インフィニット・デスゲーム   作:ホラー

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第89話

「……俺は学生寮に戻る」

 

 数分後、一夏は鞄を持ちながら生徒会室の扉を開ける前にそう言った。一方、楯無は生徒会室の細長い机の上に座りながら項垂れていた。彼等は数分前まで身体を預け合っていた。

 いや、楯無が抱き着いてきたからだろう。しかし、今は離れているのと、一夏が寮へと戻ろうとして生徒会室を出ようとしているからであった。

 今は一夏が寮へと戻るのを、一夏自身がそれを楯無に言ったのだ。一応、先輩であり当主であることだろうが同じ部屋で済む者同士であり、彼はそう言っているだけであった。

 彼は扉を見ているが後ろにいる楯無を見ていない。失礼であるが彼の性格上、振り返ることはしないのだろう。同時に楯無を心配する素振りもない。

 そんな一夏に楯無は項垂れたまま、口を開いた。

 

「……戻るの?」

 

 楯無は彼に訊ねた。とても寂しそうかつ哀しそうで、弱々しい口調であった。

 

「……ああ」

 

 一夏はそう言った。

 

「そう……」

「……あんたは?」

「……私は大丈夫、自分の身は自分で守れるから」

「……そうか」

「でも……っ」

 

 楯無はそれ以上は言えなかった。が、言わなければならなかった。楯無はそう思うと、再び訊ねる。

 

「……貴方は一人で戦うの? ……それに、あの大男以外、心を開くつもりはないの?」

 

 楯無はそのことを訊ねた。理由は彼があの大男、ジェイソンのことであるが彼以外、誰にも頼らないのかと言ったのだ。楯無から見れば誰かを頼ってほしいという願いがあった。

 楯無は自分を頼ってほしいという一番の願いがあるが彼はそれさえも拒んだのだ。楯無はそのことを一夏に言うと、彼は深く頷く。

 

「……ああ」

 

 刹那、楯無は目を見開いた。が、直ぐに下唇を噛みながら強く目を閉じるが逸らしているようにも思えた。が、それが彼の本音とも思えたのだ。

 やはり彼の言葉は変わらない、自分の説得はムダであることに悔しい思いをする。彼女は身体を震わすが一夏は彼女を見ていない。気にかけることもない。

 しかし、一夏は無言のまま、扉を開けた後、廊下の方へと足を踏み入れると、吸い込まれるように生徒会室を出る。

 

「あっ……」

 

 楯無は扉の音に反応して声を上げながら扉の方を見る。が、同時に彼は後ろ手で扉を閉めてしまった。生徒会長室には楯無しかいないが彼女は一夏を見て目を逸らすと、再びきつく目を閉じる。

 さっきのことがそうでもあるが、一夏の心を開かせることはできないことに悔しい思いをし続けていた。どうすれば、彼は心を開かせるのか、どうやれば笑うのかを考えてしまう。

 無駄と解りながらも、なぜか考えてしまうのだ。なぜかは判らない、が、どうしてもそう考えてしまうのだ。

 

「織斑君……貴方は、どうすれば……笑うの? ……それに、どうしたら、私達を頼るの?」

 

 楯無はそう言うが、言葉には覇気を感じられない。楯無は従者である一夏を心配していた。その言葉が彼女なりの本音でもあった。彼は誰にも頼らないのは愚か、笑わないのだ。

 険しい表情だけでなく、人を殺している。正当防衛かどうかは判らないが殺人であることに変わりはない。あれはなんだったのか? それに彼はジェイソンと共に倒したのだがあれはなんのためであったのか?

 人を守るため……いや、それは有り得ない。彼は人を守る素振りを見せないのだ。自分と簪は守る対象であるが虚や本音等の一部の者達以外、つまり他の者達にはえらく冷たいのだ。

 セシリアを気遣う素振りもなく、千冬や箒、鈴を軽くあしらっている。他は全て敵だと認識しているようにも思えるのだ。

 

「織斑君……それじゃあ、貴方は……っ、どうすれば……」

 

 楯無は頭を抱えた。一夏を心配しているのもそうであるが従者の彼をも心配しているのだ。彼ならば、この学園を守る第二の盾にもなる。戦力としては申し分ないが彼は一匹狼的な行動をすることが多い。

 楯無が何度指摘しても彼は話そうともしない。それだけならまだしも……これ以上は考えられなかった。楯無は頭を抱えているが彼女を心配する者は居ない。

 ここは生徒会室でもあるが余程の用がない限り、生徒は来ず、虚と本音もいないのだ。この生徒会室にいるのは楯無だけであるが一夏を心配していることに変わりわなかった。

 楯無は一夏を思い、頭を抱える中、時間だけが過ぎていった……。

 

 

 

「………」

 

 その頃、楯無が自分を心配しているのを知らない一夏は上履きを履き替え、校舎を出ていた。彼は学生寮の方へと戻るために歩いていた。帰路に就く,と言い替えればいいだろう。

