あれから、どれだけの時間が経っただろう。
異世界から来た仲間達と共に過ごした、あの、嘘のような毎日。
いつでも僕の隣にいてくれた『彼女』は、この世界にはもういない。
『きっと、また会えますから』
別れ際に彼女はそう言って笑っていた。その目の端に、うっすらと涙を浮かべながら。
弱みを見せたくなかったのだろう。彼女は、いつだって僕の姉でいようとしてくれていたから。
空に浮かんでいたはずの4つの輝きが失われた今でも、僕はあの日を思い出すように空を見上げる。
大好きだった彼女の笑顔を思い出すように。
「また会える。僕もそう信じてるよ。けど……」
どれだけ待てばいいのか。
そもそも、本当に会えるのかと。
不安になる日が多くなってきた。
不安になった時に支えてくれた彼女が、今は側にいないから。
「お兄さん、ご飯出来たよ」
扉の向こうから、控えめなノックと共に聞こえてくる従姉妹の声。
小さく、わかった、とだけ応え立ち上がる。
僕に出来ることは、待つことだけ。
特別な力を持たない僕には、それしか出来ない。
「待ってるからね」
かつて紫色の輝きがあった場所へと、そう呟いた。
同刻。
「魔女王様」
「何かしら? 私は今仕事で忙しいのだけれど」
日の光の入らない部屋に、魔法によって灯された炎が揺れる。
窓際の椅子に座っているツインテールの少女は、手元にある書類から目を離さないままに対応する。
「魔女王様にお手紙が届いております。火急の要件との事です」
「そう。誰から?」
その言葉に、使者は微かな笑みを浮かべて答える。
「白の世界からです」
「………………そう」
魔女王は、絶え間なく動かしていたペンを止めた。
カタリ、とそのペンを机に置き、立ち上がる。
「ちょっと出てくるわ。これ、任せていいかしら?」
「ええ。いってらっしゃいませ」
ありがと、と使者に告げ、部屋を出る魔女王。
その足取りは、いつもより心なしか早いものだった。
「さて、あの子はどこにいるかしらね」
そう言いながらも、魔女王は迷うことなく一つの場所に向かう。
城を出て、少し歩いたところにある湖。そのほとりに、目的の人物を発見する。
「やっぱりここだったのね」
声をかけると、ピクリと肩が動いた。
髪先がカールした紫色の長髪が揺れる。
「ま、魔女王……様……?」
「何を畏まった呼び方してるのよ。今まで通り呼べばいいじゃない」
「で、でも……」
「まあいいわ。行くわよ」
魔女王は彼女の手を取って歩き出す。
向かう先は、使者から手渡された手紙に示された場所。
「ちょっ、行くって何処にですか……!」
「『学校』よ」
「え? それって……」
二人は城へと入り、その地下へと降りていく。
大きな扉を開け、部屋に入る。
目映い光が溢れ出し、二人は眼を細める。
そこには、三人分の人影が。
「お久しぶりですね。魔女王としてのお仕事は順調ですか?」
「ええ。おかげさまで。貴女の知らせてくれた世界の崩壊を回避できたおかげで、仕事が山盛りよ」
「いい事じゃない。退屈な日々よりずっとマシだわ」
「それはいい事なんでしょうか……?」
銀髪のアンドロイド、桃色の髪の妖精。そして紫の髪の軍人。
ツインテールの魔女王が、かつて共に戦った仲間達。
「嘘……ですよね?」
魔女王の後ろで、絞り出すように発された声。
それもそのはず。
この三人は、本来『この世界には存在しない』人物であるのだから。
ウロボロスによって引き起こされた異変。その解決と共に再び分かたれた、別世界の住人。
そのはずの人物がここにいるということは。
「さて、行きましょう。貴女も、『彼』にずっと会いたがっていたでしょう?」
魔女王が後ろに手を差し出す。
その手を取る手は、小刻みに震えていた。
「それでは、行きましょう!」
アンドロイドの声に合わせ、その場にいた五人は光の中へと進んでいく。
光が収まった時、そこに人の姿はなかった。
青の世界、地球。
昼食を食べ終え、自室に戻ってきた。
分かってはいるのに、また窓の外に眼を向けてしまう。
そこには何もないはずなのに。
「…………ん?」
何もないはずの空。
白い雲が浮かんでいるだけの空に、小さな紫色の輝きが見えた気がした。
ちょうど、かつてあの輝きがあった場所に。
「まさか……」
まさか、本当に?
