機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第30話

 

 

 

西暦2198年 3月 火星

 

「私? うん、私はアキトが大好き!」

 

「‥‥初めて聞いた」

 

「嘘」

 

「ホント」

 

「嘘、嘘」

 

「ホント」

 

「‥‥‥んっ」

 

戦場に響きわたる痴話喧嘩。

繰り返し続くユリカの言葉をアキトの唇が塞いだ。

 

──キス。

 

幼い頃、火星の草原で交わして以来の2度目のキス。

驚いたように見開いたユリカの目が閉じられ、アキトはユリカの肩をやさしく抱き寄せた。

 

「‥‥地球‥か‥‥何もかも‥‥みな‥‥懐か‥‥しいや‥‥」

 

ナデシコの展望室では1人の少女が地球を見ながら静かに眠った。

 

 

 

 

西暦2198年 3月 ナデシコはその航海を終え、無事地球へと帰還した。

 

 

 

 

地球も木星も戦争をしてまで手に入れようとした火星の遺跡‥その肝心な中枢部を宇宙の果てに飛ばし、回収不能にしてしまったナデシコ。

そんなことをすれば、当然といえば当然、何の処罰も受けないと思ったら大間違い。

地球に着いたナデシコは母港である、ネルガルのサセボドックに着いた早々にナデシコクルーは全員その場で身柄を拘束され、暫くの間拘留生活を余儀なくされた。

しかし、この処置は軍法会議でも国際法廷でも決定された正式な処置ではなく、あくまで仮の処置である。

遺跡の核を宇宙の彼方へと飛ばしたことで、地球、木星の双方は戦争の目的を失い、現在は小康状態になっているとはいえ、戦争は未だに継続中で正式にナデシコクルーを立件、処罰をしたくても舞台となった火星遺跡の調査が出来ない上、ネルガルの影の影響力と元ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカの父、連合艦隊提督、ミスマル・コウイチロウの尽力等もあり、未だに仮処分中というのが実状だった。

 

連合宇宙軍サセボ基地資材管理倉庫D――――通称ナデシコ長屋。

 

四畳半一間の部屋を三軒隣の寝言が聞こえるほど、薄い壁で仕切っただけの急ごしらえの簡易住居。

そんな住居生活の中でも、ナデシコクルーは現在も継続中の戦争などどこ吹く風といった状態で、意気消沈する様子もなく、ナデシコにいたときと何ら変わらない毎日を送っている。

拘留生活といっても刑務所のように終始、銃を構えた兵士に見張られるわけでもなく、また強制労働を強いられるわけでもなく、遠巻きで監視されている点を除けば、比較的自由に過ごせる。

ただし、基地の外に出る場合は事前に外出の申請許可が必要となり、外出してもやはり遠巻きに軍の監視が付く。

しかし、そんな些細なことを気にするナデシコクルーはいなかった。

 

そんな生活環境の中、ナデシコクルーの1人、テンカワ・アキトの朝は早い。

彼は毎朝5時には起床し、手早く布団をたたみ、小一時間ほどナデシコで毎日欠かさず行ってきた体力づくりのトレーニングを行い、汗を流した後、朝食の準備をする。

そして午前7時過ぎ、

 

「アキトー 朝ご飯食べに来たよー」

 

長屋の玄関を開け、ナデシコ元艦長、ミスマル・ユリカと元オペレーターのホシノ・ルリが来た。

 

「ねぇねぇアキト、お味噌汁もう一杯おかわり」

 

ユリカがにっこりと満面の笑みを浮かべアキトにお椀を差し出す。

 

「お前‥‥太るぞ‥‥」

 

アキトは差し出されたお椀を受け取り、呆れながら言う。

 

「だって~アキトの作るご飯美味しいんだもん。さすがコックさんだよね」

 

四畳半一間の中心に置かれた丸い小さな卓袱台の上には、ふっくらと炊き上げられた白いご飯に味噌汁、焼き魚、それにありあわせの野菜が添えられている。

 

「ん~やっぱり美味しいアキトのご飯~♪」

 

ユリカはとても満足そうにアキトの作った朝食を食べる。

ブツブツと言いながらも味噌汁のおかわりをよそるアキトの顔も満更ではなさそうだ。

ほのぼのとした朝の平和な一面。しかし昔から平和というのは長続きせず、唐突に終わりお迎える。

朝食の片付けも終わり、普段ならば、ナデシコの料理長だったホウメイの下へ料理勉強に行くアキトだが、今日はホウメイが食材の調達のため、料理勉強は休み、そこで部屋の掃除でもしようかと思っていた時、

