機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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更新です。


第33話

 

 

 

「おい、テンカワ。ちょっと、そこのスパナを取ってくれ」

 

屋台の下から、ウリバタケが手をさし出してきた。

ぼんやりと考え事をしていたアキトはその声で思考の海から現実へと引き戻され、慌てて道具箱からスパナを取り出してウリバタケに手渡した。

その日、アキトは屋台のメンテナンスのために、ウリバタケの町工場に来ていた。

最近どうも屋台のコンロの調子が悪かったのだ。

 

「おーい、テンカワ。次はレンチを取ってくれ」

 

また、ウリバタケの声と共に屋台の下から彼の手が出てきた。

しかし、アキトはウリバタケの手にも声にも気がついていない様子でまたぼんやりと思考の海へとダイブして考え込んでいる。

 

「おい、テンカワ。レンチだ、レンチ取ってくれ!!レンチ!!」

 

再び言われてようやくウリバタケの声に気がつくアキト。

 

「あっ、すみません。スパナですね?」

 

「ちげーよ。スパナはさっきお前に取ってもらっただろうが。レンチだよ。レンチ」

 

「あっ、そうか‥‥」

 

「どうした?何か悩み事か?」

 

ウリバタケが屋台の下から顔を出した。

 

「俺でよければ相談にのるぞ」

 

「い、いえ大丈夫です」

 

「‥‥そうか」

 

ウリバタケは背中に敷いてある台車を転がし、自分の手でレンチを取り、アキトの表情を窺って、再び屋台の下へと戻った。

 

「はぁ~」

 

ウリバタケが屋台の下に戻るとアキトは小さく溜め息をつく。

 

(まずいな今週はもう丼を5個も割っちまった‥‥このままじゃいけない。いけないよなぁ~‥‥はぁ~‥‥)

 

アキトのアパートにユリカ達がやって来てもうすぐ一ヶ月の月日が経とうとしている。

ルリやコハクが居るのと連日夜遅くまでの激務で夜は直ぐに寝てしまうので、いわゆる男女の過ちこそ犯してはいないものの若い男女が同棲していることには変わりはない。

根がマジメなだけにアキトは同棲ということにやや抵抗があるようだ。

そんなアキトは最近になって頭の中で色んな考えを廻らせる。

今後どうすればいいか、火星でユリカの告白を受けたからにはきちんと責任をとらなければならないがそれをどうするか、喧嘩別れしているユリカと父であるコウイチロウとの仲をどうやって修復すればいいか。

アキトの考えはなかなか纏まらない。

ユリカとコウイチロウの仲を和解させる以外にもこの中途半端な状態を終わらせる方法があるにはあるのだが‥‥。

 

「あの‥‥セイヤさん」

 

「ん?なんだ?」

 

アキトがポツリと口を開く。

 

「セイヤさんが奥さんと結婚した時ってどうだったんですか?」

 

アキトの質問を聞いたウリバタケは作業する手をピタッと止めた。

 

「その‥‥結婚した時の気持ちというか‥‥時期というか‥‥プロポーズのタイミングとか‥‥」

 

アキトの身近で既婚者なのはユリカの父、コウイチロウとウリバタケぐらいだった。

流石にユリカへのプロポーズや結婚についての意見を父であるコウイチロウに聞くわけにもいかないので、アキトはこうしてウリバタケに彼がオリエにプロポーズをした時、結婚のタイミングを参考までに聞いたのだ。

 

「俺が女房と結婚したのは確か、俺が22歳の時だったな‥‥」

 

屋台の下に潜ったままウリバタケが自分の結婚時期について話し始める。

 

「ちょうど今のテンカワとほとんど変わらない年だった‥‥」

 

「22歳‥‥ですか?」

 

今年21歳になるアキトはふと1年後の自分の姿を想像してみる。

その頃にはユリカと結婚しているだろうか?

屋台ではなく、小さくても自分の店を構えているだろうか?

