駅から歩いて20分、そこは王国辺境領。   作:河里静那

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17話 お姉さんは愕然とする。

「そこにいるのはわかってるのよっ! 出てきなさいっ!!」

 

 静かな森の中、パティが叫びを上げた。

 びしりと、突き刺すように伸ばされた右手の指先。それがぶるんと振るわれて、茂みの奥を指し示す。そのまま、指差しポーズで待つことしばし。

 風が涼しげに通り過ぎていく。だが、何も起こらない。

 鳥がチュンチュン鳴いている。けれど、何も出てこない。

 

「なら、そっちねっ!」

 

 切れよくターン、反対を向いたパティが今度は左手でずばっとポーズを決める。

 反応はない、ただの藪のようだ。

 

「……むー。こっちかっ!」

「残念、後ろだ」

「うひゃあうっ!!」

 

 さらにステップを踏んで、正面の草むらへと向き直ろうとしたときに、唐突に。真後ろのすぐ近くから、耳元にささやきかけるように、言葉がかけられた。

 後ろに気配なんて何もなかった。いつの間に近づいてきてたの?

 一体、誰? あ、もしかして。ついに現れたのね……って、違う。この声は。

 

「ラニっ!」

「ああ、パティ。しばらくぶりだ。ところで一体、君は何をしているんだ?」

 

 不思議そうに、ラニが尋ねる。

 あの夜に村まで案内してもらったときと変わらない、同性だというのに見とれてしまう整った顔。それでいて、人形のように乏しい表情。それでも、その顔がどこか満足気そうにも見えるのは、不意打ちでパティを驚かせることができたからだろうか。

 

 そういえば。この人にも、妖精の血が混じっているのよね。悪ふざけの相手をするのが面倒で、里を飛び出したとか言ってたけど。なんだかんだでラニも結構、悪戯が好きなんじゃないの?

 思わず、そんな疑念を抱いてしまう。

 

「妖精、探してたの。私だったら見えるようになるって言ってたでしょ。ラニはどうしてここに?」

「言っただろう、警備のようなことをしていると。この森も私の管轄だ。妖精が変な奴がいると騒いでいるのでな、様子を見に来たのだが」

 

 ラニの表情が動く。どこか呆れたように。それでいて、少し楽しそうに。

 妖精が見えるようになりたいからといって、ああいう手段をとるとは。なかなかに自由な、いや自由すぎる発想が感情をくすぐる。

 この子は自分と同じく、妖精には好かれない性格だと思っていたのだが。わりあいと、そうでもなさそうだ。

 

「まさか、君だとは思わなかったぞ。なかなか面白いことをしていたな」

「うー。恥ずかしいとこ見られたぁ!」

 

 耳を赤くして口をとがらすパティ。

 その反応に、ラニはころころと笑っている。

 

「まあ、そう拗ねるな。君の指差した先には妖精はいなかったが、周りで見物はしていたぞ。道化になれば寄ってはくるだろう」

「道化って。それ何か嫌だ」

「私もお勧めはしないな。ところで、何かあれば訪ねてこいと言っただろう。見えるようになりたいのなら、私に相談しようとは思わなかったのか?」

 

 その言葉に、ちょっと困ったように眉根を寄せるパティ。もちろん、それは真っ先に考えた。どうやったら見えるようになるのかなんて、見当もつかないのだし。

 それでもやるだけやってみようと、試行錯誤した結果が先程の面白行動なのだ。まさか見られてしまうとは。

 

 それならば、何故に会いに行かなかったのかといえば。理由は単純なものだったりする。

 何気に遠いのだ、温泉街。

 

 森を迂回して街へと辿り着くまでに、急いでおよそ2時間。往復で4時間。滞在時間も考えれば、半日ばかりがつぶれてしまう。

 これだけの時間は、村の仕事を抱えているパティには少々厳しい。翔太が会いに来てくれた日は一日ずっと遊ぶことが許されているけれど、普段の日はそんなことはない。せいぜい、頑張って仕事を切り詰めても、自由時間は3時間もとれれば良い方だ。

