「じゃあな、アインス」
「ん、また……」
女子寮の前で、送ってくれた『彼』と別れる。
別に付き合ってるからこういう呼び方をしてるわけじゃないから、気にしないで。
「……部屋戻ろ……」
少し肌寒くなってきた。早く戻ろう。
踵を返し、女子寮の方に視線を向けると、そこに見知った顔。
「あれ、ユニ…………今日は軍の方だって聞いたけど」
ユニ・ジェミナス。
軍にいたころから、よく一緒にいる。
「ああ、さっきまで軍の方にいたよ。で、こいつを預かってきた」
ユニが1枚の紙を取り出す。
そして言いにくそうな表情を浮かべた。
「お前への命令、なんだが……正直私個人としてはやらせたくない任務だ」
「大丈夫。できる」
「できるかどうかを心配してるんじゃないんだ。ただ、個人的にやってほしくない任務なんだよ」
「いいから」
右手を差し出すと、ユニは渋々といった様子で命令書をこちらに手渡した。
私はそれを確認する。
「…………!」
一瞬、息が止まった。
命令内容は、グリューネシルト統合軍の計画の邪魔となる人物の排除。
対象人物の名前を見て愕然とする。
見間違えるはずがない。
…………『彼』を殺せと、そう記されていた。
◇◆◇◆◇◆
部屋に、日の光が差し込んできた。
結局、一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。
「…………『彼』を」
殺す。
今まで何人もの人間を殺害してきたアインスにとって、それは初めての、『殺人への躊躇い』であった。
なぜ、アインスがそれほどまでに『彼』と親しくなったのか。
それは、一ヶ月ほど前のこと。
◇◆◇◆◇◆
「なんだ。こんなものなんだ……」
私は、他のプログレスとのトラブルで、そのプログレスと勝負をしていた。
ブルーミングバトルとは違う、プログレスが傷を負う勝負。
「こんな、こと……」
相手のプログレスは既にボロボロであった。
当然といえば当然だ。私はグリューネシルトにおける、エクスペンドの最高傑作と呼ばれるほどのプログレス。
並みのプログレスでは相手にならない。
「つまんない。もう終わったし……壊すね」
私の武器である、『ミリアルディア』が相手のプログレスを襲おうとしたその時。
「そこまでにしとけよ」
『彼』が現れた。
相手のプログレスの盾になるような立ち位置で。
「……邪魔。どいて」
「どかないよ」
「じゃあ、あなたも壊す」
「やってみな」
まさか、プログレスでもない人間が私に挑んで来るとは思わなかった。
けれど、あの時の私はとても苛立っていたし、そんなことはお構いなしだった。
最初から、壊しにかかっていた。
しかし、幾度斬りつけても、幾度『彼』の身体を刺し貫こうと、『彼』は倒れなかった。
「これくらいじゃ、俺は壊れねぇよ。…………だからさ」
『彼』は言う。
血に塗れた、凄惨な笑顔で。
「もう、他の奴を壊すのはやめろ。その代わり、俺がいつでも相手してやるからさ」
約束だぞ。と言った。
その笑顔を私は忘れることが出来ないだろう。
あんなにも傷付いて、それでも他人のために笑える人間など、私は見たことがなかった。
◇◆◇◆◇◆
あの日から、私は『彼』と共にいることが多くなった。
最初はただ、『中々壊れない遊び相手』程度にしか見ていなかったと思う。
それでも。
今では…………
「壊したくない相手に、なっちゃってる」
何故か、なんて。
理由は全くわからない。
でも。わからなくても。
壊したくないなんて思う人は、初めてだった。
「期限は週末……あと、3日」
土曜が終わった時点で任務を完遂していなかったら、きっと始末書じゃ済まないのだろう。
「アインス?起きてるか?」
扉の向こうから聞こえる、ユニの声。
「ん、起きてる」
そもそも眠れてすらいないけれど、そこは伏せた。
いつも迷惑をかけているし、これ以上迷惑をかけたくない。
ユニは、優しいから。きっと心配する。
「そろそろ行かないと遅刻だぞ。それとも、今日は休んでおくか?」
「……ううん、行く」
やっぱり、心配してくれてる。
でも、甘えるわけには、行かない。
「……着替えたら行くから、寮の前で待ってて」
「わかった。……無理はするなよ」
遠退く足音。
とにかく、今は授業を受けよう。少しは、気が休まるかもしれない。
◇◆◇◆◇◆
結局。
授業の内容など何も頭に入らず、ずっと溜息をついていた。
休んだほうが、良かったかもしれない。
「はぁ…………」
「溜息なんて、珍しいな。なんかあったのか?」
背後からかけられた声。
聞き覚えのある、『彼』の声だ。
「…………何も」
「嘘つけ。あからさまに元気ないじゃんか」
「いつも、こんな感じ」
「いや、確かに無口な方だとは思うけどよ」
苦笑する『彼』を見て、また迷ってしまう。
教室の後ろの方、ユニが心配そうにこちらを見ていた。
「あ、そうだ。アインスって、土曜空いてるか?」
「…………予定はない」
「じゃあよ、ちょっと本土の方行かないか?学園側に申請出せば、行けるはずだし。本土に、上手いドーナツ専門店があってさ。元気ないなら、どうかなって。ドーナツ好きだろ?」
ドーナツ…………!
