鋼鉄戦記『一時凍結』   作:砲兵大隊
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Machenschaften (10.策謀)

★-帝国北方軍後方司令部医務室ー★

アルコールの臭いが鼻につき、自然と顔が歪む。頬に奔った鈍い痛みで叩かれたのだと理解して意識が急激に浮上する。
胸元に置かれていた重しが脇の下へと滑り落ちていく。滲む視界の中、換気扇のファンがくるくると回っていた。

「遅い目覚めだな、バイエル大尉」

はっきりしない思考の中で首の筋肉を酷使しながら顔を上げれば、デグレチャフ少佐がいた。だがそれは普段の何処か皮肉っぽく楽しそうにしていた立ち姿とは違い、冷酷そのものだ。
敵がデグレチャフ少佐に感じていただろう畏怖はこの様なものかと何処か他人な思考が頭の中で渦巻く。流石神の使徒といったところか。

「私の大隊は成功した司令部破壊と同時に発動した挟撃作戦に伴って、ライン戦線掃討作戦に従事することになる。が、貴様は軍医から一月の療養を言い渡されている。しっかり休みたまえ」

「な……にが……」

上げようとした腕が皮膚に張り付く冷たい感触によって阻害さる。みれば私の両手は鎖によってベッドに固定されていた。

「成る程、記憶にないと。ある意味で好都合ではあるが軍である以上、規律は規律だ。話すとしよう」

記憶を取り戻そうと意識を向ける度に激痛が走り、痺れが全身へと広がっていく。辛うじて耳から入ってきた情報を脳内で組み立てた。
曰く、アリベルト・バイエルはあまりの激戦に宝珠への魔力を過剰投与を引き起こした。
曰く、自己崩壊をおこしながらも戦闘を続行し二個中隊を血祭りに上げた。
曰く、作戦終了に伴い暴走を押さえ込もうとしたヴァイス中尉に攻撃を行った。

「ヴァイス中尉の怪我は一週間で治る程度のものだ。どちらかといえば貴様が負った怪我の方が致命的だった。魔導回路の損傷、30本の骨が粉砕、全身の筋肉が余さず断絶していたそうだ」

吐ききった言葉の後にデグレチャフ少佐は僅かな迷いをみせた。彼女がこの様な姿を部下に見せるのはヴィーシャくらいだと思っていた。

「魔導師として死んだも同然、態々私が貴様の本国送還願いをしたためた程だ。だが神の奇跡の如く完治した。天の恵みに感謝するといい」

どうかね?と尋ねてくるデグレチャフ少佐の言葉に漸く彼女が何を迷っているのか理解した。この私に向かって神から遣わされた使徒か何かだと疑っているらしい。
相変わらず記憶は戻らないが魔王が気紛れに力を押し付けてきたのだろう。絶望的な状況から生還することは出来たが、この様では感謝の一つも出てはこない。

「……私のような者に神が救いをもたらすわけがないでしょう。精々、悪魔との契約とでも言ったところです。ラインの悪魔殿」

「成る程、皮肉を言うだけの元気はあるようだ。だがライン戦線が崩壊した以上、その異名は古いな。新しいジョークを考えておきたまえ」

「はっ」

ふとデグレチャフ少佐が笑ったことで、場の緊張感が弛緩した。つられるように痛みを無視して口角を吊り上げる。
神の使徒はどちらだと吐き捨てたくなったが、唾と共に言葉を飲み込んだ。死んだことがあるとはいえ流石に命は惜しい。

「錯乱しての誤射は新兵で有りがちなミスだ。内々で処理できるがヴァイス中尉には後でなにか奢るといい。貴様が新兵とは笑わせる話だがな」

「35年ものを用意しておきます」

結構と呟いて、デグレチャフ少佐は病室を出ていった。拘束は外されないようだが独房に放り込まれるよりはまともな扱いである。
残された病室のなかで天井を見上げていると直ぐに次の来客が来た。隊の面子かと思っていたが、予想外の人物に言葉を失う。
髭を伸ばした大男、ルーデルドルフ少将だった。大物に慌てて敬礼しようとするが鎖によって阻まれる。

「ああ、構わんよ。作戦の功労者に対して無理を言っては罰が当たるというもの。楽にしたまえ」

「はっ。有り難く。して、何のご用件でありましょうか?」

「いやなに、貴様の功績に対して航空突撃章が授与されることとなった。昇進はデグレチャフ少佐を待ちたまえ。隊長より階級が上な部下が居ても困るだろう」

「有り難く拝命致します。ですが、本件は?」

「気を急ぐ男は嫌われるぞ。まあ、宜しい。第二〇三魔導大隊の成功をもって新造魔導大隊が作られることになるだろう。その隊長の席が空いている」

言外に新しいポストに着かないかと言われているのだ。しかし、今時期の設立は祖国救済に色々と問題がある。
確かに通常の魔導師相手に負けることはそうないだろうが新造ということは連携もままならない赤子のお守りをするということ。
体験していないが今の第二〇三魔導大隊の実力が雪中訓練と、度重なる実戦経験によるものだということを考えれば練度も期待できない。
結論からいえば今の情勢で余裕はない。

