川神の弟くん。 作:マイケル
6月初め。僕・川神瀬那は生まれ育った地元である川神市に帰っていた。年末以来の川神ももうすっかり夏色に染まり始めていた。
そんなこのごろ、僕は大扇島にある喫茶店の従業員の格好をしていた。メイド服の格好で。
「うむ! よく似合っておる!」
「下がスースーする……」
こんな格好をさせたのは世界の大財閥である九鬼のご令嬢・揚羽さん。揚羽さんは、僕が関西の中学へ進学したころからいろいろと助けてもらっている。かつてライバルだった僕の姉と同じ武道四天王に数えられる強さをもつ揚羽さんに助けてもらってばかりだった僕は、何かお礼がしたいとある日言った。
――なら、頼もう。
この時の僕はお礼ができると思って後日揚羽さんとあったのだが……、女の子の格好をさせられ九鬼にかかわる仕事に駆り出されたのだった。
――――カシャ、カシャ!!
「お似合いですよ!! 瀬那様! いいですね~!」
今、俺のメイド姿をカメラのボタンを乱射で焼き付けるのは10歳のころから僕の世話係にあたる坂口だ。性格、変態である。
「いいですよ! その蔑むような眼!!」
言動のように変態である坂口を無視して僕は揚羽さんに話す。
「揚羽さん。さすがに川神でこの格好は危険です」
「そうだな、その可愛さは危険だ。何をされるか――」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
勘違いする揚羽さんに僕は、地元である川神でメイドの格好で知り合いに出くわしたらマズイことを伝えるが、揚羽さんは別に気にするなと男らしく割り切り、これは
そう聞かされた僕は悪い気がしなかったのでやることを決めた。
「それと、このウィッグをつけるとさらにかわいい!」
「……」
「うむ! では我は失礼しよう」
揚羽さんは僕が仕事を引き受けたのを確認して店を出て行った。去り際に坂口に何か一言残して。
「では、瀬那様! 俺は厨房を仕切るので、よろしくお願いしやす!」
坂口は僕の世話係を1人で務めていて料理スキルに関してはかなりのものレベルに達していた。変態だが。
そして、僕は接客対応として揚羽さんの紹介であるバイトを始めた。今回のバイト先はおしゃれな喫茶店だったが、なかなか周りの競合店に差をつけられピンチだったところを九鬼が助け舟を出したようだった。
「いらっしゃいませ!」
この3日間はいつものコンセプトである喫茶ではなくメイド喫茶として動かすことになった。断じて言うが、僕は女顔みたいでなく中世的な顔だ。そこは大事。
「ご注文は何にされますか?」
開店から2時間が経った頃からチラホラと店の席が少しずつ埋まっていき、忙しくなりそうだった。今も4名の女の子がやってきて注文を取り厨房にオーダーを伝えに行こうとした時だった。
「ねぇねぇ。本当に男の……方ですか?」
え……? この店の関係者以外は僕が男だということは知らないはず。どうしてだろうと思っているとお客さんの女の子の1人がスマホの画面を向けていた。画面にはこの店のホームページで――、かわいい男の娘メイドもいるよ♡とあった。ちなみに今メイドの格好は僕だけだったので分かったのだろう。
「……はい」
「うそ! めちゃくちゃかわいいんだけど!!」
「反則でしょ! これは!!」
興奮気味に語りだす女の子たちは、次はいつシフトに入るのかと聞いてくるほど食いついてきた。さすが年頃の女の子だった。
「あの、一緒に写真に写ってもらってもいいですか!?」
僕は断る理由もなかったので一緒に写真に写るのだった。
――――……
バイト2日目。昨日は九鬼のいろんな方面での売り出しもあって幸先のいいスタートを切ったわけだが――
「瀬那さん! すみませんが3番テーブルのオーダーをお願いします!」
「え?」
「瀬那さんにオーダーを取ってほしいみたいで……」
今日は初日以上に忙しかった。店には多くのお客さん、特に女性の方で大いににぎわっていた。
「瀬那様、ちょっといいですか!」
厨房のほうから様子を計らって坂口に呼ばれた。
「何? ってか、どうしてこんなにお客さんが」
「どうやらSNSで拡散されたみたいですね」
控室にあったパソコンの画面にはこの店を誰かが伝えたことから広がったようだった。
「当然ですよ。瀬那様の魅力の前では。ただでさえメイド服という破壊力に――ぐぼらっ!」
力説しだそうとする坂口をぶん殴って暴走を止めると、控室に慌てた様子で従業員の1人がやってくる。
「坂口さん、瀬那さん! すみませんがお願いします!」
どうやら小休憩をしっかりと挟むことなく店に戻らないといけなかったようだ。僕は腹をくくって店に戻った。
「すみませ~ん」
店に戻るなりお客さんからに呼び止められ僕はテーブルに向かった。
「オーダーはお決まりですか? お決まりでしたら――」
目の前にいたのは女の子2人と一緒にいる……僕の姉、モモ姉だった。
「ん?」
やばい! さっきから僕の顔を覗き込むように見てくるモモ姉。バレるものだと思った。が、
