機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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更新です。


第37話

 

 

 

新地球連合代表及び木連代表は、互いに進展のない会議に業を煮やし、この現状を打破する打開策を探し始めた。

その結果、双方共にたどり着いた結論が、『まずは遺跡についてより多くの情報が必要だ』というものであった。

まぁ、考えてみれば当然の事と言えば当然の事だろう。

この会議の主題は『遺跡の機能解明及びその利用』であり、遺跡のオーバーテクノロジーをいかに公平に分配・使用するかである。

そして、両陣営は、それぞれの陣営から調査の為の人選を行い、遺跡の特別調査団を結成したのである。

木連からは優人部隊を中心とした、科学者、技術者達が‥そして新地球連合からは、イネスを始めとする旧ナデシコクルー達がその中心メンバーとして選ばれたのである。

遺跡への調査を翌日に控えた宿舎の前には調査による必要な機材を乗せた巨大なトレーラーが何台も集まっている。

車両誘導の掛け声やトラックのバックブザーの音、そしてトレーラーのエンジン音が混ざりながら敷地内にこだまする。

 

「遺跡のある極冠まで、なんで陸路なんです?ナデシコで行けば一飛びじゃないですか」

 

コハクが荷造りを手伝いながら訊ねる。

 

「とりあえず、まだサミットの真っ最中だからね。お互い火星の大気圏内で戦艦を稼動させたくないのよ」

 

コハクの質問にエリナが答えた。

 

「そういうことですか‥‥」

 

エリナの答えに納得するコハク。

ナデシコは民間企業のモノであるが艦種としてはれっきとした宇宙戦艦‥つまりは武装した艦‥‥確かにこの微妙な時期に戦艦を下手に動かしては妙な勘ぐりをされ、また争いごとの火種になる恐れがある。

しかし、そんな事情に納得出来ない人もいた。

 

「ねぇ~、何で私達は行っちゃいけないの~!?」

 

「そうですよ! 何で私達だけ仲間外れなんですか!?」

 

ユリカとメグミの声が周りの騒音に負けじと響いていた。

 

「君たち……もう何度も言っただろう?この調査行では君たちの仕事が無いんだ。和平交渉中だから火星大気圏内ではどちらも宇宙船を運用できない、だから艦長はもちろん、操舵士、通信士、オペレーターの仕事は無い。それに女性には往復一ヶ月の地上旅行は辛いと思うよ?なにせトレーラーは居住性が悪いから」

 

アカツキがごねているユリカ達に説明するが、彼女らは納得していない様子。

 

「でもでも~!」

 

「ユリカぁ……そんなこと言っても決定は変わらないんだから……。ルリちゃん達を見習って、皆を手伝おうよ」

 

「アオイさんだって副長なのに行くじゃないですか!」

 

「ぼ、僕は護衛としていくんだよ」

 

バツ悪そうにジュンが答える。

一応、ジュンは軍人なので体術、射撃など一通りの陸戦経験はある。

 

「じゃあ私も護衛で行くの!アキトの護衛として!私だって軍人さんなんだし」

 

「ユリカぁ~」

 

アカツキとジュンの説得にもあきらめず、ユリカとメグミはしつこく食い下がっている。

作業に追われる者達は、その元気を使って荷造りを手伝ってくれないかな、などと心の隅で考えていた。

 

「とはいえ、遺跡に行ったからといって全ての謎が解明されるのですか?」

 

ルリがイネスに聞く。

 

「まぁそれは分からねぇが、残されたあのプレート1枚から情報を引き出すための手がかりが欲しいのさ」

 

「というより、あれが古代火星文明の記録媒体だとすれば、遺跡にその再生装置があったっておかしくないでしょう。前回はとてもじゃないけどゆっくり調査している暇なんかなかったけどね」

 

ウリバタケとイネスが今回の遺跡の第一調査目的を言う。

 

「要はゴミ漁りってことよね?」

 

大きなリュックに荷物を詰め込んでいるユキナがさらりと言う。

 

「ユキナちゃんきびしー」

 

