好きな言葉はパルプンテ   作:熱帯地域予報者

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悪魔にはなり得ない

窓ガラスは割れ、雨漏りのせいか床にはいくつものシミができている。

木でできた机くらいしかなく、裕福とは言えない家に招かれて私、いや、私たちはある想いを抱いた。

 

感動

 

雨風をしのげる壁と屋根、砂利でゴツゴツしていない床は野宿を続けてきた私たちにとってまさに天国と言うべき場所である。

別にそこまで貧乏だったわけではないが、こうして旅を続けているとどうしても懐かしくなり、求めてしまうものだ。

 

本日も野宿を覚悟していただけに感動もひとしおである。

 

「やべえ、温かい!」

「夜なのに明るいな!」

「シャワーもあれば言うことないゾ!」

「お前ら、苦労してんだな」

 

久しぶりの文化的な生活を一夜おくれるだけでエリックたちのテンションは天を衝く勢いで上がる。そんな面子にミラは苦笑した。

 

そんな感じでゾロゾロと大人数で家に入ると、仄暗い暗闇から小さい影が二つ出てきた。

その正体は小さな子供であり、気の弱そうな男の子とおさげの女の子である。

髪の色がミラと同じことから姉弟であることは間違いない。

 

「ミラ姉……その人たち、誰……?」

「こら、それよりも言うことがあるだろ?」

「……おかえり」

「姉ちゃん、おかえり」

「あぁ、ただいま」

 

そう言って二人を抱きしめるミラの表情は今まで見せたのよりも優しく、慈愛に満ちていた。

弟と妹だろうか、二人もミラの抱擁に安心したようににっこり笑って受け入れている。

 

「うおおおぉぉん!! やはり兄弟とはいいものデスネ!!」

「ユキノ……」

 

リチャードとソラノは反応こそ違えど、胸に秘める想いは同じなのだろう。

二人の生い立ちは軽く聞いたから知っている。二人はともに弟、妹がおり、仲睦まじく暮らしていた。

 

しかし、そこへゼレフ教と名乗るイカれ信者が親を殺し、弟と妹とは別々に引き離されたという。

 

今までそんな素振りは見せなかったものの、ミラたちの姿に思い出してしまったのだろう。

ここはそっとしておこうと思い、私たちはしばらくその場に立ち尽くす。

しばらくその様子を眺めて日々荒んだ心を癒していると、私たちの存在に気付いたようで顔を紅くして妹たちを離した。

 

ここは貴女の家なのだから私たちに構わず続けてください。

 

「い、いつもの恒例行事だよ! 習慣って奴だ!」

「その割にはノリノリだったじゃねえか」

「うるせえシバくぞ!」

 

どうやら既にエリックとも打ち解けているようで何よりだ。

 

ただ、ミラの妹たちにとって私たちは初対面の赤の他人だ。姉が見知らぬ人物を家に連れ込んで来たとなれば戸惑いもするだろう。

私たちのことを思い出してオロオロする幼子たちの視線に合わさるよう屈んで挨拶をする。

 

挨拶は人間の大事な文化である。

 

だが、その挨拶に反して返って来たのは無言の圧力だった。

妹と弟が一糸乱れぬ動きで私たちとミラの間に入り込む。まるでミラから私たちを遠ざけるように。

 

「おいリサーナ、エルフマン!」

 

突然の行動にミラ自身も予想外だったのか妹たちを咎めるが、二人は涙に濡れる目の中に強い光を宿している。生半可な気持ちでないことは明らかだ。

震える小さな体に反して、声として響いた意志は大きく感じた。

 

「ミラ姉に手を出したら許さないから!」

「お、男として姉ちゃんを護るんだ!」

「お前ら……」

 

もちろん、これが誤解ということは私たちは知っているが、ミラだけは怒るに怒れないといった感じだ。

彼女の中では妹たちを護ろうとする気持ちが大きかったのだろう、いざ逆の立場になるとどうしていいか分からない反面、嬉しさの方が大きくなるに決まっている。

 

かと言ってこのままではいけないと分かっているからこそ悩んでいるのだろう。

 

この状況をどう乗り切ろうか悩んでいた時、ソラノが急に声を上げた。

 