 

「その頃の俺はまだ駆け出しのメカニックでよ。この業界でやっていける保障も自信もなかったから女房に結婚してくれと言うにはかなりの勇気がいったよ」

 

アキトが1年後の自分の姿を想像していると、ウリバタケがオリエにプロポーズをした当時の事をアキトに話し始めた。

参考意見と言う事でアキトは未来の想像を止め、ウリバタケの話を聞いた。

 

「勇気‥‥ですか?」

 

「自慢じゃねぇがウチの女房はけっこう美人でな‥‥」

 

ウリバタケが自慢するかのように言うと、

 

「ええ‥そうですね」

 

アキトはウリバタケの言葉を肯定する。

ウリバタケの奥さんであるオリエが女性の中でも美人の分類に入るのはアキトも知っている。

初めてウリバタケの奥さんであるオリエと出会った時、意外にも美人だったので驚いた覚えがある。

ウリバタケは奥さんと一緒に暮らすのが嫌でナデシコに乗ったという噂を聞いたからだ。

こんな美人な奥さんがいて一体何が不満だったのか疑問に思っていたのでよく覚えている。

現にウリバタケ家はオリエとの間にはお腹の中の子供を含めて2人も居る。

十分、ウリバタケがオリエを愛している証拠である。

まぁ、多少オリエの尻に敷かれている場面は見るが‥‥

尚、アキトの疑問はウリバタケをナデシコにスカウトしに来たプロスペクターとゴートも初めてウリバタケ家を訪問した時、同じ疑問を抱いていた。

 

「俺以外にもアイツを狙っている奴は何人もいてなぁ‥その中には有名銀行のエリート行員とかもいた。そいつらが女房に送ってくるプレゼントがそりゃ豪勢な高級品ばかりでな。俺なんか問題外だった‥‥」

 

「それで勇気‥ですか?」

 

「勘違いするなよ。フラれるのが怖いんじゃねぇ。こう見えても俺は女と付き合った回数よりフラれた回数の方が多いからな」

 

自らの黒歴史を自慢げにウリバタケが言う。

ただ、それについてはアキトもナデシコでのウリバタケの生活を見ていて何となく分かる。

 

「勇気が必要だったのは自分にプロポーズする資格があるかどうかってことさ」

 

「―――っ!?」

 

「メカニックとしては半人前、家が金持ちでもねぇ。その後の人生の保障もねぇ、そんな俺がプロポーズなんてして本当に相手を幸せにできるのかと思ってな」

 

「そ、それでどうしたんですか!?」

 

アキトは勢い込んでウリバタケに聞く。

当時のウリバタケと今のアキトの現状がとても類似していたからだ。

 

「結局プロポーズしたんですよね?」

 

「ああ」

 

まぁ、プロポーズして結婚していなければ今のウリバタケの家庭は存在していない。

ただ、どういった経緯があったのかをアキトは知りたかった。

 

「教えてください。一体どうしたんですか!?」

 

「どうもしねぇよ」

 

「えっ?」

 

「分かりもしねぇことをウダウダ悩んだってしょうがねぇだろう」

 

「はぁ~」

 

ウリバタケが屋台の下から顔を出す。

 

「自分がこいつと結婚して幸せになれると思ったらバーンとプロポーズすりゃいいんだよ」

 

「だけど、それで相手を不幸にしたら‥‥」

 

「バーカ。少しは自分が惚れた女を信じろって」

 

「えっ?それってどういう‥‥」

 

「お前が惚れた女の目は節穴か?」

 

「い、いえ‥それは‥‥そんな事は‥‥」

 

アキトはユリカのことを思い浮かべる。

ユリカはいつも真実を真っ直ぐはっきりと言う。

それもこっちが恥ずかしいぐらいに‥‥

彼女の言葉には嘘偽りはない。

何時も真っ正直な思いを自分にぶつけてくる。

そう思うと、今までユリカの想いに答えてやれなかった自分が情けなく思える。

 

「いえ‥そんなことはないッス」

 

「だったらそれで良いじゃねぇか。自分にとって不幸な結婚だと思ったらきっぱりとプロポーズを断るさ。その女の目が節穴じゃなきゃな」

 

「‥‥」

 

「実際、オリエがどうして俺のプロポーズを受けてくれたのか未だに分からねぇ。でも金も将来も何も分からなかった俺のどこかに自分を幸せにしてくれる部分を見つけたんだろうな」

 

ウイバタケにそう言われアキトは今の自分を考える。

四畳半の貧乏暮らし‥将来の保障もなければ地位も名誉も金もない。

普通に考えたら幸せとは随分かけ離れている。

だったらどうすればいい?

