鋼鉄戦記『一時凍結』   作:砲兵大隊
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Black wings (02.黒い翼)

★―1923年11月3日 帝国軍大学図書館―★

結局のところ、アリベルト・バイエルの胸元には柏葉付突撃章が存在を主張することとなった。原作でも語られる名誉ある勲章にふさわしい貢献をしたから当然ともいえる。
原作通りにターニャもまた銀翼突撃章を得たことに、原作の乖離なくアリベルトは安堵していた。もしも乖離が起こればアリベルトは未来を知ることが出来ず死ぬかもしれないからだ。

ただ別段主人公のターニャのように聖人の如き加護を得ているわけではないため宝珠と拳銃を日常的に手放すことが出来ないでいた。
火砲でなければ抜けない防殻があれば不意な流れ弾を防ぐことが出来る。

それからターニャとは違い年齢、性別共に適正であるためラインに送られることなく一足先に軍大学へと入学した。
地頭が良くないため現代史を基にしたレポートや戦術、実戦は評価され落第はなかったものの成績は中の下といったところである。

「アリベルト少尉。そういえば銀翼殿…ターニャ・デグレチャフ少尉と会ったことがあるというのは本当ですか?」

試験前ということで軍大学の図書館の机に噛り付いているとかけられた声に思わず渋顔を作る。

「ヴァイス少尉。ええ確かにありますよ。というよりも彼女のお蔭で私も勲章を得たようなものです」

対面に座るのは後に主人公の所属する第二〇三航空魔導大隊の副官になる男、ヴァイス少尉である。彼と私は奇しくも同期であった。

「ではノルデンのあの場に?」

「ええ。デグレチャフ少尉が果敢な突貫を仕掛けたことで乱れた協商連合の上空を挟撃。遅延戦闘の補助を行っただけですよ」

大したことではないと肩をすくめる私にヴァイス少尉は苦笑した。

「“生きた”銀翼突撃章もそうではありますが訓練期間中に柏葉付突撃章を授与されたのは少尉が初めてです」

確かに銀翼の称号は名誉ある死に贈られることも多い勲章であるため、訓練生であっても授与した例は一件だけ存在する。

「これは一本取られましたが、デグレチャフ少尉がどうかされました?」

本格的に喋ることになりそうだと教本を置いて、珈琲のポットへと手を伸ばしてカップに注ぐ。いずれこの本物の珈琲でさえまともに飲むことが出来ない時代がやってくるのだ。
今のうちに楽しんでおかなければ未来を知る者として罰が下るに違いない。既に地獄へは落とされているので難しいところだ。

「ああなんでもライン戦線に参加し今ではラインの悪魔と恐れられるようになっているとか。そのデグレチャフ少尉が軍事大学に入学してくるようですよ」

身を乗り出して目を輝かせるヴァイス少尉はまるで少年のようだった。後に精強な兵になるとはいえ今はまだ英雄への憧れというものがあるらしい。
後に彼が受けることになる多数の仕打ちと激戦の嵐に頭の中だけでご愁傷様と告げながら肩をすくめる。

「きっとヴァイス少尉ならば精鋭になることが出来ますから肩を並べる日が来るでしょう」

会話は終わりだと一瞥して参考書に視線を戻すとヴァイス少尉も立ち上がって陳列する本棚のほうへ歩き出した。

《アリベルト・バイエル少尉。第三教導室にてハング教官がお待ちしております》

鳴り響いたアナウンスに溜め息を吐き出して再び参考書を閉じる。悪いことをしたつもりはないが呼び出しとは穏やかでない。
席をたって教導室に向かうと扉を二度ノックする。声がかかり扉を開けたと同時に思わず私は動きを止めた。
渋い顔で座る教官の隣でアーデルハイト・フォン・シューゲル(マッドサイエンティスト)が笑みを浮かべていたのだ。私の驚愕と苦悩をきっとわかってもらえるだろう。

「っ……教官殿、遅れて申し訳ありません」

「構わんよ。それに今回の件に関しては多少の無礼は許すことにしている。ドクトル、シューゲル技師よりお話があるそうだ」

教官が声をかけると待ってましたとばかりに、白い髭を生やしモノクルをつけた中年のMADは唾を飛ばしながら此方へと乗り出してくる。

「バイエル少尉は95式というものを知っているかね!既存の概念をうち壊す新たな研究成果であり神の偉業にちがいない!」

主人公の愛機で作中にも多々出現する宝珠を知っていないわけがない。神の奇跡により成功した代物だが既に完成していたのか。
しかし、軍大学に所属する少尉にすぎない私が知っているのもおかしいためしらをきる。

