インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

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第131話

「……織斑さん、いないの?」

 

 翌朝の平日。此処は学生寮の一夏と楯無の部屋。そこには楯無と簪の更識姉妹が話をしていた。その内容は一夏の事である。

 簪が来たのは一夏を朝食に行かないか? と誘う為であるが、部屋には楯無しかいなかった。簪から見れば厭な気分だろうが楯無は簪を見てぎこちない笑みを浮かべている。が、その表情は微かに暗い。

 楯無は一夏から色々と言われたからだ。それが原因でもあるが簪に対して、罪悪感があるからだ。それは自分にも原因があるが今は簪に一夏がいない事を教えている。

 一方で簪は楯無を見て微かに怒っていた。しかし、彼女が相手にするのは姉ではない、想い人でもある一夏だ。朝食に誘ったのも少しでも彼と一緒にいたいからである。それを楯無に言うつもりは無いが残念と感じていた。

 

「そ、そうなの……か、彼は今、ちょっと……ね?」

 

 楯無は目を泳がす。無理も無い、彼は昨日から戻っていないのだ。自分といるのが厭でもあるか、それとも何をしているのかは判らない。判るとすれば自分は彼を怒らし、嫌われたからだ。

 自分と顔を逢わせたくないかもしれない。楯無はそう思っていたが今は簪に訳を話すのが先である。

 

「……そう、判った」

 

 簪はそう言った後、自分の部屋に戻ろうとした。

 

「ま、待って!」

 

 刹那、楯無は簪を呼び止める。これには簪は驚かないが彼女は眉を顰めながら振り返る。

 

「……何?」

 

 簪は彼女に訊ねる。棘があるようにも思えるが楯無は肩を震わす。一瞬だけであるが彼女は訳を話す。

 

「ひ、一美ちゃんはどうなの?」

 

 楯無は簪に訊ねると彼女は微かに言った。

 

「元気だよ……部屋で静かに待ってる……本音が見ているよ」

 

 簪はそう応えた。が、一美とは楓一美の事である。彼女は今、本音が見ているが四歳の幼女とは思えない程、比較的大人しく、手を焼いていない。

 簪や本音から見れば驚くだろう。四歳の子供は基本的、元気な子というイメージがある。否、それらは全ての子供に当てはまる訳ではないが一美は大人しい方である。

 彼女は昨晩から簪と本音の部屋に居たのだがそこで寝てしまい、一晩を過ごしたのだ。無論、一夏が睡眠薬を含めたサンドイッチのせいであるが彼女達は知らない。

 簪の言葉に楯無は胸を撫で下ろした。

 

「そう……判った。それだけ訊けば安心ね……」

 

 楯無は一美の様子を訊いて安心していた。彼女はまだ幼い事だけは理解していた。

 

「……お姉ちゃんは何でそんなに平気なの?」

「えっ?」

 

 刹那、簪の言葉に楯無は驚き彼女を見る。彼女は怒っていた、それも別の意味でだ。

 

「お姉ちゃんは、何でそんなに平気なの?」

「な、何が?」

「惚けないで……織斑さんを心配していないの?」

「えっ……か、彼は……」

 

 楯無は一夏を思い出す。しかし、怒りが沸いてくる。同時に哀しみが込み上げてくる。彼のせいで自分は当主や生徒会長である事に疑問を持ち始めているからだ。

 

「し、知らないわ……彼は何所に行ったのかも……それに彼は身勝手だから気にもしないわ……」

「……お姉ちゃんは馬鹿なの?」

「えっ?」

 

 簪の言葉に楯無は驚く。しかし、簪は眉間に皺を寄せながら言葉を続ける。

 

「お姉ちゃんは……織斑さんの事を良く知らないからだよ」

「な、何を……?」

 

 簪は楯無に言った。それは織斑一夏、彼に関係する事であった。簪は彼の事を知らないが彼女は言葉を続ける。

 

「織斑さんは……私達の知らない所で何をしているのかは……私達にも判らない……でも、私達を守ろうと必死になっている……」

 

 簪は楯無に対して、一夏の事を話す。知らない事を理解しつつも彼の事を言った。彼は自分達の家で従者として迎え入れられた。護衛でもあるが護衛されている立場でもある。

 彼の仕事ぶりは寡黙かつ迅速に遂行する。従者の中では上位に入る実力者だ。同時に学園では自分達を守る盾ともなっている。しかし、独断で動く事もあるが守ってくれている事に変わりは無い。が……。

 

「そんな織斑さんを周りは疎んでる……でも、彼はそんな事を気にもしなかった……!」

 

 簪は項垂れる。刹那、彼女の頬に一筋の涙が伝う。哀しみでもあるが一夏を心配している彼女の悲痛でもあった。それでも彼女は言葉を続ける。

 

「彼は自らの立場を気にもしていない……堂々としている……それにあの人は傷付きながらも、右腕を失いながらも私達を守ってくれた……」

 

