駅から歩いて20分、そこは王国辺境領。   作:河里静那

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20話 もう一度、最初から。

 翌日の翔太である。

 結局、昨夜は明け方近くまで眠れずに、布団の中でごろごろとする羽目になった。

 寝不足で物理的に重い足取りで向かった学校では、授業中にうつらうつらと船を漕ぎ。給食後の5時間目などは、先生の声を子守歌代わりに完全に机に突っ伏して、くーくーと寝息を立てている有様だ。まあ、すぐに先生に見つかって、丸めた教科書で頭をぽかりとやられて目を覚ましていたけれど。

 

 そんな翔太だったが、帰りの会が終わってからの行動は迅速で機敏なものだった。

 ランドセル運びジャンケンも、友だちの家でのゲーム大会の誘いにも乗らず、自宅へ向かって走り出す。赤信号で止まるのがもどかしく、大回りして歩道橋を渡って余計に時間をかけてしまう罠を乗り越え、ひた走る。

 

 そうして家へと辿り着いても、翔太の歩みは止まらない。

 玄関をくぐるや「ただいまいってきます」と叫びながら背負っていたランドセルを家の中へと放り投げる。こらっと叱る母の声には「ごめんなさい」と一言、言葉を返して。滞在時間3秒で、再び家から飛び出した。

 

 そんなに慌ててどこへ行くのかって? そんなの決まっているじゃないか。

 息を切らせながらようやく辿り着いたのは、基地を囲う生け垣の切れ目。ぽっかりと開いた、翔太が少し屈めば通れるくらいの緑のトンネル。

 そう、ここが目的地。より正確には、ここを通った先こそが。

 

 この場所も、とても変だ。どうして気にもしなかったんだろう。

 こんなに目立つトンネルが、何故か放置されてるってことを。自分がここを通ろうとするとき、何故か周りに誰もいないってことを。どうして不思議に思わなかったんだろう。

 その答えはきっと、この先にある。

 

 翔太はきりっと顔を引き締める。

 そして、震えそうになる足をぐっとこらえると。一歩一歩、足下を確かめるように、トンネルの中へと歩きだした。

 

「あーあ、ばれちゃったかー。……つまんねーの」

 

 翔太の肩の上にいる、彼には見えない何か。それが彼には聞こえない声で、そう呟いていた。

 

 

 

 

 

 今日の夕食のメニューは、相変わらずの豆のスープと固いパン。代わり映えしないメニューではあるけれど、それでも母さんが作るそれはパティの大好物。

 鍋から漂う食欲をそそる香りは、料理の完成が間近であることの証。食事を待つ家族の期待がだんだんと高まっていき、そして最高潮を迎えようとしている時間。

 それだというのに、パティの気持ちはずーんと暗く沈み込んだまま。

 

 今日は、一日中そうだった。元気の塊のようなパティだというのに、朝からどうにも大人しい。

 家族が察するところの理由は多分、あの子と喧嘩をしたこと。だけどそれは、母からの言葉で一応は気持ちの整理がついたはず。次に会ったときに、きちんと謝って仲直りをしようという話になったはず。

 だというのに、昨日はどうにか持ち直していたパティの元気は、朝にはまた最低値。それどころか底をさらに掘り下げている程の鬱陶しさだ。

 

 見かねた母が尋ねてみれば、「翔太が会いに来てくれなかったらどうしよう」と頭を抱えている。

 来てくれないなら、こっちから行けば良いじゃないか。何だったら、一緒について行ってやるよ。そう言ってはみたのだが、どうにも曖昧な返事しか返ってこない。どうやら、こちらからいきなり訪ねていくのは駄目らしい。上流階級ってのは色々と面倒くさいんだねえと母は思うが、そういう慣習を無視してしまえばしわ寄せはおそらくパティへと来てしまうのだろう。

 

 仕方ない。適当に元気づけながら、しばらくは様子を見て。それであの子が来ないようだったら、その時にどうするか考えよう。

 そう考える母だった。男衆はおそらく役に立たないだろうから、自分が頑張らないといけないな、と。

 けれど。

 