どうすれば自分はユリカを幸せにできる。

 

「何が幸せかなんて本人しか分からねぇだろう?分からねぇなら相手に決めてもらうしかないだろう?」

 

アキトの心の声に答えるかのようにウリバタケが言う。

 

「『俺は君といたら幸せだ。もし、君も同じ気持ちなら俺と結婚してください』と、まぁプロポーズっていうのはこんな感じにシンプルなもんだと思うぜ」

 

ウリバタケの話を聞き、ようやく心の迷いが晴れたのか、アキトは思わず立ち上がる。

 

「俺とオリエが結婚した時はなぁ‥‥」

 

「すみません。セイヤさん。屋台明日引き取りに来ます。それじゃあ‥‥」

 

アキトはそう言って駆け出した。

 

「あっ、おい、テンカワ。まだ話の途中‥‥って行っちまいやがった‥‥全く近頃の若い奴はせっかちでいけぇなぁ」

 

ウリバタケはボヤキながら後頭部をボリボリと掻く。

 

「あなたもそうだったじゃない」

 

「ん?」

 

すると工場の奥からオリエが顔を出した。

どうやらさっきのアキトとの会話を聞いていたらしい。

 

「付き合い始めてまだキスもしてないのに突然結婚しようって言って結婚を迫って来たのはどこの誰だったかしら?」

 

「‥‥」

 

ウリバタケは照れくさそうに顔を背けた。

 

「恋愛とは縁のなさそうなアンタが、人様に恋愛のアドバイスだなんて‥‥‥」

 

「わ、悪いかよ!?」

 

「ううん。ただね‥‥」

 

オリエがウリバタケの隣に腰を下ろす。

 

「あの頃を思い出しただけ」

 

「そうか‥‥」

 

オリエの手が優しくウリバタケの手に重ねられる。

機械をいじり、オイルまみれになったウリバタケの手を‥‥

ウリバタケも結婚当初に比べて少し荒れてしまったオリエの手を優しく握り返した。

やはり、色々あってもウリバタケ家は家族円満の様だった。

 

 

「ただいま、ユリカ」

 

アキトは勢いよく扉を開け、ユリカを探す。

 

「あっ、お帰りアキト」

 

部屋の中にユリカはいた。それも1人で‥‥

 

(チャンスだ)

 

逸る気持ちを抑えながらアキトは拳を握り勇気を振り絞って言った。

 

「あ、あのな、ユリカ。話したいことがあるんだ」

 

「ん?アキトが私に話?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「何々?」

 

とりあえずユリカに話しかけることは成功したが、ここでアキトは墓穴を掘る。

プロポーズすると意気込んだが、肝心のプロポーズの言葉が浮かんでこない。

プロポーズの言葉は一生に一度の大切な言葉。

アキトは慎重に言葉を選びながら話しを続けた。

 

「そ、その‥‥ユリカ達が俺の所に来てもう一ヶ月が過ぎたなぁ‥‥その間色々あったなぁっと思って‥‥」

 

「うん。毎日楽しいよね。4人で屋台引いて、銭湯行って、ご飯食べたり、一緒に寝たりして」

 

「あ、ああ」

 

「そういえばこの前地震があったでしょう。あの時は大変だったよね?」

 

「う、うん。セイヤさんが作ってくれた対衝撃用フィールドが発動したときだよな?」

 

「そうそう。アレのせいで丸1日閉じ込められたもんね。まるで洞窟に閉じ込められた探検隊みたいに」

 

「そうだな」

 

「でもあの時は皆でしりとり出来たよねぇ~」

 

「ああ、楽しかったな」

 

「うん。楽しかった」

 

「こんな暮らしがずっと続くのもいいかな‥‥なんてな」

 

「うん。ずっと続くといいね」

 

(いい雰囲気だ。よし、いける、いけるぞ!)

