駅から歩いて20分、そこは王国辺境領。   作:河里静那

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3章
16話 男の子は決意する。


 帰宅したパティは、案の定に怒られた。

 こんな時間まで一体、何をしていたんだと。仁王立ちで問い詰めてくる父の目が怖い。だけどまあ、それも仕方のないこと。普段ならとっくに床についているはずの時間なのだし、何よりパティは女の子なのだから。身に降りかかるかもしれない危険の種類は、男の子よりも多いのだ。

 

 ごめんなさいと謝るパティには、見えていた。父の怒った顔の下からチラリチラリと、気遣うような心配顔が見え隠れしているのが。

 

「ちょっと、道に迷っちゃったの。でも、温泉街の警備の人に送ってもらえたから、平気だったよ」

 

 考えていることがまるわかりの父を、安心させてあげよう。まさかと考えていることなんて、何もなかったと教えてあげよう。

 

「警備……男か?」

「すっごく綺麗な女の人っ!」

 

 駄目だ、変なスイッチが入っちゃってる。

 

「ほら、あんたはまた、馬鹿なこと言ってんじゃないの。それにしてもパティ、随分と見違えたねぇ。どこのお嬢様かと思ったよ、あたしゃ」

 

 母が目を細め、パティへと手を伸ばす。ツヤツヤでサラサラになったパティの髪に指を通してみればするりと、流れる水のように指の間からこぼれ落ちた。

 

「あんたの髪って、こんなに綺麗だったんだねぇ。それにこの服、いただいたのかい?」

「うん。女の子がいないからいらないんだって。あんまり上等だから遠慮したんだけど……」

 

 もらっちゃいけなかっただろうか? 不安そうに顔を伏せ、上目遣いに母を見つめてみる。

 一応、言ったとおりに、一度はパティも断ったのだ。こんなに高そうなものをいただく訳にはいかないと。けれども、いいのよいいのよと、押し付けてくる母親パワーには勝てなかった。

 それに、正直に言ってしまうなら、パティもこの服が欲しかった。欲しくて欲しくて、仕方がなかった。だってこの服だったら、翔太の横に立っても見劣りしないし。

 

「んー……普通だったら、受け取るべきじゃないね。いくらなんでも仕立てが良すぎるし、値段の想像もつかないよ。後から色々と言ってきそうで怖いね」

 

 少し真面目な顔で、母が言う。

 けれどその表情ををくるりと、仮面を裏返すように変化させた。

 

「けどまあ、いいんじゃないかい? これまでにも色々ともう貰っちまってるんだ。今更さ」

 

 むしろ、断ることで相手の機嫌を損ねる方が怖い。せっかく気に入られてるようなんだから、精一杯に綺麗にしてアピールしないとね。

 

「着ていった服はどうしたんだい?」

「あ、この中に入ってる」

 

 翔太の家でもらった、持ち手のついた袋を掲げてみせる。

 袋を見たセリムが、まだどこか諦めたような目をした。袋の材質は、例によって紙だ。村で使われてる、布や草を編んで作ったものとは違う。村の基準では、これだけでちょっとした財産だ。

 ついさっきまでのパティも、同じように思っていた。でも今は、違うとわかる。きっと、翔太たちにとっては安いものなんだろう。トンネルの向こう側に関しては、今の自分の常識なんて捨ててかからなければならない。文字通りに、違う世界のことなのだから。

 

「それにしてもね。この服だってうちじゃあ上等だってのに。こんな服なんていったい、いつ着ればいいんだろうね」

「翔太の家に行くときに着ていくよ」

 

 ああ、それがいいだろうねと、パティの言葉に納得する母。いただいた服だってんなら、着ていっても失礼にはあたらないだろうからね。

 

「……いろいろ良くしてもらったみたいだけどな。それにしたって、こんな時間になるまで連れ回すなんて、俺は納得いかん。ちょっと、向こうまで行って文句をつけてくる」

「やめてよ、お父さんっ!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、家を出ようとする父。それを恥ずかしいからとパティが止め、さらに頭をパコンと母の平手ではたかれる。

 まあ、どうやったところで、翔太の家には辿り着けないんだけどねと。パティは心の中で舌を出した。

 

 

 

 温泉街のこととか、ショーターの家のこととか。他にも色々とと聞きたいことはあるけれど、もう遅いから明日にしましょう。そういう母の言葉で、今日のところは寝ることに。

 

 村でいつも着ている服に着替え、ベッドに入るパティ。薄手の布団を頭の上まで引き上げて、ゆっくりと目を瞑る。

 今日は本当に楽しかった。それでもって、とっても疲れた。

 明日、温泉街のこととか、どういう風に説明しよう。あの街は結局、遠くからちらっと見ただけだし。日本のことは上手く話せそうもないし、何か考えておかないと。

 

 他にも、明日からはやることがいっぱいだ。とりあえず、妖精が見えるように練習しないといけない。上手くいかなかったら、ラニに相談してみようかな。

 色々と考えてみるものの、だんだんとそれを拾い上げれなくなっていく。意識が遠ざかっていく。

 ああ、もう駄目。おやすみ……なさ……

 

「……あっ」

 

 ああ、大変。

 大事なことを忘れていた。

 

「……じてんしゃ、乗せてもらうの……わすれて……」

 

 呟きが最後まで紡がれることはなく。

 パティの意識は、幸せな眠りの中へと誘われていった。

 おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 一方の、翔太である。

 彼は自室の勉強机に向かい、一冊の本を開いていた。

 

「まい、ねーむ、いず、しょうた」

 

 手にしているのは、小学生向けの英語の教材。

 パティちゃんと話せるようになれるといいなと、父が買ってくれたもの。

 

 彼は燃えていた。

 せっかくパティと2人で楽しくやっていたというのに、それを邪魔した憎き相手。

 あの綺麗なお姉さんに、負けるわけにはいかないと。

 

 道に迷った自分たちを、案内してくれたというのはわかる。それはとてもありがたい。

 けどだからって、パティとばっかり話さなくてもいいじゃない。

 

 もしかしたなら、あの美人さんは日本語が話せなかったのかもしれない。

 けどだったら、パティが通訳してくれてもよかったじゃない。

 

 僕をのけ者にしなくたって、いいじゃないかっ!

 

 翔太は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を除かねばならぬ。

 なので次に会うときには、思い知らせてやらなければならぬのだ。僕という存在を、見せつけてやらなくてはならぬのだ。

 

「はう、あー、ゆー」

 

 と、いうことで。一生懸命に、英語の練習に励んでいる訳である。

 例えパティが間に立ってくれなかったとしても、僕が英語を話せるようになれば問題ない。

 

「あい、きゃん、すぴーく、いんぐりっしゅ」

 

 英語さえ話せれば、2人が話しているところに入ることだってできる。

 パティともっといっぱいお話しできる。

 そして、あのお姉さんに言ってやるんだ。僕も仲間に入れろって。

 

 あの、銀色の髪をした美人さんに。

 あの、お人形さんみたいに綺麗な人に。

 あの、とっても素敵で、でもちょっと悲しそうな笑顔に。

 

 あの……あの……。

 

「……あの人、綺麗だったなー」

 

 お姉さんのことを考えていたら、自然とそんな言葉が口からこぼれた。

 翔太の口元には、どうしてだろうか微笑みがつくられて。

 そして何故だか、頬は照れたように赤く染まっていた。

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