好きな言葉はパルプンテ 作:熱帯地域予報者
×月△日
ラクサスがガジルをボコボコにしてからというもの、特に事件も起こらずにいる。
ガジル本人は今回のことは触れないようにしてほしいと態度で示しているので特になにもしていない。
シャドウ・ギアも反省しているようで、謝罪も既に受けたため不問にしている。フェアリーテイルにも報告は必要ないとガジルが言ったためにそうしている。
ラクサス本人も現状に色々感じているようで、最近ではマグノリアを出ていることが多い。
それに、私と顔を合わせると怒りとも軽蔑とも違う微妙な表情を浮かべることが多くなった。
ギルドに対する愛着は誰よりも強いと言っていいだろう。
最近の風評で思うところがあるのだ、感情が何かの拍子で爆発しないように注意すべきだろう。
彼に戦い方を教えた身として、少し手を出すくらい問題ないだろう。
ラクサスのことはひとまず置いとくとして、今回は朗報があった。
ケットシー・シェルターというギルドに所属しているウェンディという少女から私に手紙が来た。
副業で行っているドラゴンの研究者として話を聞きたいとのことだ。
元々はアクノロギアの弱点を探すためにドラゴンについて色々と調べていただけだったのだが、調査している内にドラゴンの多彩な文化形態に興味を持ち、研究するまでになった。
そういう経緯で研究を始めたことだが、それで得た知識が色々とドラゴンスレイヤーの修行に役立っている。
話を戻すが、ウェンディはナツとガジルと同じようにドラゴンに育てられたという。
曰く、名前はグランディーネ、天空魔法を司る天竜という。
曰く、彼女から魔法を教わり、天空のドラゴンスレイヤーだとか
曰く、ドラゴンについて詳しい自分なら手がかりを知っているんじゃないかという。
文面だけだが、かなり期待しすぎていることが分かる。
ドラゴンの研究はハッキリ言って趣味の範囲でしかない上に、研究自体も色んな方面に手を出していることもあって広く、浅くでしかない。
会って話したいということなので最寄りの町で待ち合わせることとなった。
最初は断ろうと思ったが、彼女からの依頼料として天空魔法の魔力を拝借するのを考えた。
失われた魔法でしか存在しない治癒魔法を研究すれば即効性のある治療薬も作れるかもしれない。
付加魔法にも興味が尽きないため、彼女の依頼を受けることとなった。
未だ、全うな魔法を使えない私にとって魔法は夢そのものだ。
他人から魔力を拝借して培養し、独自のアイテムに加えて錬金術にも手を出したが、目標ははるか先にある。
いつか自分の魔力変換の問題を解決し、自分の魔力で魔法を使うのだ。
それまで私は探求を止めるつもりはない。
そう思った一日だった。
◆
ウェンディ・マーベルという少女は今まで出会ったドラゴンスレイヤーとは印象が異なるタイプだった。
今まで出会ったのがナツとかラクサスとか好戦的なのが多かったからか、スケバンみたいな子をイメージしてた。
待ち合わせた喫茶店の中でお茶をする姿は妖精と言っても不思議でないくらいに可憐だった。しかも、隣で目が吊り上ったネコ……エクシードもいる。
そう思いながら少女に声をかけるとこっちに気づいて慌てた様子で椅子から立ち上がった。
「は、初めまして! ウェンディ・マーベルで、こっちがシャルルです! 本日は貴重なお時間を割いていただき……」
ナツたちにも見習わせたいほどに出来た子である。礼儀正しく、恐縮している姿に思わず笑みがこぼれる。
前置きも長くなりそうだから手で制して座らせる。
とりあえず落ち着かせるためにココアか、キャラメルマキアートでも頼もうか聞くとウェンディが遠慮して手を振る。
「そんな、私が呼び出しておいてごちそうになるなんて……!」
「あら、殊勝な心遣いじゃない。私はカフェラテで」
「シャルル!」
シャルルは遠慮なしに言うが、話を進める分にはこれくらいのふてぶてしさはありがたい。
ウェンディは半ば強引にいかなければ折れそうにないからこちらで甘いメニューを頼む。彼女が何か言おうとしているが、そこはスルーさせてもらおう。
今日、私にとって有意義な時間になりそうなのだから前置きは早く終わらせるに限る。
まず、ウェンディの方から用件を済ませよう。
「あ、はい。それではこちらから」
気を取り直して席に座り、口を開く。
「天空のドラゴン、グランディーネを探してます」
その言葉を皮切りに詳しい話を掘り下げながら彼女の希望をまとめた。
要するにこういうことだ。
ウェンディはナツと同じようにドラゴンに育てられ、滅竜魔法を教わったドラゴンスレイヤー
