駅から歩いて20分、そこは王国辺境領。   作:河里静那

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18話 少女の怒り心頭に発する。

 急に眉間にしわを寄せて、大きな声で怒鳴りだしたパティにびっくりする翔太。

 何て叫んだのかは良くわからなかった。英語の勉強は始めたばかり、聞き取りなんてまだ練習してない。でも、怒っていることだけは良くわかる。けれど、なんで怒ったの?

 

 翔太の瞳が、じわりと涙で湿っていく。男の子なのに恥ずかしい。でも、その気持ちも良くわかる。

 怒られるなんて、想像もしていなかった。翔太としては、英語の勉強始めたんだ、頑張ってるんだねって。そう、褒めてもらえると思っていたのに。

 それがまさかの反応だ。予想だにしていなかったリアクションだ。

 

 でも、何がそんなに気に入らないの? はうあーゆー、ご機嫌いかがって、お約束の挨拶なんじゃなかったの?

 それとも、本に書いてあるのが間違ってた? 実はとっても失礼な言葉だったりとか?

 

 あ、もしかして。発音が悪くて、何を言っているのかわからないから怒ってるとか。

 そうだとするなら、パティは酷い。パティだって日本語の勉強を始めたばかりの頃は、発音が変だったったじゃない。猫のこと、ぬこって呼んでいたじゃない。

 そりゃあその後、あっという間に話せるようになったけどさ。その辺り、パティはすごいと思う。とっても頭が良いとは思う。でもだからって、そうじゃない人を馬鹿にして良い訳ないじゃないか。

 

「パティ、酷いよ」

 

 結論。パティが悪い。

 だから抗議の意思を視線に乗せて、じっとりとパティを睨みつける。睨み返されたらと思うと、ちょっと怖い。

 けど、僕とパティは友達だ。友達っていうのは、仲間なんだ。楽しいときは一緒に遊んで、悲しいときは一緒に泣いて。そして仲間の誰かが間違えたときには一緒に間違うのではなくて、正しい方へと案内してあげる。それが、友達。先生も父さんも、アニメのヒーローもそう言ってる。

 だからここは勇気を持って、パティに文句を言わなきゃいけないところなのだ。強い言葉で一刀両断、その思い上がりを斬るっ!

 

「僕の英語はまだ下手くそだけど、だからって怒んなくてもいいじゃん」

 

 う、ちょっとへたれた。

 もうちょっと強気に言うつもりだったけど、まあいいか。僕が怒っているんだと伝わったみたいで、パティがあたふたし始めたから。

 これでごめんって言ってくれれば、話はそれでおしまい、仲直り。後は英語の勉強をしよう。どこが悪かったのか、怒らせちゃったところも聞かないと。

 けれど、パティが慌てたように言い出したのは、これまた予想外の言葉。

 

「ち、違うのっ! 今のは翔太に言ったんじゃなくて」

 

 ん?

 僕とパティしかいないのに。それじゃ、誰に言ったっていうの?

 

「えっと、今のは……今のはね……」

 

 言葉の途中で、パティが何やら考え込む。

 あれ? 妖精のこと、翔太に言っても大丈夫なのかな?

 

 ちょっと整理してみよう。

 まず、翔太は妖精を見たことがない。ラニが翔太には見えないって言ってたし。多分、間違いないと思う。 では、妖精が存在することは知ってるの?

 

 ここが問題だ。

 トンネルのこっち側、私たちは妖精がいることを知っている。セージ村の人たちで妖精を見たことある人なんていないけど、皆いるのが当たり前だと思ってる。

 でも、向こう側は?

 もし、妖精なんていない世界だったとしたら。今のは妖精に向かって言ったんだなんて、信じてもらえないかもしれない。だったら別の上手い言い訳を考えた方が良い?

 

 けど。嘘つくのは、嫌だなあ。

 それに、今も翔太の肩の上でケラケラ笑ってるこいつは、あの街に行ってるってことよね。あそこまで遊びに行って、そこで翔太を見つけて気に入って、こっちまで連れてきたのよね。

 だったら、見えなくても。いることくらいは普通に知っているのかな?

 ああもう、わかんないっ!

 何かない? 向こうでも妖精がいるっていう証拠みたいの、何かない?