 

 それに、理由はもう一つ。

 治安は悪くないとはいえ、女の子一人でこの距離を出向くのは少しばかり躊躇ってしまう。父さんに同行を願えばついてきてくれるとは思うけど、ついでに翔太の家に挨拶に行くとか言われてしまうと困ってしまう。

 

 ちなみに、翔太の家に関してだが。温泉街の奥の奥、立ち入るのに気後れしてしまう場所に建てられた、魔法と区別がつかない不思議技術だらけのお屋敷だった。そう、家族には話してある。

 火とは違う熱くない明かりに照らされた家の中、お芝居をする動く絵が映し出される箱やその他、これまた謎の道具がいっぱいある家。さらには広々とした個人用温泉も完備されているのだ。

 うん、嘘は言っていない、嘘は。多分。

 

「森の中を通れば良いではないか。往復で2時間、用事に1時間。合計3時間でちょうど良い」

 

 パティからつらつらと、会いに来なかった理由を説明されたラニがそういう。

 けれどパティの顔は、渋いまま。

 

「森の中は、貴族の人たちが散歩しているときがあるから、通るなって言われてるの」

「ふむ」

 

 平民を見かけたからといって難癖をつけてくる貴族もそうはいないと思われるが、用心するに越したことはない。身分の低い側に抵抗する術などないのだから、最初から機会を作らないならその方が良い。

 変態貴族に目をつけられて、可愛いパティが攫われでもしたら後悔しても仕切れない。これは子煩悩が過ぎる父の言い分だが、その気持ちもわからなくはない。

 

「ならば、これをやろう」

「これって?」

 

 ラニが懐から取り出して、パティへと差し出してきたのは、何やら初めて見るものだった。

大きさは手の平に収まるくらい。材質は木だろうか、全体が黒く塗られているのでよくわからない。継ぎ目があるから、箱のように中に何かが入りそう。そして、何やら絵が描かれている。

 丸の中に3つ、矢尻のような葉っぱのような角の丸い三角が、頂点を突き合わせる形で収まっている。これ、どこかで見たことがあるような、ないような……。

 

「あっ!」

 

 眉根を寄せて、しばし考える。

 ぴんと、思い出したとき、漏れ出てきたのは驚愕の声だった。

 

「これ、辺境伯様の紋章じゃないっ!!」

 

 間違いない、父さんから教えてもらったことがある。

 

「そうだ。やっかいな貴族に絡まれても、これを見せれば問題なかろう。まあ、通行証みたいなものだな」

「でも、領主様の紋章を勝手に使うなんてっ!」

「勝手ではない。私はあの街を守護しているといっているだろう。私の判断でこれを誰かに渡す権限はある」

 

 あ、何か得意気だ。だんだんと、ラニの無表情から感情を読み取れるようになってきたパティ。

 けれど、ラニの言っていることが本当だとしても、ちょっと怖い。こんなの持つなんて身に余る。

 

「私、ただの平民だよ?」

「知っているが?」

「……何で、ラニは私に良くしてくれるの?」

 

 パティの言葉に、そんなの決まっていると答えようとして。そこで、ラニの動きが固まった。

 右手の指先をあごに当て、瞳を閉じて。しばしの間、何かをじっと熟考する。

 やがてその眼が再び開かれたとき。彼女の顔は、驚愕の色に染まっていた。

 

「……大変な事実が発覚してしまったぞ、パティ」

「どうしたの?」

「理由を考えていて、気がついてしまった。どうやら、私は」

 

 重々しく、そして何か大きな悲しみに耐えるように、宣言。

 

「どうやら私は、君があれやこれやと迷走するのを見て、楽しんでいたようだ」

「酷いっ!」

「まったくだな。これでは里の皆と、そう変わらないではないか」

 

 思えば、かつてあの少年と旅していたときも、そのように感じていたのだな。なるほど、それ故にあの旅が強く心に刻み込まれているのか。

 ふむ。私もやはり妖精の血を引く者であったか。

 しみじみと。まじめな表情でそう語るラニに、やっぱりそうなんじゃないと冷たい視線を向けるパティであった。

 

