川神の弟くん。 作:マイケル
では、どうぞ!
川神院の朝は早い。
「次! いつものように基礎鍛錬を始めるヨ!!」
多くの修行僧を抱える武の総本山である川神院は早朝から鍛錬が始まる。特に朝の基礎鍛錬は入ったばかりの修行僧たちだけでなく慣れていても苦しく厳しいものだった。
「む~……。むにゃむにゃ――」
家でまだ寝ている瀬那だけ。布団の中で夢心地だったわけだが鍛錬場から聞こえる大きな掛け声で目が覚めたようだ。
「朝……、か」
布団から出た瀬那は、ふすまを開けて太陽の光を浴びると160㎝にやっと届いた(嘘)体を大きく伸びをした。こうすることで少し成長した気になる瀬那はそのまま洗面所へ向かう。ほとんどが鍛錬に出向いているので家は静かだった。
顔を洗って視界をクリアにし、歯磨きをする。いつもなら髪の毛を少し手入れすれば目立つことはないが、出かける今日に限って大きく所々はねているところがあった。
「あれ? 止まれ!」
――ぴょんっ。
髪の毛を止めようと水を手に付けて抑えようとしたが、面白いように跳ね上がる。何度も何度も抑えようとしたが、髪の毛は言うことを聞かなかった。
「むぅぅうう!!」
思うようにいかず鏡と睨めっこする瀬那は、どうしようかと思った時だった。
「おはようございます、瀬那さま。今日はお早いですね」
「おはよう。貴方だけのお姉さんです♡」
洗面所に入ってきたのは鍛錬を終えたばかりの瀬那命の変態・坂口と百代だった。いきなり朝から構ってくる百代に対し瀬那は相手にせずに髪の毛の跳ねと格闘する。
「瀬那さま、寝ぐせですか。だったら私が、はぁはぁ」
「……坂口、気持ち悪い」
「ぐはぁっ」
何か胸に突き刺さったかのように抑える坂口をほって後ろからべったりとくっつく百代も気にせず瀬那は髪の毛を直し続ける。
「なぁ~、瀬那。今日はどこかに行くのか?」
「うん、燕さんの引っ越しの手伝いに行くよ」
「なんだよ、ほかのお姉ちゃんになびくなよ~。昨日は私の清楚ちゃんと一緒に帰って」
「私のじゃない。清楚さんは清楚さんだよ。よし」
寝ぐせが収まった瀬那は、寝間着を着替えるために自室へと戻った。わけだが……
「ん? どうしたの、モモ姉」
「いや、姉として弟の服をだな――」
「結構です」
付いてきた百代を追い払って部屋に入った瀬那はすぐに着替えて追随を与えなかった。
「あれ? 普通だな」
着替え終わったのと同時にノックなしで入ってきた百代は、瀬那の服装をそう評価する。下は黒の7分丈パンツにTシャツの上にパーカーを羽織っていた。
「動きやすい格好のほうが良いから」
「そうか、今日はメイド服じゃないのか」
「何を言うかと思ったら」
アホなことを思いながら部屋を出ようとした瀬那だったが、百代が何故か入ろうとしたので腕を引っ張って食事へ連れて行った。
「僕がいない間に勝手に部屋に入らないでね」
「うん、分かった」
結局、瀬那が家を空けている間に部屋を入った百代だった。
☆★☆★
お昼前の11時ごろに来てほしいと燕さんからのメールを受けて僕は商店街近くにある一軒家の前に来た。
「ここが燕さんの家か……」
「そう、ここが私の新しい家だよ」
「!?」
いつの間にか僕の背後にいた燕さん。いつものことながらこの人の考えていることは分からない。特に京都の高校にいたころはそれもあっていいように僕をあしらっていた。
「こんにちは燕さ、燕さん。買い物に出かけていたのですか?」
「うん、さぁ入って入って~」
川神街にあるまだきれいな一軒家に住むことになった燕さんの手伝いを頑張るか!
