機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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更新です。


第16話

 

 

 

 

 

 

 

クルスク工業地帯にて、マイクロブラック砲搭載兵器『ナナフシ』を撃破したナデシコは新たに連合軍との共同戦線のため、合流場所へと向かっていた。

なんだか、最近連合軍にいいように使われている様な気がする。

ただ、コハクはあのナナフシ攻略作戦の後、ナデシコに戻ってきた時、格納庫で待ち構えていたルリの手によってしょっ引かれてお仕置きを受けたのは言うまでもない。

ルリからのお仕置きと聞いてその場にて何故か顔を赤らめる者や興奮する者、羨ましがる者もいた。

 

 

そして、翌日‥‥

 

「コハク、まだその羽織持っていたんですか?」

 

ルリが呆れたように言う。

 

「だって‥なかなか着心地が良くて‥‥」

 

コハクはいつもの制服の上に浅葱色のだんだら羽織を着ている。

これは先のナナフシを撃破する作戦で、ウリバタケがコハクに用意したものだった。

作戦時、ブリッジ要員はヨーロッパ諸国風の軍服を着ていたが、何故かルリは日本の戦国時代の水軍か足軽風の赤い鎧、コハクは新撰組の格好をしていた。

コハクはこの新撰組の羽織が気に入ったみたいだった。

 

「ふぅ~‥‥連合軍と合流したらその格好だけはやめなさい」

 

「はーい」

 

とりあえず軍と合流するまではコハクは羽織を着たままでいた。

 

連合軍との合流前日の夜。

オモイカネの最終点検をしていたコハクがオモイカネの異変に気づく。

オモイカネは軍との共同戦線に不満と不安を抱いていた。

それは以前連合軍の防衛ラインを強引に突破した経験から軍はナデシコの行動を阻害する邪魔者として記憶されており、今回も作戦に関して軍が自分の邪魔をしてくるのではないか?

背後から自分を撃って来るのではないか?

自分諸共敵を殲滅する気ではないか?

という不安を抱いていた。

コハクは時間の許す限り、プログラムの修正とオモイカネを宥めたが、オモイカネの不安と不満は消えなかった。

 

コハク‥そしてオモイカネの不安を抱いたまま翌日、ナデシコは連合軍と合流し、本格的に木星蜥蜴との戦闘に突入した。

連合軍の艦よりもまるで親の仇のようにナデシコに迫ってくる木星蜥蜴の群れ。

 

「そっちがそうならこっちもその気!徹底的にやっちゃいます!エステバリス部隊、出撃!!」

 

「フフフ、皇国の興廃、常に我等の奮闘にあり‥‥アカツキ、出る!」

 

「了~解。テンカワ、出ます」

 

「元気、元気!スバル、出るぜ!」

 

「負けないもん!アマノ、いっきま~す!」

 

「お仕事、お仕事…マキ、出るよ!」

 

「エステバリス隊、全機発進完了」

 

「攻撃開始」

 

ユリカの号令の下、エステバリス隊はまず、搭載ミサイルによる攻撃を開始した。

 

「よっしゃ、いただき」

 

アカツキが前方のカトンボ級に照準をロックしてミサイルを発射する。

しかし、照準が何故か突然書き換えられ、ナデシコの後方にいる連合軍艦艇に向ってミサイルは発射された。

 

「なにィ!?」

 

アカツキ同様、他のエステバリスのミサイルも連合軍と木星兵器の両方に飛んでいった。

 

「な、何だ!?」

 

「何だ、こりゃ?」

 

ナデシコを中心に木星艦隊、連合軍艦隊に爆発が広がっていく。

 

 

~連合軍 第一艦隊旗艦 戦艦 ジギタリス~

 

「機関部大破!航行不能!」

 

「くそっ!!トカゲヤロウ!!総員退艦!!」

 

「全弾ナデシコ側からの攻撃です!!」

 

「なにぃ!?バカやろうー!!」

 

まさかの友軍からのフレンドリーファイアにジギタリスの艦橋で艦長の絶叫が響く。

 

 

~sideナデシコ ブリッジ~

 

「え? 何?何が起きたの~?」

 

ユリカは艦隊旗艦の撃沈報告を受けてオロオロとする。

 