「無礼を承知で申し上げても宜しいでしょうか?」

「構わん」

「では、祖国はダキア戦時とは大きく情勢を変えております。ライン戦線の長期化を含め魔導師の損耗率は拡大し、訓練を施しただけの兵が前線に送られている。第二〇三魔導大隊が半数の脱落者を出してなお、比較的低い損耗率と呼ばれるのです」

当たり前の事を当たり前の様に述べただけだ。ルーデルドルフ少将の困惑した表情もわかるというもの。恐らく未来人にしか理屈はわからない。
現在の魔導師損耗の対応策として新造大隊の設立を考えたのだろう。戦力の集中運用は戦争における基本原則である。

「大隊結成のため引き抜くとした場合、東部・中央からの引き抜きでしょう。大隊規模ともなると戦線が薄くなります。これで少将閣下は本当に戦争が終わるとお思いですか?」

ルーデルドルフ少将の眼が大きく見開かれた。今まで動揺一つ見せてこなかった少将がである。
やはり薄れてきたものの原作知識というものは偉大だ。あのルーデルドルフ少将でさえライン崩壊の戦勝に浮かれていたのだ。
上層部は軒並み勝利の美酒を味わいすぎて正常な判断ができていないに違いない。共産国家が反共産主義の大国に対して恐怖を抱くのは当然である。
どれだけ内部が腐り果てようとも理想を掲げて興した国が共産主義以外の発展を認めるわけがない。ナショナリズムとは違う主義戦争だ。

「だが、それは、つまり」

「祖国は3カ国との戦争に疲弊していると思われているでしょう。開戦の理由などダキアをみれば紙切れ一枚で済むというもの。東部からの引き抜きは戦線の弱体化を招くことになります」

「貴様はまだ終わっていないと、そう言いたいのかね?」

「いいえ。大公国も協商連合も共和国も我らが祖国からみれば所詮は小国。此れから始まるのでしょう。全ての国を巻き込んだ世界大戦が」

淡々と当たり前に話す私に対して、ルーデルドルフ少将が向けた瞳はまるで悪魔を見た様だ。だがこの時代、戦争の専門家に理解できなくて当然。
特に帝国という内政重視の国家では他国の思想や危機感を理解することは出来ない。帝国は残念ながら勝ちすぎてしまったのだ。
何処かで立ち止まっていれば多少の領土と戦勝金で収まっていただろう。だが3カ国の吸収は大陸最大国家を産み出すことになる。

「一介の大尉に計ることが出来ませんが、もしも隣国に戦争が得意な大国が出来上がりそうになった時。それを妨害できるとして、手を出さない国があるでしょうか?」

有るわけがないのだ。漸く気づいたのかルーデルドルフ少将は思案顔になり始める。出過ぎた真似ではあるが少しでも次の戦争準備を押し進める必要があった。

「では、もし、もし仮にだ。3カ国相手に勝利した何処かの国がこれ以上戦争をせずとも済む方法はあるのかね?」

「得た領土の全面返還と賠償金に止める程度でしょうか?あるいは」

この方法は原作を大きく解離させることになる。勿論、採用されない可能性の方が大きいがデグレチャフ少佐の例もあるのだ。
祖国を勝利に導くには何処か致命的な状況に陥る前に手を打たねばならない。だが決定権を持つ軍司令に上がるまでの道のりは遠すぎて不可能。
今こそ長年暖めてきた策略を訴えかけるべき時ではないだろうか。

「建国しては如何でしょうか?植民地とは違い、自治権を持つ帝国に友好な国を。特に協商連合はやり易いでしょう」

ピクニックと称して戦争を始めたのは協商連合上層部だ。一新されたとはいえ無能として民衆の心に刻まれているに違いない。
プロパガンダを扇動し、民衆の怒りを帝国から自国の上層部へと向ける。たとえ他国からの介入があろうとも工作する時間を与えなければ良い。
軍費縮小の条約と多額の賠償金さえかけてしまえば少なくとも数年は抵抗を押さえ込める。さらに連邦への北部防波堤としても期待できる。
勿論、帝国人の心象など多数の問題は残るが私が考えるべきことではない。無駄に占領してパルチザンの抵抗を受けるよりは良い。
世界大戦にさえ勝つことが出来れば小国など煮るなり焼くなり好きに出来る。直面した問題の方が優先だった。

