機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第10話

 

 

 

 

~ナデシコ 作戦室~

 

「研究所の周囲にチューリップが5基か‥‥」

 

木星兵器のオケラを倒し、極冠付近にあったネルガルの研究所を見つけたリョーコ達は早速ナデシコにその座標を送ると、ナデシコから一度戻る様に言われ、リョーコ達はナデシコに戻った。

そしてエステバリス隊の持ち帰った情報と映像を空間ウィンドウに展開し改めて現状を確認するブリッジメンバー。

 

「厳しいですね‥‥」

 

空間ウィンドウを見ながらジュンが呟く。

目的地であるネルガルの研究所の周りにはまるで研究所を囲むかの様に5基のチューリップが突き刺さっている状態となっていた。

傷ついたナデシコとアキトを含めた4機のエステバリスであの研究所を奪還するにはあまりにも無謀である。

5基のチューリップから次々と木星兵器が出されるとナデシコは忽ち包囲されてタコ殴りにされるのは目に見えている。

フィールドの出力が弱まっている今のナデシコでタコ殴りされればあっという間に撃沈されるのは明白である。

 

「しかし、あそこを取り戻すのが社員の義務でして‥‥皆さんも社員待遇である事はお忘れなく」

 

「俺達にあそこを『攻めろ』って言うのかよ‥‥」

 

リョーコがプロスペクターの言葉に険しい表情を作ってみせる。

 

「私、これ以上クルーの命を危険に晒すのはイヤだな‥‥」

 

火星で初戦以外、負けっぱなしの上に火星に居た大勢の人々を救えず、ナデシコの船体は傷つき、ナデシコのクルーは命の危険に晒されているこの状況の中、ユリカは少々ネガティブになっていた。

その呟きに答えたのはミーティングが始まって以来、沈黙を守っていた瓢提督だった。

 

「"アレ"を使おう」

 

「「「「「「アレ?」」」」」」

 

瓢提督の“アレ”と言う単語に首を傾げる一同だった。

 

 

~ナデシコ格納庫~

 

「オラ~、後3分で仕上げるぞ~!」

 

「「「「「ウィ~ッス!」」」」」

 

ウリバタケの号令と整備班の返事、工具の機械音が響く格納庫。その格納庫の隅にパイロットスーツのアキトと宇宙服に身を包んだ瓢提督とイネスが居た。

 

「提督、危険です!!考え直していただけませんか?どうしても行かなければならないのなら、私が行きます!!」

 

ゴートが何とか瓢提督を止めて、瓢提督の代わり自らが行こうとするが瓢提督は聞く耳を全く持たない。

 

「手動での操艦は君には出来まい‥それにとりあえず様子を見に行くだけだ」

 

「しかし‥‥」

 

なおも食い下がるゴートの言葉をアキトが遮る。

 

「それはいいっスけど、何で俺が連れて行かれるんスか?」

 

「罰だと思って貰おう」

 

アキトが同行する理由を瓢提督が直接伝える。

 

「‥チッ」

 

謹慎が解けても未だに不機嫌なアキト。

瓢提督と行動を共にするということが、なお彼の機嫌を損ねている様だ。

隣に立つイネスがそれを見てクスクスと笑う。

 

「よろしく頼むわね、アキト君?」

 

「では、行こうか?」

 

瓢提督に促され、アキトとイネスが移動を始める。

 

「待って下さい!!」

 

格納庫に突然この場に似合わないソプラノ調の声が響いた。

声がした方向からは小さめな宇宙服を纏ったコハクが走ってくる。

 

「提督、僕もクロッカスに連れて行って下さい!!」

 

「コハク、遊びに行くのではないのだぞ」

 

「そうだよ、コハクちゃん危ないって!」

 

ゴートとアキトがコハクの同行を止めようとする。

 

「それはそうかもしれませんが、システムの復旧には僕の力がお役に立てると思いまして」

 

