好きな言葉はパルプンテ 作:熱帯地域予報者
汚れたマントを羽織って荷物も肩掛け袋に収めた男が電車に乗る。人気のない駅からの乗車だったからか車両の中は静かだった。
普通なら忌避される風貌も気にする必要もなく、堂々と席に座ることができた。
誰もいない向かい合わせの席を陣取り、腰を下ろすと長い時間歩いてきた疲れを癒すようにため息を吐く。
電車に乗る前に買った水を一口、そして顔までもを覆っていたマントを外す。
体から重みが抜けると疲れがどっと押し寄せてくる。
男はその眠気に意識を傾け、瞼を閉じた。
男は帰るべき終着駅まで寝息を立てるように、全身から力を抜いた。
マグノリア
久しぶりに帰ってきても特に目立った変化はない。一部倒壊している建物はあるが、それも日常茶飯事だ。世間の非常識もマグノリアでは常識の範疇に収まる。
列車での旅路を経て帰ってきた私はマグノリアの空気を堪能しながら我が家を目指す。一週間を依頼と旅行に費やしただけではあるが、懐かしさを感じる時点で既に私は染まっているのだろう。
そう思いながらも街中を歩いていると、何やら人だかりができている。何か催し物かと思っていると見知った顔がちらほらと窺える。
それと同時に何やら爆音やら金属がぶつかり合う音を始めとした戦闘音が聞こえる。チラチラと見える炎と鋭い剣の音からナツとエルザなのだろう。最初はトラブルかと思ったけどすぐにその可能性を否定した。昔からナツはエルザに頭が上がらず、ナツがトラブルを起こしてエルザがねじ伏せてもナツはそれに対して強く反抗はしない。いつもは猪突猛進でも心の底ではちゃんと善悪の区別がついているのだろう、いつもやられるのも無意識からなる彼なりの反省の意でもあると私は思う。対するエルザも折檻と戦闘の区別は付いている。
だけど、今の戦闘音ではお互いへの遠慮がそれほど感じられない。
鋭い風切り音や炎の火力からしても伊達や酔狂で喧嘩しているわけではない。かと言ってお互いにドス黒い感情も感じられないことから仲違いからの喧嘩ではない。
そうなると、両人の了承を得た決闘なのだろう。ギャラリーの歓声とカナの賭博からその事実を裏付けている。
このまま彼らに挨拶してもいいのだが、私は色んな意味で目立ってしまうために決闘の邪魔をしてしまうかもしれない。ナツはいつものように私へ飛びかかってくるかもしれない。毎度のことながら叩きのめしているのに諦めない執念は私としても好感が持てる。
ここは少しタイミングを見た方がいいのだろう。
そう思いながら適当な店で時間を潰そうと踵を返した時、子供同士が喧嘩している騒ぎを聞いた。
「また魔導士が暴れてんだってよ!」
「ほんと野蛮な奴らだよな!」
「あんな大人にはなりたくねえよな!」
「そんなんじゃねえよ! 魔導士はすげえんだぞ!」
普通なら子供同士の喧嘩だと微笑ましささえ覚えるところだが、3対1の喧嘩で魔導士擁護派の少年には見覚えがあった。
彼はフェアリーテイルのマカオの息子であるロメオだ。魔導士の侮辱を自分の父親であるマカオに対する侮辱と感じているのだろう。
ロメオ自身には魔導士への強い想いがあるのだろう、3人を相手に全く引かない。彼は将来、いい魔導士になるだろうといずれ来る未来に思い耽ると、そこへロメオが私を見つけた。
「先生だ! 久しぶり!」
元気よく挨拶するロメオの頭を一撫でして今、帰ってきたことを伝える。そう言うと彼は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「また冒険の話を聞かせてくれよ!! 今度もすげえお宝見つけたんだろ!?」
いつものように彼は私の話を楽しみにしている。一度だけ暇つぶしに旅先で起こったことと過去話をボカして物語風にアレンジした話をナツたちにしたことがある。すると、それが予想以上に大ウケしたために偶にこうして私の話を催促して来ることがある。
だが、私とていつも話題の種があるわけではない。今回は評議会からの依頼で凶悪魔獣の討伐に行っただけなのだが、空き瓶を片手にノー装備の全裸状態で挑んだのだが、たったの一撃だけで片付いてしまったのだ。面白みが全くないほどに。
後で評議会に難易度規定の見直しを申立てよう、今回のは10年クエストと聞いていたのに肩透かしもいいところだった。