 

「アキト君、居るよね!?」

 

いきなり玄関の戸を開けて入ってきたのはジャージの上にドテラを着込み、頭にはハチマキ、目の下にはクマ、手には墨、足にはスクリーントーンの切れ端が張り付いている。

それは原稿が締め切り寸前になった漫画家スタイルをした元エステバリスのパイロットの1人、アマノ・ヒカルだった。

 

「どうしたの、ヒカルちゃん?」

 

「お願いベタだけでもいいから原稿手伝って!『うるるん』の新人マンガ賞の締め切りが明日までなの~」

 

滝のような涙を流しアキトの手を握るヒカル。

 

「あれ?でもリョーコちゃんが確か手伝っていたはずじゃ‥‥?」

 

「ダメダメ。リョーコ、がさつだからベタははみ出すは、消しゴムかければ原稿用紙を破くはで、全然使えないの。だからお願いアキト君、手伝ってぇ~」

 

顔を近づけられタジタジになるアキト。

 

「で、でも俺、マンガを描いた経験なんてないッスよ」

 

「大丈夫。アキト君器用だし、ルリルリだってこの前まで素人さんだったけど、今じゃトーンの削りだって出来るようになったなんだから」

 

「は、はぁ~」

 

(トーンの削りってヒカルちゃんにとってどれくらいの高レベルの作業なんだろう?)

 

「今日はルリルリも出かけていて、居ないの~だからお願~い」

 

アキトは、苦笑いをしつつ据わった目で自分を凝視してくるヒカルにはとても勝てそうにないと判断し、アキトはその日ヒカルのアシスタント兼食事係りを務める事となった。

 

アキトがヒカルのマンガのアシスタントを務める事となったその日。

ルリは外出許可をもらい、サセボ市内にあるネルガル系列の病院にいた。

特別病棟の中にある一室。

ルリは病室のドアをノックして、中からの返事を聞き、病室へと入る。

 

「ルリ、いらっしゃい」

 

ベッドで上半身を起こし、水色のパジャマの上に薄桃色の薄手のカーディガンを羽織ったコハクがルリを出迎える。

ナデシコ元サブオペレーター、タケミナカタ・コハク。

火星においてナデシコを単独でボソンジャンプさせた実績を持つ。

その正体は遺伝子改造とナノマシン技術を使って、作られた人工生命体でナノマシンの力を使い体の原子配列を変換させ、体の構造を変化・変形することができる生物兵器でもある。

その彼女は火星での度重なるボソンジャンプと木連との和平会談中、木連将校、白鳥九十九を凶弾から救うべく自ら負傷したことにより、ナデシコが地球に帰還した際には、昏睡状態となり、サセボに到着後、そのまま病院に担ぎ込まれた。

病院に担ぎ込まれた後も昏睡状態が続き、3日目になりようやく意識が回復した。

そしてそのまま療養と検査のため長期入院していたのだ。

 

「体の調子はどうですか?」

 

ルリはベッドの脇にある椅子に腰掛ける。

 

「うん、大分調子が戻ってきたよ」

 

「ちゃんと食事はとっていますか?入院するとげっそりと痩せるってミナトさんが言っていましたから」

 

「ご飯はちゃんと食べているよ。でもナデシコの食事と比べるとやっぱりナデシコの方が美味しいかな」

 

「そうですか」

 

「うん」

 

その後、ルリはりんごを剥きながら、ナデシコ長屋で自分が見たり、聞いたりしたことをコハクに語って聞かせたり、コハクの髪の毛をブラシで優しく梳かしたりした。

楽しい時間というのはあっという間に終わり、やがて面会終了時間となる。

 

「それじゃあまた来ますね。コハク」

 

「うん‥‥早くみんなの‥ルリの居るその長屋に行きたいな‥‥」

 

「コハク‥‥」

 

コハクはルリと別れる際には寂しそうな顔をする。

そんなコハクをルリは優しく頭をなで言う。

 

「コハクは甘えん坊ですね。大丈夫です。私もナデシコ長屋も皆も逃げませんから、コハクは十分に元気になってから、長屋に来てください。長屋で突然倒れられては逆に皆に心配をかけてしまいますから」

 

「‥‥うん、そうだね」

 