 

「大丈夫だゾ! 私たちはお前たちの姉ちゃんの友達だから苛めたりしないゾ」

 

健気にミラを庇うリサーナとエルフマンとやらの頭を撫でると撫でられた本人は目を丸くした。

そんな様子にソラノは笑って二人の視線に合わさるよう屈んだ。

 

「えっと、そっちがエルフマンで、リサーナでよかったっけ?」

「う、うん……」

「えと……」

 

私たちでさえも見たことがないくらいにフランクなソラノに対して私たちの方が驚かされた。

初対面であるはずのリサーナたちでさえも少し圧されているが、ソラノはスキンシップを続けた。

 

「あぁもう小さくて可愛いゾ! 素直な所もポイント高いゾ!」

「あうううぅぅ……」

「え、え?」

 

遂には抱きしめ始めたのに対し、そろそろ止めるべきだろうかとソラノに声をかけようとした時、彼女は振り向きざまに私に視線を送ってきた。

 

(合わせるんだゾ)

 

まるでそう言ったように感じたが、ここでようやくソラノの意図に気付いた。

彼女には妹がいたこともあり、小さい子の扱い方を心得ているのだろう。彼女は私たちのためにこの場を温めてくれたということだ。

 

ならば、私たちとてその心遣いを無碍にするわけにはいかない。

 

先に私が頭を下げて自己紹介し、ミラを追ってきた敵でないことを懇切丁寧に説明する。

その流れにようやくエリックたちも気づいたのか同じように自己紹介をしていく。こういう時、エリックの『声』を聞く魔法があればいいのだが、まだ未完成なため使えない。

 

無いものねだりをしながらも全員の自己紹介が終わったころには既に二人も完全とは言わないが、緊張は解けていた。

 

「ミラ姉、この人たちはお友達ってホント?」

「あ、あぁ……そうだよ。この人たちは私たちを襲ったりしねえからな」

 

ソラノが解放し、ミラが妹たちを撫でる。

その横を通り過ぎて私たちの元へ戻るとき、ミラの耳元で小さく言った。

 

 

「あまり妹を不安にさせるんじゃないゾ」

「……分かってるよ」

 

短く言っただけだが、ミラに届き、私も意図的でないにしろ聞こえた。

やはり自分の妹と重ね合わせているのだろう……後で何か言ってみよう。

 

 

少し妙なことが起こったが、その後は普通に挨拶したり家の中をあらかた案内してもらったりと比較的平和に過ごすうちに徐々にではあるが、リサーナたちも警戒を解いていった。

 

 

 

 

 

「へー! エリックたちは魔導士なんだ!」

「つっても、まだまだ見習い中の見習いだけどな」

「じゃ、じゃあ何か魔法使える!?」

「簡単にはね。ただ、人に見せられるようなものじゃないけど」

 

それほど時間もかからないうちにリサーナとエルフマンはリビングでエリックたちと和気あいあいとしていた。

平和な光景を背に私はミラと共に夕食の準備をしている。

 

普段はソラノに任せているけど、これでも一人旅の時は自炊もしたものだ。

 

「ほい、これはこの皿で、これはそこな。終わったらテーブルを拭いて置いてってくれ」

 

というもの、本格的なミラの調理技術には敵わず、盛り付け係になってしまった。

邪魔なのではないかと思ったが、あまりそういうのはないらしい。

 

「いや~、一人でも手が多いと楽なもんだな」

 

あまり手伝えたような覚えはないが、本人が嬉しそうなので何も言わないでおく。

 

 

ただ、気になるのは調理中でも絶対に腕を見せないことだ。

そこから溢れている特殊な魔力と関係があるのだろう。

 

私がミラの腕を見ていると、その視線に気づいて咄嗟に腕を隠すようにした。

 

「あ~、これ、やっぱり気になるのか?」

 

気にはなったが、気に障ったということはないので別に問題はない。

 

ただ、悪魔の力を取り込む接収(テイクオーバー)はレアだなと思っていただけだ。

何気なく言うとミラはギョっとした様子で私を見る目を丸くした。

 

「おま、気付いてたのか……」

 

