チュンチュン、チチチチ――
「う……ん……」
静かだが空気中に甲高く響く鳥の囀ずりにユウは起こされた。うっすらと目を開けると窓から差す陽光が目に入った。
「ユウ、気がついた?」
声のする方へ目を向けるとマギーが微笑んでいた。その手には濡れたタオルが握られており、どうやら自分を看病してくれていたようだ。
「ここは? オレは一体……」
眠っていたためか記憶がハッキリしなかったが、時間が経つにつれて徐々に思い出してきた。
「そうだ核爆弾は!? メガトンはどうなっグァ……!? ァァア……!?」
言葉の途中で声がおかしくなる。無意識に喉元に手を当てながら声を出してみるが、治るどころか声はどんどん人間離れしていく。
「……声が、言葉が出ないの?」
そういう彼女の顔は何故か悲しげだ。怪訝に思ったユウにマギーはぽつりぽつりと語った。
「……メガトンはユウとジェームスさんのお陰で救われたよ。みんな無事だったの」
その割には彼女の表情は冴えない。メガトンは無事、住人も全員無事。では何がマギーを悲愴にさせるのだろうか? ユウには見当が着かなかった。
「……ありがとう。貴方達のお陰であたしはまた家族と一緒になれた。感謝してる。本当に……ほ、ほん、とうにっ……!」
涙を流し始めたマギーだが、その様子を見るに嬉し涙というわけではないようだ。最後の方は嗚咽すら混じっており、やはり何かを悲しんでいる。会話の初めから蟠っている疑問をぶつけようとするが、先程以上に声がおかしくなり最早会話によるコミュニケーションは出来なさそうだった。困惑の色を深めるユウから一旦視線を外し、マギーは机の引き出しから何かを取り出す。
「……言葉が出ないのはしょうがないよ。だって――」
その後ろ手にした物をゆっくりとこちらに向けようとする。その時ユウはふと喉に当てていた自身の手を見た。その手は人間の物ではなくなっていた。
「――ユウはもう……人間じゃないんだから」
彼女が取り出した物――小さいサイズの丸い手鏡だった――に映った顔は、皮膚が赤黒く変色し醜く爛れ、眼球は白濁色に濁った正に人外の顔。フェラルグールの顔がそこには映っていた。
◆◆◆◆
体に掛かっていた破れた室内服を縫い合わせた継ぎ接ぎの毛布を押し退けて、ガバッとベッドから飛び起きる。いきなり体を動かしたせいか痛みが走り、小さく苦悶の声を上げてしまう。
「ぐっ……つぅ……!」
「おう、起きたか」
痛みに胸を押さえていると横から声を掛けられた。声の主はどうやら医者のようで、白衣を着ているその人物は机でクリップボードに載せた書類(カルテだろうか)を書いていた。
「オレはチャーチ。このメガトンで診療所を開いてる。で、気分はどうだ? 大分魘されていたようだが」
「少し嫌な夢を見ましてね……てか見てたんなら起こしてくれてもいいんじゃないですか?」
「王子様の目覚めのキスでも欲しかったか?」
「いえ、結構です」
王子様の熱いキスは要りません。オジン様の暑苦しいキスはもっと要りません。だからこっちに向かってん~とか言って唇出さないでください気色悪い。可愛い女の子とかならバッチコイ!ってなるけどこんな髭面のむさいオヤジにやられても嬉しくはない。
「……今何か蔑まれた気がしたが気のせいか。まぁ冗談はこのくらいにして、お前さん危なかったぞ。後少し治療が遅れていれば死ぬか変異していたかもしれん」
急に真顔になったドクター・チャーチの言葉に我知らず身震いした。下手をすればあの夢の通りになっていたかもしれないと思うと、考えただけでゾッとする。
「幸いメガトン中のRAD系掻き集めてどうにか出来たから良かったけどな」
どうやら自分の治療でありったけのRAD-XやRADアウェイを使い果たしてしまったらしい。そこまでして貰えて嬉しい反面、申し訳なくもある。
「ったく、幾らオレ達の命の恩人だからってこれは破格の待遇だぞ。薬は有限でも、これを必要としている人間はごまんといるんだ。なのにお前さん一人にありったけ使っちまって、この先患者が来たらどう治療しろってんだ。頭の痛い話だぜ全く」
「すみません……」
「謝るなバカ。どんだけ頭下げられたって使っちまったもんは戻らねぇんだ」
「……」
重苦しい沈黙が続く。気不味さから顔を俯け何も言えないユウと、備蓄のあまりない医薬品を全て消費され仏頂面のチャーチ。何時までも続くと思われた不穏な雰囲気を破ったのは、意外にもチャーチの方だった。
「……とまぁさっきまでのが医者としてのオレの意見だ。こっからはここの住人の一人として言うぞ」