「出来るのだろうか?」

「やるのですよ」

勝つために。

★―1925年6月20日―★

史実ではダンケルク撤退作戦と呼ばれる共和国による史上初の大規模撤退作戦が行われようとしていた。
ライン戦線崩壊に伴い、共和国は首都放棄を決断。国土の放棄は多くの反発を招いたが結果的に作戦は決行される。
首都等の防衛には四個師団を帝国軍の足止めとして配置。彼らは祖国のために最後まで戦えと命じられた者達だった。
ブレスト港に集められた輸送船と軍艦一杯に兵と物資を詰め込み、祖国の大地を再び踏み締めることを誓う。ナショナリズムといえばそれまでだが、共和国の誇りは未だ遺されていた。

ルーデルドルフ少将にはまったくもって頭が上がらない。私の立てた荒唐無稽な外交プランに動揺した隙をついて一つの約束を確約させた。
少将閣下は首をひねっていたが、停戦命令の発令に対してほんの少しだけ状況判断のため議会を楽しんでほしいとお願いした。半刻のみと告げられたがたった半刻が帝国の命運を分けるかもしれないのだ。
抗命行為、独断先行、違法使用と軍法会議にかけられれば即座に物理的に首が飛んでしまう罪のオンパレード。

「だが、勝つのは祖国(わたし)だ」

よく清掃された固いタイルの上を軍靴を鳴らしながら早足で進む。エレニウム工廠は95式、96式、97式、V1と度重なる成功を収め、その権限を拡大していた。
あのマッドサイエンティストは悪事の片棒を担がせるには最適。ついでに今回の件で更迭されてしまえばいい。

「シューゲル技師、準備はよろしいかね?」

「勿論だよ、バイエル大尉。私の実験に失敗はあり得ない」

胸を張り尊大な態度を崩さない白衣の狂信者がこれ程頼もしく見える日が来るとは。厚いモノクルに隠された瞳が狂気を滲ませて笑っていた。
ずらりと並べられた美しい曲線と、武骨な推進用ロケットが馬鹿みたいに接続されている。いつぞやでお世話になったV1が12機。
前回の作戦で有用性を認められたにも関わらず作られたのは目の前にあるたった12機だけだ。なにせ世界初の液体燃料ロケットは軍費を食いすぎる。
たった一発の大華で一週間は砲兵大隊が継続統制射撃を繰り返すことができた。

「結構、では諸君。華は好きかね?」

「はははははっ好きでありますとも」「うちの隊に花は二つしかありませんからな」「フロイラインとはよく言ったものです」「バイエル大尉?」

第二〇三魔導大隊所属第二中隊総員が敬礼を崩さず並んでいる。私が最も信奉し、信頼する最高の戦友達だ。
前回の衝撃と畏怖作戦に参加することが出来なかった者たちは勇み足で参加を表明してくれた。私も戦闘狂(ウォーモンガー)で知られるが本当の怪物はこの隊その物だ。
一人だけ薄暗い瞳で見つめてくる隊員が居ることから目を逸らし、意気揚々と拳を振り上げる。今度は連れて行くのだから許してほしい。

「これより始める闘争は本来必要ないものだ。だが祖国にとっては勝利へと導く第一歩になる。行く先も地獄、帰るも地獄。ならば神に驚嘆の声を上げさせよう」

「我ら戦士、いざヴァルハラへ!」

振り下ろされる鉄槌と共に中隊諸君が高らかに叫ぶ。示し合わせたわけでもないだろうに仲がよろしくて結構だ。どれだけ取り繕うとも彼らを死地に追いやるのは歴史ではなく私。
本来ならば停戦命令によって出立することが出来ないV1を事前に連絡をとったことで用意させていた。逃げようとする共和国軍に追い打ちをかけ、完膚なきまでに戦意を折る。
薄暗い倉庫の中で神への反逆を叫ぶ。たとえそれが産声に過ぎないとしても、全てを救えるほど手が長くなかろうとも、噛みつき食いちぎる。
次々と迷いもなくV1へと乗り込んでいく中隊を見送って、私もハッチに手をかけた。

「バイエル大尉、何を……」

漸く決断がついたのだろうデグレチャフ少佐が倉庫内へと入ってくるのが見えるが遅すぎた。少佐に話さなかったのは彼女が軍法会議にかけられ、昇進が遅れるのを避けるため必要なことだ。
デグレチャフ少佐は驚愕に目を見開かせていた。やはり狂気的な仮面をはぎ取れば、普段は見えぬ顔が見えてくるというもの。