「エステバリス各機、味方も攻撃しています!!」

 

「味方を攻撃~!?」

 

「ナデシコとエステバリスは連合軍も敵と認識しているようです!!」

 

即座にルリはオモイカネに自己診断プログラムを走らせるが問題は見当たらない。

オモイカネはちゃんと『敵』を狙って攻撃している。

 

「ナデシコの誘導装置に異常はありません。エステバリスは全て敵を攻撃しています」

 

「何で~!?敵はあっち!敵はあっちだよ~!」

 

ユリカが両手をジタバタと振り回しながら、木星兵器を指さす。

しかし、エステバリスは連合艦隊への攻撃も木星兵器への攻撃も止めない。

 

「あぁ~もう攻撃止め!! 止め~!!」

 

味方の被害をこれ以上多くしない為にユリカが攻撃中止を命じる。

 

「敵、至近距離。今、攻撃を中止すればやられます!!」

 

コハクがレーダーを見ながらユリカに報告する。

スクリーンにはバッタがアップで映る。

ブリッジで混乱したやり取りが続く間にもエステバリスから放たれるミサイル。

 

「おい、なんとかしてくれよ~!!」

 

「まっ、なるようになるわね」

 

パイロットの方も半ば諦め状態で攻撃を続行する。

止めれば自分達の身が危ないからだ。

そしてエステバリスの後ろには脱出した連合軍の戦闘機パイロット達の落下傘の花が咲いていた。

彼らは口々にナデシコやエステバリスのパイロットに向って文句を言っていた。

 

その日の戦闘は無茶苦茶だった。

木星兵器も敵と味方を攻撃するナデシコの行動が理解できずに撤退、同じく連合軍もナデシコにこれ以上攻撃されてはかなわないと言って撤退した。

 

「死傷者がでなかったからいいものの‥‥」

 

ブリッジでプロスペクターが今回の連合軍の被害額を計算している。

 

「この戦艦1隻幾らするとお思いです!?」

 

空間ウィンドウには撃沈されたジギタリスの姿が映っている。

 

「あっ、あれ私が落としたやつだ」

 

イズミが呟いた。

今回の友軍艦隊の旗艦を落したのはイズミだったみたいだ。

 

「あのですねぇ~あのジギタリスはこのナデシコよりも高いそうで‥‥」

 

プロスペクターは怒りを堪えているかのように眼鏡を抑えながら言う。

 

「私も50機落とした」

 

「ヒカルにしちゃ、いい成績ね」

 

「ただね‥‥」

 

「ただ?」

 

「よく見たら落とした機体、皆に地球連合軍のマークが描かれていた‥‥」

 

「ただ‥‥ではすみません‥‥」

 

プロスペクターのこめかみがピクピクしている。

 

「僕は落とした数だけ言おう。78機だ!!敵味方両方合わせてなぁ‥‥」

 

アカツキがドヤ顔で今回の戦闘における自分の戦果を言う。

 

「内、62機は味方です!」

 

プロスペクターがアカツキの戦果の詳細をアカツキに伝える。

 

「あっそう‥‥」

 

プロスペクターの話では今回のアカツキの戦果は敵よりも本来の味方の被害が大きい。

 

「アキト、貴方はさっきから黙っているけど?」

 

ユリカはさっきからジッと沈黙を守っているアキトに声をかける。

すると、アキトは今回の戦果を口にする。

 

「あ、あの‥‥皆ほど酷くはない‥‥敵のチューリップを叩こうと思ったら連合軍の燃料貯蔵基地を壊しちゃった‥‥」

 

アキトは苦笑しながら言うが、アキトの戦果が他のパイロットよりも一番酷い気がする。

 

「あ、貴方!!あそこの建設費、幾らかご存知ですか!?」

 

プロスペクターの怒りが頂点に達した様で大声で怒鳴り散らす。

彼の血圧値が心配だ。

 

「でも、ちゃんと災害保険に入っているんでしょう?」

 

イネスが保険について指摘する。

 

「当然です。しかしお見舞金ぐらいは支払わなければならないでしょう。これでもし、死傷者が出て慰謝料を払っていたらどうなったことか‥‥」

 