 周りには女子生徒は居ない。いや、いるとすれば、校庭で部活動をしている先輩方か新入生、つまり同じ一年の生徒達がいる。部活動に励んでいる。

 今の時間帯は夕方とはいえ、気合いの入った声だけが飛び交い、聞こえてくる。一夏から見れば関係なかった。

 

「一夏ーーーーっ!」

 

 刹那、一夏は後ろから声がして、振り返る。後ろ、いや、振り返った先には校舎があるが、その前には自分を見て手を振っている少女がいた。

 鈴であった。彼女は一夏を見て声を上げたのだ。が、心無しか元気がない、そして彼女は一夏を見るや否や、駆け足で一夏の方へと駆け寄る。

 

「うっ……!」

 

 が、直ぐ近くまで来たのはいいが鈴は顔を引き攣らす。一夏が眉をひそめながら自分を見ている。冷ややかな目つきをしているのだ。これには鈴も驚かない訳にはいかなかった。

 彼は変わったことには気づいていた。再会した日から判っていたがもう一回、訊ねる。

 

「い、一夏……お、覚えている? 私のこと?」

 

 鈴はぎこちない笑みを浮かべながら一夏に訊ねる。が、一夏は何も言わなかった。

 

「い、一夏……い、今、一人なの?」

「…………」

「だ、だったら一緒に帰らない? 直ぐ、そこだけど……!」

 

 鈴はぎこちない笑みを浮かべながら一方的に懇願した。一夏から見ればであるが鈴はそうしたかったのだ。自分は一夏に接触するために政府に両親や自分の保身を手玉にされている。

 鈴から見れば悔しいが鈴は普通に接しょうとしていた。が、身体が言うことを聞かない。それもその筈、一夏に対して怯えているからであった。

 あの試合で彼を恐れているからであった。あれが、自分が良く知っている織斑一夏であるが一夏ではなかった。彼は正々堂々と戦い、弱き者を助ける人である。

 自分が中国人という理由で苛められていたのを助けたのは彼であり、彼は『人種』なんて関係ないと言って接してくれたのだ。鈴は嬉しかったが今は違う。

 今はスパイの身であると同時に彼に接触しろという重い任務を命じられたのだ。鈴から見れば裏切り行為にも等しいがそう得ざるしかなかった。

 今は一夏に一緒に帰らないのかと誘うが一夏は無言であった。

 

「っ……!」

 

 鈴はそれだけでも肩を震わす。怖い、まるで自分を他人のように見ている彼を怖がっていた。彼に何が遭ったのかを聞きたいのだがその口実が見つからない。

 思い出は無理として……刹那、鈴は何かを思い出したのか、それを一夏に言った。

 

「そ、それよりも一夏、貴方、クラス代表になったんですってね!?」

「……それが?」

「だ、だったら話が早いわ! 私もクラス代表になったの!」

「…………」

「お、驚きなさいよ!? そ、それにクラス代表になったからには、私達はライバル同士よ!!」

 

 鈴はそう言いながら一夏を指差す。実は鈴もクラス代表になったのだ。理由は鈴の前にもクラス代表はいたのだが、一夏の戦い方を見て怖くなり、鈴に譲ったのだ。

 譲った理由としては鈴は一夏と戦うためであり、役人からの命でもあった。日本政府は愚か、イギリス政府の造ったIS、ジャック・ザ・リッパーの力を試す意味でもあった。

 政府はそれも鈴に両親や自身の身の安全を害したくなければ、従えとも言ってきたのだ。鈴はつらかったが一夏と戦える絶好のチャンスでもあった。

 彼から何が遭ったのかを訊くチャンスができた。それもクラス代表でしかできない行事があるからであった。それならば、彼と戦えるチャンスが巡ってくるからだ。

 鈴はクラス代表でしかできないことを、一夏に言った。

 

「一夏、実はもうすぐ、全学年のクラス代表同士が戦うクラス代表対抗戦があるの……」

「……それがなんだ?」

「と、とにかく私と貴方は敵同士! それに私達、賭け、ない?」

「……何でだ?」

 

 一夏は眉をひそめる。時間のムダ使いをしたくないからであった。自分は殺し合いのゲームをするのが先であり、構っている暇はない。学園生活は窮屈であるが相手から来ない限り、迂闊に動けないからだ。

 一夏はそれだけでも時間のムダになっているが、鈴との会話もムダな時間を使っているとしか思えなかった。そして、鈴はあることを一夏に言った。

 

「私が勝ったら、貴方に何が遭ったのか、空白の三年間を何していたのか、それに更識の人達とはどういう関係なのかを洗いざらい話してもらうわよ!!」

 

 鈴は一夏にそう言い放った。が、一夏は眉をひそめていた。鈴の賭けのことは命令とも思えたがそれを言うつもりはない。が、鈴と戦うことになるのは想定外であるが、鈴はかたくなに拒むだろう。

 しかし、二人が戦うことに変わりはない。そして、二人の間には緊迫した空気が流れはじめていた……。同時に一夏の逆鱗に触れたことを、鈴は知らなかった……。


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