「我ら第二中隊総員、ブレスト軍港にて祝勝会の食べ残しを食い散らして参ります」

「貴様…まさか!」

では、失礼と返答が来る前にハッチを閉める。最早止めるにはV1に向けて攻撃を加えるしかなく、誘爆の危険があるため出来るはずもなかった。
エンジンが点火し、暴風が蹂躙する中、デグレチャフ少佐は溜め息を吐き出した。テンカウントもなく、光となってV1は彼方へと飛び去っていく。
高笑いをするマッドサイエンティストと、爆風で思わず転んだ研究員だけが残されている。退院したばかりだというのに元気なことだ。
だが後で懲罰をしなければ規律が乱れてしまう。

「優秀すぎる部下も困り者だな」

呆れ果てた顔で、デグレチャフ少佐は司令部から頂いたブレスト港威力偵察指令証を握り締めた。

★ー同日ブレスト港ー★

最悪な日だった。国として自国の領土を全て放棄するなど前代未聞の恥さらしだ。後世まで無能として叫ばれるだろう。
国を守るために最後まで戦うと声高く叫んだ者達は今も首都防衛を続けているに違いない。彼らと国民に顔向け出来るわけがない。
今すぐにでも花の都に戻り玉砕を叫びながら剣を振るいたかった。

「閣下、積み込み準備完了いたしました」

「よろしい、っ!なにが起こった!」

始まりは衝撃だった。矢のごとく放たれたV1のうち、10発は着水し水面を大いに泡立たせた。
問題の2発は最悪なことにダンケルク級戦艦の艦橋と横腹に直撃。帝国とも一戦交えた英雄艦は、火災と爆発を振り撒きながら海を茜色に染め上げた。
最初は誰もが何処かの馬鹿が火薬庫で煙草を片手にバロックダンスでもしていたのだろうと吐き捨てた。だが中折れする戦艦と魔導反応に信じがたい事が起こっていることを理解する。

「か、らす?」

フィヨルドの海で死んだとされた後、一月は姿を見せなかった筈の怪物と一致する魔導反応。思わず観測班は言葉を失い、隙を生む。
間髪いれずに展開された術式は第7層燃焼接触型砲撃術式。本来なら兵を焼き払うためだけに開発された術式は正確にモガドール級大型駆逐艦の艦橋下部扉に突き刺さり、酸素を急速に奪う。
酸素生成用術式など組む暇もなく即座に観測班と内部に居た魔導師二個中隊を蹂躙した。勿論、他艦より魔導師達がスクランブル発進されていくがその士気は最悪だった。
国から逃げ出したと言う負い目と、目の前で中折れし轟沈していく戦艦(象徴)を見て心が折れない方が難しい。

追い打ちはまだ終わらなかった。V1の衝撃はバブルジェットを引き起こし、魚雷を喰らったかのように輸送船二隻が操舵不能となったのだ。
民間の船を改装しただけの装備が裏目に出ていた。立ち往生した輸送船によって現場の判断が遅れる。直後に放たれた爆裂術式の雨はたんまりと溜め込んでいた火薬を、文字通り花火へと変えた。
痛ましいことにこの爆裂術式を放ったのは帝国魔導師ではなく、帝国魔導師へと差し向けられた共和国魔導師によるものであった。
本来熟練した海軍魔導師ならばこのような事態など引き起こすわけがない。混乱した場は陸軍魔導師、それも新任を出撃させてしまったのである。
だが彼らを責めるのは筋違いというもの。速成に過ぎない新任達は、あくまで対魔導師用の教本に従ったに過ぎないのだから。

熱い熱いと叫びながら渦巻く海へと身を投げる者。海水を汲み上げ、鎮火しようとするも爆発に飲まれる者。共和国が誇る艦隊など見る影もなかった。
流石に天まで届く黒煙に帝国軍が気付かぬ筈もなく、時間がない共和国軍は作戦通り這う這うの体で逃げ出すことしかできない。
戦艦一隻轟沈、駆逐艦一隻拿捕、輸送船三隻拿捕。有り得ないと叫ばれる一個中隊による戦果は一方的な攻撃で始まり、終わったのだ。

後にブレスト港の悲劇と呼ばれるようになる帝国の破壊と追撃により、撤退しようとした共和国軍は実に46%を失うことになる。
同時に逃げ惑う兵達の目に焼き付いたアルデンヌの烏の姿は、共和国敗北の象徴として広く知られることとなった。



黒蜘蛛様、クオーレっと様、ハインツ・ベルゲ様、ジャクリロボ様、はこだー様
何時もの誤字報告感謝。毎度のことながらご迷惑をおかけして申し訳ありません。