「ユキナちゃん、最近ミナトさんに似てきたよね」

 

「ごめんね、手厳しい女で」

 

ユリカとアキトの背後から買い物かごを2人の目の前に差し出したミナトが立っている。

一瞬、表情がこわばる2人。

それを見ていたコハク達は苦笑してしまう。

 

「食料の買出しに行こうと思うんだけど、ユキナちゃんも来る?」

 

ミナトは笑顔でユキナに声をかけた。

 

「行く。行く」

 

「まっ、難しいことはイネスさんに任せるとして、毎日食べるものは大事だからね」

 

そういいながら、さっそうと市場へと向うミナト。

ユキナはその後をちょこまかとついていく。

 

「念のためだ。アオイ君、ミナト君たちの護衛を」

 

「あ、はい」

 

市場へと向ったミナトたちの護衛にジュンが後を追って行った。

先日の夜にあったイネスの襲撃の件もあり、今は新地球連合と木連が入り混じっている不安定な情勢の為、女性2人での外出は何があるか分からないからだ。

だが、それは不幸にも的中する事となった。

荷造りもほぼ終わった頃、市場に向ったミナトの護衛として同行したジュンから通信が入った。

 

「大変だ!ミナトさんが攫われた!!」

 

「えっ!?」

 

「ちょっと、それどういうこと!?」

 

「おいおい、いくら何でも、冗談にしちゃあタチが悪いぜぇ」

 

「本当だよ‥‥ミナトおねえちゃんがぁ‥‥」

 

「昨夜、イネスさんを襲った連中かもしれませんね。どうします?ゴートさん」

 

「今はここで捜索に人を割いてはフレサンジュ博士の護衛が手薄になる‥‥アオイ君、ここはひとまずユキナ君を連れて帰ってきてくれ」

 

「わかりました」

 

アオイとユキナは一先ず宿舎へと戻ることにした。

その夜、宿舎の一室でアキト、プロスペクター、アカツキ、エリナ、三郎太が集まり今回のミナト誘拐の対策が話し合われていた。

 

「黒ずくめの忍び装束で怪しげな術を使う‥‥それは木連秘密諜報部の特殊部隊の連中だな」

 

ミナトを攫ったのは昨夜イネスを襲った連中とは違う連中だと言う。

 

「高杉さん、そちらの方で調べがつきますかな?」

 

「いえ、特殊部隊の存在は最重要機密になっていて、指揮系統どころか、その存在すら書面化されておりません。一体誰が背後で糸を引いていることやら‥‥」

 

同じ陣営の三郎太でさえ、特殊部隊の存在は否定できなくても、詳しい組織図についてはまったくわからなかった。

 

「しかし、なぜミナトさんを?イネスさんと間違えたのでしょうか?」

 

アキトの言うとおり、なぜミナトが誘拐されたのか分からなかった。

するとアカツキはその憶測について当たり前のような口調で述べ始めた。

 

「相手はプロだよ。本命のイネスさんには護衛がついている。だからミナト君を狙ったんだろう」

 

「ナデシコクルーは御人好し揃いだから、脅迫に屈して“ミナトさんと交換にイネスさんとデータを差し出す”と踏んでいるんでしょうね」

 

エリナが付け加えた。 

確かにエリナの言う通りだろう。

仲間を見捨てるような人間は、ナデシコのクルーにはいない。

ミナトはイネスとの交換の為、誘拐されたようだ。

 

「まぁ、そんなところでしょうなぁ。ということはそろそろ犯人から連絡が入ってもいい頃ですが‥‥」

 

「とはいえ、そんな条件を地球側も木連側も認めるわけにはいかないだろう。何せ遺跡の調査は両陣営の和平への鍵となる条項だからな」

 

「そう。例え何処の誰が独断専行しようともね」

 

「冗談じゃないわよ!ミナトお姉ちゃんを見殺しになんかさせないんだから!」

 

動揺するユキナ。

どうやら扉の外で盗み聞きをしていたようだ。

 

「落ち着きなさい、ユキナちゃん。すでにゴートさんたちが独自で捜査に出かけているわ」

 