 簪はそう言った後、顔を上げる。顔を涙でくしゃくしゃにしていたが楯無は目を見開いた。妹が泣いている。それは理解しているが彼を思っての涙である事にも気づいた。

 

「それなのにお姉ちゃんは何でなの!? 何で織斑さんの事を信じてやれないの!?」

「っ!?」

 

 簪の言葉に楯無は更に驚く。それでも簪は言葉を続けた。

 

「お姉ちゃんは何で彼を心配しないの? 彼が何か悪い事をしたの?」

「そ、それは……!」

「言い訳しないで……! あの時、織斑さんはお姉ちゃんに責められても、彼は文句を言わなかった……! それどころか右腕を失いながらも、お姉ちゃんを守ったんだよ……!? お姉ちゃんは彼に謝罪の言葉を言ったの!?」

「そ、それは……」

「言ってないの!? だったらお姉ちゃんに彼を馬鹿にする資格は無い……! 責める理由も無いよ……! ……ウグッ、エグ……!」

 

 簪はそう言い切った後、嗚咽を上げた。彼女は赦せなかったのだ。姉が一夏を心配しない事が。想い人であることもそうだが姉が彼を信じない事に怒っているからだ。

 しかし、それ以上に怒っているのが彼が姉に何にも言わない事。可笑しいとしか思えないが簪は思ったのだ。彼は誰にも怒りを吐かないでいる。従者の立場である事や、生徒会長である姉を責めないのでは、と。

 もしそれが本当ならば、彼は馬鹿としか言いようが無い。が、彼には微かに優しさが残っているのではないのかとも思った。倉持技研の件で泣いていた自分を慰め、セシリアに罵倒されている自分を守ってくれた。

 更には殺されそうになっている自分をジェイソンを使って助けてくれたのだ。ジェイソン自身が独断で行動したのではないと簪は思ったが彼が命じたのではないのかと疑った。

 一度目なら兎も角、二度も助けたとなると彼が命じたとしか思えない。それに一美にサンドイッチを上げたのも彼なりの優しさではないのかとも思っていた。

 これらは疑惑としか思えないが簪はこう推測していた。彼には微かに情がある。そう感じたからだ。しかし、それらを踏み躙り、心配しない姉が赦せなかった。

 彼女は一夏の事を知らないからだ。何故……簪はそれを泣きながら訊ねた。

 

「お姉ちゃんは……ウグッ……何で彼を……エグッ、信じてやれ、ないの? ……」

「…………」

「黙っていちゃ判らないよ……ウグッ……彼は、私達の為に……エグッ、何度も守ってくれた……んだよ?」

「…………っ」

「それに……あの人は……誰からも嫌われている……エグッ……でも……それじゃあ……彼が可哀想だよ……!」

 

 簪はそう言った後、先を続ける意味で叫んだ。

 

「あの人はあの大男以外、誰も信じていない……! 私達を信じてくれない……でも私達だけでもあの人を信じてあげてよ!」

「……簪ちゃん……」

「あの人はずっと、孤立しているんじゃあ可哀想だよ! ……私達がいてやれなきゃ、傍にいてやれなきゃあ……私達が信じてやれなければ……私達が彼の味方をしなきゃ、彼は一人じゃないって教えなきゃダメだよ……!!」

 

 簪はそう言い放った後、再び嗚咽を上げる。目に溢れる涙を腕で何度も拭う。しかし、彼女は一夏を想っての事で泣いていた。彼は一人ではない、彼は誰も信じていないが自分達は彼を信じたい。

 否、信じなければどうする? それでは彼は一生、一人だ。それだけは厭であった。彼には自分達がいる、そう教えたかった。勝手な理由ではない、何度も助けてくれたが故の恩返しでもある。

 彼は簪はそう思っている事に気づいていない。それでも言い、だが出来る事なら傍に居て、彼を助けたい。笑顔を見たいとかじゃ無い、純粋にそう願っているからだ。

 

「お姉ちゃん……もう、彼を責めないで……怒るとかじゃなくて……優しく訊いてあげて……逆効果でも良いから、少しでも彼の事を心配しているのなら……待ってあげてよ……」

「…………」

「彼が無事に戻ってくるまで……ううん、彼は無事に帰ってきたら……優しく……お帰りなさい……って言ってあげて……!」

「……っ!」

 

 楯無は項垂れると唇を噛み締める。妹の言葉が楯無には重く感じたのだ。妹は彼を良く知ろうとしている。否、知ろうと頑張っている。それなのに自分は何も知らない。怒ってばかりであった……。

 否、それを忘れていた。楯無はそれに気づき泣いた。簪は泣き続けているが楯無も泣いている。姉妹は泣いているが泣く理由が違う。

 簪の涙は一夏を想い、楯無は一夏を良く知らなかった自分に対しての怒り、泣いている。姉妹はそれぞれの理由で泣くが室内は姉妹の嗚咽が木霊する。

 しかし、楯無自身は気づいていないが彼女は変わった。それも簪の訴えで……どうなるのかは彼女次第だろう……。

 

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