさかこんな場面で障害となり立ちはだかるとは、ポッポには思いも寄らなかった。

 

 ポッポは愕然とした。男の言う事が本当ならば、自分は見捨てられ孤立無援という事だ。一度は形勢が有利になったかと思ったが、それ以前の問題である。普通なら勝ち目がないと悟り降伏なりするところだが、生憎ポッポは諦めが悪かった。

 

 

「まだだ! まだコレが――ぐぁあっ!?」

 

 

 端末のスイッチを押す寸前まで指を伸ばしたポッポだったが、突如放たれた銃弾に手や足を穿たれ押す事は叶わなかった。痛みに顔を歪ませ目を向けた先では、ユウが硝煙の出ている10mmピストルを構えていた。

 

 何が起こった? 若造は銃を抜いていなかったではないか。それに撃たれたのは手足を合わせて三発。まさかそれらを一瞬でやってのけたというのか? 物理的にあり得ないだろう。理解の追い付かない目の前の現実にポッポはパニックになりそうだった。そもそもこいつらは何者なのか、外の敵の正体もはっきりしていない。仕舞いには逃げたという手下達もグルだったのではないかと思えてきてしまう。

 

 ポッポはいよいよわけが分からなかった。ただ、己の完全な負けであるという事だけは認めたくないが理解できていた。

 

◆◆◆◆

 

 始まりは数年前のスプリングベール小学校だった。少年時代に戦前の電子・機械関連の書物を読み囓って得た知識を武器に、ポッポはリーダーの座を欲しいままにしていた。あるとき、一人の男が彼の元を訪れた。入口で見つかった彼は襲い掛かるレイダーを前に逃げるでもなく、落ち着いた声で「君達のボスに会いたい」と言った。

 

 連れて行かれた先は戦前の校長室だったのだろう、比較的広いスペースの部屋には割れた壺や崩れた銅像、大小様々のトロフィー等かつての調度品がそこかしこに散乱している。その部屋の中央、状態の良いテーブルに足を載せ、椅子に深々と寄りかかり踏ん反り返っているのがポッポ。そのポッポを前にして、両脇を手下のレイダーが固めていても男は気にした風もない。荒廃したウェイストランドでは珍しい戦前の品質を高い水準で維持したスーツを着こなし、武器は何も持たない丸腰の男は臆する事なく、身動ぎ一つしない。

 

 

「アンタここが何処だか分かってるんだろうな? 馬鹿と命知らずはウェイストランドじゃ長生きできないぜ」

 

 

 それはポッポなりの最後通告だったが、男は取り合おうとせず「科学や機械工学を修めていると聞いた」と、こちらはお構い無しに話を進める。少々無礼な態度に眉根を寄せたポッポだが、そこは大目に見てやろうと肩を竦めて苦笑混じりに応対する。

 

 

「だったらなんだ? 何か旨い話でも持ってきてくれたのか?」

 

 

 レイダーに対して交渉を試みたという事例は、ポッポの知るところ前例がない。この男は自分との会合を望んだと聞いている。つまり何か話があっての事とは予想できるのだが、それがどういったものかまでは分からない。男が何を言うのか、ポッポは返答を楽しんでいたが出てきたものは彼の予想だにしない言葉だった。

 

――メガトンを手に入れたくはないか?

 

 それは今まで彼が胸の内に秘めていた思い。だが現実的ではないと何度も霧散させてきた根強い野心だった。刺激を受けたポッポは男の話を聞く事にした。話を聞き終わり、細かな指示や確認を済ませると男は何処へか去っていった。そのときに渡されたのが爆弾起爆用の装着型の端末である。

 

 初めの内は男を怪しんでいたポッポだが、定期的に送られてくる食料、キャップ等を見るにつれて話には乗ってやろうという気になった。ただもし男がこちらを罠に嵌めたり敵対した場合は、相応の代償を払ってもらおうという一方的な誓約付きで。そして決行の日、手下に段取りを説明し一芝居打った。レイダーに襲われた憐れな難民として住人に迎えられた彼は、内心で計画の成功を確信した。

――それがどうだ、この有り様は。

 

