川神の弟くん。 作:マイケル
編入2日目の朝。
「モモ先輩の弟っていうぐらいだから武闘派かと思ったぜ!」
昨日休みだった風間くんが声をかけてくれた。モモ姉や一子ちゃんがいる仲良しグループ・風間ファミリーのリーダーを務める人だ。
「こうして会えてよかったぜ」
「何度も誘ってもらっていたのにごめんね」
何度かモモ姉や一子ちゃんに誘われたけど会わなかった。彼らが楽しそうに遊ぶ姿を見たけど輪に入る勇気がなかったから。
「そういうことでよろしくな!」
風間くんは席に戻っていた。もうすぐ朝のHRの時間のようだ。さっきまで騒がしかった教室も委員長の甘粕さんの指示のもとに席に着き始めた。
――――ガラガラっ。
そしてしばらくして担任の小島先生が本鈴と同じタイミングでやってきた。
「――――今日の連絡事項は以上だ。それと――」
朝の連絡事項を小島先生が伝えていた時、窓際の大和くんがグラウンドを眺めていた。グラウンドのほうが騒がしいな……。
「なんだあれ、姉さんとやり合っていいる人がいるぞ」
「そして勝負になっている。これは珍しい」
モモ姉が誰かと戦っているらしい。どんな人だろう?
「3-Fの転入生か。いい武器捌きだな」
どうやら僕と同じようなタイミングで転入してくる人がいたみたいだ。
窓際で見ていた福本くんはカメラ片手にグラウンドに向かおうとしたけど、小島先生の鞭で捕まえられた。すごいな~。
「あの女性はクローンか? あの軽やかさは飛燕のようだ」
「いい例えだなクリス。彼女は西の武士娘・松永燕。字は体を表すな」
……!!? え、今。マツナガツバメって、言った? 同姓同名だろう。
僕はみんなが窓側に張り付いている隙間から覗いた。今も武器をいろいろと変えて戦っていた。ちなみに今は薙刀だ。
あの姿……、これは夢だろう。会長が川神学園にいるはずがない。そう暗示をかけている間に決闘は終わっていた。転入生は武神モモ姉と渡り歩いたこともありたくさんの人から声援を浴びていた。うん、あれは会長だ。
《みなさん、暖かい温かいご声援、ありがとうございますっ。京都から来た、松永燕ですっ! これからよろしく!》
そこからは会長劇場。会長の商魂の籠ったスピーチに学校内から喝さいが起こった。それからも教室では会長の話題で一色だった。僕はその輪に加わることなく1限目の授業の準備を始めたのだった。
☆★☆★
昼休み。僕は大和くんにどこか静かに食事を摂れる場所がないかと相談したらプールサイドに案内された。ちなみに風間くんも一緒に。
「昨日はどこで食べてたの?」
「中庭のベンチだよ。モモ姉にお弁当のおかずを強奪されて清楚さんに少し分けてもらったんだ。向こうの学校にいたときは生徒会室で昼食をとっていたからさ」
昼ご飯を食べながら他愛もない話をしつつ過ごす。これが学園生活だよな~。
「もうちょっとケーキ食べたい……ぐぬぬ……よし買ってくる!」
風間くんは持ってきたデザートをたいらげたが、物足りないのか買いに向かった。学食かな?
「ちょっとごめん。昼休みの終わりまで昼寝するよ」
「分かった。時間になったら起こすね」
大和くんは眠たかったのか横に寝転がった時だった。
「ややっ、また会ったね」
……何とか会わずにやり過ごしてしまおうと思っていた人物との接触……僕の目論見は外れた。
「あ……」
「ああ゙……」
血の気が引くような感じが襲われ僕の頭の中が真っ白になっていきそうだった。大和は会長と親しそうに話している。あぁ……横になりたいな――
――――……
見慣れない白い天井……、ここはどこだ?
「これは?」
僕は保健室に運ばれたみたいだ。多分プールサイドで倒れてそのまま運んでくれたのだろう。ベッド横のテーブルに置かれたカップ納豆を見て会長が運んでくれたのだろう。悪いことをしてしまったな。
「もう6限目が終わった……か。謝りに行かないと」
とりあえず保健室の記録に退室したことを記して僕は向かわないといけない場所へ――3-F、会長……松永さんがいるだろう教室に。
「百代さんの弟だ」
「本当だ~。お姉さんに会いに来たのかな?」
3年生のA棟に来た僕に向けられる視線は少しくすぐったかったけど、僕はとにかく目的の場所へ向かい着いた。
「すみません、こちらに――」
「川神さんの弟だ!」
「え!? 川神さんの弟!?」
まだ教室には3年生たちがいた。
「お姉さんに用かな? だったらここで待ってなよ」
「そうだよ、ようこそ3-Fへ」
「え、あの――ちょっと!?」
よく分からないままに僕は教室内へ招かれて用意された椅子に座った。けど、おかしいな……。いつの間にかさっきまでいた男子生徒たちは、いなくなっていた。あれ?