 

 左右のこめかみに両手の人差し指をそれぞれ当て、深く考え込み始めるパティ。それを翔太が、じとっとした眼で見つめている。

 彼から見れば、じゃあ誰に言ったのという問いに、答えられずに悩み始めたパティなのだ。必死に言い訳を考えているようにしか見えない。

 

 風の音と鳥の鳴き声。それしか聞こえない静かな空気の中、黙り込んでしまったパティ。空気が重い。

 パティには、加えてケラケラと笑う声が聞こえている。うるさい。

 

 笑い声を聞いてイラッとして、じと眼の翔太を見て焦って。どうしよう、どうしよう。考えがまとまらない。なんだか目がぐるぐると回り始めたパティ。

 もう、しょうがない。正直に言おう。もし信じてもらえなくても、なんとか説明してみよう。きっと大丈夫。きちんと説明すれば、きっと翔太はわかってくれる。頭ごなしに全否定なんて、翔太だったらきっとしない。

 

 だって、ほら。翔太は優しいもん。たまにちょっと意地悪だけど。

 当然よね、翔太のお父さんもお母さんだって、あんなに優しんだから。だからあの二人に育てられた……。

 

 その時、ひらめくものがあった。パティの頭の上に、ピコーンと電球の絵が浮かぶ。

 そうよっ! あの家に行ったときにことを思い出してみれば、ヒントがあったじゃないのっ!

 

 あのとき見たアニメ、そこに出ていた主人公パーティ。

 別の世界から召喚された少年勇者。辺境の村出身の格闘家の女の子。謎のお爺さん魔法使い。そして、妖精族の魔法剣士のお姉さん。

 あれは、お芝居。でもお芝居になってるくらい何ですもの、あっちの世界にも妖精族がいるってことよね。そして、妖精族がいるんだったら、妖精がいたっておかしくない。

 つまり、翔太に妖精のことを話したって平気ってことっ!

 

 完璧。

 完璧な推理だわ。自分が怖い。

 

「翔太、さっきのは翔太に怒ったんじゃないの」

「じゃあ、誰に言ったのさ。他に誰もいないのに」

 

 不貞腐れる翔太に、にやりと笑うパティ。

 そしてパティが伸ばした人差し指で、翔太の肩の上の空間を指し示した。勢いよく、ちょっと芝居がかった動作で。

 

「それは、翔太の肩の上にいる。そこにいる、妖精へと向かってよっ!」

 

 決まった。

 翔太から見て半身になり、指を突き出したポーズ。論破とか、エフェクトが流れていきそうな勢いだ。

 

 翔太、それを見て、それを聞いて、しばし固まる。

 そして目を瞑って、眉間を親指と人差し指で挟むように考え込むポーズ。

 やがて動き出し。その手でポンと、パティの肩を叩いて曰く。

 

「ねえパティ。僕、流石にそれはないと思う」

 

 え?

 私、失敗した?

 

「よ、妖精は、いるのよ?」

「うんうん。わかったよパティ。でも、もうちょっとこう、ね」

「なによーっ!」

 

 翔太の、一見すると優しい視線。

 でもどこか、生暖かいような。可哀想なものを見ているような。そんな雰囲気。

 

「いるんだからねっ!!」

 

 はいはい、いるよね。きっとどこかにいるよね。いるといいよね。半笑いでからかうように受け流す翔太を、今度はパティが拗ねた視線で見つめていた。

 ケラケラとお腹を抱えて笑う妖精に対しては、殺意すらこもった視線を向けて。ああ、憎しみで妖精が殺せるなら。今に見てろよ、おまえ。

 

 

 

 

 

「いるんだもん。見えるんだもん」

 

 困った。パティが拗ねた。

 でもなんか、さっきまでの嫌な空気がどこかへ飛んで行っちゃったから、正直ちょっとありがたい。

 パティは結構、怒りっぽい。なんだかいっつも怒っている気もする。別に嫌な怒り方じゃないし、そんなパティも可愛いけど。でもそれでもやっぱり、楽しそうなパティの方が僕は好きだ。

 

 僕もなんだか、嫌だった気持ちがどうでも良くなっちゃったよ。

 パティが怒った理由は結局わからなかったけど、どうやら僕のせいではないみたいだし。少なくとも、僕に怒鳴っちゃったことは反省してるみたいだし。だからもう、この話はおしまいでいいや。

 

「ところでさ。僕の英語、どうだった?」

「英語?」

 

 話題を変えるために、聞きたかったことを尋ねてみる。

 上手く発音できてたかな? あんまり通じてなかったみたいだし、やっぱりまだまだ下手くそなのかな。

 

「英語って?」

「英語とすら分からなかったのかあ、ちょっと悔しい。ほら、さっき言ってた『まいねーむいず』とか『はうあーゆー』とか」

「あれ、英語っていうんだ。どこの国の言葉なの?」

 

 ……あれ?

 

「えっと、パティが話してる言葉って、英語じゃないの?」

「違うよ? この言葉はね、王国語って呼ばれてるの」

 

 何か、本当はもっと別の名前の言葉だった気がするけど。王国を中心に使われているから通称、王国語。

 ……そっか。翔太に王国って言っても通じないんだ。っていうか、翔太は自分が今どこにいると思ってるんだろう?

 違う世界にいるっていうのはわかってる? それとも前の私みたいに、まるっきり気がついてなんかいない?