「ここだよ」
燕さんに招かれて入ると、すでに部屋はきれいに大方片付けてあった。まだ少し段ボールが置かれてあったので手伝うことはありそうだ。
「へぇ~。落ち着いた部屋ですね」
「そうだね、家ではゆっくりしたいから」
「そうだ燕さん。これ、菓子折りです。冷やしておいてください」
「ありがと~。また、後でもらうね」
僕は座卓の前の座布団に促されて一度小休憩。
「はい、冷たいお茶でよかったよね」
「ありがとうございます。外暑かったのでうれしいです」
冷蔵庫に魔法瓶に冷えてあったお茶を出してくれた。うん、美味しい麦茶だ。
「もう重い荷物は片付いているようですね」
「うん。引っ越し会社の人が重い荷物を運んでくれたからね」
そうか、重い荷物は普通引っ越し会社の人が運ぶか。でも、どうして人手が必要なのだろう?
「あの、僕は何を手伝えばいいのですか?」
「そうだね~……。そこにある段ボールをお願いしようかな。本が入っていて棚にしてしまってほしいな」
「分かりました」
小休憩もほどほどにして僕は言われた通り、段ボールに入った本を出した。燕さんのお父さんは腕利きの技術者で、今は九鬼のスポンサーを受けているらしいことは前に聞いた。
「ん?」
技術者とあって専門書が多くあった。へぇ~、こんな本ってどこで売っているんだろうか。よく読まれた跡が残っているから大切に使っているんだろうな。それからも本棚に分かりやすいように整理して3箱目に取り掛かろうとした時だった。なんか不自然なものがあった。表紙が――……。恐る恐る表紙をめくるとHなあれだった。
「どうしたの、瀬那くん?」
「い、いや――!?」
僕は燕さんのお父さんの聖書を隠し切れず落としてしまった。思いっきり本が開けてしまった。
「こ、これはですね! 本の整理をしていたら不自然な表紙があったので気になってみただけでやましいことなんか――」
「フフッ、初心だね~。瀬那くんは疎そうでよかったよ」
燕さんは笑いながら落ちた聖書を拾って細工した表紙を取ってそのまま本棚に指してしまった。え……、もしかして聖書だからこそ本棚に指すのか? どこかに隠すのは子供のしるし、あたも普通にさらすのが大人なのか。
「それで瀬那くんは年上系の物しかもってないよね~。モ・チ・ロ・ン」
「あ、あの……」
「分かっているよ。私は、ね」
何を分かっているのだろうか。今の感じだと僕が聖書持ちで内容はすべて年上もの、そして表情で向けられた清純系の物であることを。どうしよう……、それらしきもの家にあるのかな?
「生徒会長ものなんて。瀬那くんはホント私にぞっこんだね♪」
あの、ごめんなさい。話をどんどん進めないでください。
「冗談だよ。瀬那くんがそういうの持ってないこと知っているからさ」
そう言われたら、僕は一般健全男子高校生として見られてない気がした。そんな微笑みを僕に向けないでほしい。
「手が止まっているよ。もうそういう本がないはずだからさ。もちろん、私は瀬那くんを男の子として見ているよ」
今、思ったのだが僕の心の中を読心術で掴んで会話した燕さんが少し怖かった。だから紛らわすために手を動かすのだった。
「はい、お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございます」
それから荷物の整理がきれいに終わるころにはもうお昼の1時を回っていた。
「燕さん、お疲れ様です。どこか食べに行きますか?」
「大丈夫だよ。私が用意するから」
燕さんは休む間もなくキッチンに向かっていた。僕も手伝おうとしたけど邪魔になりそうだった。燕さん、すでに手際よく調理を始めだしたからな。
(邪魔したらダメだろうし、ゆっくり待っていようか)
僕は座卓の前に正座で待つことにした。それにしても置物が面白いな。燕さんはあの松永の末裔、その家紋が記されたフラッグが壁に掛けてあった。かっこいいよな、蔦。
燕さんのいるキッチンをチラっと見た。うん、いい匂いがしてくる。楽しみだな~。
「はい、お待たせしました~」
それからしばらくしてお盆に料理を片手に燕さんがやってきた。座卓に並べられた料理は……?