「かわゆいな~」
「ひぃ!」
いつの間にかさりげなく僕の背筋を上から下へなぞるように触っていたモモ姉に僕はすぐさま距離を取った。
「百代様~。お触りはダメですよ~」
「出禁になっちゃいます~」
「いやぁ~、ちょっかい出したくなってな」
そう言って一緒にいた女の子2人に注意されたモモ姉はごめんごめんと言いつつも、僕に視線を送りつつ――
――かわゆいな、私の弟よ。
もっとも知られたくない人に……知られてしまったのだった。
☆★☆★
揚羽に紹介された九鬼のバイトを終えた瀬那は実家である川神院に帰ってきていた。久しぶりの帰省とあって家族そろって和気あいあいになるかと思ったが、食事を摂り終えた瀬那はすぐさま自室へと入ってしまった。でも、瀬那はこれから川神学園に編入することが決まっており一緒にいる時間が増えるとあって周りはゆっくりと休ませてあげるのだった。
「瀬那の奴じゃが疲れておったのぅ、坂口」
「すみません、総代。帰省前に予定が詰まっていたみたいで」
場所は瀬那の祖父である鉄心の部屋で坂口が近況を報告していた。坂口はバイトの内容までは言わなかった。瀬那に口止めされていたから。
――バイトのこととか話したら、未来永劫お前はいないことにするからね☆彡
「最近の瀬那はどうじゃ?」
「はい! しっかりと勉学に励んでおり任期の生徒会も遂行されました!」
「それはよかった」
問題なく過ごせていたことを知った鉄心はホッとしてお茶をすする。
「気の量はしっかりとセーブされておるようじゃし、良かったわぃ」
「はい。ですが、瀬那様には――」
「分かっておる。開放するのは20になるまでじゃ」
「分かりました、総代。では、失礼します」
坂口は一通りの話を終わったと思い鉄心の部屋から出て行った。
「早いものでモモに一子、それに瀬那も高校生か」
孫たちの成長にしみじみする祖父・鉄心だった。
――じいちゃん、僕も武道やりたい! モモ姉や一子ちゃんと一緒に! だから、川神院にいたい!
「あと3年……」
☆★☆★
朝。夕食を取ったあとに泥のように寝た僕はゆっくりと体を起こした。目の前には今日から編入する爺さんが学長を務める川神学園の夏制服が掛けられてあった。
「今日から川神学園か」
京都の学校から編入、それも6月と中途半端な時期だったが先日あったかつての偉人たちを現代に甦らせた武士道プランで編入に関しては問題ないと夕食の時に爺さんが言っていたから大丈夫だろう。
とりあえず用意された制服を……。
「坂口!」
「はい! なんですか瀬那様!」
「おい……なんでズボンじゃなくスカート何だよ?」
「いや、さりげなく置いておけば履いてもらえるとは思ってなかったですよ! それで写真に収めようと――はい、すぐに用意します」
僕の無言の圧に屈した坂口は扉の前に用意していたズボンを差し出した。この変態が。
「お姉ちゃんも見たかったな~」
どうやらこの1件、僕の自室を通りかかったモモ姉も噛んでいたようだった。
「何か学校で困ったことがあったらお姉ちゃんに頼れよな~」
「大丈夫。自分で何とかする」
何か借りを作ると、マズい気がした。俺の第6感が。
「フフッ、どうせお姉ちゃんっ子のお前は私を頼るんだ」
「そうか、じゃあこの数学の問題集にある――」
モモ姉は勉強が嫌いなのでこうして追い返す術として使わせてもらった。
「瀬那様、食事の準備はできています」
「ありがとう」
「はい! ありがたきお言葉!」
僕は朝食を取り終えた後、すぐに川神学園に向かった。
――――……
川神学園に着いた僕は、爺さんが言っていた通り職員室で待つ担任の先生の許へ。
「川神瀬那です。今日からよろしくお願いします」
「うむ、学長から話は聞いているぞ。川神瀬那」
担任の小島梅子先生に挨拶をして学園の仕組みをもう一度確認するためにHR前に時間が取られたようだ。必要最低限の話をしてくれた小島先生は腕時計を見て、そろそろ教室に向かおうと所属クラスへ案内された。
まだ予鈴前とあって廊下には登校してきたばかりの生徒がチラホラいた。川神学園の生徒たちは元気に小島先生と挨拶を交わしていた。僕は会釈で。
「緊張しているのか?」
「い、いえ……。はい」
「大丈夫だ、徐々に慣れていけばいいからな」
面倒見のいい小島先生の後を追うように僕は所属クラスである2-Fの前に着いた。
「よし。名前を呼んだら入ってきてくれ」
小島先生の指示通りに僕は教室の前で待っていた。ガヤガヤしていた教室は席に着く音がした後にシーンっと静かになった。
――美少女ですか? ですよね!!
――イケメンですか!?
教室から聞こえてきた声。なんかすごく何かを期待する声がしたけど小島先生が静かにするように言うと、静かになる。一子ちゃんが言うならこのF組は荒くれ連中のクラスだけど、友達思いのいい人が多いと言ってくれていたから大丈夫と背中を押してくれた。
「では、川神!」
僕は名前を呼ばれ、教室の扉に手を当てて横に引いて教室へ踏み出した。