今回、ナデシコ、ナデシコのエステバリスのフレンドリーファイアによる味方の損害について皆、保険に入っていたおかげでネルガルは全額の賠償は負わなくても良い様だ。

 

(プロスさん、アカツキさん‥‥ご愁傷様です)

 

多大なお見舞金を軍に支払わなければならないネルガル関係者に対して心の中でお悔やみを申し上げるコハク。

 

「で?なんで連合軍をやっつけちゃったわけ?」

 

ムネタケがパイロット達を睨む。

 

「やりたくてやったわけじゃない」

 

「我々が愛するのは緑の地球‥僕達が連合軍を裏切るわけがない!」

 

アキトとアカツキが弁解する。

 

「じゃあ整備不良?」

 

ムネタケが今度はウリバタケ達整備班を睨みつける。

 

「言ってくれるじゃねぇか。俺達の整備にケチを付けるたぁ‥‥いいか!俺は女には失敗してもメカでこけた事はねぇ!テメェらの未熟を俺達のせいにするんじゃねえ!!」

 

「何だと!」

 

ヒートアップし始めるパイロットと整備班を止めたのは、それまで黙って成り行きを見守っていたルリだった。

 

「待ってください。パイロットにも整備にも異常は見当たりません」

 

「じゃあ、何が原因?」

 

ユリカの疑問に答えたのはコハクだった。

 

「それを調べる為、連合軍から調査船がこちらに向かっています」

 

「連合軍調査船、近付きます」

 

メグミの報告と共に、ブリッジに警報音が響く。

 

「な、何?」

 

ユリカが戸惑いの声をあげる。

 

「いけない、止めて!それは敵じゃない‥‥」

 

ルリがオモイカネに攻撃中止命令を出すが、オモイカネはルリの言葉に従わずナデシコからは調査船に向けてミサイルが発射される。

 

「あー!!」

 

アキトが空間ウィンドウを指差し叫び声を上げる。

そこには調査船に向かって発射されるミサイルの映像が映し出されていた。

そしてミサイルは調査船に見事に命中する。

 

『‥‥』

 

全員の目がミナトに集中する。

今、コンソールについているのは彼女だけだったからだ。

 

「知らないよぉ~!!私、何もしてないよ!!」

 

両手を上げて自分の潔白を主張するミナト。

 

「調査船から脱出した救命ポッドが救援を求めています!」

 

そしてミサイルの照準が今度は脱出ポットにロックされる。

 

「えぇ!?また攻撃命令?」

 

「一体、誰が?」

 

ルリは必死にオモイカネに中止命令を出し続ける。

それでもオモイカネは脱出ポットを攻撃しようとする。

 

「撃っちゃダメ‥‥オモイカネ、それは敵じゃない‥‥!」

 

ルリのIFSコンソールにスっと手が置かれる。

 

「あっ‥‥」

 

ルリが顔を上げるとコハクがそこにいた。

 

「手伝うよ」

 

コハクの協力を得て、オモイカネの攻撃命令を中止させる事には成功するが、これで一連の連合軍に対する攻撃はオモイカネによるものだったという事が明白となってしまった。

ルリが悲しげな表情を浮かべて俯く。

 

「ルリ‥‥」

 

俯くルリにコハクはそれ以上かけてやる言葉が見つからなかった。

 

 

~sideナデシコ 会議室~

 

ナデシコの欠点を次々と糾弾する調査員達。

いきなり攻撃された彼等が冷静なはずもなく、調査チームのリーダーが罵声を含んだ調査の推論を纏めに入る。

 

「ナデシコのコンピューターには‥‥」

 

「オモイカネです」

 

調査チームのリーダーの言葉をルリが訂正する。

 

「オモイカネ?」

 

「あっ、名前です。コンピューターの‥‥」

 

怪訝な表情を浮かべた調査チームのリーダーにユリカはオモイカネが何なのかを説明する。

 

「ふん、道具に過ぎないコンピューターに名前を付けるなど、20世紀末の悪しき風習ですな」

 

調査チームのリーダーが鼻で笑う。

 

「でも、オモイカネはオモイカネです」

 

ルリが更に言い募る。

オモイカネをバカにされた為か彼女の表情は不満そうだ。

 