「95式、でありますか。申し訳ありませんが存じ上げておりません」

首を振り、思わず身を乗り出す振りをする。軍に所属するものならば新型と聞けば誰しも同じような反応をするに違いない。

「ふむふむ、無理はない。その95式をより安定し改良した宝珠こそが今回バイエル少尉にテストパイロットをしてもらいたい96式である」

よぎる嫌な予感に顔をひきつらせて、さらにと言葉を続けようとするMADに口を挟んだ。原作のことを思い出せば96式など触れることすらお断りだ。

「テストパイロットとは光栄でありますが私は少尉にすぎず未だ教務期間を終了してはおりません。重要な軍事機密である新型の実験に関わるのは不適合かと」

抗命的発言は明らかに減点対象だが、どうにも今の教官は会話を見逃してくれるようでわざとらしくパイプに火を点けた。

「ああ、なに分かっているともバイエル少尉!大変優秀だと聞いているよ。実戦においては訓練課程など必要ない程にね。確かにこれは神への冒涜になるかもしれない!しかしだ」

大げさな動作で天に向かって祈りを捧げる姿は確かに信者であったが、狂が頭につくことは間違いない。教官も明らかに顔を歪ませている。
何も言わないところを見ると上からの命令だろう。

「一度でいい!一度でいいからもう一度神の啓示を私は受けたいのだ。奇跡とは常に偉大でなければならないがしかし研究とは同時に多角的視野で成果を得る必要がある」

軍に身を置く私としてはこの時点で拒否権などないようなものであるが、原作によれば95式は文字通り奇跡によってできたそうだ。
そしていきなり96を通り越して97式が一般の魔導士官に配属されている。
つまり誰が何と言おうと96式は間違いなく欠陥品である。

「教官殿……これは」

目線で必死に訴えるも、教官の視線は明らかに逸らされた上に部屋の中の調度品を見始めてしまう。助けなどなかった。

「バイエル少尉は魔導模擬戦闘において大学で最も優秀だと聞いている。魔力係数もかなり高い上に第6層術式までを個人展開したそうじゃないか!現在の宝珠では物足りないだろう。96式は2つの宝珠を連結したことにより出力の増大と術式の安定化を図った、95式よりも安定志向型である。新型だよ!新型!」

どうだね?と聞いてくるMADに対して心はいいえでありノーでありナインであったが、実際に出来る選択肢など一つしかなかった。教官に恨めしげな眼を向けながら敬礼する。

「……拝命、致しました」

★―1924年3月5日 ライン戦線第103砲兵大隊上空/観測任務―★

放たれた砲撃の嵐を一気に高度1万まで上昇することで回避する。同時に旋回し時限式大空砲弾に向かって爆裂術式を展開。
誘爆により空が茜色に染まる中、狙撃術式を防殻で弾いて打ち返した。

「バイエル少尉!これ以上の観測継続は魔力が持ちません!」

高度6千で砲撃の洗礼を直に浴びたバディが思わず弱音を話す。しかし命令は絶対であり逃げることなど出来るわけがない。

「ブルーニ伍長!撤退は許されていない!」

「ラインコントロールよりトイフェル01。敵航空魔導師小隊が突破しそちらへと向かっている」

唐突に入った通信に絶望を感じながらも敵兵へのマーキングをやめない。直ぐにでも小隊への迎撃姿勢をとりたいが砲弾が邪魔なのだ。

「此方トイフェル01!これ以上トイフェル02の作戦行動は不可能だ!彼だけでも撤退させてくれ!」

どうして此のような場所に私が居なければならないのかと後悔ばかりが募る。

「ラインコントロール。撤退は認められない。遅滞戦闘を開始せよ。700秒後に魔導師中隊が到着する」

遅すぎる!とてもではないが700秒もあれば一個中隊が全滅していても不思議ではない。それがこの死が蔓延した地獄、ライン戦線である。

「ブルーニ伍長!ダメだ!上昇しろ!」

通信に気を取られていたためにバディを注意するのを忘れていた。直後に正確な対空砲弾が満開の花を咲かせてバディへと叩きつけられる。
敵小隊が浸透してきたということは、観測術師も付随している可能性が高いのにも関わらず警告をし忘れていたのだ。

《エンゲージ!》《砲撃で一人撃墜を確認!》

これでまた一つ経験の浅い新人を失った。だが私もまた無事でいられるかはわからない。急上昇した私を追いたてる様に狙撃術式が空間を貫いていく。

「くそがぁ!」

今まで使用していた宝珠をポケットに仕舞い、翼の形をした宝珠を取り出して起動する。同時に急速に魔力が吸われ始めた。
協力したことで比較的早期に完成した96式はやはりと言うべきか大きな欠陥を抱えていた。高出力化と安定化に成功したものの消費魔力は約1.5倍。
さらに余剰魔力が常に吐き出され続けるせいで翼の様に背後に魔力を垂れ流し続けることになる。それでも従来の94式とは格が違うのだ。
一般の魔導師なら直ぐにガス欠になる96式も私の魔力をもってすれば5分間の高速戦闘を耐えうることが出来る。切り札的存在であった。