チャーチはそこで一区切りすると、先程とは打って変わってニカッと笑って続きを言う。
「お前さん達には感謝してる。お陰でオレ達はこうして今を生きている」
急に出てきた感謝の言葉に戸惑いつつ、ユウは感謝には及ばないと手で遮る。
「いえ、そんな……オレは別に……。それに、薬も全部使っちゃったみたいですし……」
「なぁに、薬だろうが食い物だろうが物ってのは探せば結構あるもんだ。だが、人間の命となるとそうはいかない。お前もオレも、誰だって命は一つ限りだ。それをお前は街一つ分救ったんだ。誇ってもいいと思うぞ」
そこまで言われるとむず痒くなってくるが、代わりに気不味さは薄れていた。そういった点で言えばユウとしてはありがたかった。
「ありがとうよ。オレ達を救ってくれて」
その言葉にユウは嬉しくなった。自分はやれたんだ、やり遂げたんだという達成感のようなものを感じた。感慨に耽っていると何気無い感謝の言葉の後にチャーチは、「ただ……」と続ける。
「使った分を返してくれたら文句の一つもないんだがな~」
意地の悪い笑みでそんなことを言われた。折角気不味さが薄れていたのに再び混ぜ返すのか。一瞬不快に思ったユウだがどうやらからかわれているらしいと理解し、ムッとしていたのを抑えた。
「ははっ、悪い悪い。ちょっと意地悪が過ぎたな。まぁ回復してから暇を見てでも集めてくれると助かるよ。そうだな、一つにつき20キャップくらいでどうだ?」
一つ20キャップ、ウェイストランドの相場でいえば少々安い気もしなくもないがタダよりはましか。自分がありったけの医薬品を使い尽くしたという後ろめたさも手伝い、了承の返事を返そうとしたところでユウは些細な仕返しを閃いた。
「いいですよ。はい、支払いお願いしまーす♪」
「……は?」
pip-boyを操作したユウの前に山が出現する。それはRAD系アイテムの山で、正確な数は分からないがかなりの量だった。恐らくユウに使った備蓄分は上回っているだろう。
それを見たチャーチの顔はみるみる内に青ざめていった。
「うぅ……」
肩を落としているチャーチの背中をしたり顔で眺めていると何処からか呻き声が聞こえた。声は部屋の隅のカーテンで遮られたベッドから聞こえるようだ。
誰かいるのかと視線を向けていると、不意にカーテンが動いた。ゆっくりと静かに音を立てて開かれたカーテンの先には男が一人横になっている。気だるそうな目を周囲に向けて何かを探っている風だが、その目が此方を捉えた。
目があった。途端に目に力が入り、注視というよりは警戒する眼差しでユウを見据える。
「……お前は?」
「あ、あぁ。あんたを助けたユウ・カジマってモンだ。ビリー・クリールだろ? マギーからあんたの事は聞いてるよ」
「マギーから……?」
ビリーはユウをまじまじと見る。もし言っている事が本当ならばマギーが気を許したのだ、信用できる人物なのだろう。マギーが信用したかもしれない一見頼りなく気の良さそうなこの少年は自分を助けたと言った。事実自分はこうして診療所のベッドの上にいる。嘘を吐いてるようには思えないがしかし、今のビリーには圧倒的に情報が足りない。容易に警戒を解くわけにもいかなかった。
気を許してもいいものか決めかねるビリーはジッとユウを見つめ、対するユウもそれに応えるように正面から視線を見返す。暫くそうしていたビリーだったが、段々と視線を横にずらしていく。無理もない、診療所にはもっと気になるモノが一画にいたからだ。
「……なあ、何でチャーチのオッサンは落ち込んでるんだ?」
「まぁちょっとね」
ケタケタと笑う少年の向こうには対照的に「望みが絶たれたーー!!」とでも言わんばかりの絶望顔で泣きじゃくるチャーチの姿があった。
◆◆◆◆
ユウは目覚めたばかりの(彼も目覚めたばかりだが)ビリーに今までの経緯を説明した。マギーが助けを求めてきたこと、密かにメガトンに侵入したこと、レイダーを撃退して核爆弾をギリギリのところで解除したこと等。
「なるほど。しかし分からないんだが、レイダーは十数人いたはずだ。対してこっちはあんたとジェームスって人の二人だけ。一体どんな魔法を使ってレイダーを撃退したんだ?」
「ああ、それはね……」
ユウの話を聞いたビリーは驚いた。話によれば彼らにはもう一人スカベンジャーの仲間がいるのだが、今回は彼女の働きが大きかったらしい。要約すると、メガトンの外で予め用意していた爆薬を起爆させたスカベンジャーは、次にスクラップ置き場各地にある廃棄されたロボットの起動を開始した。今回の解放作戦を決行する前、彼女は秘密裏にこのスクラップ置き場を訪れ、使えそうなロボットを簡易的にだが整備していた。そう、飽くまで簡易的にだ。その殆どは移動は出来ず、精々が出力の衰えたレーザーを放てる程度。酷い物だとカメラを点灯させるくらいしか出来ない物も多々見受けられた。