 

「な、なぁ‥ユリカ‥お、俺と‥‥」

 

アキトがユリカに「結婚しよう」と言いかけたまさにその瞬間、

 

ガチャ

 

「「ただいま戻りました」」

 

アパートのドアが開き、両手にスーパーの袋を持ったルリとコハクが買出しから帰ってきた。

 

「あっ、おかえりルリちゃん、コハクちゃん」

 

ユリカは2人のもとへと向う。

 

「‥‥」

 

空回りしたアキトがその場で固まる。

玄関の方ではユリカの楽しそうな声が聞こえた。

 

 

最初のアプローチは失敗に終わったものの、それで諦めるアキトではなかった。

そもそもプロポーズをして失敗したわけではないのだ。

それにユリカとは1つ屋根の下で一緒に暮らしている。

まだまだプロポーズをする機会はある筈だ。

その日以降アキトはユリカに対して、プロポーズをするチャンスを狙っていた。

しかし、最初は同じ屋根の下で暮らしているため、簡単にチャンスが来るかと思っていたが、いざプロポーズするとなるとなかなか難しかった。

家ではルリやコハクがいつも一緒だし、屋台では外から丸見えだし、お客さんがいる。

ただ待つだけでは永遠にチャンスはめぐって来ないように思えた。

 

(くっ、こうなれば自分からチャンスを作るまでだ)

 

そう意気込んでアキトは屋台にお客がいないのを見計らいルリとコハクに声をかける。

 

「ルリちゃん、コハクちゃん。2人とも少し店番頼めるかな?」

 

「はい」

 

「いいですよ」

 

ユリカは今公園に1人でいる筈だ。

アキトの屋台には洗浄器が着いていないため、近くの公園の水道場まで丼を洗いに行かなければならない。

 

(よし!これなら2人っきりだ)

 

アキトは足早に公園の水道場に向う。

そして辺りを見回し人気がないかを確認する。

 

(よしっ、人気はないし、辺りは薄暗いし静か‥雰囲気はバッチリだ。後は‥‥)

 

後は肝心のユリカにプロポーズをするだけだ。

公園の真ん中にある砂場の近くの水道場、そこにユリカが居る筈だったが‥‥

 

「い、いない!?」

 

丼を洗って居る筈のユリカの姿が見当たらない。

 

(ユリカの奴どこにいったんだ?)

 

公園を見回しても居る筈のユリカの姿が見えない。

入れ違いかと思い屋台へと戻るアキト。

其処にはユリカが確かに居た。

しかし、屋台から公園の水道場までの道のりでユリカとすれ違わなかった。

では、ユリカはどこで丼を洗っていたのだろうか?

 

「紅楽園さんだよ」

 

戻ってきたユリカにアキトがどこに行っていたかを聞くとそんな答えが返ってきた。

 

「紅楽園って‥‥」

 

「公園の近くにあるラーメン屋さんだよ。公園の水道場は暗いし寒いんだもん」

 

ユリカはケロリと答える。

確かにユリカの言うとおり公園の水道場は外灯が無いので明るいとも言えないし、外での洗い物だからだから寒い。

だからといって商売仇である同じラーメン屋さんの洗い場を使うなんて‥‥

 

「紅楽園のオジサン、すっごくいい人で、事情を話したら遠慮なく使っていいってさ」

 

「だけど同じラーメン屋さんの洗い場を使うなんて‥‥」

 

「ねえ、いいでしょう?アキト」

 

「う、うん」

 

頼み込むユリカの姿を見て頷いてしまうアキト。

ユリカの父、ミスマル・コウイチロウが何故、ユリカの頼みを断れない理由が分かった気がしたアキトだった。

 

(さすがに紅楽園さんまで押しかけてプロポーズというわけには行かないよな‥‥)

 

アキトは仕事中でのプロポーズを諦め、次は場所と時間を変更した。

深夜遅く、皆が寝静まった頃合をみてユリカをこっそり起こしプロポーズすることにしたアキト。

深夜3時過ぎ、ユリカ、ルリ、コハクが寝たのを確認し、作戦を決行するアキト。

アキト達は寝る時、アキトが真ん中で右側にルリとコハク、左側にユリカが寝ている。

これは寝相の悪いユリカがルリとコハクを潰さないようにするための処置であったがこの体制はむしろプロポーズをしたいアキトにとっては好都合の配置だった。

ルリとコハクが互いに抱き合って眠っているのを確認したアキトは隣で眠っているユリカに声をかける。

ユリカをこっそり起こし、散歩でもしようといって外に連れ出し、星空を見ながらプロポーズ。

これが今回、アキトが立てたプロポーズ作戦であった。

 