「あれ、燕さん。あれがないよ。あれ」
「もしかして、納豆かな」
テーブルには燕さんといえば納豆小町、その納豆がないのだ。どうしたのだろう……。
「燕さん、もしかして疲れましたか?」
「うんん、大丈夫だよ。まぁ、ちょっと疲れたぐらいだからね」
見るからに大丈夫そうなので、僕はホッとしたので料理の前に座って手を合わせた。
「「いただきます」」
きれいに彩ったサラダから手を付ける。まずは、サラダから食べる。
「はい、胡麻ドレッシング」
「あ、ありがとうございます」
燕さんが気を利かせて胡麻ドレッシングを渡してくれた。そうですよね、胡麻ドレッシングが一番――
「あの、どうして……」
「なんでって? それは、よく瀬那くんが食堂の胡麻ドレッシングを手に取っていたからね」
よく見ているんだな。確かに京都の学園にいた時から食堂をたまに使うとき、サラダには胡麻ドレッシングが当たり前だったからな。
「そして、坂口さんのお弁当でもMyドレッシング持参だったからね」
「あ、あの……」
「フフっ、私は何でも知ってるんだから。セ・ナ、のこと」
「!?」
燕さん、あの顔が近いです。ごはん中ですよ、と言いたいけど……恥ずかしい。
「これぐらいにしてあげる。揶揄ってしまうからね」
「ご飯を食べましょうね」
僕はお箸を進める。うん、和食は美味しい。日本人でよかったと思える瞬間だ。
「瀬那くん、美味しい?」
「うん」
「美味しい?」
美味しいと言ってほしいみたい。まぁ、確かに美味だったからな――
「美味しかったです。ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
燕さんは余程うれしかったのかご飯のおかわりをよそった。あの、僕おかわりなんて言ってないのに……。
「はい、最後はご飯のお供の納豆だよ」
「いただきます」
久しぶりに僕はご飯の2杯目を食べることにした。僕の胃袋は8分までに収めるのだけど、今日は10分までいったかな。
――――……
初めてだな~。私の料理にわき目もふらず頬張る瀬那くんの姿は。本当に私の感情をくすぶらせる。今もすやすやと膝の上で寝ている瀬那くん。
食器の片づけが出来たら外に散歩がてら出かけようと思っていたけど、畳の上ですやすやと寝息を立てて横になっていた。引っ越しの整理を頑張って一杯ご飯を食べて寝る、本当に子どもみたい。
「頬っぺたぷにぷに」
ツンツンと突くと優しく跳ね返ってくる頬っぺた、起きないから大丈夫と思って髪の毛もサワサワっと。男の子なのに髪の毛がサラサラ、本当に……、困ったものだよ。これ以上サワサワすると、狂われそうになるから抑えて、と。
「ん……。燕、さん」
「フフッ、夢に私がいるのかな」
膝の上で私の名前を呼ぶ瀬那くん。夢の中も私が――
「う、ゔ――。やめてください」
「……」
あははっ、もしかして生徒会時代の夢かな? あの頃の瀬那くんは生徒会長の私にぞっこんだった。と、言うのは嘘だけど私の無理難題にある程度答えてくれたからね。だから私も調子に乗っちゃったところあったし。
「うっ、ありがとう、燕さん」
え? そんな不意打ちに見せる笑顔……。いつもはちょっと無表情で感情を出さない子だけど、こんな笑顔も見せるなんて。それも私を思ってだよね、う~~ん!!
「これ、で……許して……」
一体、私は瀬那くんの夢の中でどんな人物なのだろうか?
☆★☆★
「ん?」
あれ? いつから寝ていたんだろう。確か昼食をいただいて食べ終えてから……、記憶がないからすぐに寝たのだろう。って、いつの間に僕は燕さんの膝の上で寝たのだろうか……。
「あの、燕さん?」
呼びかけても返事がない。ゆっくりと視線を上げると燕さんもうつろうつろしていた。どうしようかと思った。
1. 待機
2. これまでの仕返しで悪戯
3. 膝枕からの脱出
1~3で俺が選んだ行動は――――、悪戯だ!