「パティっ!!」

 

 けれど、母の決意は必要のないものとなった。

 件のあの子が、すごい勢いで家の中へと飛び込んできたから。

 

「翔太っ! どうしたの、今日は来れない日のはずでしょっ!?」

 

 言葉の内容は訝しげなものだが、それと裏腹に口調は弾むようなパティ。抱えていた不安なんか、いっぺんに吹き飛んで。きらきらと瞳を輝かせて、ぱあっと顔には笑顔を浮かべて。

 そして飛び跳ねるような軽やかな足取りで一歩二歩、三歩目で踏み切って、翔太の胸へと飛び込んだ。

 まあ当然、翔太がその勢いのパティを支えきれるはずもなく。いつかと同じようにまた、2人そろって床に転がることになったのだが。

 

「ごめんなさいっ!! 翔太、あのねっ! わたしねっ!」

 

 身を起こし、転がったままの翔太にまたがるようにして詰め寄るパティ。

 会いに来てくれたことが嬉しくて。嬉しくて嬉しくてまぶしいほどの笑顔なのに、その瞳がだんだんと滲んできて。あっという間にぽろぽろと、大粒の涙が零れだした。

 わき起こる感情を上手く言葉にすることが出来ず、つっかえつっかえに。それでも一生懸命に謝罪の言葉を口にしようとして、でもやっぱり上手くいかなくて。

 そんなパティに、翔太がどこか照れくさそうに微笑みかけた。

 

「ごめんね、パティ。僕、パティときちんとお話しできるようになりたい。日本語だけじゃなくて、パティの国の言葉でも。だから、僕に王国語を教えてくれないかな」

 

 パティの目が大きく、まん丸に見開かれる。

 ああ、駄目だ。もう、限界。わき起こる気持ちを抑えるなんて、もう無理だ。

 

 パティは翔太の首にしがみつかんばかりに抱きつくと、堰が切れたように大きな声で泣き出した。

 翔太。ごめんなさい。大好き。友だち。沸き起こる感情のまま、そんなことを口にしようとするけれど。言葉にまとめることは出来なくて、泣き声だけがあふれ出て。

 それでも、気持ちだけは翔太にしっかりと伝わって。ぶつけられたまっすぐな感情に、翔太もつられるように泣き出してしまって。

 

 夕食の香り漂う家の中、抱き合いながら泣いている子供2人。それを見つめる大人たちの顔には、とても優しい表情が浮かんでいた。

 大人の中に1人だけ、ぶすっとした顔で翔太を見る者もいたけれど。横に座った家庭内最高権力者に頭を叩かれていたので、特に問題はないのだろう、多分。

 

 

 

 

 

 夕暮れに染まる空の下。並んで座った翔太とパティは、じっと目の前の景色を眺めていた。

 赤い光を受けて輝く、白い花々が美しい。そこは虫除けの花畑、2人が初めて出会った場所だ。

 

 どうにかこうにか泣き止んで、とりあえずは落ち着いた2人。夕食の支度は今日はいいから、ちょっとお話ししておいでと。そう言って母が送り出してくれた。

 どこで話そうかと悩むこともなく、足は自然とこの場所へと向かっていた。漂う香りが目に染みるのが大きな欠点だけど、景色はとても良い。それに何より、2人が友だちとなった思い出の場所なのだ、ここは。

 

 仲直りは、もう出来た。

 あれだけ泣いて、謝って。お互いに自分が悪いと思っていたのだから、もうそれで十分だ。

 

 でも話はこれで終わりじゃない。話さなくてはならないことは、まだある。

 けれど、どういう風に話せばいいのだろう。それに気がついているのが自分だけなのだとしたら、何を言っているんだと、馬鹿にされてしまうかもしれない。

 翔太もパティも、同じことを話そうとして、同じことで迷って。言葉を選んで結局、口にすることが出来ないでいた。

 でも、このままじゃいけない。これは大事なことなんだから、きちんと話し合わなくちゃいけないんだ。

 やがて、覚悟を決めた翔太がゆっくりと、口を開いた。

 