育ての親はグランディーネ、白い羽に似たような鱗の綺麗なドラゴンだという。
性別はメスで性格は温和、人間が好きである。
そこから詳しく好きな食べ物、癖など特徴的なことを聞いていった。
詳しい話をあらかた聞いたところで考察しているとウェンディがくい気味に尋ねた。
「なんだか、探偵みたいですね。性格とかまで聞かれるとは思ってませんでしたから」
「あんたがドラゴンの研究をしてるって聞いたから住んでる場所とか知ってるんじゃないかって思ったんだけど、面倒なことするのね」
確かに普通の生き物なら既存の知識でなんとかなるが、ドラゴンはそうもいかない。
ドラゴンというのは知能が高く、生物界でも最強の種族であるから群れる習性が備わっていない。
また、ドラゴンによって住む場所も異なる。
例えば炎竜は熱に高い耐性を持っていることから火山帯、砂漠などの熱帯地域に生息していたと予想される。
鉄竜は鉱山地帯、毒竜は硫黄など有毒ガスが溢れだす地域で生息したとされている。
「つまり、ただ闇雲に探してもだめってことですか?」
「ドラゴンも一筋縄じゃないってことね」
天竜とか炎竜のように環境に適応して独自の属性を持っているドラゴンの方が比較的分析もたやすいと個人的に思う。
属性を持たず、不特定な場所に巣を作ったり群れたりすることもある。
過去の記録ではドラゴンの群れに庇護を求める代わりに人間が集まり、文明を築いた形跡さえある。
ドラゴンという種は基本的に生息地をきまぐれに変える可能性もあるから、特定の場所を断定はハッキリ言って難しい。
「そ、そんな……」
悲壮感を漂わせて落ち込む少女の姿に罪悪感が湧くが、これ以上の情報提供は無理だった。
「いいじゃない。かなり眉唾物だったけど実際聞いてみると筋が通ってると思うわよ」
シャルルは今回の結果に以外にも反応はよさそうだった。
「今までにもいたのよ。ドラゴンに詳しいとかいうペテン師」
それを聞いて納得した。
ドラゴンは圧倒的強さを誇る最強の生物、その強さは太古の時代から人々を畏怖させ、惹きつける。
それを考えるとドラゴンの捜索はより一層困難となる。
何も、ドラゴンという名はそのままの意味でつかわれるとは限らない。
過去に世界を滅ぼしうる圧倒的な強さを誇る化物、もしくは自然災害に対してもドラゴンの名を付けたという。
ドラゴンはそのまま強い者、人では抗えぬほどの脅威として使っていた時代もあった。
文明を壊滅させた災害に『竜の怒り』などといった感じで。
「うわ、紛らわしいわね」
「うぅ、大変なんですね……」
機会があればドラゴン研究の資料を見せてあげよう。私はあくまで第三者、そのドラゴンのことをよく知っている君でしか答えに近づけないだろう。
「いいんですか? 凄く助かるのですが……」
もちろん、ただではない。私の手伝いで天空魔法の魔力が少し欲しいという下心がある。
彼女の天空魔法は私の研究にとても有用であるが故に、何としてでも恩を売って協力してほしいのだ。
「あんた、ウェンディを利用する気!?」
「シャルル!」
私の要望を聞くや否や、シャルルが鋭い目で睨んでくるが、否定はしない。
正直な話、そうなるだろう。
回復魔法は既に失われた魔法であるが故に研究することもできず、今日までに魔法による回復の研究を進めることができなかった。
既存の技術でも医療に使われることはあるが、鎮痛とか傷の手当などは人の手でやるしかないのが現状だ。
治癒の魔力が作れるとしたら、治療薬はもちろん、病気の薬を作るのだって夢じゃない。
それを聞くと、ウェンディは目を輝かせて身を乗り出してきた。
「私の魔法が人の役に立てるなら、その研究に協力させてください!」
「ウェンディ!! あんた、そんな簡単に……!」
「でも、それで色んな人が助かるなら……」
「だからって安請け合いするんじゃないわよ! あんたの魔法が目当ての輩なんて今までもいたじゃない!」
いつの間にか二人で口論になり、周りの客から視線を向けられる。
それを落ち着かせるために二人に呼びかけて口論を止めさせる。
相手が不安になるだろうと協力を渋ると予想していた私は契約書を二人に差し出した。
「これは……?」
契約書を手に取ってウェンディは首を傾げる。ただの紙だと思っているようだが、それは私が作った特別性である。
普通の契約書に生体リンク魔法を組み合わせた誓約<ゲッシュ>という物である。
契約を結ぶ際に両者の髪の毛などをその場で織り込み、契約書と契約者の間にパスを繋ぐ物である。
