鋼鉄戦記『一時凍結』   作:砲兵大隊
<< 前の話 次の話 >>

8 / 20
最新話、投稿しました。


Nebel und Sonne (08.霧と太陽作戦)

★―ライン戦線共和国第二ライン中央上空―★

ラインは地獄だ。止まない砲撃の雨に怯えぬ日はない。降り注ぐ44mm砲弾に直撃すればたとえ魔導師であろうとも一発で使い物にならなくなる。
二発目の直撃は死に直結する。しかし今日ほど吐き捨てようとする言葉すら、酸っぱい味へと変わる日はあっただろうか。
数日前のライン戦線すら羨ましくなるとは信じがたい。戦死者が出ていないのは奇跡だが私の中隊も3分の1が後方へ下がっている。
何時狙撃されるかわからず、防殻は全力稼働だ。集中力以前に魔力が持つかすらわからない。帝国最強の増強大隊ですらこの有様であった。
当然バイエル大尉こと私も燃費の悪いエレニウム96式宝珠など使えるわけがなく量産型の97式を必死こいて使っているだけだ。
それでも瞳によって敵魔導師相手に優勢を保てる私と違い、他の隊員は限界だろう。

「大隊長!これ以上は持ちません!」

敵方への強襲偵察任務といえば聞こえはいいが、端的にいって生贄だ。
極秘であるため我々部下に作戦内容は伝えられていないが私は原作があるからこそ知っていた。中央を下げることによって敵の主戦力を引きずり出し、包囲する作戦。
敵に気付かれれば戦場に大きな穴が開き、左右翼が各個撃破されかねない指揮系統が崩れ去る致命的な賭け。
だからこそ此方が本気であると見せるためエース・オブ・エース二人と多数のネームドを抱えた第二〇三魔導大隊が囮になる必要があった。
だが使い潰される側がはいそうですかと頷けるかといえば否である。

「エッカート少尉!下がれ!貴様は限界だ!」

鬱陶しい砲撃を潰す為ツーマンセルを組んでいた敵観測魔導師に襲い掛かる。たとえ96式が無かろうとも瞳と人以上の魔力は健在だ。
苦し紛れの光学術式を余裕をもって見切り、至近距離まで一歩踏み込む。挟み込むように動こうとする敵の相方はタイヤネン准尉が引き付けた。

「まだやれます!」

短機関銃から吐き出される弾一つ一つに貫通術式が挿入され、敵の防殻をすり潰し肉塊へと変えた。

「黙れ!」

どうにもかのアレーヌの惨劇以降、エッカート少尉は何かに追い立てられるように必死になり過ぎている。あれではとても背中を任せるのは怖い。
なにより大事な大事な司令の娘なのだ。このような所で潰れてしまっては私のキャリアに傷がつくというもの。

「ですが!」

「抗命行為だぞ、エッカート少尉!タイヤネン准尉、貴様もだ!共に後方に下がれ!」

引き付けていた魔導師に爆裂術式を叩きこんで大地へと失墜させる。いつかはこの不幸な戦いは終わるのだ。
だが何時だ?一分後?一時間後?
タイヤネン准尉によって羽交い絞めにされたエッカート少尉が無理矢理彼方へと飛んでいく。更に減少した中隊は既に継戦能力の殆どを失っていた。
第一防衛ラインを突破した大隊は後方に下がる能力が残っているのかすら怪しい。周囲を見回せば敵、敵、敵。
未だ魔導大隊の強襲に敵方は混乱しているため、中隊規模による散発的襲撃しか受けてはいないが何時かは限界が来るというもの。
時限式対空砲は収束率を増し、少しでも速度を乱数軌道から変更すれば偏差射撃によって追いつかれるだろう。

「大隊各位へ通達。対魔導師戦闘だ。我らに挑む愚を教育してやろう」

ここに来て目の前に展開するのは共和国魔導大隊だ。きっとこの日、隊員の全てが敵魔導師5人以上を撃墜したエースと呼ばれるに違いない。
敵は補給線が近くスクランブル発進といえどきちんと整えられた部隊。出し惜しむことは出来ない。96式を握りしめ、巨大な黒翼を展開する。

《か、烏だ。相手は精鋭中の精鋭部隊だぞ!》《糞が、なんて日だ!》《防殻を強化しろ、遅滞戦闘に努めるんだ。エンゲージ!》

まったく少しは通信をおとなしくすることは出来ないのだろうか。あるいは此方の集中力を削ぐ作戦かもしれない。
叫びたいのは此方だと歯を食いしばり、足へと術式を展開する。防殻に弾かれて打ち出すように一気に加速した。
デグレチャフ少佐とバイエル大尉が敵魔導大隊前衛に巨大な穴を開け、続くように第二〇三魔導大隊が切り込んでいく。
別段不思議なことではない。幾つもの戦域を乗り越えてきた精鋭達は格闘戦(ドッグファイト)に慣れ親しんでいた。大隊長本人であるデグレチャフ少佐が防殻に任せた格闘戦を好むからでもある。
だが一般の魔導師は基本的に中距離戦闘を主とした統制射撃と対地攻撃を主に習熟する。人員がすり潰される戦争においてそもそも格闘戦が得意な熟練魔導師など殆ど残ってはいない。
質の差はより大きく開き、エース・オブ・エースの名と信仰は確かなものへと変化していくのだ。