「オモイカネでもカルイカネでも構わん!!ともかくナデシコのコンピューターには、かつての防衛ライン突破の記憶が残っていると推測される。すなわち連合軍はナデシコの行動を妨害する敵であるという記憶が学習されている。それが連合軍との共同作戦に拒絶反応を起こす‥という訳だ」

 

彼等の話しを聞いていたイネスが解りやすく話しを纏める。

 

「人間でいえば、ライバル会社に吸収合併されてこき使われるサラリーマンのようなものね」

 

「わかります、わかります。それは辛いですなぁ‥‥」

 

プロスペクターがウンウンと頷く。

同じサラリーマンの例えで何か自分にも通じるものがあるのだろうか?

 

「つまり、プッツンしたわけね」

 

イネスの言葉に調査チームの全員が頷く。

 

「さよう、コンピューターならフリーズですな。まっ、コンピューターの場合、バグをリセットすれば済む事だが‥‥」

 

「オモイカネにはちゃんと自動リセット機能がついています」

 

「だが、連合軍へ対する敵愾心が強すぎたのだ。リセットを繰り返す度にストレスを溜めていった。それでついに今回のような行動に至った‥という訳だ」

 

調査チームのリーダーがクルーを見回し続ける。

 

「解決策としては学習した記憶を全て消去、新たなプログラムに書き換えるしかない!」

 

「ちょっと待って下さい。そんな無茶苦茶が許されるんですか?そんな事をすればナデシコがせっかく火星まで行って学習した敵に対する効率的な対処の仕方まで忘れてしまいます」

 

ルリは何とかオモイカネの記憶が消されないで済むように必死に言葉を紡ぐ。

しかし、ムネタケがそれを遮る。

 

「いい事、ホシノ・ルリ。ナデシコは連合軍の戦艦なのよ。単独行動していた時の記憶なんて百害あって一利なしよ」

 

「その通りだ。戦うのは人間であり、機械じゃない」

 

アカツキがムネタケに加勢する。

確かにアカツキの言う事も間違いではない。

 

「ナデシコは連合軍の指揮下にあるの。邪魔な記憶には消えて貰うわ」

 

ムネタケとアカツキの言葉にルリは俯いてしまう。

 

「それ、大人の理屈ですよね?都合の悪い事は忘れてしまえばいい‥‥大人ってズルイな‥‥」

 

ルリがポツリと呟く。

アカツキの言う事も分かるが、それでもまだ11歳と言うルリにはそう簡単に納得できることではなかった。

 

「ルリちゃん‥‥」

 

ユリカがルリを心配げな眼差しで見つめる。

 

ナデシコの通路を奇妙な一団が歩いていた。

白衣を身に纏い、目には黒いバイザーを掛け、手にはノートパソコンを持った集団がナデシコのメインコンピュータールームへと入っていった。

 

「なっ!?なななな、なにをお前ら同じ格好をしているんだ!?おい!?」

 

その一団とすれ違ったウリバタケは彼らにドン引きしていた。

 

 

~sideナデシコ コンピューター制御室~

 

「プログラムを再インストール、オモイカネを絶対服従のプログラムへ書き換えろ!」

 

調査チームのリーダーがそう言うと調査員たちはノートパソコンを駆使し、次々とナデシコにインプットされていた従来のプログラムを消去し、新しいプログラムを再インストールしていく。

 

「データ‥全部‥消さなきゃいけませんか?」

 

ユリカが調査チームのリーダーに尋ねる。

 

「駄目ですな」

 

リーダーは即答し、ムネタケも同調するように言う。

 

「そうそう、これでナデシコは生まれ変わるわ。民間船から真の軍艦へ‥‥軍のお船へ‥‥」

 

ムネタケも何だか嬉しそうに呟いた。

 

「‥‥」

 

ユリカは何とも言えない表情でそれを見ていた。

 

 

~sideナデシコ 厨房~

 

アキトはようやくできた休憩時間を使い、今日は料理の勉強をしていた。

出来たばかりのラーメンのスープを味見していると、

 

「アーキート!!」

 

背後から名前を呼ばれ肩を叩かれた。

驚いたアキトはスープを口から吐き出した。

 

「ブゥー!!っ!?何しやがる!?」

 