 完全な敗北だった。計画に二年、実行に一年。少なくない年月を費やし、自分を偽り周囲の人間に気取られぬよう細心の注意を払ったここでの生活。神経の磨り減る思いをしてまで耐えてきた日々は実を結ぶ事叶わず、今この瞬間無意味な物へと変わったのだ。

 

 どこで間違えたのだろう。途中までは凡そ順調に進んでいたのだ。メガトンを占領し、ユーロジーに商談を持ち掛け、それらで得られたキャップを元手に装備や拠点を強化し勢力を拡大する。漸く軌道に乗ったと思ったその矢先、計画は頓挫し完璧に打ち砕かれた。どこで間違えたか、何が狂わせたのかと考えたとき、頭に浮かんだのは一人の少女の姿。

 

 そうだ、あのガキだ。あのガキを逃がしたためにメガトンの事が外に知れ、よそ者に邪魔をされた。全ての元凶がマギーだと結論を出したポッポは、もう冷静さを欠いていた。

 

 もうキャップも、手下も、そして自分の命でさえもどうでもよく思えた彼は、懐に隠し持っていたカスタム10mmピストルをユウから死角になるよう蹲って抜き取る。

 

 今なら誰も気づいていない。皆一様に終わったと思い馬鹿みたいに喜んでいる。何が起きたか事が終わった後で知ったときの馬鹿共の顔が目に浮かび、ポッポは愉快な気分になった。向けられた銃口が狙うは喜ぶ住人に混ざりぴょんぴょんと飛び跳ねている何も知らないクソガキの背中。

 

精一杯の憎悪と共に引き金を絞り――

 

感情が最高潮に達したときそれは殺意へと変わり――

 

殺意は爆発し凶弾へと姿を変える――

 

沢山の歓声の中、一発の銃声がメガトンに響き渡った。

 

◆◆◆◆

 

 鮮血が舞い床の金網を赤く染める。上体がグラつき仰向けにゆっくりと傾く。ガシャンッ、と音を立てて崩れ落ちたとき視界に写ったのは、自分を撃ったであろう男の姿。硝煙立ち上るライフルを構えた、テンガロンハットの男。それが彼(・)ポッポの最期に見た光景であった。

 

 

「……馬鹿野郎が」

 

 

 彼を撃った男ルーカスが苦渋に満ちた表情で漸く絞り出した言葉がそれだった。マギーを狙い銃口を向けたポッポにいち早く気づいたルーカスは、咄嗟に床に転がるハンティングライフルを拾いポッポに照準を定めた。一瞬の躊躇の後に引き金を引き、ポッポが撃つ前に彼を止めたのだ。

 

 マギーの命は救われ敵のリーダーを見事倒したわけだが、ルーカスを始め住人達の表情は一様に暗い。如何に演技であったとはいえ、ポッポはこの一年間違いなく彼らの仲間であったのだ。赦す事はできない、しかし仲間として接した彼との思い出を悼むくらいは良いだろう。

 

ピーーーーー!!

 

 死した嘗ての仲間への哀悼を以て幕を閉じるかに思われた今回の騒動。それは突然鳴った電子音で新たな展開を迎える事となる。音の発信源に気づいたジェームスがソレに走り寄る。彼が見たモノとは、核爆弾に取り付けられた電子端末、その画面で点滅表示する文字。“起爆信号を受信”“起爆シーケンスを開始”という文面だった。

 

「バカなっ!? ボタンは押されていないはず! 何故作動しているんだ!?」

 

 

 ジェームスが事切れたポッポを見て言うが、最早確認している余裕は無さそうだ。核爆弾は不気味な機械音を響かせて内部の核分裂を活性化させている様子。このままだと最後には臨界に達しメガトンが核爆発で跡形もなく吹き飛んでしまう。猶予はあまりない。

 

 

「核爆弾が爆発するのか!?」

 

 

「そんな、やっとレイダー共を追い出したのに!?」

 

 

「に、逃げるんだー!!」

 

 

「ともかく出来るだけ遠くに行けーー!!」

 

 

 住人達はたちまちパニックに陥った。我先にと駆け出す民衆を、ルーカス他数人が声を出して誘導する。そんな混乱の中、核爆弾に取り付く二人の人物。ジェームスとユウだ。

 