そう言ってコハクはオペレーター用のIFSタトゥを瓢提督に見せる。

それに以前、オリンポス山の研究所へと同行したのも研究所のシステム・データのサルベージ要員として向かったので、今回もそうしたシステム関連の役割で役立つと自らクロッカスの偵察に志願するコハク。

 

「‥‥なるほど、確かに役立ちそうだな。よろしい、君の同行を許可しよう」

 

瓢提督も少々躊躇ったが、最終的にコハクの同行を許可した。

 

「ありがとうございます。提督」

 

コハクが瓢提督に頭を下げてお礼を言う。

 

「いやぁ~僕、ナデシコ以外の軍艦の中を見てみたかったんですよ」

 

「でも、ユリカやルリちゃんは許可したの?」

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべるコハクにアキトが艦長であるユリカ‥特にコハクの姉でもあり保護者的な存在のルリの許可をちゃんと貰ってきたのかを聞くと、

 

「それならちゃんと代理人を立ててきました」

 

「代理人?」

 

コハクの言葉を聞いて首を傾げるアキト。

そして、その代理人はいうと‥‥

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

コハクのシートにはタスキを着けたゲキガンガーの人形が置いてあり、そのタスキには『代理人』と書かれていた。

 

「‥‥」

 

ルリはその人形を手に取ると、ギュッと力を入れ、俯き微笑する。

 

「フッ‥フフフフ‥‥コハク‥‥帰ってきたら‥お仕置きです‥‥」

 

ルリの背中からは真っ黒な怒りのオーラが滲み出ていた。

その姿を見た他のブリッジメンバーは後に声を揃えてこう語る。

『電子の鬼がそこには居た‥‥』 と‥‥

どうやら、代理人(ゲキガンガー人形)を立てはしたが、コハク自身はルリに直接クロッカスへと向かうとは言っていない様だった。

ルリのその姿を見て艦長であるユリカでさえ、顔を引き攣らせ、ルリに声をかけづらかった。

普段はルリをからかっているミナト、ブリッジでも希少な男性クルーでもあり連合軍軍人のジュンでさえ、今のルリに恐れを抱いていた。

 

 

~クロッカス 艦内 通路~

 

クロッカスの艦内は電力源が落ちて薄暗く、通路の彼方此方は凍っている部分もある。

そして、極めつけがクロッカスの壁や通路にはまるで壁や通路と融合しているかのように死んでいるクロッカスのクルー達の姿‥‥

それらの事からクロッカスに生存者はいない様だ。

艦内は静まりかえっており、今のクロッカスはさながら幽霊船の様な雰囲気だ。

 

「このクロッカスが消滅したのは地球時間で約二ヶ月前‥でもこれじゃあどう見てもそれ以上の期間、氷に埋まっていたみたいね。ナデシコの相転移エンジンでも地球から火星まで一ヶ月半掛かっているのに‥‥」

 

「では、チューリップは物質をワープさせるとでも言うのかね?あのゲキ何とかと言うテレビ番組の世界だな‥‥」

 

イネスの呟きに、瓢提督が答える。

 

「ワープと言うのはちょっと‥‥」

 

イネスが苦笑いを浮かべ、ワープ現象とチューリップからの転送はちょっと異なり、チューリップから検出されるボース反応についての説明を始めている。

コハクはクロッカスの艦内を見回しながら歩いている。

 

「ふぁ~」

 

イネスと瓢提督の後ろから着いていくアキトがその説明に着いていけず欠伸を漏らす。

だが、天井で物音を聞き、

 

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 

突然アキトが叫び、瓢提督を床に押し倒す。

そして天井から降りてきたのは小型のバッタだった。

アキトがライフルを構え、撃とうとしたが、安全装置が外れ忘れていた。

その間にバッタはジャンプしアキトに襲いかかろうとした時、瓢提督がホルスターから拳銃を抜き、バッタの腹部に銃弾を打ち込むと、バッタは失速しアキトの手前に落ち、機能を停止した。