「ええ、それじゃあ、また‥‥」

 

「うん、またね‥‥」

 

コハクは手をヒラヒラと振りルリを見送った。

 

「コハク‥‥」

 

病院を出たルリは外からコハクの病室の窓を数分間じっと見つめていた。

 

 

そして、西暦2198年 5月 木連にて若手将校を中心とした大規模なクーデターが勃発した。

 

「「「「休戦協定!?」」」」

 

ルリ、リョーコ、ゴート、ユリカの声が重なる。

 

「そう休戦協定」

 

ナデシコ長屋の集会場に集まったナデシコクルー全員の様子を見て、アカツキが満足そうに頷く。

 

「まっ、元は同じ地球人、昔のことは全て水に流して仲良くやりましょうってことさ。最も協定が正式に調印されるのは今年の秋ぐらいかな。今度の木蓮の指導者はなかなか話がわかる人物でね」

 

「今度の指導者?」

 

木連の新しい指導者と聞き、眉を顰めるアキト。

 

「しつもーん」

 

ユリカが手を挙げる。

 

「何かな?」

 

「今度の指導者ってことは木連で何かあったんですか?」

 

「さすが鋭いね。実は先日木連で大規模なクーデターが起こってね。その結果これが成功して、木連の政治体制が激変、穏健派の若手が政権を握ったわけさ」

 

アカツキは木連の実態を大まかに口で説明した後、秘書のエリナに詳細な資料を掲示させた。

掲示された空間ウィンドウには証明写真のような構図で3人の男達の顔が映る。

 

「これが話のわかりそうな今度の木連の新指導者、秋山源八郎と‥‥」

 

「あ―――っ!」

 

アカツキが残り2人の男を紹介しようとしたとき写真を見たユキナが声をあげる。

 

「お兄ちゃん!それに元一朗も!」

 

「そう。木連突撃優人部隊少佐 月臣元一朗と白鳥九十九。今回のクーデターの実行部隊隊長を務めているわ。作戦の立案は外見に反して秋山氏が行っていたそうよ」

 

(白鳥さん無事だったんだ)

 

九十九の映った空間ウィンドウを見て九十九が無事なことにまずは一安心するミナト。

 

怨恨から始まった地球と木連との戦争はいつの間にか火星のオーバーテクノロジーの争奪戦となっていた。

しかし、今回ナデシコが火星の遺跡の核を宇宙へと飛ばしてしまったため、木連は戦争本来の目的を失いそれに追い討ちをかけるかのように今回のクーデターが起こり、秋山、白鳥、月臣を中心とする若手穏健派将校が当時の指導者草壁春樹率いる徹底抗戦派を一掃し、木連の政治・軍部を掌握し、新政権を樹立させたのだ。

秋山達が今回のクーデターを起こしたのには理由があった。

 

秋山は戦争中から草壁の異常なまでのボソンジャンプに対しての執着に危機感を抱き、そして火星遺跡入手後のジャンプ実験の計画をある筋より入手したのだが、その実験計画の内容は優人部隊の将兵達を実験動物の如く扱う人体実験で更には地球制圧後も火星からの避難民・移住者も同様の扱いにするとの記述もあり、このあまりにも非人道的な計画に秋山は草壁の人柄と彼の言う「新たなる秩序」に強い不信感を持った。

そして決定付けたのが、木連と地球の和平歓談中に地球側に暗殺された発表された白鳥九十九少佐の存在だった。

会談当初、その現場ですべてを目撃したとされる草壁本人の発表では地球側の一方的な騙し討ちであり、自分も命を狙われたと発表し、木連国民の反地球感情をおおいに煽り将兵達の士気を高めたが、実際は草壁が画策した陰謀であり、暗殺されたと言われた白鳥少佐が火星で秋山が艦長を務めているかんなづきにボソンジャンプしてきた時に秋山は交渉時、草壁が地球側に無理難題な条件を押し付けたこと、白鳥少佐を暗殺しようとしたことを聞き、今回のクーデターの実行を決定付けたのだ。

九十九はあの時、草壁がユリカ達に手渡したあの和平交渉の条件書をどさくさに紛れて持って行き、それを秋山に見せたのだ。

それを見た秋山は顔を顰めた。

草壁は当初、あのまじめな白鳥少佐のことだからすぐに真実を木連国民に伝えようと木連に戻ってくると踏んで、国民がもっとも多く集まるであろう白鳥少佐国葬会場に暗殺者を潜ませていたのだが、白鳥本人は現れず、草壁はクーデター直前まで白鳥少佐の陰に怯えることとなった。