 英語っていうのを話す国なんだと思っているようだし、多分これは気がついてないわよね。

 

 一回、きちんと話し合わなきゃ駄目ね、これは。

 異世界とか上手く説明できる自信はないけど、ああいうアニメがあるくらい何だから、翔太だったらあっさり理解してくれそうな気もする。

 でも、いまとりあえず。それよりも先に、聞いておきたいことが出来た。

 

「……ねえ、翔太。私が普段使ってる言葉、話したいの?」

「うん、そうだよ」

「じゃ、じゃあ、教えてあげる。だけど、どうして? どうして、話せるようになりたいの?」

 

 本当は。聞かなくっても、わかってるけど。でも何故だろう、翔太の口から言ってほしい。

 私が一生懸命に日本語を勉強したのは、翔太と話せるようになりたかったから。

 だから、翔太が王国語を話せるようになりたいのだってもちろん、同じ理由だよね。

 友だちと、おしゃべりできるようになりたい。もっと、大事な友だちのことをよく知りたい。

 ……私と、私がいつも話している言葉で、会話してみたい。そういうことだよね。

 

 なんだか、うれしいな。

 私が翔太を大事に思っているように、翔太も私のことを大事に思ってくれている。

 大切な、大切な、ともだ……

 

「この間、お姉さんに道案内してもらったじゃん。あの綺麗な人。あの人と、話せるようになりたいなって」

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

 ……はっ?

 

 

 

「ね、ねえ、翔太。もっかい、言ってみて」

「だから、この間の美人のお姉さんとお話しできるようになりたいんだってば」

 

 

 

 はああああああああああああっ???

 

 

 

「……翔太。ラニと、お話ししたいの?」

「ラニっていうんだ、あの人。この間、パティと2人で話してるのに僕だけ仲間に入れなかったからさ」

 

 そう。

 あのお姉さんに、僕を除け者にするなっていってやる。パティとばかり話していないで僕も仲間に入れろって、そう言ってやるんだ。

 あの人が日本語を話せるならそれでもいいんだけど、そんなことはないと思う。話せるなら、あのときに話しかけてきただろうし。だから、僕が話せるようになる。

 でも、英語じゃないのか。王国って、どこの国なんだろう。

 

「ねえパティ、王国……って……」

 

 あれ?

 なんだろ、寒気が?

 

「ふうん。翔太、ラニとお話ししたいんだ。綺麗だもんね、ラニ」

 

 パティが、にこりと微笑みながら、言ってくる。優しい言葉で言ってくる。

 でも、あれ? 変だな? 笑ってるのに、言葉は優しいのに。どうしてか、全然そう感じられないぞ?

 何か怖い。まずい気がする。怒ってる? これ、怒ってるよね?

 こういうときは、女の子の言うことにとりあえず同意しておけって、父さんも言ってた。

 

「えっと、うん。ラニさん、綺麗だよね。お人形さんみたいなのに、笑うととっても可愛くて……」

「うん、そうね。そっかー。翔太は、私とお話ししたいんじゃなかったんだー」

 

 あれ、おかしいな。なんだかますます、まずい雰囲気になっているような?

 でも、パティは何を言ってるんだ? いや、だってさ。

 

「だって、パティとはもうお話しできてるよね?」

「うん、できてるね。できてるよねー」

 

 怖い。

 僕、知らなかった。笑顔って、怖いんだ。

 どうしよう。とりあえず、よくわかんないけど、謝っておこうか。でもなんか、それもあまり良くないような気がするぞ。

 ああもう、パティわかんないっ! 何を怒ってるんだよっ!

 

 混乱する翔太を前に、ゆっくりとパティの右手が上がっていく。

 そして、その手が顔の高さまで達したとき。パティの顔が、作られた笑顔が、吹き飛んだ。

 

 きっと眉根を寄せ、目尻はつり上がり、口元はきりっと引き締められて。

 そして右手を思いっきり振り上げると。

 

「大っ嫌いっ!!」

 

 平手を、翔太の頬へと向けて思いっきり叩きつけた。

 ぱしんと、威勢のいい音が響き渡る。

 手と頬に挟まれる形になった妖精が、ぴぎゃあと悲鳴を上げて吹き飛んでいった。

 

 何が起きたのか分かっていない、翔太の顔。

 あっけにとられていたその顔が、だんだんとゆっくり崩れていって。

 やがて生まれた泣き顔で、訳の分からないまま翔太が叫ぶ。

 

「パティの、馬鹿っ!!」

 

 そして身を翻すと、森の中へと駆け込んでいった。

 その後を追いかけるようにして妖精が、パティへと向けて思いっきり、大きな舌をべえっと出して。

 2人はそのまま、いつの間にか生まれていたトンネルの奥へと消えていった。

 

「……翔太が……馬鹿、なんじゃない……」

 

 一人残されたパティの呟きは、風に流されて消え去って。

 瞳からは、透明の雫がきらりとひとすじ流れ落た。

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