 

「ワシなど庇う価値などはない。無理はするな」

 

瓢提督が銃をホルスターに戻して、アキトに言葉を掛ける。

 

「ふん、身体が勝手に動いただけだ‥‥」

 

アキトはそっぽを向き、吐き捨てるように呟く。

そんな2人の姿を見て、

 

「素直じゃないね、2人とも」

 

「全くね。まぁ男の意地ってやつでしょう」

 

思わずイネスとコハクは顔を見合わせ苦笑いする。

 

 

~クロッカス・ブリッジ~

 

クロッカスのブリッジに到着するとコハクは早速オペレーターシートに座り、キーボードを操作してクロッカスのシステムを再起動させる。

ブリッジに電子音が響き、明かりが点灯する。

クロッカスは二ヶ月以上の間、雪と氷に埋まっていたようだが、エネルギーはまだあり、電気系統は生きていた様だ。

 

「ふむ‥‥」

 

瓢提督が艦長席に座り、船体のチェックを始める。

イネスもコンソールに向かい作業を開始し、アキトはライフルを構え不測の事態に備えている。

 

「‥どうやら、噴射口に氷が詰まっているようだな。とってきてくれんか?」

 

コンソールを見つめていた瓢提督がアキトに声を掛ける。

 

「俺っスか?」

 

「フレサンジュ、君もついていってくれ。彼1人では分かるまい‥‥」

 

「はい」

 

アキトとイネスがクロッカスのブリッジを出ていく。

そしてブリッジに残ったコハクにも瓢提督は指示を出す。

 

「君も行ってきてくれんか?」

 

「提督、船体の状況から噴射口にはそれ程氷は着いてないと思いますが?それに今はクロッカスを動かす方に人手が必要だと思います」

 

「‥‥そうか」

 

コハクの言葉に瓢提督は反論する事なく再び作業に戻る。

 

「クロッカスは飛ばせそうかね?」

 

「はい、何とかなりそうです。ただもう少しだけシステムの復旧に時間がかかりますが‥‥」

 

瓢提督に現状を伝え、コハクはそのまま作業を続行する。

それからクロッカスのブリッジにはコハクと瓢提督の間に会話らしい会話もなくただカタカタというキーボードを叩く音とそれによって作動したシステムの電子音が響いている。

 

そんな中、

 

「‥‥提督‥‥1つ聞いてもいいですか?」

 

沈黙を破ったのはコハクの方だった。

 

「なにかな?」

 

「アキトさんには提督は勝手に英雄に祭り上げられたと言いましたが、本当の所どうなんですか?」

 

コハクが瓢提督に火星会戦、そして火星会戦後の地球での真意を聞く。

 

「‥‥ワシが功名心に走った‥と言いたいのかね?」

 

「可能性がないとは言い切れません。チューリップを落とす前には大勢は既に決していた筈ですから‥‥」

 

「確かに君の言う通り、あの時チューリップを落とそうが、落とさなかろうが、戦局にはもはや影響は無かっただろう‥‥だが、我々にはあの時どうしてもチューリップを落とす必要があったのだ‥‥武人の意地と言うやつなのかもしれんな。大勢は既に決していても何も出来ずにおめおめ引き下がるよりはせめて敵に対して一矢報いたい‥そんなつまらん意地だ‥‥しかし落としたチューリップがまさかコロニーに落ちるとは予想外だったがね‥‥」

 

瓢提督は自嘲するかのよう第一火星会戦の時のことをコハクに語る。

 

「では、地球での提督の評価はプロパガンダのためですか?」

 

「そうだ、宇宙からの脅威を排除し、地球を守るのは連合宇宙軍であり、地球市民の戦意を高めるにはどうしても英雄が必要となったのだ‥‥」

 