クーデター当日、決起した若手熱血派将校達は草壁のいる司令部を急襲。

しかし、そこに草壁本人の姿はなく、クーデターの混乱で月臣元一朗も草壁ともども現在も行方不明になっている。

 

「今回のクーデターは『熱血とは盲信にあらず』にはじまる檄文から向こうでは熱血クーデターと呼ばれている」

 

「ずいぶんと詳しいじゃねぇか。まさかそのクーデターにもネルガルが絡んでいるんじゃねぇだろうな?」

 

妙に詳しい情報を持っていたネルガルにリョーコが聞こえよがしに言う。

 

「それに関してはノーコメント」

 

エリナの口元には悪戯っぽく笑みが浮かんでいる。

 

「ケッ、そういうことかよ」

 

「とにかく、今回のクーデターが成功したことによって木連の徹底抗戦派は一掃され、地球との戦争終結を模索する動きが活発化したわけ。もっともクーデターの成否はともかくとしていずれ地球と木連との間には休戦協定が結ばれたでしょうけど」

 

「そうそう何処かの誰かさんが遺跡を宇宙へと飛ばしちゃったんだからね」

 

アカツキがユリカの方を見た。

 

「まぁまぁいいじゃないですか。これで戦争が終わるんですから」

 

悪びれた様子もなく笑顔で言うユリカ。

 

「まぁそういうわけで、戦争はお終い。戦後の賠償とか火星の問題とか詰めなきゃいけない問題が山のようにあるけど、そっちの方は軍人さんと政治家さんがうまくやるでしょう」

 

「質問」

 

今度はルリが手を挙げた。

 

「なにかしら?ホシノ・ルリ」

 

「私達はどうなるんですか?このままサセボ基地に拘留ですか?それとも軍法会議にかけられて正式な処分を受けるんですか?」

 

「まさか」

 

アカツキは芝居がかった笑みを浮かべ続けて言う。

 

「正式に処分なんてしたら、ボソンジャンプの秘密を世間に大公開することになってしまうよ。政府も軍もネルガルもそれは避けたいからね」

 

「また大人の理屈ですか」

 

「そういうこと。でもそのおかげで、君らは自由になれるのだから、たまには大人の理屈も悪くはないだろう?」

 

「自由ってここから出られるのか?」

 

自由という言葉に反応したアキトは横から口を挟んでアカツキに聞く。

 

「まあね。暫くは監視がつくだろうけど、協定が調印されれば君達は釈放、自由の身さ。軍に戻るもよし、このままネルガルにいるもよし、別の職につくのも自由ってわけさ」

 

それを聞きざわめくナデシコクルー達。

 

チューリップの中にいた8ヵ月分の給料や拘留中の給料は支払われるのとか、次の就職先はどうしようかなど、さまざまである。

そんな騒がしい大人たちを一角で静観している2人の少女がいた。

 

「ねぇ、あんた何で黙っているの?」

 

少女の1人白鳥ユキナが隣にいるもう1人の少女ホシノ・ルリに話しかける。

 

「‥‥?」

 

「言わないの?バカって」

 

「あれはもう卒業です」

 

「卒業?」

 

「はい」

 

ルリはバカ騒ぎをしている大人達を見て言った。

 

「私も結構バカですから」

 

ルリは微かに笑みを浮かべ言った。

 

アカツキから休戦協定と釈放のことを聞いたナデシコクルーはすぐにナデシコ長屋を出る準備を開始し、長屋は一気に忙しくなった。

釈放となればナデシコ長屋は解体されるので、まずは次の移住先、つまり引っ越し先を探さなければならない。

それに滞っていたナデシコの事後処理も片付けなければならない。それによりプロスペクターは連日徹夜作業を余儀なくされた。

次に曖昧となっていたアキトやコハクの戸籍問題もきちんと解決しなければならなかった。

コハクに関しては後日、本人とルリの強い希望からコハクが正式にルリの義妹となった。

 