振り向くとそこにはユリカが笑顔で立っており、

 

「頼みごと‥‥ちょ~っと聞いてくれるかな?」

 

「ふん、やなこった。俺はコックになる夢を完全に諦めたわけじゃないんだ。今日は料理の勉強をするって決めたんだ」

 

「エステバリスのパイロットが必要なの」

 

「誰でもいいだろう。リョーコでもヒカルでもイズミでも‥‥」

 

「ダメなんです」

 

ユリカと違う声で言われアキトが振り向くとそこにはルリ、ウリバタケ、コハクの3人がいた。

 

「テンカワさんじゃないとダメなんです。お願いします」

 

「アキトさん、僕からもお願いします」

 

「まっ、そういうことだ‥‥」

 

2人の少女に頭を下げられてお願いされてはアキトも無碍に断れなかった。

ましてアキトはコハクに色々世話になっているのだから‥‥

 

こうして5人はウリバタケの部屋へとやってきた。

 

「くせぇな」

 

「じきに慣れる」

 

「男の人ってみんなこうなの?」

 

「この部屋嫌‥‥」

 

「歩きにくい‥‥」

 

ウリバタケの部屋は模型とガラクタで占拠されており、部屋のにおいも接着剤や塗装剤、シンナー、埃っぽい臭いで満たされていた。

よくこんな部屋でウリバタケは寝れるなとアキト達はそう思った。

 

「しょーがねぇだろう?コンピューター室は占拠されているし、こんなやばい仕事ブリッジじゃ出来ないから‥‥あっ!そこ気をつけて!作りかけのフィギュアがぁー!!」

 

「「「「えっ?」」」」

 

アキトの足元には何時ぞやのイネス制作の番組に登場したユリカウサギの未塗装フィギュアが転がっていた。

 

「こんな所で、出来るのか?そのデバックって?」

 

コンピューターをいじるウリバタケに聞くアキト。

 

「こう見えてもオモイカネには何度もアクセスしてんだぜ‥‥よし、出た」

 

ウリバタケがエンターキーを押すと画面にデフォルメされたエステバリスの画像が現れる。割烹着を着て、頭に三角巾、手にはハタキとチリトリを持っている。

 

「可愛い~♪」

 

ユリカが目を輝かせて画面に見入る。

 

「さて、時間もねぇし早速いくぞ!準備はいいか?」

 

「へーい」

 

ウリバタケのコンピューターと接続されたシミュレーターヘルメットを被りながらアキトが答える。

準備が整いIFSを起動する。

 

「私達がバックアップします」

 

「よろしく、テンカワエステ、起動!」

 

ウリバタケの声が響く。同時にアキトの目の前のディスプレイが光に満ちる。

その眩しさに思わずアキトは目を閉じる。

 

 

~sideナデシコの電脳世界~

 

アキトがゆっくりと目を開くと目の前には広大な図書館の風景が広がる。

図書館の中では先程ウリバタケのパソコンの画面で見たお掃除エステが無数に動き回って本棚を清掃したり本を整理している。

 

「ここがコンピューターの中?」

 

コンピューターの世界が思った以上に人間の世界にそっくりな事に驚くアキト。

 

「の、イメージ世界‥‥思い出すぜ、7回受験に失敗したマサチューセッツ工科大学の図書館を‥‥」

 

どうやらこの図書館の世界もウリバタケが設定した仮想世界でわかりやすく表現する為のモノだった様だ。

 

「で、どこへいけばいい?」

 

「「案内します」」

 

二頭身のエステバリスの胴体にこれまたデフォルメされたアキトの頭が乗っているテンカワエステの両肩に、これまた同じくデフォルメされたルリとコハクの姿が現れる。

 

「分かった。よろしく」

 

テンカワエステはルリとコハクの案内に従い、図書館の中を飛ぶ。

 

「あれは…!?」

 

幾つもの角を曲がり、幾つもの階を上がった時、デフォルメされた連合軍の宇宙戦艦と行き当たる。

 

「あれは書き換え中の軍の新しいプログラムですね」

 

船体から伸びたアームからスパークが発せられている。そしてそのスパークが触れた部分の本が次々に消えていく。

 