今度から100年クエストだけ受け付けるように本気で考えてみようか。一度だけ進言したらお偉いさんが泣いた。私とて老人を泣かせて悦に浸るような異常性癖など持ち合わせていないため、その時は冗談ということにしておいた。
そう思っていると、魔導士否定派の子供達が笑い声をあげる。
「そいつも魔導士なのかよ! てことは酒臭いんだぜ!」
「きったねー!」
「こんなのより騎士にでもなったほうがいいよなー!!」
「なんだと!?」
なるほど、彼らは騎士に憧れているようだ。その原因となっているのはフェアリーテイルの魔導士なのだろう。
彼らのほとんどは魔導士としてはいいものを持っているが、悲しいかなモラルはほとんどない。
魔法による町の破壊は当たり前、昼間から酒盛りとくれば大人でも第一印象は『ダメ人間』ということになっても無理はない。
ただ、彼らは魔導士と騎士の表面しか見えておらず、もっと目を向けるべきことが見えていない。悲しいことだ。
たしかに、騎士は子供の憧れであり、輝かしい職業と思われているが、その実で倍率が高い上に激務の連続だ。
もちろん、誉ある職業だけあって給料もあり、不正さえしなければ滅多に解雇されることはない、安定して家族を養える職業だ。
だが、それ以上に騎士は魔導士と比べて死亡率が高い。この世界の8割が魔力を持たず、魔法を使うことができないということもあって魔法のような奇襲もできないことはもちろん、魔法に対する耐性も低い。
見えないところから砲撃魔法食らったり、知らぬ間に呪いにかけられることもある。故に、闇ギルドとの抗争では魔導士より騎士への被害が大きいのだ。そして、騎士は魔導士と違って替えが補充できるので一つでも後遺症ができればすぐに追い出される。リストラはないけれど切られる時はアッサリと切り捨てられるのが騎士の悲しいところだ。
その点、魔導士は貴重であるため、重宝のされ方は騎士とは比べ物にならない。
私はその場で紙芝居を作り、子供達に向き合う。
とりあえず、最初は騎士の仕事内容から始め、後に雇用率と死亡リスク、優遇措置等を魔導士のそれと比べながら教えるとしよう。
名も知らぬ子供達が大人になったのを見届けた私は晴れやかな気分でフェアリーテイルへと向かう。子が一つ学ぶというのは喜ばしいことだ。
「なんか妙に上機嫌じゃないか?」
「さっき子供たちに騎士と魔導士のことについて教えたんだと。死亡リスクだとか雇用率だとかディープな話も含めて」
「かわいそうに、騎士に憧れていた子供達の反論も全て正論で完全論破してたな。なんか、子供の遊び場に乱入して笑顔で砂のお城やブランコを破壊する光景を思い浮かべちゃったよ……」
「最後には子供たちの目から光消えてたな……まるでこの世の闇を纏ったように」
周りの喧騒を耳にしながら歩いていると、そう時間をかけることなくギルドにたどり着いた。
辿り着いたのだが、様子がおかしいことに気づいた。いつもなら活気にあふれているギルドがいつにも増して静かである。人の気配はあるから無人というわけではない。
そのことが気になりながらも任務完了の報告のためにギルドの扉を開けた。
瞬間、全員の目が集まり、その後に驚愕の声が響いた。
「か、帰ってきたのか!?」
「マジかよ!? とんでもねえクエストに行ったって聞いたけど早すぎじゃねえのか!?」
「相変わらずとんでもねえ!!」
もはや通過儀礼となっている馬鹿騒ぎに湧くギルドの中を通ってマスター・マカロフの前に来る。
「今回の仕事もご苦労じゃったな。して、どうじゃった?」
とりあえず依頼は完了したことを伝えると、マカロフは安堵しながらも当然と言わんばかりに頷いた。
ただ、今回の依頼についての難易度に関しては評議員の怠慢と言わざる得ない。
ここで愚痴を言っても仕方のないことだが。
既に用事も終わったため、何があったのか聞こうと思った時、見知らぬ少女と目が合った。
右手の甲にギルドマークがあるのだから新人だろう。挨拶をすると少女も律儀に頭を下げた。綺麗な姿勢だ。
「あの、はじめまして! 私、ここに最近入ったルーシィと言います!」
あまりかしこまらないように言ってから腰に下げた鍵を見つけた。しかも金の。