「あの、僕来たらまずかったですか? なんかすごい勢いで去っていく先輩たちがいたのですが……それも男子生徒だけ」
「みんな用事があったのじゃないの?」
揃いも揃って大変だな。この時期の3年生たちは。
「じゃあお話でも――」
――――ハーイ! ちょっとごめんね~
僕はいつの間にか手を引かれて教室を出ていた。その手は――松永燕だった。
☆★☆★
学校を出て多馬川沿いの土手に僕は会長に連れられた。
「あの、会長?」
「会長じゃないよ。燕さんでしょ♪」
笑っているけど……なんか凄く怒っている。
「君はもう少し自分の魅力に気付くべきだよ」
「魅力?」
「はぁ……。あのね、君はさっき3年の女子生徒たちに捕食されそうだったんだよ」
「はぁ?」
捕食……はぁ!?
「気づいたみたいだね。まったく私を見るなり気を失ってほかのお姉さんたちにはホイホイついていくなんて困った後輩だよ」
「うっ。ごめんなさい。それとありがとうございます」
燕さんは素直でよろしいと頭を撫でてきた。初めてだった、この人に頭を撫でられたの。
「ねぇ、ちょっと体が強張っているよ」
「いや、ここから――……」
僕は思い出す。生徒会室で受けた数々の辱めを。あんなことからそんなことまで。
「ん? 触ってほしいの?」
「やめてください。塞いだはずの傷が開きそうなので」
「そうか、そうか」
どうやら何もセクハラ紛いなことはされないようだ。けど、ずっと頭を撫でられた。
「あの、どうして会、いや燕さんは川神に?」
「君を追って来ちゃった☆彡」
「……」
「それもあるし、家の都合もあるよ。1割ぐらい」
本当にこの人ならやりかねない。僕はこの川神学園に来る前に学園で生徒会の一員としてよく知っていたから。
「もう私と君は会長と補佐の関係じゃないよ。今はただの先輩と後輩で――」
燕さんは僕に顔を近づけてくる。前の学園の時とは違うドキドキ感が僕を襲う。なんだろう、これは――。僕はとっさに手を払いのけてしまった。
「あ、ごめんなさい……」
「まぁ男の子だからね。いやだよね」
「そう言いつつなんでまた撫でるんですか?」
「お姉さんに助けてもらったと思ってさ!」
そう言われると僕は何にも出来なかった。
「せ、瀬那様――!!」
しばらくしてのことだった。ものすごい勢いで坂口が涙を流しながらやってきた。引くぐらいに。
「瀬那様! 大丈夫でしたか!? 3年のくそアマどもに捕まったと聞いて居ても立ってもいられなくて――」
「今日は一日中川神院に居たはずだよね?」
「そうっす! 俺にかかれば瀬那様の危険は半径100㎞圏内なら察知できます!」
「……はぁ」
「す、すみません! もっと範囲を広げる努力をします!」
「……そういう意味じゃない」
「相変わらずの瀬那くん愛だね」
あまりの変態ぶりに燕さんは苦笑い。
「あれ? 松永のお嬢さん。何であんたがここにいるんだ?」
さっきまで僕の近くにいた燕さんに気付いてなかったようだ。涙を拭って平静に戻った坂口は燕さんが僕を助けことに気づいた。
「いつもありがとうございます!」
「いえいえ! どういたしまして」
坂口と燕さん。僕が知る限り坂口は燕さんに対して心を許している。多分だけど当時生徒会長だった燕さんがよく1人でいた僕を生徒会に招いてくれたからだろう。それ以来、坂口は燕さんを対象から外したみたいだ。
「(松永のお嬢さん。例のもの、ありがとうございました)」
「(いえいえ。喜んで何よりです)」
「?」
僕に都合が悪いのか聞こえないように話していたけど、聞くのは野暮な気がした。
「また都合が良ければ食事用意するので来てください!」
「ありがとうございます。まだ引っ越したばかりで荷物が整理されてなくて」
「そうですか。また、好きな時に瀬那様に声をかけてください」
「はい! じゃあ私はこれで失礼しますね」
燕さんは“また明日ね”と去っていた。
「どうしたの? 難しい顔して」
「……瀬那様の周りの女性関係について考えてました。葉桜清楚さんは瀬那様に対して尽くしてくれそうなタイプ。松永のお嬢さんは、言わずと知れた――」