クルー達の頭をもっとも悩ませたのが、次の就職先である。

一応現代段階ではナデシコクルーは全員宇宙軍軍人に登録されているが、戦争が終われば、多くの軍人は退役、予備役を余儀なくされる。

臨時雇いに近いナデシコクルーは真っ先にその対象に選ばれる可能性が高く軍に残れるという保障は低かった。

もっともそんな軍の事情に関係なく、ほとんどのクルーは軍人を続ける気はなかったため、新しい仕事先を見つけなければならないのは変わらなかった。

しかし、ナデシコクルーの大半は民間企業からの雇用者が多く、元々が各分野のエキスパートでもあり、戦争中からナデシコの名は民間にも知れ渡っていたため、意外と再就職は容易だったと言う。

メグミは声優業界に戻り、ウリバタケは自営の町工場に戻り、ユリカとジュンの2人はミスマル提督の力添えで軍に復帰。

イネスはネルガルに残ってボソンジャンプについて研究を続けるようだ。

ナデシコの食堂で腕を振っていたホウメイもナデシコ乗艦時の給料を元手に東京で店を開くと言う。

プロスペクターとゴートは元々ネルガルの社員、アカツキとエリナは既にネルガルの会長と会長秘書に復帰している。

ただコレを気に新しい職を模索する人もいた。

ナデシコ食堂でホウメイの元で働いていたエリ・ミカコ・ハルミ・サユリ・ジュンコの5人は「ホウメイガールズ」という名前でアイドルデビューを果たし、アキトはナデシコに乗る前から夢であったコックになるため、ホウメイ以外にも近所の食堂でバイトをしながら修行し、長屋を出たらラーメン屋を開店する準備をしている。

ヒカルは漫画家を目指し、連日原稿を描いては色んな出版社へ持ち込んでいる。

ミナトは大学時代に取得していた教員免許を活かし、長屋を出た後はオオイソシティーで高校教師をしながら、ユキナと共に九十九の帰りを待つことにした。

ユキナもミナトの下で兄の帰りを待ちながらオオイソシティーの学校に通うことにした。

 

皆が長屋を出た後のことを決めているなか、ルリは自分のことを考えた。

コハクを妹にしたが、その先のことを考えていなかった。

長屋を出たあと、どこに住むか、仕事‥‥はまだ無理なので、どこかの学校に行くのか、それともまた研究所へと戻るのかさまざまな考えをめぐらせていた。

ある日、ルリはコハクの入院している病院にお見舞いと今後どうするか相談しにいった。

そして病院の玄関ロビーで病院を出るエリナの姿を見つけた。

 

(エリナさん?)

 

エリナが‥‥ネルガルがここに来る理由はわかっている。

十中八九、コハクに会いに来たのだろう。

そしてコハクに会いに来た要件も大体予想がつく。

 

コハクの病室のドアをノックし、病室へと入るルリ。

 

「こんにちはコハク」

 

「いらっしゃい、ルリ」

 

「コハク、さっき玄関のロビーでエリナさんを見かけましたけど?」

 

「うん、さっきまでここにいた」

 

「要件はやっぱりボソンジャンプ実験に協力しろ、ですか?」

 

「‥‥‥」

 

ルリにエリナの要件を言い当てられ、頷くコハク。

 

「まさか承諾したんじゃないでしょうね!?」

 

尋問するかのようにきつい目に強めの口調で尋ねるルリ。

実験に協力‥‥すなわちボソンジャンプの研究用モルモットになれということだ。そして事故ないし実験に失敗して死んでも、実験に失敗と犠牲は付き物だということで一方的に処理されてしまう。

 

「だ、大丈夫だよ。承諾はしてないからさ‥‥」

 

ルリのあまりの迫力にたじろぐコハク。

少し前のコハクだったら、実験を承諾していただろうが、今のコハクはルリの妹と言う事で、自分はもうネルガルの所有物であると言う認識を捨てていた。

 

「そうですか‥それなら安心です」

 

「それで今日はどうしたの?」

 

ルリは木連との休戦協定後に拘留中のナデシコクルーは何のお咎めなしに釈放されるは話をして、長屋を出た後、どうするかをコハクに相談した。

 

「なるほど‥‥でも引越し先なら心配ないと思うよ」

 

「なぜです?」

 

「ミナトさんかユリカさんあたりが『ルリちゃんは私が引き取る』って言いそうだもの」

 

「そうですか?」

 

「そうだよ。ルリは知らなかったかもしれないけど、ルリはナデシコでは人気者だったから、ひょっとするとルリをめぐって取り合いになるかもしれないよ」

 

「そ、そうですか‥‥それでコハクはどうします?」

 

「僕はネルガルに残ろうと思う」

 