「仕返しだ――――って、あれ?」
「フフっ、お姉さんに仕返し……かしら?」
この後、僕は燕さんにあるべき上下関係を植え付けられたのだった。
「今日はありがとね」
「ど、どういたしまして」
時間は過ぎて4時ごろ、まだ夕方前だったけど帰ることにした。これ以上居座り続けたらどうなるか分からなかった。自分がどうなるかを。
「じゃあ、また学校で」
「うん、またね~」
僕は燕さんに背を向けて川神院へ帰ろうとした。
今日は色々あったな。部屋の整理を手伝ったりお昼ご飯を呼ばれたり上下関係を植え付けられたり、と。まぁ、最後は京都の時の話やこれからの話で花を咲かせたし良かった。
――瀬那く~ん。
もうすぐ仲見世通りを通っていたときだった。後ろから燕さんらしき声が聞こえたけど、やっぱり燕さんだった。
「ごめんね、渡しそびれたものがあって」
僕は何か渡すものがあったみたいで、手には紙袋を提げていた。
「本当はおやつの時に出そうと思っていたんだけどね。ドーナッツを作ったんだ。瀬那くん好きでしょ?」
「!」
「よく向こうの学園にいたとき食べていたからね」
この人はよく僕を見ていたんだな~とまた思った。まぁ、自分の手元に置きたいという理由で生徒会長になって僕を生徒会メンバーに入れたぐらいだから一緒にいる時間は多かった。さっきも話していたときに僕のことを観察していたのがよく分かったからね。まぁ、怖くないと言ったらウソになるけど悪いようにしないのが燕さんだから大丈夫だろう。
「うわ~、いっぱいだ」
「うん。食べきれなかったら家の人にもと思ってね」
「ありがとうございます、燕さん」
「はい、じゃあまた月曜日ね。ドーナッツの感想聞かせてね」
燕さんから自作ドーナッツをもらって僕は嬉しかった。きっと燕さんが作ったドーナッツだから美味しいのは間違いないだろう。早く食べたいな~。
「あれ、瀬那っち」
「小笠原さん。こんにちは」
ちょうど小笠原飴店の前を通りかかったら同じクラスの小笠原千花さんが店番をしていた。お休みの日も家の店を手伝うなんて偉いな。
「すごくうれしそうだったけどどうかしたの?」
どうやら表情に出ていたみたいだ。大好物をもらえてルンルン気分だったし、足元がスキップしそうな勢いだった。僕は手に持っていたドーナッツを燕さんからもらった話をしたら小笠原さんは、お熱いねと笑っていた。
「それも手作りなんて。よっぽど愛されてるんだね」
「う、うん」
そう言われると、ちょっと恥ずかしい。けど、好意でもらえるなら有り難いことだ。
「小笠原さん、何がおすすめ?」
「いらっしゃい! えーっと、ね。おすすめなのは――」
僕はおすすめの飴を見繕ってもらった。お土産にはいいだろう。
「ありがとう、また学校で」
「毎度ありがとうございます。またね」
この飴をみんなに渡してドーナッツは僕がもらう。よし、これでドーナッツは独占できる。時間ももうすぐ夕飯の前だからどこかに隠して――。
「セ~ナ。どこほっつき歩いていたんだよ。迎えに行こうかと思った」
「大丈夫です。僕は1人で帰れます」
いつの間にか背後にモモ姉がいた。なんで武士娘と呼ばれる人たちは背後を取りたがるのだろう? あと、1人で帰れます。
「そうか~。燕に大好きなドーナッツをもらってスキップしてたから何かあるかと思ったら独占するためにみんなには飴を買って帰る。本当に~、お姉さんはそんな弟に育てた覚えはないのにな」
いつから? と聞くとすでに提げていた紙袋の中身を見ていた。
「これはあれだよ――……! これは参考書であって――」
「甘~い匂いの参考書ってあるのかな」
どうやら前から僕を見ていたようだ。
「さ~て。どうする、瀬那?」
「うん、わかった。僕とモモ姉と一子ちゃんで美味しくいただこう」
「そうか、じゃあすぐに帰るぞ」
僕の手を握るモモ姉は、空いた方の人差し指を額に当てると――――。
「よーし、着いたぞ~。早く早く♪」
いつの間にか川神院に移動していた。はい、あのジャンプ漫画のドラ○ンボールの瞬間移動です。僕は姉の凄さを改めて実感した。そして、この後ドーナッツを半分取られて涙目な僕だった。
また、次回に!