 ジェームスは自身のpip-boyを操作、構造のスキャニングを開始する。それによると起爆信号は後付けされた端末から発せられているようで、画面には内部を走る無数の配線が映し出されていた。

 

 

「爆弾を解体している暇はなさそうだ! 信号の流れているコードを切断するしか方法はない!」

 

 

「オレがやります! ジェームスさんは指示をお願いします!」

 

 

 気がつけばユウは進んで答えていた。勿論爆弾を解除・解体するような経験をユウは体験した事はない。だが、身体は覚えているとでもいうのだろうか。予備知識も無いに等しい彼の手は、流れるような動作で端末の解体にかかる。

 

 然して時間もかけずに留め具やネジを外すと、慎重に端末を引き抜く。そうして姿を現した様々な色の無数のコード。この中から信号の流れる本命を探さねばならない。

 

 

「まず左側の青! 続いて真ん中にある緑! ……違う! それより右寄りの方だ!」

 

 

 矢継ぎ早の指示に何とか追い付こうとするユウだが、一つの色をとっても何本もあるのだ。時折間違いそうになり中々スムーズには進まない。間違ったコードを切断したが最後、文字通り総てが灰塵に帰することとなるのだ。ただ一度のミスも許されない極限の状態で、焦燥だけがジワリジワリとユウの心を浸食する。

 

 

「うっ……ゴホッゴホッ!?」

 

 

 焦る気持ちを押し殺し作業スピードを上げようとしたユウを、突如吐き気や目眩が襲う。何事かと思ったとき、不意に自身の腕から聞こえる音に気が付く。チキチキという耳障りな音はpip-boyから発せられている。それだけでユウは音の正体を理解した。

 

(――RADの数値が上がってるんだ!!)

 

 ウェイストランドに生きる者達、もといこの『Fallout』をプレイしたプレイヤーならば誰もが馴染み深く、誰もが忌み嫌う放射能(RAD)。pip-boyには体内に蓄積されたソレを数値化して表示出来る機能がある。今現在その蓄積メーターは割りと早いペースでグーンと針を進めている。

 

 考えてもみれば当然の事だ。今ユウが張り付いているのは核爆弾。しかも起爆に向けて徐々に臨界に近づいているのだから、当然漏れ出る放射能も時間とともに高濃度になっていく。自身がソレに侵されている現状をpip-boyの機能の一つ、ガイガーカウンターがリアルタイムで報せているのが先の耳障りな音の正体だ。

 

(――っ!?)

 

 更にユウはここで、もう一つの緊急事態を目視することとなる。始めに取り外した端末の画面に、数字の羅列が表示されているのに気が付いたのだ。数字は時間が経つとともに目まぐるしく変わってゆく。

 

(これって……まさか!!)

 

 間違いなかった。それは核爆発までのカウントダウンだ。ディスプレイには04:08:16と表示されており、残り時間が少ない事を十二分にアピールしている。

(もう残り四分ちょいしかない!?)

 

 それまでに作業を終えなければならないが、果たして残りあと何本あるのだろう。明確な終わりの見えぬまま、ユウは不安や恐怖と闘いながら只管に指示されたコードをハサミで切断していく。焦りからか、我知らず震え始める手を見て内心で言い聞かせるように叱咤する。

 

 今その手に握られているのはユウ自身の命だけではない。メガトンにいる全ての住人のソレも彼の手にかかっていると言っても過言ではない。その事がユウ一層の焦りを感じさていた。

 

残り時間が減っていく。

 

それに伴い体内のRADは蓄積されていく。

 

 果たして、カウントダウンのタイムアップが先か。放射能汚染による死が先か。ユウとメガトンの運命は風前の灯火であった。

 

◆◆◆◆

 

 

「残っている者はいないかー!! いたら直ぐにここを離れるんだー!!」

 

 

 ルーカスは大声で呼び掛けながらメガトンの通路を走る。殆どの住人は既に逃げ出したのか、響くのは彼の声と足音の他には吹き荒ぶ風の音だけだ。だが応答がないのは今の状況では良い事だ。残っている者がいないか最終確認をした後は彼も直ぐに離れるつもりだったからだ。