だが今回に限って言えばそれだけで十分役に立った。夜間という視界の利かない状況下、無数の光点がランダムに動く様は、レイダーに相手の戦力を誤認させていた。敵の戦力を大勢と見誤ったレイダー達は今いる人員のほぼ全員で迎撃に出て来た。ここまでくれば陽動は成功したと見ていいだろう。リーダーのポッポが利益に固執し判断を誤った事もその一因となっているが、それはユウ達の与り知らぬところだ。
その後は知っての通り。ユウとマギーが潜入して住人を解放し、ジェームスが陽動とバレないようにレーザーの合間合間にライフルで狙撃を行う。最後は少々予定が狂い核爆弾の解除などという危険な作業をする羽目になってしまったが、どうにか被害は免れた。
話を聞き終えたビリーは、助けてくれた事に対して礼を言う。だがその後で直ぐにユウに非難の目を向けた。
「……一つ教えてほしい。何でマギーをメガトンに連れてきた?」
その質問を聞いたユウは何故ビリーが非難の目を向けて来たのかを理解した。危険だと分かり切っている場所に幼い少女を連れて来た事が納得できないのだ。
「……オレはあの子の本当の家族じゃない。あの子の家族は……レイダーに殺されたんだ」
その事をユウはゲームの知識として知っていた。レイダーが去った後でその場所を訪れたビリーが、ベッドの下で隠れて怯えていたマギーを保護したのだ。
「今回も襲ったのはレイダーだ。あの子にとっては思い出したくもない過去のトラウマだ。オレはあの子を再び不幸にさせまいと身を呈して逃がした。なのに……!」
「……確かにその方がよかったのかもしれない。オレやジェームスさん達もそうするよう勧めたんだ。でもさ、他ならないマギーがそれを望まなかったんだよ」
そう、それは彼女が望んだこと。自身の身の安全よりも仲間……家族の救出をあの子は願い、優先した。
「付き合いの殆どないオレが言うのもどうかとは思うけど……、あんたさ、あの子の気持ちを考えたことあるかい?」
「マギーの……気持ち?」
「ん? なんだ、戻ってきてたのか?」
ユウの問いにビリーが茫然としていると、さっきまで落ち込んでいたチャーチの声が聞こえた。彼の話す方には入口と診療室の間を仕切るカーテンがあり、察するに誰かがそこにいるようだ。ジャッと音を立てて開かれたカーテンの先には普段からは考えられないくらいキツい顔をしたマギーが立っていた。そしてビリーを一点に見据えてズンズンと力強い足取りで彼に近づいていく。 ベッドの横まで来た所でその歩みは止まったが彼女の表情は変わらない。相変わらずキツい顔でビリーに冷ややかな視線を送っており、何に対してかは分からないが酷く怒っているのは嫌なくらいに感じ取れた。
重苦しい沈黙が暫く続く。無言で睨んでくる子供の視線とは中々に迫力があるものだ。特に普段明るく活発な性格の子供のそれは群を抜いていると思う。その無言のプレッシャーにチャーチとユウは身動きすら出来ない。ビリーに至ってはその突き刺さるのを通り越して貫通してしまいそうな視線を諸に受けて冷や汗をダラダラと滝のように流している。
「……あ、あの……マギー……?」
意を決してビリーは口を開く。すると無言で佇んでいたマギーに動きがあった。
ダラリと下げられていた右腕をスッと振り上げ――
「ふごっ!?」
——一気に降り下ろした。ビリーの腹部に。
全力で降り下ろされただろうその一撃は、まぁ言っても十歳の少女のそれだ。大人相手には大した威力はないだろうが、それは通常の場合。今のビリーは命に別状はないがその体は重症を負い絶対安静にしていなければならない状態なのだ。
そんな体には先の一撃も脅威となりうる。現に喰らった当人はビクンビクンと体を痙攣させて激しく悶絶している。そんなビリーには構わずマギーの連続攻撃は続く。右腕だけだった攻撃はいつの間にか両腕で繰り出されており、単純計算でも手数が二倍に増えて物凄く痛々しい。
突然の出来事にユウとチャーチは止めに入ることができず、ただただそれを冷や冷やとしながら見るばかりだ。仕舞いには「——オラオラオラオラオラァ!!」とか連続ラッシュで敵をボコるスタンドが後ろに見えてしまいそうな光景に心の中で必死に嘆願するが、勿論心の中でなので「テメェはオレを怒らせた」状態のマギーに届くことはない。
(やめてあげて!? ビリーのライフはもうゼロよ!!)