「おい、ユリカ」

 

ユリカの耳元で囁くアキト。

 

「う、ううん」

 

「ユリカ、起きろ」

 

「むにゃむにゃ‥‥」

 

「ユリカ、起きてくれ、大事な話があるんだ」

 

「ぐーすーぴー」

 

「‥‥」

 

一向に起きる気配のないユリカ。

元々ユリカはあまり寝起きが良いとは言えず毎朝誰かに大声で起こされている。

士官学校時代はどうやって起きていたのか不思議である。

まさか、ジュンが女子寮に毎日入り込んでユリカを起こしていたとは考えにくいので、ルームメイトにでも起こしてもらっていたのだろうか?

話を戻し、

ここでいつものように大声を出してユリカを起こせばルリとコハクも起こしてしまう危険がある。

そこで今度は物理的に起こすことにした。

まずはユリカの体を揺すってみた。

起きない。

もっと強く体を揺すってみた。

やっぱり起きない。

完全に熟睡モードになっているユリカ。

今度はつねって起こすことにした。

可哀想だが、これもプロポーズの為、お互いの幸せの為、ユリカには我慢してもらうことにした。

つねる場所は二の腕に決定。

後が残らないようにと祈りつつそっと手を伸ばすアキト。

アキトの手がユリカの二の腕に触れた瞬間。

 

ドゴっ

 

「ごふっ」

 

寝返りを打ったユリカの肘がアキトのわき腹を直撃。

声を殺し悶えるアキト。

そして悶えている間、熟睡しているユリカ相手にこの計画は無理だと判断した。

原因はユリカの眠りがあまりにも深い事と寝相だった。

 

次にアキトは手紙を使ってプロポーズをすることにした。

昼間、時間を見つけて図書館へと足を運び、手紙の書き方の本を参考にし、ラブレターを書き上げて作戦を実行した。

 

「艦長。艦長宛に手紙がきています」

 

アキトのラブレターを発見したのはユリカ本人ではなくルリだった。

 

「私宛に手紙?誰から?」

 

「さぁ、差出人の名前は書かれていません」

 

(しまった!?自分の名前を書くのを忘れた!!)

 

アキトは軽率な自分を呪ったが、発見したのがルリということでこの場合、ある意味助かったのかもしれないが、ここで名乗るわけにもいかない。

ドキドキしながら成り行きを見守るアキト。

ユリカが中の手紙を見てくれさえすれば、きっとその手紙はラブレターだと気づいてくれるに違いない。

しかし、事態は思わぬ方向へと進む。

 

「どうしましょう?これ?」

 

「うーん‥‥なんか気味悪いね。いたずらかもしれないし、こういうのはパーっと捨てて忘れちゃいましょう」

 

かくして2日の時間をかけて書き上げたアキト渾身のラブレターは読まれぬ内にその日の燃えるゴミに出された。

その後もアキトは色々な手を使ってプロポーズをしようとした。

大人しか分からない、絡め手のプロポーズ。

 

「俺のために一生味噌汁を作ってくれないか?」

 

「えっ?お料理はアキトの担当でしょう?」

 

「‥‥そうでした」

 

そもそも料理下手なユリカに味噌汁が作れるわけがないし、仮に作れてもそれは毒物だ。

 

 

「ユリカ‥‥やらないか?」

 

「何を?」

 

残念、ユリカはいい男ではない。

 

 

ボディーランゲージ。

 

 

誤解され伝わらず失敗。

 

 

モールス信号。

 

 

失敗。

 

 

視線。

 

 

挫折。

 

 

プレゼント。

 

 

敗北。

 

 

さりげない雰囲気

 

 

破綻。

 

 

暗号。

 

 

解読されず黒星。

 

 

男の背中。

 

 

全滅。

 

 