「そしてその白羽の矢が立ったのが提督だったわけですか‥‥」

 

「退役寸前の老将が見せた最後の奇跡‥‥全く三文芝居もいいところだがね‥‥その後、ワシは作られた英雄として生き恥を晒して来たが‥‥」

 

「その重圧にもうこれ以上は耐え切れず、どうせ死ぬならナデシコを守る為‥‥そして火星の人達の謝罪の為、此処で散りますか?」

 

「っ!?君は気付いておったか‥‥」

 

「なんとなくですが‥‥」

 

「そうか‥‥それが分かっているのであれば君も今すぐに退艦したまえ‥‥君は死ぬのにはまだまだ若すぎる。この先、ナデシコやこれからの地球に必要な存在だ‥‥此処で死ぬのは死にぞこないの老人であるワシ1人で十分だ‥‥」

 

「いえ、僕もギリギリまで此処に残ります」

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

沈黙の中、瓢提督の鋭い瞳とコハクの真剣な瞳が見詰め合う。

 

「‥‥その決意、覆せぬようだが、いいのか?君のその決断がホシノ君を悲しませる結果になるのだぞ‥‥」

 

「‥‥それは分かっています。ルリは多分、悲しむでしょう‥‥でも、僕もルリも互いに依存しあっているので、『ここら辺で少し距離を置かないと』って思っているんです‥‥そうじゃないとこれから先もし、どちらかの身に何かあったとき、残された方はきっとダメになってしまうと思うんです。だから‥‥」

 

ギュッと拳を作り、力を込めて握るコハク。

しばらくルリと別れるということに辛さがあるようだ。

しかもその方法はやや不安要素を含んでいる。

次にルリと会えるのがいつになるのか分からない。

いや、それ以前に本当に会えるのかと言う不安もある。

それでもコハクはルリに再び会えると信じている。

幸いな点はここ最近になってようやく悪夢を見なくなったことだ。

これならば、ルリが居なくても悪夢に苦しむ事はない。

 

「‥‥そうか‥しかしどうやってここから脱出するつもりだね?」

 

「それについては既に脱出ルートは確保しています。ただ提督を一緒にお連れする事は出来ませんが‥‥」

 

ポケットの中には研究所で拾った最後のCC(チューリップクリスタル)がある。

それを使ってボソンジャンプすればこの現場から逃げる事が出来る。

しかし、ボソンジャンプを行う際、自分以外の人と一緒に行った場合、その連れの人がどうなるのかまだ検証した事がない。

ちゃんと一緒にジャンプできるのか?

もしかしたら、別の所へ跳ばしてしまうのではないか?

いや、クロッカスの現状を見る限り殺してしまうのではないか?

またボソンアウトする時期がいつになるのか?

どこにボソンアウトするのかだ。

クロッカスとパンジーの事を見ると、ちゃんとナデシコか地球にボソンアウト出来るのか?

そうした不安要素があった。

ボソンジャンプはまだまだ研究が必要な能力みたいだ。

 

「君が生き残れるというのであればワシは構わんよ。さて、それではそろそろ行くとするか‥‥」

 

瓢提督には既に死の恐怖は無い様子で、フッと笑みを零す。

 

「了解。クロッカス、エンジン始動します」

 

コハクはクロッカスの操艦レバーを引いた。

 

 

~クロッカス 艦尾 噴射口付近~

 

「これだけ露出していれば問題はないと思うけど‥‥」

 

その頃、アキトのエステバリスの掌からクロッカスの噴射口を調べていたイネスが呟く。

その時、突然大地が大きく揺れる。 

 

「な、何だ!?」

 

『エステバリス、退けっ!浮上するぞ!!』

 

アキト機のコクピットに瓢提督の声が響く。

 

「ええっ!?」

 

轟音を立てて船体に付いた雪と氷を払いながらクロッカスはゆっくりと空へと浮上した。

 

 

~ナデシコ ブリッジ~

 