 

 しかし、ふと彼は建物の一つから声が聞こえるのに気が付いた。その建物の名はチルドレン・アトム協会。メガトンで小規模ながら教義を広めている宗教団体の家屋だ。ドアを開け中に入ると、やはりというか数人からなる教徒が祈りの言葉を唱えている。その中の一人がルーカスに気づきこちらに歩いてくる。アトム教徒の中心的人物だ。

 

 

「おぉ、ルーカスさん。まだ残っていたんですか」

 

 

「それはこっちの台詞だ。あんたらは避難しないのか?」

 

 

「……ワシらの教義は知っとるでしょう。『アトムに浄化され我々の魂は解放される』。もしかしたら今がそのときなのかもしれない。運命だというならワシらは素直にこれを受け入れる次第ですじゃ」

 

 

 信者の数は決して多くはないアトム協会だが、彼ら一人一人の信仰心は驚くほどに篤い。彼らの信仰心は紛れもなく本物であり、故にルーカスは説得するのが叶わない事だと悟る。ふぅ、と諦めの嘆息を吐いていると、「それに……」と言葉を続けた老人の声に再び耳を傾けた。

 

 

「ワシらにとってこのメガトンは故郷じゃ。嬉しいことも、悲しいことも、この場所と共にあったんじゃ。いつかこの魂が肉体という軛から解き放たれるその日まで、ワシらはここにいたいのじゃよ」

 

 

 老人の言葉に、ルーカスは思わず頬を綻ばせた。自分の住む街が、自称保安官として守る街がそのように言われて堪らなく嬉しくなったのだ。すると突然、ルーカスはどっかとその場に胡座をかき始めた。その行為に今度は老人の方が狼狽した。

 

 

「ルーカスさん!? 何もあんたまで残ることは――」

 

 

「住人が残るというのにオレがさっさと逃げてどうするんだ。これでもオレはこのメガトンの保安官だ。自称だと笑いたい奴は笑えばいいさ。だが、さっきの言葉を聞いちまったからにはオレも逃げ出すわけには行かねぇんだ。オレも……ここが好きだからな」

 

 

 ルーカスは残ることに決めた。他の住人達が逃げてくれたことを信じて。しかし、彼の心情とは裏腹にメガトン内にはまだ何人かの住人が残っていた。

 

~酒場~

 

 

「ボス~! 早いとこ逃げやしょうよ~!」

 

 

「うるせぃ! 逃げるにしたって無一文で出ていけるかっての! 貯まったキャップに無事な酒、家財道具諸々。端末の中の情報だって金になる。大事なもんは山程あんだよ! てめえも見てねぇで運ぶの手伝え! 給料抜きにすんぞ!?」

 

 

「わ、分かりやしたから勘弁してくだせぇボスゥ! ……はぁ、もう少しで核爆発が起こるってのに何やってんだろ。お袋、アンダーランドにはもう帰れないかもしれねぇよ」

 

 

~水処理場~

 

 

「ウォルターさん! いい加減にしろよ、このまま残ったらあんたも死んじまうんだぞ!?」

 

 

「ワシはガキの頃から親父や爺さんと一緒にこの水処理場を整備してきたんじゃ! 謂わば家族や息子同然のコイツを残して逃げ出せるものか! ワシに構ってないでお前さんもさっさと行かんか!」

 

 

~診療所~

 

 

「……酷い状態だが、やれるだけの事はした」

 

 

「ビリーは大丈夫なの? チャーチ先生」

 

 

「大丈夫、とは言えないな。でも心配することはないよ、マギー。こいつは頼りなく見えるが中々タフな男だ。きっと数日寝ればピンピンしてるだろうさ」

 

 

「うん……」

 

 

「それよか問題は核の方だ。オレも医者の端くれ、患者を放っぽって逃げ出すわけにもいかねぇから残ったが、あれが爆発したら助かるもんも助からねぇ。お前さんが連れてきたって外の連中が命懸けで解除しようとしてるらしいが、果たして間に合うものか。……まぁそもそも、今はあいつらに賭けることしか出来んがな」

 

 

「……ユウ、……ジェームスさん」

 

 

~核爆弾のある広場~

 