「どうする?やっつける?」

 

「今はダメです」

 

「どうして?」

 

「今倒せば軍に気づかれます」

 

「そっか、じゃあ今倒すのはまずいね」

 

再びアキトは2人の案内に従ってナデシコの電脳世界を飛び続ける。

そして暗い通路を抜けるとドーム内の様な空間に飛び出る。

 

「ここがオモイカネの‥‥」

 

「はい。あれがオモイカネの自我です」

 

ルリが中央に生えた大木を指差す。

 

「今のナデシコがナデシコである証‥‥自分が自分でありたい証拠‥‥」

 

「オモイカネの"私らしく"‥か‥‥」

 

「自分の大切な記憶‥‥忘れたくても忘れられない‥‥大切な思い出‥‥」

 

端末を通してアキトと2人の少女のやり取りを聞いていた

 

「忘れたくても忘れられない思い出‥‥」

 

「自分が自分である証‥‥」

 

「少しの間だけ、忘れさせて‥‥」

 

「忘れさせる?どうやって?」

 

「あのてっぺんの長く伸びた枝‥あれを切って下さい。‥‥悲しいけど、枝はまた伸びる。またいつかオモイカネは思い出す。そしてナデシコはナデシコである事を止めない‥‥」

 

「わかった‥‥」

 

テンカワエステバリスが自我の樹の頂上を目指し飛んでいく。

 

「オモイカネ、少しの間だけ忘れて…そして大人になって‥アナタが連合軍に従ったフリをすれば、ナデシコはナデシコのままでいられる‥‥」

 

テンカワエステバリスが高枝バサミでナデシコの花を一輪ずつ丁寧に切り落としていく。

 

「いいのかな?これで‥‥?」

 

アキトがそう呟いたその時、突然アキトは黒い影に襲われる。

 

「うわぁぁ!!」

 

『アキト!どうしたの!?』

 

『出てきやがったな‥‥』

 

ディスプレイの中では弾き飛ばされたテンカワエステバリスが体勢を立て直す。

 

「セイヤさん、これは!?」

 

「コンピューターの異物排除プログラム‥‥オモイカネの防衛反応だ」

 

「大事なものを忘れたくないエネルギーです」

 

「なんだよ!?もう!!」

 

アキトは距離を取ると、やがて黒い影がはっきりとした形になってくる。

 

「あれはっ!?」

 

『ゲキガンガー3!!』

 

アキトの目の前にはゲキガンガーが姿を現す。

 

「オモイカネは入力されたデータの中で最も強く最も正しいモノを正義の味方‥‥自分の味方として記憶しています。‥‥オモイカネはテンカワさんの部屋でゲキガンガーのビデオを一緒に見ていたんです」

 

「だからってゲキガンガーになることはないじゃないか!?」

 

アキトが自分の大好きなヒーローに変身したオモイカネに文句を言う。

するとコハクがテンカワエステバリスの肩から離れ、

 

「防衛システムは僕が相手をします。アキトさんは作業を続けて」

 

「でも、コハクちゃん!!」

 

アキトがコハクを止めようとしたが、

 

『ゲキガンビーム!!』

 

「うわぁ!!」

 

「くっ‥‥」

 

ゲキガンガーの目から放たれたビームによって分断されてしまった。

 

「さあ、オモイカネ!!僕が相手だ!!」

 

デフォルメされたコハクの身体が光るとプロヴィデンスとなった。

するとゲキガンガーも変化をし始める。

そして現れたのは黒い巨大な機動兵器‥‥。

 

『な、何?あの黒いの‥‥エステバリス‥‥?』

 

『確かにどことなくエステに似ているが、見た事がねぇ型だな‥‥』

 

ディスプレイに現れた黒い機動兵器を見てユリカとウリバタケが呟く。

 

「‥‥ブラック‥‥サレナ‥‥」

 

コハクが黒い機動兵器を見てポツリと呟く。

 

『えっ?コハクちゃんはあの機体知っているの?』

 

ユリカが機体名を呟いたコハクに尋ねる。

 

「えっ?僕、今なにか言いました?」

 

『うん、「ブラックサレナ」って呟いていた。もしかしたら知っているのかと思って‥‥』

 