「クロッカス、浮上します」

 

ルリの報告と共に、空へと浮上するクロッカスの姿がスクリーンに映る。

 

「おお、使えそうじゃないですか」

 

「さすがは提督!」

 

その様子を見守っていたブリッジからは歓声が上がる。

するとクロッカスの右舷の砲門がナデシコへと向けられる。

 

『現在のナデシコの状態ならばクロッカスでも十分に撃沈できる‥‥』

 

「えっ?」

 

「なにを?」

 

瓢提督の言葉に唖然とするユリカとプロスペクター。

 

「提督どういう事ですか?」

 

瓢提督の言葉の内容が理解できないユリカは瓢提督に訊ねる。

 

『ルリ、ナデシコの針路を前方のチューリップに向けて』

 

「コハク!?」

 

空間ウィンドウにコハクが現れ、先程のユリカの質問に答え、ルリにナデシコの針路を指示する。

コハクの目は鋭く、ルリにはコハクが本気で言っているのだと理解できた。

 

「チューリップに?一体、何の為にだ?」

 

ゴートが誰にともなく呟く。

 

「提督もクロッカスの状態をご覧になられているでしょう!チューリップを通り抜ければナデシコも‥‥」

 

ジュンが血相を変えて瓢提督に抗議するが、瓢提督は黙ったまま何も答えない。

 

「ナデシコを破壊するつもりなの…?」

 

「何の為に…?」

 

メグミの悲痛な叫びとミナトの困惑した声。

 

『自分の悪行を消し去る為だ!!失敗は全部他人のせいにして、また自分だけ生き残るつもりなんだ!!』

 

アキトの叫びが通信を通してブリッジに響く。

 

『だったら、まず貴方を殺すんじゃない?それにタケミナカタ・コハクがそんな事に手を貸すとは思えないけど‥‥?』

 

イネスの言葉にアキトが凍りつく。

 

『そ、そうだ!どうして其処にコハクちゃんが居るんだ!?‥っ!?あいつ、まさかコハクちゃんを人質に!?』

 

アキトの脳裏に瓢提督に人質にされ、無理矢理こんなことを強要されているコハクの姿が浮かんだ。

 

『アキトさん、それは違います。ここに居るのは僕の意志です。決して提督に人質にされた訳でも強要された訳でもありません』

 

『コハクちゃん‥だったらどうして!?』

 

アキトがコハクに理由を聞こうとしたとき、クロッカスがナデシコを砲撃し、ナデシコの至近距離に命中する。

するとクロッカスの砲撃と爆音に気づいたのか雲の切れ目からカトンボ級駆逐艦が降下してくる姿がエステバリスのカメラが捉らえる。

 

『クソジジイ‥‥っ!?見つかったのか!?』

 

「左舷後方145度、+80度に敵艦隊捕捉」

 

ルリの報告がブリッジに響く。

 

「道は2つに1つ…」

 

「クロッカスと戦うか、チューリップに突入するか…」

 

「じゃあ、チューリップかな?」

 

ミナトはクロッカスと戦うぐらいならチューリップに入る方を選ぶ。

 

「何言っているんですか!?無謀ですよ!!損失しか計算できない!!」

 

プロスペクターはチューリップに突入するくらいならクロッカスを撃沈した方はマシだと言う。

ブリッジのクルーが口々に自分の意見を述べるが、ユリカの耳にそれは届いてはいなかった。そしてキュッと唇を引き結ぶと顔を上げる。

 

「ルリちゃん、エステバリスに帰艦命令を。ミナトさん、ナデシコをチューリップに向けて下さい」

 

ユリカがチューリップへの突入を選択するとプロスペクターが反対する。

 

「艦長、それは認められませんぞ!貴女はネルガルとの契約に違反しようとしている。有利な位置を選ぶのならクロッカスを撃沈‥‥」

 