「地獄に落ちろッ」

前衛の崩壊と共に正確に打ち出された光学系狙撃術式は指揮官を徹底的に皆殺しにし、指揮系統の分断、包囲撃滅を行う。
高速離脱すらする暇を与えず数の利が瞬く間に逆転したことで戦闘はマンハントへと名を変えた。
魔導師の厄介な点は防殻によって生き残りやすく、多くの戦場を経験することで習熟すること。逃すわけがなかった。

「逆探に成功。敵の集積地を発見しました!」

「よくやった、セレブリャコーフ少尉。大隊諸君、敵を追い立てながら火遊びだ。燃焼術式用意」

最後の一人の心臓を直接魔導刃で穿って、96式を止める。先鋒を務めるため、多くの魔力を消費したが息が何時もより荒い。
だが中隊長としてここで降りては指揮に大きな影響が出るのは間違いないだろう。何時も鋭いエッカート少尉はいないのだ、やせ我慢大会といこうではないか。
ただただ、この苦痛の時間が終わればと願い続けるのみである。

★―共和国ライン戦線中央司令部―★

「誰か、誰か、解決策は?」

広げられた地図に存在した塔の形をした重しは取り除かれていき、代わりに×印の重しが置かれていく。少しでも地理を知る者が見ればライン戦線中央部の詳細地図だと気付けるだろう。
ついでにいえば塔のあった地点は集積地と軍の重要拠点が密集していた地域だ。×印は文字通り破壊されたことを示し、報告が上げられる度に被害の甚大さを理解していく。

「このっ!」

共和国司令官の机に叩きつけた拳の隙間から僅かに血が漏れだした。勝利に飢えていた共和国の元に飛び込んできたアレーヌでの市民の一斉蜂起。
確かに後退し始めた帝国軍に対して計画された一斉反撃作戦のために折角集められた物資は綺麗に吹き飛ばされていったのだ。
敵の識別名はラインの悪魔とアルデンヌの烏率いる魔導増強大隊。まさしく帝国が誇る精鋭中の精鋭だろう。

だから仕方ない?

「ふざけるな!何故勝てない!」

3個魔導大隊に到達する程の被害をたった二日の間に1個大隊に食われた。なにがエース・オブ・エースであろうとも物量の前には勝てないだろうだ。なにが相手は多数の戦闘で疲労しているだ。
さらにいえば此方のネームドですら食われているのだ。帝国が撤退の兆しを見せているから良いとはいえ、ライン中央の防空網はガタガタだ。
肩身を狭そうにする防空参謀を睨みつけると即座に目を逸らしてきた。今すぐ参謀の首をねじ切ってやりたい気持ちになる。

「何度やられた!?データは幾らでもあるはずだろう。フィヨルド沖で、ラインで、数々の戦争で我々は敗北してきたのだから!」

何度も何度も我が軍の魔導師たちが挑み、血と鉄の塔を生み出してきたのだ。その積み重ねすら、たった1個大隊ひいては2人の魔導師に届いていないのだから笑わせる。
敵大隊の殆どがネームドであることを考えればこれからも化け物共の首を落とすことは困難だ。
戦争が終わる?この結果を見てからほざくがいい。クソッタレのお友達が教えてくれたことだが帝国の錬度は底が知れず後方にもまだ中央軍を残しているのだそうだ。

「げ、現在戦闘履歴を解析しておりますが、どうやら烏には一切の光学術式による欺瞞が効いておらず……」

「では防殻に魔力を回せば攻撃を防げるのかね?」

答えは当然ノンだ。全力展開した共和国の魔導師を貫通術式でひき肉に変えたのが鮮明に映像に残っている。根本的に限界を推定できない程の膨大な魔力を化け物共は有していた。
なにせ共和国の戦線を荒らしまわった後だというのに、最後っ屁とばかりにラインの悪魔は第7層砲撃術式を展開し最大の集積所を吹き飛ばしていったのだから!
起こった大規模火災と二次被害の対応に追われ追撃どころの話ではなかった。

「現状でかの増強魔導大隊と当たった場合の対応策は?」

集積所を吹き飛ばされたが、攻勢作戦は変わらず決行するのが上の意志だ。多少兵站に負担がかかろうとも最低限の補充は行われるだろう。
ならば次に考えるべきは既に崩壊寸前の防空網で如何にしてかの化け物共が出てきたときに対応するかだった。