「おい、お前が心配するな」
「いや、心配させてください! それに百代さんも――。余計なこと口走ってすみません……」
「分かればいい」
僕はもう用は済んだし帰ろうとしたが、大事なものを忘れていいた。
「あっ。教室にカバン忘れた」
☆★☆★
夜、家で食事を摂り終えて自室へ戻ろうとした。川神院の修行僧たちの食事の場は騒がしいかった。
「坂口殿! 今日の夕飯も絶品です!!」
「う、うゔ! こんな夕飯を食べられるなんて! これなら毎日修行を頑張れる!!」
「るせぇ! 黙って飯も食えねぇのか、野郎どもが!」
坂口の奴は学生時代からかなりの腕っぷしで武道四天王の中でも最強だったらしい。今ではただの変態でややこしいが、かつてはあまりの傍若無人なことから取り扱い注意人物だった、と。その傍若無人ぶりのピークが川神院への道場破りだった。
桜の舞い散る中、1匹狼は川神院の門弟100人近くを殲滅し、前・師範代だった釈迦堂刑部さんと現・師範代のルーさんとの激戦の末に1対2ながらも勝ってしまった。その勢いのままに総代である川神院の最強・爺さんに挑んだ。結果はワンパンチで屈したけど、爺さん曰く鬼神のような凄まじさだと言っていた。
「あっ、瀬那様! お風呂の準備は出来てますので百代さんと一子さんと相談して入ってください!」
今は鬼神でなく変態に成り下がったが。
「なんならお風呂のお供をさせ――」
坂口が川神院に突っ込んだのは、爺さんに負けたら川神院の門弟になれと言われたかららしい。で、負けて川神院の門弟になる……はずだった。
――おい爺さん! いや、総代さま。院の門弟にはなれません。
――まさか律儀な男が約束を破るとはのぅ……。
――お願いします! 川神院の門弟でなく瀬那殿の身の回りのお世話役に付かせてください!!
「そして、俺は瀬那様の専属のお目付け役へ上り詰めたのだった」
「……いつから?」
「瀬那様がかつての俺を回想したところからです!」
この変態、またさらなる変態の境地にグレードアップしたみたいだった。今も、俺との出会いを夜空に語りだし始めたバカはほって僕は寝間着を持って浴室で今日の疲れを癒すことにした。
「ふ――」
今日もいろいろあったな。燕さんが同じ川神学園にやってきて、会うなり倒れて保健室に運ばれ、救われて――? 今日の出来事の中心には燕さんがいた。
「……」
「こらっ! 他のお姉さんになびくな!」
「うわっ!!?」
この家の人は何なんだ。読心術でも持っているのか?
「あの、モモ姉……お姉さん。いつまでいるつもり?」
「ん? もちろんお前の背中を流すまでお供するつもりだが?」
「平然と言うのをやめてください」
ここで要求を呑んだら負けだ。僕は絶対に湯船から上がらないぞ。
「ふふっ、長風呂出来ないんだから無理するなよ――(背中になんかの印がある)」
さっきまで笑っていた表情からジッと背中を見られた。マジで怖いんだけど。
「瀬那様! こちらのふわふわタオルを――」
「あっ」
「も、百代さん! す、すみません! 姉弟水入らずの時間を邪魔して――」
「おい!」
「あれ、違いました……か。百代さん、今日は勘弁してください」
「……分かった」
やっと出て行ってくれた。助かった。
――――……
浴室に出た百代と坂口は人気の少ない場所に移っていた。
「百代さん、見ましたね」
「……坂口さん。あの印は何だ?」
「すみません。百代さんでも言えません」
「力づくでも……か?」
「はい。どんなに殴られ蹴られようが口を割ることはできません」
坂口の眼はかつての鬼神と呼ばれた時の鋭さに近かった。百代はそれを見て坂口の強い意志にそれ以上突き止めなかった。
「分かったよ。でも、私は瀬那の姉で……味方だ。あれが瀬那の苦しみだったら……」
「あと3年です。それまでは、絶対に俺は曲げるつもりないですから」
頭を下げて坂口は去っていた。
「そう言われたら気になるんだけど」
百代はそう言いつつもそれ以上の詮索はやめておくのであった。