既に私とパスが繋がっているため、後はウェンディのサインが必要となる。
サインしたら契約書の魔法は発動し、私に制約が課される。
内容は『危害を加えない』という内容である。
それで私はウェンディに対して悪意を以て害を与えることができない。
「へ~、凄いですね」
「殊勝な心がけじゃない……でも、これが本当にそんなことができるかは疑問だけど」
ウェンディは信じているようだが、シャルルは未だに警戒する。
その様子を見て、このコンビはバランスが取れていると思った。
ウェンディは人が好すぎることがよく分かる。
それは美徳であり、少女でありながら心は一般の少女より成熟していると見える。
ただ、彼女は天空魔法の使い手であり、希少なドラゴンスレイヤーだ。その性格に目を付けられて騙され、利用されて最後に大勢の男に囲まれてアヘ顔ダブルピースする姿が幻視できるくらいに危なっかしい。
そんなゲロ甘チョロい幼女の代わりにシャルルという警戒心強い相棒を付けたのは幸運だったと言える。会って間もないのに、見てるだけでハラハラする少女にそんな内心を隠しながら説明を続ける。
「私に迷惑がかかったと判断したら契約書を破る……ですか?」
「何が起こるのよ」
ウェンディに変なものを渡すな、暗にそう言う視線を受け取る。それならばと実践するためにウェンディに契約書を破るように言う。
「え、でも……」
契約書を無駄にすることを躊躇っているのかこちらをチラチラと見てくる。小動物のような彼女に手で促し、それは一枚だけでないから一つくらい問題ないことを伝える。
「それなら、じゃあいきます!」
可愛らしく「えいっ」と勢いよく契約書を真っ二つに切り裂いた。
暖かい水の中で目を覚ました。
自分が何者か、何をしていたのか分からずに寝起き直後のように思い瞼を徐々に開けていく。薄れている視界が鮮明に光を取り戻していくと、周りの人々が絶叫を上げながら逃げまどい、少女とネコが目の前で震えていた。
その姿を見て私は思い出した。そういえば、誓約<ゲッシュ>を発動させたのだった。
そこまで思い出したとき、契約書は正常に作動したと確信して突っ伏した頭を上げた。
「ひっ!」
ウェンディとシャルルは身を震わせたのを無視し、状況を確認する。
縦に、真っ二つに引き裂いた契約書が私の血の海に染まっているのに対して私も額から股にかけて真っ二つに寸断され、血が出ているのを自覚した。
契約書のダメージが私に帰ってきたのに満足する。
失敗と言えば、紙をピりっと少しだけ破くだけでも契約書の性能を確認できるので、それを伝え損ねたぐらいだろう。
だが、それくらいは自力で治せるため、かすり傷の範疇である。
昔、パルプンテ神に与えられた試練でマイナーな神と戦い、眼球内の水分を沸騰させられたときに比べれば地味な方である。
「何で笑ってるんですか!?」
「それのどこがかすり傷よ! 頭おかしいんじゃないの!?」
二人が何やら騒いでいるようだが、あえて無視して新しい契約書を二人に差し出す。
顔色が一気に悪くなった彼女たちに契約書を渡す。
「しゃ、シャルル……」
「ちょ、あんたの熱意は分かったから! 少し落ち着いて……」
少し血の刺激が強かったのか契約書を視界に入れないように抵抗している。できれば早くサインしてほしい。
契約書を持つ手から血が染み込み、赤く染まっていく。
「誰か! 血塗れの男が少女に迫っているんだ! 早く警備隊を!」
外から何やら悲鳴とかが聞こえているようだが、別に関係ないと思って無視した。
この後、武装した警備隊に囲まれてから色々とごたごたがあり、最終的には何とかウェンディの協力を得られることとなった。例の如くパルプンテ神からの試練で一度、酸の海に放り出されて生きたまま全身が解かされた経験を知った私にとって頭から股にかけて切断されることなど軽傷に等しい、そう思っていたことが今回の事件に繋がってしまったらしい。反省した。
最後にシャルルから色々と言われた気がしたが気にする内容でもなかったので、一先ずは天空魔法の魔力を得られる機会を得られた充実感に酔いしれることにした。良い気分のまま愛する子供のいるマグノリアへと一日かけて帰った。
もうすぐでマグノリアは収穫祭、フェアリーテイルはファンタジア
ラーケイドは祭りは初めてだろうから、そこら辺の予定も考えなければならない。
これから来るであろう忙しさにため息を漏らしながら、少し楽しみに思う超越者の姿がそこにあった。
次回はバトルオブフェアリーテイルの幕に入ります。
本編は本編後になるのでよろしくお願いします。