(だ、だめだ‥‥)

 

数々のプロポーズ行為を行ってきたアキトだが、どれもこれも失敗に終わり、燃え尽きた。

敗残兵のような足取りに幽霊のような表情で今日も屋台を引くアキト。

 

(やれやれ)

 

その様子を見かねたコハクが一計を案じた。

 

(ユリカさん、いざという肝心で大事な時にフラグを簡単にへし折る天然だから自覚を持たせないといつまで経ってもアキトさんのプロポーズは成功しないな)

 

ユリカの悩みを聞き、アキトとユリカに幸せになってもらいたいと願ったコハクは少しだけアキトにお節介を焼くことにした。

 

顔色は少し悪いが、いつものように屋台でラーメンを売るアキト。

コハクは作戦実行のタイミングを狙いながら普段と変わらない様に接客する。

やがてお客の入りも一段落した頃合を見て、作戦を実行した。

 

「あっ、そういえば!!」

 

自分でも大袈裟だと思うくらいの大声でコハクは言った。

 

「どうしたの、コハクちゃん?」

 

「もうニンニクの在庫がありませんでした」

 

そう言ってルリを見る。

 

「ルリ、一緒にニンニクを買いに行こう」

 

「いいですよ」

 

あっさりと了承するルリ。

 

「この辺りで一番近い深夜スーパーってどこだっけ?」

 

「ニンニクならコンビにでも売っていますよ」

 

「コンビニの物だと小さいし、数も少ないからまたすぐになくなっちゃうよ」

 

「それでしたら消防署の近くにたしか24時間営業のスーパーがあった筈ですが‥‥」

 

「わかった。じゃあそこに行こう」

 

「あれ?でもニンニクならまだあったような‥‥?」

 

其処にフラグクラッシャーユリカが口を挟み、ニンニクの在庫を確かめる。

だが、その点においてはコハクに抜かりはない。

コハクは前もってこっそりニンニクを屋台から抜き取り隠しておいたのだ。

 

「あっ、ホントだ。もうニンニクがないや‥‥」

 

「それじゃあ行ってきますね」

 

ルリとコハクが手を繋ぐ。

しかし、此処でもフラグクラッシャーユリカは行動する。

 

「じゃあ、お留守番よろしくね。アキト」

 

「あ、ああ‥‥」

 

何故かニンンクを買いに行こうとする2人に着いていこうとするユリカ。

プロポーズがなかなかうまくいかないアキトは返答にも元気がない。

 

「ゆ、ユリカさん?何故貴女も一緒に?」

 

コハクは何故、折角アキトと2人っきりになれる環境なのにそれを敢えて捨てて自分達についてくるのかをユリカに訊ねる。

 

「だってこんな夜中に女の子2人だけで行かせられないよ」

 

「‥‥」

 

ユリカの言っていることは確かに正論ではあるが、しかしこのままユリカが着いてきてしまうとアキトはユリカにプロポーズが出来ない。

そこでコハクはユリカに自覚を持たせる為、さりげなくプロポーズをしたがっていたアキトには申し訳ないがユリカに教えることにした。

 

「ユリカさんちょっと耳をかしてください」

 

「ん?何?」

 

ユリカが少しかがんでコハクに耳をかす。

 

「ユリカさん此処はアキトさんと2人っきりになれるチャンスですよ」

 

「えっ!?」

 

アキトと2人っきりという言葉を聞き一瞬驚きの声をあげるユリカ。

 

「最近のアキトさん妙にソワソワしていたり、落ち着きがなかったと思いませんか?」

 

「そう言われてみればそうかも‥‥」

 

チラッとアキトを見るユリカとコハク。

コハクに促されユリカはここ最近のアキトの行動を振り返ってみると、確かにコハクの言う通り、最近のアキトの行動は妙な行動が多かった。

 

「もしかしたらユリカさんにプロポーズしたいのかもしれませんよ」

 

「プ、プロポーズ!?アキトが私に!?」

 

プロポーズの言葉を聞き、顔を赤らめるユリカ。

 

「僕とルリが居てはアキトさんもプロポーズしにくいでしょう。お邪魔虫は一時退散しますから頑張ってください」

 