わりと最初から気付いていたが、本人がコンプレックスに思えたから黙っていた。

おおよそ、その腕だけが悪魔の者となったから村人から追われていたのだろう。

あまり魔法の知識がない者は理解が足りず、時に暴走するものだ。

 

そう伝えると、ミラは観念したような乾いた笑みを浮かべる。

 

「レア……か。私は、こんな力なんかいらねえってのにな……」

 

腕を包んでいた布を床に落とすと、そこには禍々しい悪魔の腕があった。

黒い鱗と鋭い爪が特徴的な腕を自嘲気味に見つめる。そこからは彼女の苦労が何となく感じられた。

 

なんでも、村の教会に悪魔が現れ、村人たちが困っているのを見かねて悪魔を退治したらしい。

しかし、ミラの体質が幸か不幸か悪魔に反応し、その魂を取り込んでしまった。

もちろん、魔法が暴走するということはないらしいが、ミラに魔法を教えられるものがいるわけがなく、魔法を制御できず悪魔の腕のまま元に戻らなかった。

 

結果、変わり果てた腕によって村人たちから迫害を受け、今に至るという。

 

 

「あんたはこの腕をどう思う? 同じ魔導士からしてこの腕って普通か?」

 

正直に言えば普通ではない。悪魔は普通のモンスターと違って種族的に強く、賢い。

そんな種族をテイクできること自体はとても貴重だ。

 

ただ、一般人はそう思わないだろう。いつどこで爆発するか分からない爆弾とみているのかもしれない。

 

「……あんたはどう思う? やっぱ、気持ち悪いか?」

 

不意に漏らしたであろう言葉に私は首を傾げる。

 

何故私がミラに怯える必要があるのかと

 

「え、いや、でもこんな腕……」

 

それは魔法の知識や経験が足りていない故の疾患なのだ。それは致し方ないという訳だ。

それだけで人を遠ざけるようなら魔法に関わっていないと私は思う。

 

「でも、悪魔だぞ? 普通のモンスターはともかく、邪悪な悪魔を私が……っ!!」

 

私はそうは思わない。

 

ミラは今まで見てきた人間の中で情に厚く、慈しみが深い方だと言える。

本当の悪魔なら私たちを暖かい家に招き入れたり、こんなに苦悩しているはずはないと思う。

 

魔法は所詮、人それぞれが持っている特殊能力に過ぎない。

その能力を使う人間如何によって本当に悪魔となるのか、人間でいられるかが決まるのだ。

その人の魔法だけが全てだとは私は思わない。

 

「そんな、そんなの呪われたことが無いから言えるんだ!! こんな惨めな気持ちが、あんたに分かるのかよ!?」

 

呪いでそんなに苦しんだことの無い私ではミラの気持ちを完全には理解してあげられない。

でも、ミラを人間だと思うのは私の自由だ。私の気持ちを勝手に代弁するのは私の尊厳を踏みにじることと同義。これだけは譲れない。

 

私の言葉に言葉を失ったミラに畳かける。

 

 

 

―――そんな魔法では君という存在を貶める理由にはなり得ない

 

 

そうとだけ言うと、ミラは呆然とした状態で目から大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。

本人は頬を伝う温かい涙に気付き、動揺していた。

 

「あれ? なんで……今更こんなことで……」

 

拭っても拭っても止まることない涙を流す彼女の背中を擦る。

無骨な私ではこういう時の対処法が思いつかないのだ。こんな時の不器用さが憎らしい。

 

でも、出るものは仕方ない。私はそれを笑わないし、それが普通だ。

 

 

 

悪魔は涙を流さない、君は私が見てきた中でどうしようもないほど、人間らしい人間だ。

 

 

 

そうとだけ言うと、彼女は私の腕を掴んで顔に押し付けた。

ジワっと腕が濡れる感触を感じたが、それを指摘するのは野暮というものだろう。

 

「なんだよ……なんなんだよぉ……」

 

こればかりはどうしようもない。

小刻みに震えるミラが元に戻るまで、エリックたちには悪いが食事はお預けになるだろう

 

それでも、エリックたちなら何となく許してくれる気がした。




ここでは『エンジェルちゃんマジエンジェル』を目指してキャラを変えています。
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