「……中隊規模の魔導師を当て続けるべきかと」

一瞬何を言っているのか理解できなかった。否、理解したくなどなかった。狂人の戯言、告げられた言葉はまさしく兵をすり潰すということだ。
柔軟な対応が出来る航空魔導師といえど編隊や術式の変更は一瞬で行われるものではなく多少の時間を要する。
いちいち中隊規模の魔導師を食い殺すために化け物は足をとめるだろう、遅滞戦闘と呼んでも良い。ただし高速離脱しようとした魔導師が食い殺されている以上、全滅は必定。
将として死を覚悟する作戦を命じる覚悟はある。だが、死が決まった作戦などとても告げられることではない。

「ま、まぐれ当たりの対空砲ですらラインの悪魔は何事も無かったかのように飛んでおります。魔導師の火力ではそもそも防殻を貫くことは不可能です」

「わかった。ああ、良く分かったとも」

貫けない防御といえば帝国で唄われる竜殺しの英雄を思い出す。まさか本当に物語の英雄が飛び出してきたのかもしれないと、妄想に縋りたくなる程絶望的だった。
だが未だ背中の菩提樹の葉は見つけられない。クソッタレがと吐き捨てて司令は決断を下した。

この時共和国は無意識の内に、ラインの悪魔にも出来るのだからアルデンヌの烏にも出来るだろうと決めつけてしまっていた。
対空砲の一撃など食らってしまえば、神の奇跡を受けていない魔力が多いだけのアルデンヌの烏ことバイエル大尉では出力限界で防ぎきることは出来ない。
しかし、後々までこの間違いは訂正されることなく続くことになるのであった。

★―帝国軍ライン戦線野戦病院―★

多数のうめき声が不協和音を奏でただでさえ落ち込んだ気分を更に下げていくことになる。女性病棟に向かう途中で看護師に止められるが、階級を見せれば通された。
かつて軍に参加する女性といえば殆どが貴族の子女ばかりだった。今でもその名残は消えることなく、故に軍における女性の扱いはかなり厚遇だった。
外の天幕とは違い簡易とはいえ小屋の扉に3度のノックをした。

「バイエル大尉だ。エッカート少尉は居るか?」

返事はなかったが容赦なく足を踏み入れる。魔力の流れから動揺が見られ、寝ているわけではないのが容易くわかった。
多少の荒療治がなければとても見ていられない程にエッカート少尉の精神は衰弱していた。

「上官相手に狸寝入りとはいい度胸だな」

「申し訳、ありません」

ベッドに横になったエッカート少尉は何処か上の空だ。こう成るまで気付けなかったとは、存外私も余裕がなかったらしい。
高い熟練度と命令に対する柔軟性から良きバディとして今まで共に戦ってきたが潮時か。十分な功績も上げただろうし中尉への昇進を蹴る代わりに転属願いを推薦すれば受領されるだろう。
激化する戦闘に娘を溺愛するエッカート司令も受け入れてくれるに違いない。これからも後ろ盾になってくれることを願うばかりだ。

「エッカート少尉、貴様は十分に働いた。後方に下がるといい」

その時、ローゼ・フォン・エッカート少尉が浮かべた表情を私は生涯忘れることはないだろう。まるで死刑を宣告された被告人の様だと思った。
震える体に鞭打って無理に起きようとするエッカート少尉を抑えようとすれば、爪が私の皮膚に食い込むほど握りしめられた。

「見捨て、ないでっ…お願い、お願いします…っ」

美しいと思っていた髪は乱れ、瞳孔は開き、歪んだ形相には死相が浮かび上がっている。人は此処まで変わるのかと戦慄を隠し得ない。
同時に取り繕っていた哀れな女だったと理解した。脆く崩れやすい精神構造は戦争のストレスに耐えられるはずもなく縋る対象を求め彷徨った。

そこに居たのが私という形だけ取り繕った、英雄だ。

「お願いします……大尉…!わ、わたしは…なにが足りなかったのでしょうか」

徐々にあったはずの同情心や信愛がひび割れ、冷たく沈んでいくのを他人事のように理解する。少なくとも縋る相手がデグレチャフ少佐であったならばここまで壊れることはなかっただろう。
彼女は、彼は人を誰よりも理解したうえで数として認識できる合理主義者だ。きっとエッカート少尉を上手く使いこなせた。

しかし、不幸にも選ばれた私は地獄の住人。

「わ、わたしは」

更に言葉を並べようとするエッカート少尉の唇を貪るように奪う。僅かに見せた抵抗も、簡易ベッドに押し倒したことで立ち消える。
ぎしりと軋みをあげるベッドの上で行われる行為はまるで傷ついた獣同士の慰めあいだった。しかし、これで良い、あるいはこれしかなかった。
嘘付きの烏は霧を振りまいて、理想の太陽(英雄)を覆い隠し、これが君の世界だと囀った。



一週間ほど旅行に行くため更新できない日々が続くかもしれません。
悩みに悩んだ末の投稿です。