「う、うん‥ありがとう、コハクちゃん」

 

そう言ってまだ顔の赤いユリカを残し、コハクはルリと共に屋台から離れて行った。

 

「お節介だったかな?」

 

「何がですか?」

 

「もう、ルリは分かっているくせに。ユリカさんとアキトさんを敢えて2人っきりにした事だよ」

 

「テンカワさんの様子がここ最近変なのは私も前々から分かっていましたけど、まさかそれが艦長にプロポーズをするためだとは気づきませんでした」

 

「まぁ、お膳立てはしたあげたから、後はアキトさんの勇気次第だけどね」

 

そう言ってコハクは物影から2人の様子を窺う。

 

「悪趣味ですよ、コハク」

 

「そう言うルリこそ、アキトさんとユリカさんの様子が気になるんじゃないの?」

 

「まぁ、2人は家族ですからね、同じ家族として見守る義務が私達にはありますから」

 

ルリとコハクは趣味が悪いかもしれないが、アキトとユリカのプロポーズの行方が気になったので、物陰に隠れながら2人の様子見ている。

流石に何を言っているのかは此処からでは聞き取れないが、アキトがユリカに何かを伝えている。

暫くするとユリカがアキトに抱きついた。

どうやらアキトのプロポーズは成功したようだ。

抱き合った2人は暫く視線を交差していたが、やがて唇を交わす。

 

「これでアキトさんの悩みも、ユリカさんの不安も解決したかな?」

 

「そうですね。でも、艦長のお父さんは艦長とテンカワさんの仲を了承するでしょうか?」

 

「それはあの2人がこの先一緒に立ち向かわなければならない試練だけど、なんとかなるんじゃないかな」

 

「なんとか‥ですか‥‥」

 

「うん。なんとか‥‥あの2人はナデシコでも色んな困難を何とか乗り越えてきたんだから、今回の事もなんとか出来るんじゃないかな?

 

「‥‥そういうものなんですかね?」

 

ルリは抱き合っているアキトとユリカの2人を見ながらポツリと呟いた。

 

アキトがユリカにプロポーズした後、2人は婚約を報告するためにユリカの父、ミスマル・コウイチロウの元に行った。

 

「くぉらぁぁぁぁ!!! もう一度いってみろぉぉ!!!」

 

当然コウイチロウはユリカとアキトの婚約に関して大激怒し、猛反対した。

 

「何度でも言わせてもらいます。お義父さん、ユリカを俺の嫁にください!」

 

「誰がお義父さんじゃあ!!それに、それに、どこの馬の骨ともしらん奴にユリカを‥ユリカを嫁によこせだとぉぉ!!」

 

「お義父さん、うちは馬の骨じゃないっす! トンコツと鶏ガラのブレンドっす!」

 

「そうだよ。アキトのラーメンは美味しいんだよ」

 

アキトとユリカの結婚を認めないコウイチロウと自分達の結婚を認めてもらいたいアキトとユリカの意見は真っ向から対立した。

 

「ユリカそれは欲目と言うモノだ」

 

「欲目じゃないよ。ホント目だよ」

 

「お義父さん、お願いします」

 

「お父様、お願い」

 

しかし、あまりにも2人がしつこいのでコウイチロウはある条件をだした。

 

「よし、ならばワシがそのラーメンを食ってやろう」

 

不敵な笑みを浮かべコウイチロウは言い放った。

コウイチロウは自他共に認めるラーメン通だった。

 

「もし、本当に君作るラーメンが美味ければユリカと結婚でも何でもするがいい!!」

 

コウイチロウが出したその条件とはアキトがラーメンを作り、それをコウイチロウが食べて、その味を納得させることだった。

 

「それ本当ッスか!?」

 

「当たり前だ!!男に二言はない!!」

 

連合軍提督としての威厳を放つようにコウイチロウは言い放つ。

 

バチバチバチッ‥‥

 

この時、アキトとコウイチロウの視線が交差し、両者の間に火花を散らした‥‥様にユリカには見えた。

こうしてユリカとの結婚をかけてアキトとコウイチロウのラーメン勝負が行われることが決まった。

 

 

 

・・・・続く

 




ではまた次回。

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