傍観者と化した二人の心情がシンクロするが、一方的なタコ殴りSHOWは終焉の兆しを見せない。するとここで、ふとマギーの動きが止まった。ビリーはそれを訝しく思い痛みに悶えながらも上体を起こし彼女を見た。ビリーの腹部に顔を埋めているため表情は読み取れないが、彼女の肩が震えているのは分かった。
「ビリーの……ばかぁ……」
嗚咽混じりのその一言に困惑するビリー。そんな彼に構わず尚もマギーは言葉を続ける。
「……不幸にしないため? だから一人で逃げろって言ったの? ビリーだけは残って? そんなの……やだよぉ。……今のあたしにとって、ビリーは、一番大切な人、なんだよ? 独りぼっちに、しないでよぉ……」
そこまで聞いてビリーはやっと自分が間違いを犯していたことを悟った。彼女だけは守らなければと逃がしたが、その実それは彼女に孤独を強いるということだ。一度天涯孤独の身となった少女に図らずも再びそれを味わわせるとは、自分は何と残酷なことをしてしまったのだろう。目の前の青年の言う通りだった。自分はマギーの気持ちを何一つ分かってはいなかった。そんなかつての自身を振り返り、心中である誓いを立て彼女の小さな体を抱き寄せた。
「……ごめんな、マギー。もう独りにはしないよ」
背中に回した腕に力を込め、心中の誓いを声に出す。それは彼女に伝えると共に自身に向けて言う事でもある。
「……一生お前の傍にいてやる。お前は——オレが守る……!」
——もうこの子を悲しませはしない。
——この小さくか弱い少女を独りになんてしない。
静かに、それでいて小さくも力強い言葉でそう固く胸に誓う。
「……ん?」
そこでビリーはユウとチャーチの二人が何やらニヤニヤしてこちらを見ているのに気がついた。
「聞きました先生~? 『一生お前の傍にいてやる』ですって~。これって告白かプロポーズじゃないですかね~?」
「んなっ!?」
「マギーも『一番大切な人』って言ってるからな~。相思相愛なら歳の差なんてねぇ~」
社会人(?)としても医者としてもどうなんだそれは……。異論を唱えようとしたビリーだが、若干悪ノリしている目の前の二人には何を言っても無駄な気がしてきた。
「グスッ……不束者(ふつつかもの)ですが……」
「マギーものらなくていいから……ってかどこでそんな言葉覚えてきたの!?」
第一候補として酒場のオッサンが考えられるが……次点で同じく酒場の売女か……或いはその両方か。ウチの子に何教えてくれてんだ!!
十歳の子供にはまだ要らない事を吹き込んだであろう二人の人物に憤慨しつつ、ビリーは今このときを楽しんでいた。自分がからかわれているのは少々癪だが、お陰で暗い陰湿な雰囲気は無くなっている。目の前でおどけている少年を見る。彼のお陰で自分は大事な事に気づくことが出来た。彼のお陰でこの子はまた笑顔になれた。感謝してもしきれない。
一つの街の小さな診療所。その場所には笑顔が溢れていた――
荒廃してしまったこの世界からすれば雀の涙ほど小さなものだが――
戦前の時代はごく当たり前に世界中にあっただろうそれを――
現代では決して容易には手に入れることはできないだろうそれを――
――“平和”をビリーは感じ取っていた。