「っ!?」

 

ネルガルに残ると聞いてまさかと思うルリ。

 

「あっ、でも実験に協力するわけじゃないよ。前にネルガルでエステバリスの設計をさせてもらったことがあったでしょう?それで今度もエステバリスの設計や相転移エンジンの研究をしてみようかと思ってね」

 

「でも、ネルガルが応じるでしょうか?」

 

「う~ん、やっぱり実験に協力することが前提になるのかな?」

 

「おそらく‥‥」

 

「まぁそこはプロスさんと交渉してみるよ」

 

行く末に不安を感じながらもコハクは今後どうするかは決めたようで、ルリも早く自分の身のふりを考えなければならなかった。

 

それから数日後、ナデシコ長屋にてホシノ姉妹の引き取り手をかけたイベントが起こった。

実はプロスペクターがホシノ姉妹の引き取り手を募集したところ、クルーのほぼ全員が立候補した。そこでまずプロスペクターが収入状況、家庭環境を調査し、選考した後、さまざまなゲームで選考し、最終的に残ったのがユリカとミナトだった。

 

事の発端はルリのこの一言で始まった。

 

「コハクも私もどこにもいくあてがありません」

 

皆が一斉にルリを注目した。

 

「そうですな。ルリさんはナデシコのためだけに、ネルガルが呼んだわけですから‥‥ナデシコがないとなると‥‥」

 

プロスペクターは説明の途中で言いにくそうに口ごもる。

 

「もしかしてお邪魔虫ですか?」

 

するとクルーが一斉に「自分が引き取る」と言い出しあった。

 

(コハクの言っていた通りになりましたね‥‥皆さんから見るとやっぱり私もコハクもまだまだ子供に見えるのかな?)

 

ルリの心の声を他所に未だホシノ姉妹の所有をめぐってクルーは論戦を繰り返している。

このままでは収集が付かないので、プロスペクターが審査役を務め、まずは受付を開始、その日のうちに受付箱は親権を買って出たクルーの名前が書かれた紙でいっぱいになった。

プロスペクターはまず、書類審査から入った。

ネルガルの持つ情報網からホシノ姉妹の親権を立候補した人の経済状況、家庭環境を調査し、ルリとコハクの2人を十分に育てられるかを検討した。

立候補者の中にはアキトもいたのだが、経済状況の不安定さから選考落ちとなった。

 

選考に受かった立候補者達は続いて本審査に移った。

しかし、そこはお祭り好きなナデシコクルー。

ただの審査で終わるはずがない、サセボ基地の運動場でホシノ姉妹の親権をめぐって運動会のような催し物が開催された。

書類審査によって経済状況、家庭環境に問題ないと判断された者達なので本審査はホシノ姉妹に対する愛とかいう名目で開催されたのだ。

サセボ基地の兵士達も面白半分で見学に訪れている。

やがて競技が進むに連れて候補者達の数も減っていき、最終的に残ったのはユリカとミナトの2人となった。

 

「さあ、ホシノ姉妹の親権をかけた戦いもいよいよコレでラスト!激戦を勝ち残ったのはナデシコ元艦長ミスマル・ユリカ!」

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁー!!」」」」

 

「そして!ナデシコ元操舵士ハルカ・ミナト!」

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁー!!」」」」

 

プロスペクターがマイクで最終審査の始まりと両者の紹介をすると会場の興奮は最高潮を向かえる。

 

「では最終審査の方法はコレだ!」

 

プロスペクターは最終審査の演目が書かれている紙を提示する。

そこにはこう書かれていた。

 

“大岡裁き”

 

「艦長!」

 

「ミナトさーん、ガンバレー!」

 

歓声の中、運動場の真ん中にはルリを間に挟んでユリカとミナトが対峙するように立っている。

その奥には審判としてなぜか、和服姿のプロスペクターがいる。

恐らく大岡越前を意識しているのだろう。

 

「それでは両者、悔いを残さぬよう全力で挑んでください。それでは‥‥はじめ!」

 

プロスペクターの声がかかった途端に歓声がひときわ高くなる。

 

「ガンバレ、艦長!」

 

「ミナトさーん 負けるな!」

 