かなりレアな星霊魔導士なのだろう。ソラノであれば鍛えてくれそうだ。
そう思っていると、ルーシィが私を見つめているためどうしたのかお聞いてみると手をワタワタ振った。
「いえ、あの、皆が強いっていうからどんな人なのかなぁって!」
全員を見渡すとあからさまに目をそらす。私のことでどんな噂が流れているのか気になるところだ。そう思っているとカウンターの奥から見知った銀髪の女性が出てきた。
「あら、おかえりなさい。あなた」
ミラが私に帰宅時の挨拶をしてくれたことに嬉しく思うが、同時に悲しく思う。昔は『先生』と言ってくれたのに、最近では二人称で呼ぶようになってしまった。もう子供ではないからということなのだろう。
同時に彼女が独り立ちしたことと思うと、今までのことを思い出してしまう。
「あの、なんかミラさんを優しい目で見てるんですが」
「気にしないで、よくあるから……もう子供じゃないのに、『あなた』の意味にも気づかないなんて……」
「えと、ミラさん?」
「ミラちゃん、やっぱあいつのことが……」
「やっぱり強くないとダメなのか……」
「どぅえきてぇるぅ〜?」
何やら周りが騒がしくなった。このままだと色々とうやむやになるため聞きたいことを早めに聞く。
なぜ、ギルドがこんなに静まり返っているのか。聞いてみると代表のようにマカロフが答えてくれた。
「あ〜、実はのう……」
そこから話した内容に私は合点がいった。
最初は私の予想通りナツとエルザが決闘していた。だが、そこで評議員が割り込んでエルザを連行したとのことだ。罪状はギルドマスター暗殺の阻止のために行った破壊と盗難らしい。
仲間の抵抗も虚しく、エルザは連れていかれた、と。
なるほど、これは茶番だ。恐らくだが、評議員の面子のために形だけの裁判と拘置で自分たちが上だということを示したいのだろう。
私の時もあったからすぐにわかった。
あの時は私の経営する孤児院に急にカエルの軍勢が来て評議員の名の下に拘束するなどと声高々に言ったのだ。すると、子供たちは私が拘束されると思って泣き出した。エリックたちもいなかったということもあったが、私は子供たちを泣かせたことへの怒りを爆発させて評議員部隊を文字通り殲滅した。殺しはしなかったが、パルプンテまで使って責め苛めたら尻尾巻いて逃げていった。魔法の内容はゴキブリ、ムカデ、ネズミ、ハチ、ナメクジといった人々に嫌われている動物たち総勢一万匹による総攻撃を行なった。ただ群がって齧ったり刺したりしただけだったが。
その翌日、再び襲撃があった時には本気で殲滅してやろうと思って殲滅用装備を着込んで出向いたら出会って1秒後に謝罪、2秒後に土下座ををされて驚いた。そして、事情を聞いてみると何ともバカらしいものだった。それならそうと言えば良かったのだ。そう思いながらエリックたちに連絡を取って孤児院を任せて私は裁判に出向いたのだ。その間、初日に会ったでかい口のカエルもなぜか震えていたのは些細なことだった。
そうだとすれば、エルザも即日で帰って来るだろう。
だが、評議員の真意がわからない皆は沈んでいる。このままでもいいが、一応安心させるために伝える。
もし、何かあれば私の方で何とかする、と。
そう言うと皆はどこか安堵した。
私の立ち位置を把握しているから安心したのだろう。それを見届けた私は席から立って出口へ向かう。
「色々と気を回してもらって感謝するぞい」
「それじゃあまた後でね。ご飯は私が作るから」
背中越しでマカロフとミラに手を挙げて返事する。
「ちくしょう、ミラちゃんからの料理だなんて……」
「なんかもう通い妻じゃないか。あれで気づかないって……」
後から聞こえてくる声に返事するのも今は億劫なため、、改まった挨拶は後日に回そうと帰路につく。
我が家となっている孤児院『休憩所』の子供達用に土産を見繕うのも忘れない。エリックたちが別件で出払っている今、代わりに子供の世話をしながらフェアリーテイルの給仕係として働いてくれているミラへの土産を何にするか考えながら夜の帳に包まれつつある夜道を歩いて帰っていった。
変更点
ミラの正式な所属はフェアリーテイルではない。
オラシオンセイスは全員、孤児院で子供の保護と世話をしている。
ミラのチンピラ風味が完全には消えていない。