インフィニット・デスゲーム 作:ホラー
「貴様……さっき何をした?」
一夏は今、怒っていた。それは千冬にであった。彼女は楯無を退かす意味で部屋へと入ってきたのだ。謝りもしないでだ。
これには一夏は怒った。従者としてでもあった。一夏は当主でもあり、守るべき更識姉妹を怪我させるかもしれない千冬に怒っているのだ。
千冬は一夏を見てかすかに震えた。自分は、あることで一夏と楯無の部屋に来たのだ。そして彼を見て安心どころか更に立場を悪くしていることにも感じた。
千冬は一夏の視線にたじろぎながらも理由を述べる。
「わ、私はただ、お前が心配で、この部屋へときたのだ……!」
「……心配、だと?」
「ああ……! お前が、その……とにかく無事で良かった……」
千冬は一夏を見て安堵の表情を浮かべる。が、造り笑顔であった。心配どころか彼に嫌われていることを自覚しながらも造り笑顔をしてしまった。
千冬は一夏を見てそう思う中、一夏は不機嫌そうであった。彼女を見るだけでも嫌であった。同時に楯無に謝罪してほしいことを強く思っている。
そんな二人に楯無は眉をひそめ、簪と布仏姉妹は困惑し、通路の外には少女達が数人いた。
「……一夏……千冬さん」
そんな中、通路の外にいる少女の中には箒もいた。彼女は二人の姉弟のやり取りを見て固唾を呑んで見守っている。しかし、一夏には想いを寄せているが昨日の彼を見て、困惑していた。
いつもの一夏に戻ってほしい。そう願っていた。
「これは、なんの騒ぎなの?」
刹那、通路の方から声が聞こえた。通路の外にいた者達は声がした方を見やると、そこには一人の少女がいた。手提げ鞄を肩に掛けている鈴であった。
鈴は通路に人だかりができていることに疑問を抱き尋ねたのだ。すると、箒がその少女に教える。
「あ、じ、実は一夏が……」
「一夏!?」
箒が一夏と言った瞬間、鈴は叫ぶ。その声に通路内にいる少女達は肩を震わすが、部屋の中にいた千冬は声の主に気づく。そして一夏も声の主に気づくが何も言わなかった。更識姉妹と布仏姉妹は肩を震わすが、楯無は通路の方を見る。
刹那、鈴が横から出てくるように現れた。そして、鈴は瞠目した。目の前には楯無……否、部屋の奥には。ある人物がいたのであった。
それは一夏であった。近くには千冬がいるが彼女は一夏を見て微かに震えていた。どこかいつもの彼とは違うことに気づいていた。鈴は震えながら口を開いた。
「い、一夏……なの?」
鈴は一夏を見て、恐る恐る訊ねた。が、彼女は一夏を見て戦慄していた。目の前にいるのは自分が想いを寄せている一夏がいる。
しかし、自分の前にいる者は一夏であるが一夏ではない。誰なのか? そう思った。自分を見る目は他人事のようにも感じられ、親しみさえも感じない。
まるで逢った憶えがないようにも思える。鈴は言葉も出なかった。冷や汗は流れ、身体は言うことを聞かないように震えている。彼女は怯えていたのだ。
一夏であることを願いながらも、一夏と良く似た他人であることも願っていた。いや、無理に等しい。近くには自分が良く知る一夏の姉、千冬もいるのだ。
彼女は良く知っているが自分を見て目を見開いている。再会したことを祝える雰囲気でもなかったのだ。
「ふ、鳳なのか?」
千冬は目を見開きながら訊ねた。知り合いであることは一目瞭然であった。が、彼女からの返事はない。
鈴は一夏を見据え続けているが震えていたのだ。一方で一夏は鈴を見て何も言わずに腕を組む。二人の間には会話はない。周りは二人の間には別の意味での沈黙が流れている。
鈴は一夏の様子に困惑し、一夏は無表情で何も言わない。
「ね、ねぇ、一夏、わ、私を覚えているかしら?」
鈴は再び恐る恐る訊ねる。が、彼は何も言わなかった。彼は何も言わず目を逸らす。鈴から視線を合わせない意味でもあった。そんな一夏に鈴は青褪めるが慌てて訊ねる。
「わ、私よ一夏、鈴よ! 鳳鈴音よ!?」
鈴は手提げかばんを落としたのを気にもせずに一夏に駆け寄ると彼の両腕を掴む。が、一夏は何も言わずに目を逸らしたまま何も答えない。
鈴は一夏を見て更に青褪めるが何度も訊く。
「どうしたのよ一夏!? もしかして忘れたの!? 私よ!?」
「…………」
「なんか言いなさいよ!? もしかして記憶喪失にでもなったの!?」
鈴は激しい口調で訊ねる。が、彼は何も言わず歯軋りした。鈴は目を見開くが一夏は呟いた。
「違う……」
彼はそう呟いた。それを鈴は聞き逃さなかった。
「だったら、なんで私と目を合わせようとしないのよ!? それにどうしちゃったのよ!? いつものアンタなら親近感を持っている筈よ!? それなのになんでそんなに冷たいのよ!?」