 

「……よし! 残りはあと一本だ。だが……」

 

 

 ジェームスの言葉は途中で途切れる。彼の見る画面には信号を送信している最後のコードが表示されていたのだが、その場所が問題だった。無数にあるコードの奥、腕を伸ばしただけでは届かない所にそれはあった。

 

 

「一番奥のコードだ! 届くか!?」

 

 

 やってみます!と返事を返し手を奥へと押し込むが、あと少しのところで届かない。何か他の道具を使うにしても、目当てのモノはコードとコードの間にあるのだ。下手に突っ込むと他のコードも切断しかねない。

 

 

「……ぐっ、うぅぅぅっ!!」

 

 

届け!! 届け!!

 

 肩が外れそうになるくらい腕を伸ばすが、やはり届きそうにはない。ディスプレイの時間は一分を切り、RADの数値は800を回っている。上限が1000といえばどれほど深刻な事態かが理解頂けるだろう。目眩や吐き気どころではない。意識すらも朦朧としている始末だ。

 

――残り時間が十秒を切る。

 

残った住人達が静かに見守る。

 

――六秒、五秒、四秒。

 

ジェームスが血色の悪い顔で固唾を呑んで見守る。

 

――三秒、二秒、一秒。

 

ハサミを持ったユウの手が淡い光に包まれた。

 

カチッ――

 

瞬間、全ての時間が停止した。

 

◆◆◆◆

 

 

「……ねぇ、姉御」

 

 

「……姉御ぉ」

 

 

「……何だい?」

 

 

 姉御と呼ばれたキャスは疲労と怪我の痛みから返事をするのも億劫になっていたが、部下の一人がしつこく呼び掛けてくるため鬱陶しいが話を聞くことにした。

 

 

「やっぱリーダーを見捨てるのはちょっと……今からでも助けに――」

 

 

「下手な心配はよしな。それともアンタ、一人でも助けに行ってみるかい?」

 

 

「……へへっ」

 

 

 姉御の言葉にその部下は 特に反論するでもなく苦笑して離れていった。大方もしリーダーが生き延びた場合必ずするであろう復讐を恐れて言い出したことだろうが、あの状況で無事に生還できるとはキャスには到底思えなかった。

 

 そんなことよりもキャスは次に取り掛かる計画の方が気になっていた。ポッポがメガトンに潜んでから独自に進めていたプランBともいうべき計画。

 見てなよポッポ。アンタはメガトンを手に入れようとして失敗した。アタシはそれより良いものを、vaultを必ずこの手に掴んでやる……!

 

 

「しかし姉御。リーダーがあんな事になって、核のスイッチは大丈夫ですかねぇ」

 

 

「大丈夫だろうさ。どうせあれはハッタリ、押したら元も子もないのはポッポだって分かってる筈さ。間違っても作動させるような真似は――」

 

 

 キャスの言葉は、メガトンの方向から駆けてくる住人達を捉えた事で途切れた。何かから逃れるように必死に走る彼らを見たキャスは、脳裏に嫌な想像が駆け巡った。

 

 

「……」

 

 

 

「姉御……あれって」

 

 

「逃げるよ!!」

 

 

 全速力でダッシュを始めたキャスを、部下達は慌てて追いかける。結果的に言えば彼女達が逃げる必要はなかったのだが、それを知るのは暫く後の話。

 

◆◆◆◆

 

 再びメガトン、核爆弾のある広場。ディスプレイの表示は00:00:37で停止し明滅していた。スキャンしていたジェームスのpip-boyには、『完了(complete)』という文字が出ており、ジェームスは胸を撫で下ろす。解除作業をしていたユウの手にはいつの間にかハサミではなくコンバットナイフが握られていて、その切っ先が最後のコードを切断していた。両脇のコードも表面を薄く切り口が走っているのを見るに、かなり際どい状況だったようだ。危険な賭けだったと言わざるをえないだろう。ともあれ、最悪の事態は回避することができた。

 

 

「……ぃ…ぃやったぁ……」

 

 

カウントダウンが停止したのを見て見事解除できたことを確認したユウは、安堵の表情で朦朧としながらも必死に繋ぎ止めていた意識を手放した。

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