真っ先に浮かんだのは、彼女の顔。
椅子の背もたれにかけてあった上着を羽織って、部屋を飛び出した。
ただ無心に走る。
あの日彼女と別れた、あの場所に。
息を切らしてその場所に辿り着いた時、その声は聞こえてきた。
「やっぱり、真っ先に駆けつけてくれたみたいね」
聞き覚えのある声。
小さな身体ながらも、無事魔女王になったという、天才魔女の。
この声が聞こえるということは、きっと、彼女も。
「ほら、何時まで隠れてるの? ずっと会いたがっていたのに」
「で、でも……」
小さな魔女王の後ろに縮こまって隠れている影を見つけた。
「ああもう、じれったいわね!ほら、さっさと行きな……さい!」
「きゃぁ!?」
魔女王に蹴られるような形で前に出る、『彼女』。
僕がずっと会いたかった、ずっと想い続けていた女性。
「…………アルマ。やっと会えた……!」
堪えようと思っても溢れてくる涙に震える声で言いながら、彼女ーーアルマリアを抱きしめた。
アルマリアは少し驚いたような表情をしたあと、とても優しい、それでいて涙に震える声で。まるで弟を慰めるように呟いた。
「だから、言ったじゃありませんか。……また会えますって」
彼女はこんな時でも、僕の姉でいようとしてくれる。けれど、それが彼女に無理をさせているような気がしてならなかった。
「アルマ。今は……今だけは姉ちゃんじゃなくてもいいよ。だから……!」
僕のその言葉を聞いて、アルマリアも僕の事を強く抱きしめてくる。
力強く。それでも優しく。
「私も……!会いたかった……!ずっと、ずっと……!こうやって貴方と一緒にいたいって……!」
「アルマ……大丈夫。僕はここにいる。一緒にいるから」
アルマリアはそのまま泣き続けた。
今まで溜め込んだものを吐き出すように。
そうだ。僕はアルマリアに甘えるばかりで、重要なことを忘れていたんだ。
アルマリアは何時だって僕の姉でいようとしてくれていた。けど、学年でいえば僕の方が上なんだ。
アルマリアは、姉であろうとしていたが、1人の女の子なのだから。
むしろ、僕が支えなければならなかったんだ。
アルマリアは今、泣き疲れて眠ってしまった。急な訪問だったために、学園の保健室のベッドに寝かせている。
その寝顔を見て、改めて思った。
「アルマ、好きだよ」
「私も、ですよ」
「!?」
完全に寝ていると思っていた人物から返事が来たことで、驚くと共に顔が真っ赤に染まる。
「起きてたの……?」
「ええ。まさか、突然『好きだ』と言われるとは思いませんでしたが」
アルマリアはクスクスと笑う。
その表情を見てまた顔が赤くなる。
「もう一度、言ってもらえませんか?」
ベッドから身を乗り出すようにして、上目遣いでそう言ってくるアルマリアの顔も、相当に赤くなっているように見える。
……そんな風に言われて、断れるわけないじゃないか
「好きだよ。アルマ」
「私も、貴方の事が大好きです。……いいえ、違いますね」
「え?」
アルマリアの顔が一気に近づいて来る。そして、僕の耳元でアルマリアの唇が動く。
「私は貴方のことを、愛しています」
二人とも顔がこれ以上ないくらいに赤くなったのは、言うまでもない。
別世界間の恋愛がどんな扱いになるのかはわからないけど、そんな事は今はどうでもいい。
今はこの幸せを噛み締めていたい。