「い、いえ、知りません‥こんな機体‥‥ネルガルに居た頃も、戦場に居た頃もこんな機体は見たこともありません‥‥」

 

自分で黒い機動兵器の名前らしき名を言いつつもあんな機体は見た事がないと答えるコハク。

ブラックサレナはプロヴィデンス目掛けて突進してきた。

迎え撃つプロヴィデンスは搭載されたビーム砲端末を全部切り離し、上方へ回避、ビットがブラックサレナを囲みビームを放つがブラックサレナはそれを巧みに躱す。

 

「速い!!」

 

『あの巨体であんなスピードが出せるのかよ!?』

 

ブラックサレナの機動性にはウリバタケも驚いている。

ビットによる包囲攻撃にサレナは距離を取ろうとキャノンで牽制しながら後退する。それを追うプロヴィデンス。

自我領域のドーム内の壁面を這うように飛ぶブラックサレナ。

コハクはそれに目掛けてレールカノンを撃つが、それを紙一重で躱し、射撃の切れ目を狙いブラックサレナが反転する。

2基のビットを機体の前に配置し攻撃するが、ブラックサレナの射撃で破壊され、回避が間に合わず、吹き飛ばされる。

 

「うあぁぁぁー!!」

 

『コハクちゃん頑張って!!』

 

「コハク‥‥」

 

ルリには目の前で繰り広げられている光景がどうしても信じられなかった。

コハクがロボットで戦うのをシミュレーターや月軌道、先日のナナフシ攻略戦で見たが、軍のパイロットでさえ、コハクに敵う者が何人いるだろうか?というぐらいコハクの腕はかなりのものなのに、僅か1機の機体に押されている。

 

「ハァ…ハァ…クソッ!」

 

コハクの疲労の極みにあった。

撃っても当たらず、ビットも既に残り1基のみに減らされている。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

(くっ、このままじゃいずれ押し切られる‥‥)

 

プロヴィデンスのコックピットで息を切らすコハク。

ブラックサレナは腕のハンドカノンをランスのように前に突き出し、高速度のフィールド・アタックを掛けてきた。

 

「っ!?しまった!!」

 

疲労のため集中力が欠如していたコハク。

 

(ダメだ!避け切れない‥‥)

 

ブラックサレナのハンドカノンがプロヴィデンスのコックピットを貫く寸前、ブラックサレナの動きが突然ピタッと止まった。

 

『ウッ‥‥ガ‥‥ゴ‥ガァァァアァ‥‥』

 

ブラックサレナは突然苦しむような動きをした後、ブラックサレナの全身は発光しだすと光の粒子になりながら消えていった。

 

「ギリギリセーフだったね」

 

アキトが自我の樹の頂上から戻ってきた。

 

「あ、アキトさん!!遅いですよ!!もう!!」

 

頬を膨らませ、プイッと顔を横に向けるコハク。

 

「ごめんごめん」

 

プロヴィデンスからデフォルメ姿に戻ったコハクは再びアキトの肩に乗り、連合軍がシステムを書き換えている箇所へ行き、ミサイルで連合軍のデフォルメ戦艦を破壊した。

その後、連合軍はオモイカネの書き換えが成功したと思い込み去っていった。

 

「順調~♪順調~♪、この戦い地球が勝つわよ。ねぇ艦長?」

 

「はい♪」

 

「さっ、行くわよ♪」

 

書き換えが成功し、上機嫌のムネタケがユリカを促す。

 

「はい♪微速前進!面舵いっぱ~い!!」

 

シートに座っていたコハクとルリ。

その目の前に小さな空間ウィンドウが現れる。

 

《あの忘れえぬ日々、そのためにいま、生きている》

 

コハクとルリは顔を見合わせ、そして微笑む。

 

「「そうだね‥‥」」

 

ナデシコは大切な思いを乗せ、青空へと飛んでいく‥‥次の戦場を目指して‥‥

 

 

ただ、その中でコハクはどうしてもオモイカネの深層意識の中で出会ったあの黒い大きなエステバリスの事が気になった。

何故自分はあの時、初めて見た筈の黒いエステバリスの名前を知っていたのか?

コハクがそれを知るのはもっと後になってからだった‥‥

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。

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