鈴は一夏の変わりように驚きを隠せない。が、一夏は言葉を続ける。
「……知るか、思い出したくもない」
「っ!?」
刹那、鈴は目を大きく見開いた。青褪めているのは変わりないが一夏は自分の腕を掴んできた鈴の手を軽く振り払う。鈴は更に驚くが一夏は鈴を気にもせずに、ある人物に視線を向ける。
千冬であった。彼女は一夏の視線に気づくがいい感情ではないことに気づき、肩を震わす。が、一夏が怒っているのはさっきのことでもあるのだ。
楯無を気にもせずにぶつかったことでだ。従者としては許せなかった。壁にぶつかるかもしれないのに怪我でもしたらそれでこそ許せなかった。
千冬は自分の心配をしているのは解るが心配されたくもないのだ。楯無もことは別に心配もしていないが従者としても怒るのだ。
「い、一夏……いったいどうした、の?」
鈴は一夏の様子に戸惑う。再会したのにも関わらず、彼は自分とは目を合わせようとはしない。千冬ばかり見ていた。何が遭ったのかは判らない。
なのに彼は変わっていることだけは気づいた。何が遭ったのかを知りたい。できることなら彼の閉ざされた心を開かせたい。そして、あの約束を果たしたいと。
「ね、ねえ一夏? 何が遭ったの?」
「…………」
「黙っていちゃ、何も解らないわよ」
「…………」
「ねえ一夏……黙ってないでなんとか言いなさいよ!!」
鈴は悲痛の叫び声をあげる。彼女の哀しみでもあった。本音を吐き出す意味でもあった。鈴の叫び声に千冬は奥歯を噛み締めながら目を逸らす。
知り合いであるが故の彼女の悲痛には同情した。しかし、更識姉妹と布仏姉妹、チビらの外の通路から見ていた箒や周りには知り合いである事に気づきながらも声を掛けることはできない。
更識姉妹と布仏姉妹、千冬や箒を除き、一夏を怖がっているからだ。箒の件が原因でもあるが一夏には良い印象はないのだ。室内には重苦しくも、通路の方は困惑の空気が流れていた。
誰もが一夏と鈴のやり取りを見守る中、鈴は一夏に対して微かに怒っていた。同時に哀しみを堪えているが一夏に見せていない。が、目には微かに涙を浮かべていた。
彼の口から真実を知りたいのと、いつもの一夏に戻って欲しいことを願っていた。鈴は彼を見据えるが一夏は鈴から目を逸らしていた。
刹那、一夏は視線を鈴へと向ける。彼女の悲痛な想いが届いた……訳ではない。彼の、一夏の鈴へと向ける視線にはなんの感情もこもっていない。
鈴に対してでもあった。そして、彼は無慈悲な言葉を掛ける。
「……知るか、それに失せろ」
「っ!?」
刹那、鈴は一夏の言葉を聞いて瞠目した。彼の拒絶な言葉とも感じた。その言葉を聞いて鈴の頬に涙が伝う。ショックだった。我慢していたのに、彼の言葉で我慢できなくなった。
鈴は一夏を見ながら微かに震えると、つらそうに俯きながら踵を返し、部屋を出て行くように走り出す。千冬が何かを言い掛けるが鈴は訊く耳も持たなかった。
そんな鈴に扉の近くにいた楯無は驚くが、ある瞬間を見逃さなかった。それは、目元は見えなかったが鈴の頬には涙が伝っていたのだ。歯を食い縛っていたのだ。
楯無はそれを見てつらそうであるが彼女は通路を出ると、何処かへと走り去っていった。部屋に手提げ鞄を忘れる意味で落としまま……。
「……織斑!」
鈴が出て行った数秒後に千冬は一夏に怒る。鈴を良く知っているのと、鈴を泣かした一夏に、弟に怒っていたのだ。後で謝るように言い聞かせるつもりでもあった。
しかし、一夏は千冬をギロリと睨む。
「うっ!?」
千冬は一夏を見てたじろぐ。彼の視線には軽蔑が籠っていることにも気づいたのだ。教師が生徒に怯むのは聞いたことがあるかないかは判断できない。
千冬は前者にも等しかった。が、一夏は千冬を身ら見続けている。楯無にぶつかり、そのことを謝りもしない彼女に怒りを隠しきれていない。
一夏は千冬に対して未だ怒る中、周りの反応は違う。楯無は一夏の行動に怒り、簪と布仏姉妹と箒は一夏の行動に困惑し、通路の外にいる数人の少女達は一夏への恐怖と同時に、鈴を泣かしたことで怒りを沸かせていた。
しかし、誰も声を出さない。それもその筈、この沈黙とも言える重苦しい空気を和やかにできる者はいないからだ。できたとしても現状は変わりないからであった……。
そして同時刻、一人のプレイヤーが日本を標的にしていた。一夏がプレイヤーではないかと睨んでいたからであった……。
そしてそのプレイヤーが引き連れているのはレザーフェイスであった……。