「御自分の選んだ提督が信じられないのですか!?」

 

ユリカの悲痛な叫びにプロスペクターも言葉を失う。その瞳には今にも涙が溢れそうになっている。

その間にもカトンボ級駆逐艦はナデシコへと迫って来る。

 

「チューリップに入ります。クロッカスは後方からついてきます」

 

「ホントにいいのかな?入っちゃって‥‥」

 

ミナトが不安げに言葉をもらす。

そこへパイロットスーツ姿のままのアキトがブリッジに飛び込んでくる。

 

「ユリカ!!お前、何考えてんだ!?今すぐ引き返せ!!」

 

ユリカはアキトの叫びに力無く首を横に振る。

 

「クロッカスのクルーは皆死んでいたよ!俺達もああなる!」

 

『そうとは限らないわ。ナデシコにはディストーション・フィールドがある。それを使えば、あるいは‥‥』

 

「提督達は‥‥私達を火星から逃がそうとしている…」

 

ユリカがスクリーンを見つめたまま呟く。

 

「馬鹿な!そんな事があるかよ!」

 

「クロッカス、チューリップの手前で反転。停止しました」

 

アキトの言葉をルリの報告が遮る。

 

「クロッカスが…反転した…?」

 

「馬鹿な!?1隻で戦うつもりか!?」

 

ジュンの呟きとゴートの叫びを聞いたルリがハッと顔を上げる。

瓢提督の意図を悟ったルリが呟く。

 

「チューリップの手前で自爆すれば、敵はナデシコを追って来れなくなる‥‥まさか、コハクと提督は‥‥」

 

騒がしかったブリッジがルリの呟きに静まり返る。

 

(コハク、まさか死んじゃうなんてことないですよね‥‥?‥‥そんなの嫌ですよ‥‥貴女が死んだら、私はまた1人ぼっちに‥‥嫌、そんなの絶対に嫌!!)

 

ルリは言い知れぬ不安に陥り、身体が小刻みに震え出し、目の前が急速に暗くなるのを感じる。

 

『ナデシコの諸君』

 

突然ブリッジに瓢提督の声が響いた。

今にも消えそうな画質の悪い空間ウィンドウに瓢提督の姿が映し出される。

 

「提督!!お止め下さい!!ナデシコには、いえ、私にはまだ提督が必要なのです!!これからどうすればいいか…私には分からないのです!」

 

涙声で叫ぶユリカ。

 

『私には君に教えられる事など何もない…私はただ大切なものを守る為にこうするのだ‥‥』

 

普段と変わらぬ淡々とした瓢提督の言葉。

 

「コハクもどうしてこんな事を!?‥‥私たちは家族じゃなかったなんですか?私が姉で、貴女が妹で‥‥」

 

泣きそうになるのを必死に堪え、ルリはコハクにクロッカスに残った理由を聞く。家族という言葉を聞いてコハクは一瞬目を見開いたが、普段どおりの様子でルリと会話をする。

 

『僕も提督と同じ‥守りたい大切なものがある‥‥ルリが僕のことを家族だと思ってくれるのなら、信じて‥また必ず会えるから‥‥僕はまたルリの下に必ず帰ってくるから‥‥』

 

「コハク‥‥」

 

『ルリ‥ゴメンね‥‥迷惑をかけっぱなしの妹で‥‥本当にゴメン‥‥』

 

「コハク‥‥」

 

コハクは俯き、すまなそうに言うと、ルリはこの言葉を聞き、泣き崩れてしまった。

 

「何なんだよ!お前等がそうまでして守りたいものってのは!?」

 

泣き崩れたユリカとルリに代わり、アキトが叫ぶ。

 

『それが何かは言えない。だが、諸君にも、きっとそれはある。いや、いつか必ず見つかるはずだ‥‥私は、いい提督ではなかった‥‥いい大人ですらなかった‥‥最後の最後に自分の我が儘を通し、若者達に辛い決断と覚悟を強いている‥‥ただこれだけは言っておきたい。ナデシコは君達の艦だ。そこにある怒りも憎しみも……愛も全て君達だけ…ものだ。言葉は…なんの意味もない。それは‥‥』