 

 

 

 

「だが、私が君のことを好ましく思っているのは事実だ。また顔を見せに来い」

 

 衝撃の告白からしばらく。そう言って、ラニは去って行った。

 後に残されたのは、どっと疲れたパティの姿。

 

 綺麗で素敵なお姉さんだとばかり思っていたけれど、予想外に困った人だった。

 けれどまあ。まだ会ったばかりの短いつきあいには違いないけれど、パティも既にラニのことが大好きだし、とても頼りにもしている。

 それに早速、妖精の見方のコツを教えてもらったのだし。少しくらい遊ばれるのは仕方がないと、大目に見よう。

 

 ラニが言うには、こうだ。

 まず、視界に入る景色を覚える。次に目を閉じる。まぶたの裏で、さっき見た景色を思い出す。そしてその中で、妖精がいる姿を想像する。

 そうすることで、妖精の気配的なものが徐々に察知できるようになっていくそうだ。やがてだんだんと、ただの想像だったものが現実味を帯びていき。ついにまぶたの裏の姿と現実の妖精が一致したとき、目を開けてもその姿が見えるようになるとか。

 

 正直、うさんくさい。けれどまあ、ラニのことだ。嘘は言っていないだろう。天然でぼけている可能性は否定できないけれど。

 そういう訳で、それからしばらくのパティの自由時間は、妖精を見る練習に当てられることになった。

 村の中よりも自然の中の方が、妖精がたくさんいるらしい。なので、場所は森の中。もしくは、虫除けの花畑で。

 

 自然の中に座り込み、じっと目を閉じる。端から見れば、まるで瞑想でもしているかのよう。

 そして時折、くわっと目を見開く。そしてまた閉じる。

 

 閉じて、くわっ! 閉じて、くわっ! また閉じて、くわわわっ!!

 村の人たちは、森を見て座り込んで何をしているのかしらねと、不思議顔。あの子を待ってるんじゃない、きゃー。そんな風に、パティは本人の知らぬ間に、井戸端会議で時の人になっていたり。

 

 時折、こっそり見つからないように、ラニが覗いていたりもする。

 そして、くわっとしているのを見て、満足気に帰って行く。ちょっと口元が緩んでいる。

 

 そんな風に、数日が過ぎて。

 

 

 

 閉じて、くわっ! 閉じて、くわっ!

 また閉じて、くわわわっ……あっ。

 

 何か見えた。

 不思議そうな顔で、こっちを見ている男の子がいた。

 

 その子の顔が、不思議顔から変化する。

 にいっと口元を歪ませて、どこか見ていると腹が立つ得意顔に変わっていく。

 

「はい、パティっ! まいねーむいず、しょうたっ!!」

 

 っていうか、翔太だった。

 翔太が近づいてきて、謎の呪文を唱えてきた。

 

「ハイ、ショウタ? マイネームイズ、パティ?」

 

 とりあえず、よくわからないままに真似をしてみる。

 なんか、ますます得意気になっていくのが妙にむかつくわね。

 

 翔太の肩の上では、なんか変な生き物がケラケラと、お腹を抱えて笑い転げている。

 背中から蝶の羽の生えていて、背の高さは15㎝くらい。生意気そうな顔で、こっちを指差して笑っている。

 

「なにこれー、この状況なにこれー。こいつらおもしれー」

 

 もしかして。これ、妖精?

 っていうか、見えてるじゃないの。言ってること聞こえてるじゃないの。

 

 ケラケラと笑う、おそらく妖精。

 彼だか彼女だかは、翔太の上で転がって。地面の代わりに肩をばんばんと叩いて、涙を流して笑い続けている。

 それを見ていると、だんだんと腹が立ってきて。

 

「はう、あー、ゆー?」

「あったまきたっ!!」

 

 思いがけないパティの返事に、翔太が涙目になっていた。

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