いやいやいや、今はそんなこと言ってる場合じゃ……
それに、土曜と言えば任務の遂行期限。そんな時に、任務対象とドーナツを食べに行くなんて……
◇◆◇◆◇◆
で。
「…………私の、バカ…………!」
ドーナツの誘惑に負けてしまった私。
現在地、ミス○ードーナツ前。
「ん、どうしたんだ?アインス」
隣を見ると、こんな私に微笑みかけてくれる『彼』。
明日の零時までに、私はこの笑顔を壊さなきゃならない。
「……なんでもない」
「そうか?あ、あそこの席、空いてるな」
『彼』は購入したドーナツの乗ったお皿を持って、空いていた2人掛けのテーブルに向かう。
『彼』の見繕ってきてくれたドーナツ。
いつもなら、美味しく食べられるはずなのに。
…………全く、味がわからなかった。
◇◆◇◆◇◆
ドーナツを食べ終わった後、私は『彼』と共に、小さな丘の上で夕日を眺めていた。
青蘭学園に来る前に『彼』が住んでいた街で、オススメの場所らしい。
結局、『彼』のことを壊せないまま、タイムリミットまではあと7時間。
随分と、早く時間が経ってしまった。『彼』を壊す覚悟など、できないまま。
「なぁ、アインス」
「……ん」
「もう、一ヶ月なんだな。あれから」
あれから、と言うのは恐らく、『彼』が私を止めたあの日から。
私と『彼』が出会ってから。
「これ、さ。受け取ってくれないか?」
「……え?」
『彼』が差し出したのは、プレゼント用の包装がされた、細長い箱。
「アインスに、似合うと思うんだ」
ダメ。
……やめて。
これ以上、私に優しくしないで。
じゃないと。
壊せなく、なってしまう。
これを、受け取ってしまったら。
もう、壊せない。
「あ…………あああああああ!」
ほとんど、無意識だった。
気付けば、私の周りには無数の短剣が浮かんでいて。
そのうちの数本が、『彼』を貫いていた。
青々としていた丘が、赤く、赤く染まっていく。
『彼』の手から、プレゼントがこぼれ落ちる。短剣ーーーー『ミリアルディア』が当たっていたのか、包装はボロボロになってしまっている。
ボロボロになった箱からはみ出した、白い、リボン。
「………………!」
『彼』が選んでくれたその純白は、『彼』自身の血によって、赤く染まっていってしまう。
『彼』は、目を覚まさない。
「壊れないって、そう、言ってたのに……」
本当は、こんなにも脆くて。
「壊さないって、約束したのに……!」
『彼』と私を繋いでいた、ただ一つの約束。
破ってしまった。『彼』を壊すことによって。
頬を、水滴が伝った。
涙を流すのなど、いつぶりだろう。
エクスペンドとなってからは、記憶にない。
その涙を隠すように。
雨が、降り始めた。
それでも、私はその場を動かなかった。……いや。動けなかった。
『彼』の笑顔が、頭から離れなくて。
走馬灯のように、『彼』との思い出が駆け巡った。
学園ですれ違った時。
ブルーミングバトルで勝った時。
私が始末書無しで任務を遂行できた時。
一緒にドーナツを食べている時。
そして。
一ヶ月前、私を止めた時。
『彼』は、いつだって私に笑顔を向けてくれていた。
こうして思い出してみて、今更気付いた、私の想い。
私は、『彼』に恋をしていたのだろう。
でも。
今更気付いてももう遅い。
『彼』に想いを伝えることは、出来なくなってしまったのだから。
「ごめん……ごめん、なさい……」
緑の世界、最高傑作のエクスペンドは。
一人、その場で涙を流し続けた。