 

スクリーンが大きく揺れ、映像と音声が途切れ始める。やがて爆音と共に通信が跡絶える。

 

「戻せ!」

 

ゴートが叫ぶ。

 

「ダメ、何かに引っ張られているみたい」

 

ミナトが航行用計器をいじるが、それ以上の強力な引力によりナデシコはチューリップの中に飲み込まれていく。

 

「これより先は何が起こるか分かりません。各自、対ショック準備‥‥」

 

ユリカが俯き、肩を震わせたまま言葉を搾り出す。

 

 

~ナデシコ・食堂~

 

「あったなぁ‥ゲキガンガーにもあんな話‥‥仲間庇ってさ‥‥死ぬなんて‥‥格好いいと思っていたけど‥‥自分には関係ないと思っていたけど‥‥それがなんでよりにもよってアイツなんかに‥‥あんなのただの自己満足だ‥‥それにコハクちゃんまで‥‥」

 

アキトはゲキガンガーの人形を指で突っつきながら1人、営業時間が終わり薄暗くなった食堂で呟いていた。

そこにホウメイが来て、アキトに一通の手紙を渡す。

それは瓢提督がアキト宛に書いた手紙だった。

 

「あの人は最初から火星で死ぬつもりだったのさ‥‥たとえ過去を知られなくてもあの人はテンカワ‥‥お前にだけ遺言を残していた」

 

「だから、感謝しろ!?だから許せ!?アイツは‥アイツは生き続けるべきだった!!火星の人達のためにも無様に生き続けるべきだった!!」

 

アキトがテーブルの上に置かれた瓢提督の手紙を払い除け叫んだ。

そして食堂の外ではユリカ、メグミ、リョーコの3人が居た。

 

「最初から死ぬつもりだなんて、無責任すぎます」

 

「年をとったからと言って偉いわけじゃねぇ。いくつになってもバカはバカのままだ」

 

「じゃあ私たちは誰に学べばいいの?誰に‥‥?」

 

ユリカが天井を見ながら寂しそうに呟いた。

そしてルリは自室のコハクが使っていたベッドの中で泣いていた。

 

 

ナデシコが火星のチューリップの中に消えた頃、地球では‥‥

 

 

~ネルガル重工 本社ビル・会長室~

 

「ナデシコが火星で消息を立って既に一週間になります。提示報告最後の艦の状態からおそらく火星で木星蜥蜴に撃沈された可能性が高いかと‥‥」

 

エリナがアカツキにナデシコの報告をする。

 

「やれやれ、プロジェクトはプランBに切り替えた方がいいかなぁ。コハク君を失ったのはかなり痛いけどね」

 

そう言ってアカツキは電話に手を伸ばす。

 

「連合軍総司令に繋いで‥そう仲直りしたいって伝えて‥‥」

 

アカツキが電話で連合軍総司令と話しをしていると突如会長室の隅で発光現象が起こる。

 

「なに!?」

 

「こ、これは…!?」

 

慌てるエリナに対し、驚きはしているが落ち着いた態度を崩さないアカツキ。

やがて光は収束し、弾けるようにして消える。

そして光が収まるとそこには横たわり眠ったコハクの姿があった。

 

「こ、コハク!?なんで此処に!?ナデシコに乗っていた筈じゃあ‥‥まさか、ボソンジャンプ!?」

 

エリナが駆け寄るとコハクはスヤスヤと静かに寝息を立てている。

 

「ハ、ハハハ、やっぱり君はすばらしいお宝だよ。コハク君。ハハハハハ‥‥」

 

アカツキは満足そうに眠っているコハクを見ていた。

 

 

・・・・続く

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