そこかしこから応援の声がかかる。

そしてけしからぬことにこの勝負を利用して、賭け事に興じる連中もいた。

ユリカが口をヘの字に曲げ、顔を真っ赤にしてルリを引っ張る。

対するミナトも負けておらず、歯を食いしばり、力一杯にルリを引っ張る。

普段からどこか力を抜いているミナトにしては珍しく本気になっている様子だ。

一方、両者の間で腕を引っ張られているルリは相変わらず無表情。

しかし、女性とはいえ、大人2人に両方から思いっきり引っ張られては痛くないはずはない。

2人のためを思っているのかわからないが、とにかく我慢強い少女である。

 

「ルリちゃん達は私と暮らすんだから~」

 

ユリカがルリの手を引っ張る。

 

「ルリルリ達は私達と暮らすのよ」

 

ミナトも負けじと引っ張り返す。

 

「ミナトさん、ガンバレ!」

 

ユキナも力一杯叫び、ミナトを応援する。

しかし、この大歓声の中ではユキナの声は100分の1以下にすぎないのだが、ミナトにはちゃんとユキナの声援が届いたようで、自分達の周りをぐるりと取り囲んだ野次馬の中からユキナを見つけ出し、ユキナに向って小さくウィンクした。

 

まかせといて

 

ユキナにはミナトのそんな声が聞こえたような気がした。

 

ユキナが声援を送り、

ミナトが引っ張る。

ユリカも引っ張る。

そしてルリは引っ張られる。

 

「袖‥‥伸びちゃいますよね‥‥」

 

ルリの予想通り、恐らくこの勝負が終わった時には今着ているルリの服の袖は勝負の前よりも伸びていることは間違いないだろう。

 

ルリが服の袖を気にしている最中も、

 

ミナトは引っ張り‥‥ルリは引っ張られ‥‥‥ユリカも引っ張る。

 

ユリカは引っ張り‥‥ルリは引っ張られ‥‥‥ミナトも引っ張る。

 

引っ張る‥‥引っ張られる‥‥‥引っ張る。

 

引っ張る‥‥‥引っ張られる‥‥引っ張る。

 

「‥‥んっ」

 

そしてとうとうルリも耐え切れなくなったのか、小さく声をもらし、顔を歪めた。

その瞬間、ミナトの手が緩み、ミナトの腕からするりとルリが抜けていき、ユリカの方へと引っ張られていった。

その反動が大きく、ユリカとルリは地面に倒れこみ、ミナトもペタンと地面に座り込む。

先程まで運動場を揺るがすような観衆の声援は一斉に静まり返る。

運動場の注目は審判を務めているプロスペクターに集まっている。

はたしてどちらに軍配が上がるのか?

この勝負の結果だけをみればユリカの勝ちであるが、これは大岡裁きである。

ルリが痛がったのを見て手を離したミナトが引き取り手という判定がでてもおかしくない。

 

ユリカか?

 

それともミナトか?

 

皆が固唾を飲んでプロスペクターの判定を待つ中、ついにプロスペクターがゆっくりと口を開いた。

 

「この勝負‥‥‥艦長の勝ち!」

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁー!!」」」」

 

運動場が再び歓声に包まれる。

その中には悲鳴をあげ、チケットをビリビリに破り捨てる者もいたが、とにかくとんでもなく騒がしかった。

 

「アキトーッ 勝ったよー」

 

ルリの手を握ったままユリカはアキトに向って手を振っている。

 

 

 

「艦長とミナト君一体どっちが勝ったかのう?」

 

遠くから聞こえる歓声を聞き、ナデシコ長屋で手に持っていた湯飲みをグイッと煽って瓢が呟いた。

湯飲みの中身は、最初はお茶だったのだが、いつの間にか日本酒に変わっていた。

 

「十中八九艦長の勝ちだろうさ」

 

空になった瓢提督の湯飲みに酒を注ぎながらホウメイは答える。

 

「ほう、どうしてかね?」

 

「家柄、権力、資金‥‥あの子達のことをプロスペクターさんなりに考えてどっちに転んでも艦長がかつようにしたんだろうさ」

 

ホウメイの読み通り、プロスペクターはユリカと言うよりも彼女の実家である軍門としては名門家であるミスマル家でルリとコハクの2人を引き取る方が良いと考えたのだ。

しかし、ミナトの気持ちも大事にしたくわざわざ大岡裁きなどという面倒な方法をあえて選んだのだ。

これならばどっちに転んでもユリカを勝たせることが出来、皆にも理由が説明できるので、まさに一石二鳥だったのである。

 

大岡裁きの翌日ルリはナデシコ長屋を出た後の引き取り先をコハクに教えるため、病院に訪れた。

 