「ねえ、パティ」

「なあに?」

「ここってさ……異世界、だよね」

 

 目に映る景色。赤い花畑。その向こうの辺境の村。そして草原が果てしなく、地平線へと広がっている。

 うん、やっぱりだ。この景色は絶対、日本のものじゃない。僕が住み始めたあの街に、こんな場所があるなんてあり得ない。

 疑惑を確信に変えて、翔太が言う。

 

 パティはどう思うだろうか。

 おかしなことを言っているって、馬鹿にされるかな? それとも、信じてくれるかな?

 すごく頭の良いパティのことだから、もしかしたらもう気がついているんじゃないかとも思うんだけど。

 

「……翔太。何、馬鹿なこと言ってるの?」

 

 あっ。パティは気がついてなかったのか。

 それとも、ここがファンタジーの世界だって言うのなら、異世界っていう考え方自体がないのかも……。

 色々と考えを巡らす翔太。しかし、それは途中で止められた。強制的に。

 何故なら。

 

「ここじゃなくて、トンネルの向こうが異世界なのよ」

 

 何故なら、パティの口元がにいっと笑い顔になって。

 そして悪戯の成功した顔で、得意気にそう言ったから。

 

 ぽかんと口を開ける翔太。

 それを見たパティが、クスクスと笑い始めて。やられたと苦笑いの翔太も、だんだんとパティにあわせて笑いが大きくなってきた。

 笑いが笑いを呼んで、それがまた笑いを呼び寄せて。やがてお腹を抱えるほどの大笑いとなった2人が、地面に転がった。

 

「ねえ、翔太。異世界人だけどさ」

「異世界人だけど友だちだよね、パティ」

 

 パティの問いかけに、皆まで言うなと翔太が言葉をかぶせて言う。

 それがまたどうにも可笑しくて。2人はまた、声を合わせて笑いだした。

 

 

 

「でーーーもーーー。もーこれでおしまいなのだあーーー」

 

 その時だ。

 2人の笑い声をかき消すようにして。小さな子供のような甲高い、怒ったような声が聞こえてきた。……パティの耳だけに。

 

「……出たわね」

 

 パティの目が、翔太の肩から頭の上へと移動した、それの姿をとらえる。

 その背の高さは15㎝ほど。木の葉で出来た服を着て、背中からは蝶の羽が生えた小人。つまらなさそうな顔をした妖精が、パティのことをぶすっと見つめていた。

 

「せっかく、いつまで気がつかないかって、遊んでたのにさー。おまえがぶったりするから、こいつの目が覚めちゃったじゃないかー。つまんねーのー」

 

 不貞腐れた態度で、そうぼやく妖精。そこへパティが、きりっとした視線を向ける。

 人差し指をしゅっと伸ばして、びしりと妖精へと向けて指し示し。眉根を寄せて睨みつけるようにして、強い意思を込めて言い放った。

 

「妖精っ! あんたに一言、言いたいことがあったのよっ!!」

「おー、おもしれー。言ってみろよー」

 

 パティとは対照的にへらへらと、それでいて視線だけには敵意を込めて。妖精が、パティの挑戦を受けて立つ。

 そして。パティの口から、言葉が紡がれた。

 

「ありがとうっ!!」

「……へっ? あっ、どういたしまし……て?」

 

 ふわふわと浮かんでいた妖精が、あっけにとられて首を傾げる。その勢いで体ごと、頭が下向きになるまでくるりと回転。

 

「えーっと。あれかな、妖精ってやつ?」

 

 置いてけぼりなのは、妖精の姿が見えない、声も聞こえない翔太。

 けれど、この間のパティの言葉を思い出して、妖精だろうと当たりをつけて。この辺りかなって見当違いの方向へ手を伸ばし、ぶんぶんと虚空を掴もうとしていた。

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