《相手は残り一人だが油断して落とされるなよ!》《任せてください、少尉》

「ふざけるなよッ!貴様らのせいでぇええ!」

また憂鬱な始末書を書かされることになる。部下の死は上司の責任である。越えて有り余る功績を得ているとは思うが減点ほど人は気にするのだ。
これでまた一つ後方士官の道が閉ざされたとなると涙が出てくる。

「まずは頭から刈る」

どうにも少尉と呼ばれている小隊長が部隊の中心人物のようだった。特に信頼も深いようであるし殺せば隊列も乱れることだろう。

《なんだあれは!黒い、翼……?》《呆けるな!来るぞ!》《速度330だと!速い!》

一気に隊の中心を駆け抜けると、当然のように散開していく。

《ブレイクッ!》《なにかがおかしい!近付けさせるな!》

小隊長から放たれた貫通術式を蜻蛉返りで避け、至近距離から爆裂術式を解き放つ。同時に発煙弾を起爆させた。
爆裂術式による魔導反応の撹乱と発煙弾による視角の封鎖は、小隊長の判断力を一時的に奪い去る。
限定的な一対一であり、ならば出力の高い96式を持った私の方が有利。
ここぞとばかりに貫通術式を解き放って防殻をえぐり抜き、生身の肉体に銃弾を叩きつけて蹂躙する。煙が流れた頃には死体の出来上がり。

《少尉が!》《ら、ラインの悪魔だ!》《怯むな!魔導反応が違う!ラインの悪魔ではない!》

むしろラインの悪魔だと勘違いしてもらえれば私が敵に優先的に狙われることもないだろうし構わないのだが。
視野が制限された煙のなかを魔導反応を元に抜け出て次の魔導師に襲いかかった。デコイなどなんの役にも立たない。

「がっぐぁああああああ!!」

直線的に高速で迫る物体を避けるのは容易くない。徐々に大きく見えるために距離感が掴めず、死への恐怖が判断力を鈍らせる。
血飛沫が舞い散る。すれ違い様に魔導刃が防殻をするりと貫いて、右腕を切り落とした。
通常の魔導刃よりも二倍の魔力を込める事が出来る、対防殻用の刃だ。96式に平行してコネと私財も投じてエレニウム工廠に作らせただけはある。

「いやはや、やれば出来るものだな。戦場以外の場所で死にかけただけはある」

ピンを吐き出して旋回軌道を取りながら残りの敵魔導師の狙撃術式を避けていく。残り二人、最早少なくなった攻撃に落とされることはないだろう。

《くそっ!カバーだ!》《ま、待て。このままでは各個撃破されるぞ!》

右腕が落ちた魔導師を助けようと近づいた敵を巻き込んで、仕掛けた手榴弾が起爆し二人の犠牲者が生まれる。
残り一人に出来るだけの手向けとして笑みを送って、貫通術式で穴だらけのミンチへと変えた。96式への魔力供給をやめた途端、どっと疲れが押し寄せてくる。やはり常用は不可能だろう。

「トイフェル01よりラインコントロール。小隊の撃滅に成功した。ただトイフェル02は……戦死した。バルハラへと導かれただろう」

「ラインコントロール、了解。冥福を祈る。援軍を帰還させる。トイフェル01は観測を継続されたし」

命令に思わず通信機を押し潰しそうになった。ノルデンでの主人公の気持ちがわかるというものだ。祖国のために死ねと言われている。

「トイフェル01、バディの補充はあるのか?」

僅かな沈黙の時点で明らかであり落胆した。既に帝国は人材不足の危機に悩まされはじめているようだ。希少な魔導師の人材は国力の縮尺図である。

「ラインコントロール、1800秒後に補充要員を送る」

期待しないでおこうという言葉を飲み込んで、了解とだけ返す。どうにも私の地獄は未だに終わらないようだった。

空を見上げる。黒い翼の生えたたった一人の怪物が空を蹂躙し、爆撃機どころか魔導士の一人すら近づけさせない。
地獄にすら思えるだろう光景を、あるいは神の奇跡を目撃している。吹き荒れる砲弾の暴威の中で、どこか神秘的に見える姿。
「こく…よく」
誰かの呟きが気付けば誰もが囁く噂となっているのだ。



第二巻終了まではほぼ原作解離がないため駆け足で進めたいと思います。