「‥‥というわけで長屋を出ましたら私達は艦長のお家に引き取られることになりました」

 

「成程ね‥‥それよりもルリ‥腕は大丈夫?」

 

「大丈夫です。それよりもコハクの言った通りになりましたね」

 

昨日、大人2人に力一杯腕を引っ張られたせいで昨夜は両腕が湿布薬だらけになったルリ。

痛みは一晩明けると消えていたので今は何の問題はなかったが、ただルリの予想通り昨日着ていた服の袖はルリの手がすっぽり覆うことが出来る程伸びてしまった。

 

「そうでしょう。皆、ルリのことが好きだから」

 

「コハクのことも皆さん心配していましたよ」

 

「そう‥‥」

 

コハクは僅かに頬を赤らめ俯いた。

 

「へぇ、それじゃあプロスさんとゴートさんはやっぱりネルガルに戻るんだ」

 

ナデシコ長屋の一角に設けられたナデシコ食堂で昼食をとりながらジュンが言った。

 

「うん、所詮はサラリーマンですからってなんかそんなこと言っていたよ」

 

同じく昼食のランチを食べながらメグミが応えた。

 

「へぇーあのオッサン達も大変なんだな。で、ジュンおまえはどうなんだ?」

 

すでに昼食を食べ終えたリョーコがジュンに聞く。

 

「長屋を出た後のこともう決まったのか?」

 

「僕は軍に戻ることにした‥‥多分ミスマル提督の下に配属されることになると思う」

 

「ちぇ、コネかよ」

 

「まぁ、ジュンさんの場合ユリカさんも軍に戻りますからね」

 

からかうようにメグミが言う。

 

「お前まだ艦長のこと諦めていなかったのかよ?」

 

「べ、別にそんなんじゃないよ。ぼ、僕はただ休戦後の世界平和のために‥‥」

 

「はい、はい、わかった、わかった。そういうことにしといてやるから」

 

抗弁するジュンにリョーコはヒラヒラと手を振りながらそう言う。

 

「そういうリョーコさんはどうするんですか?」

 

ジュンが口を尖らせて言う。

メグミの言ったユリカのことはもちろん図星であった。

振り向いてくれなくてもせめて同じ職場にジュンは居たかったのだ。

 

「俺は当然パイロットさ。というかそれっきゃ能がねーからなぁ。まっ、軍に戻るかどうかは別だけどな」

 

「軍に戻るかって‥まさか、民間に?」

 

「ああ、でも民間のパイロットはつまんなそうなんだよな」

 

「つまらないって?」

 

「こないだ面接に行ったらよぉ、機体は3年前の旧式タイプだし、毎日決まったコースを往復するだけ」

 

リョーコの言う通り民間会社では最新鋭の機体は採用されておらず、当然乗ることも出来ない。

まぁ、少し前までは戦争を行っていたのだから最新鋭の機体は軍の方へと優先的に使用されるのは当たり前だった。

機体は旧式の癖に民間企業は、コストだの安全性だのやたらうるさいことが多いのだ。そういう意味では試験機とはいえ、最高水準の機体に乗れ、ある程度の無茶が許される軍のパイロットはリョーコにとっては打って付けだった。

 

「ヒカルさんは漫画家を目指しているんですよね?イズミさんはどうするんでしょう?」

 

「イズミは修行に出るってさ」

 

「修行って?パイロットのですか?」

 

「いや、ダジャレだってさ」

 

「ダジャレ‥ですか‥‥」

 

「相変わらず謎めいた人ですねイズミさんって‥‥」

 

「謎めいた人といえばホウメイさんも謎ですよね」

 

メグミが厨房にいるホウメイに目をやる。

 

「コックを続けると思いますけど、軍に戻るんですかね?それともどこかに店を持つのでしょうか?」

 

「確かに。年齢もそうですけど、結婚しているんですかね?」

 

「独身じゃねーか?ナデシコに乗り込んでくるくらいだし」

 

「意外とプロスさんが旦那さんだったりして」

 

「それ大胆な推理だな」

 

3人は今後のこととホウメイの旦那について話に華を咲かせていた。

 

西暦2198年 9月 ナデシコクルーの拘留期間が切れ、ナデシコのクルー達は新しい第二の人生を歩むためナデシコ長屋を後にしていった。

同月、地球と木連との間に休戦協定が調印された。

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。
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