「そうそう。今更地球や木連に逆らうのが怖くてナデシコクルーが務まりますかっての」

 

納得してはいないようだったが、ひとまずユキナを落ち着きさせ椅子に座らせる。

 

「へぇ~……お二方、結構言うねぇ」

 

 一度発言した後はその場の会話をじっと聞いていた三郎太が、感心したという声を上げた。その表情は明らかに面白がっている。

 

「私達にしちゃ、いつものことですからそれでいいんですが、高杉さんはどうなさいます?貴方には木連代表団から直々に派遣されたという立場もおありでしょうに」

 

プロスペクターの言葉に、三郎太は『ニヤリ』としか表現できない笑いと共に応えた。

 

「その点に関しちゃあ心配はいらねぇよ。休戦からオレは誰の味方でもねぇ。”正義”の味方だ。あんた達のことは気に入っているし、協力は惜しまねぇよ」

 

「そりゃまた結構……これで話はつきましたな。もし、ここで断られたら口封じをしなきゃならないところでしたが‥‥」

 

さらりととんでもないことを言うプロスペクター。

 

「こっちの方針は決まりましたね。さてイネスさん、意見の調整も済みましたので、貴方にも協力していただきたいんですが……」

 

振り向いたプロスペクターの視線の先にいるイネスは、先程から会話にも加わらず、ウリバタケと2人で何やら熱心に話し込んでいた。

しかも会話をしながら、右手はポケコンの上を高速度撮影でもぶれそうな速度で動き回って何か打ち込んでいる。

 

「あの先生、聞いちゃいねぇ‥‥」

 

イネスの態度に呆れる三郎太。

 

「ああ。三郎太君だけじゃなくユキナちゃんもイネスさんとはつきあいが短いから知らないのか。ああなったイネスさんには声をかけても無駄だね。と言うかあの状態になったイネスさんの邪魔はしない方がいいと思うよ」

 

アキトが三郎太とユキナに忠告をいれる。

 

「それじゃあどうするの?」

 

「つまりですな。う―――む、問題がやまずみですな。誰か、今の状況を分かりやすく“説明”してくれれば助かるのですが‥‥」

 

プロスペクターがわざとらしく大声で棒読みのセリフを言う。

イネスは、振り向きもせず声をあげた。

説明と言う言葉を入れればイネスが引っかかると思っていたのだが、どうやらプロスペクターの予想は甘かった。

 

「人を一体なんだと思っているの? 今、すごく大事なところなんだから、邪魔しないでちょうだい」

 

「おばさんはミナトおねーちゃんがどうなってもいいの!?」

 

「今の私にはどうすることもできないわ。だから、自分に出来る、最も重要で、最優先の問題を片づけているの。わかれ、とは言わないから邪魔しないで」

 

「何よ!?それ!!」

 

背中を向けたままのイネスをひと睨みすると、ユキナは部屋から走り出ていった。

三郎太もユキナの身を案じて部屋を出て行く。

 

「とは言え、だ。イネスさん、相手が人質交換を持ちかけてきたとき、貴方はどうするつもりなんです?」

 

「条件次第ね。そのへんの駆け引きは任せるわ」

 

自分の身柄が交換条件と解っていて、ここまで言える人間はそうはいない。

常人では理解できない思考の持ち主なのか、イネスもやはりナデシコの気質が染み込んでいるか定かではないが、唯一分かっていることはこの場には仲間を見捨てる人間などいないのだ、ということ。

そしてそれを確認したアカツキは、背中を向けたまま表情を見せないイネスに向けてこう応えた。

 

「はいはい、化かし合いは任せてください。うちには古狸も女狐も揃っていますから」

 

「「誰が!?」」

 

自覚があったのか、不機嫌な男女の声が二方向から帰ってくる。アカツキは無言で肩をすくめた。

 

結局、その日は誘拐犯からの接触はなく、出発の朝を迎えた。

ナデシコのクルー達はイネスを除く女性クルーを残し、本来ミナトと共に置いていくはずだったユキナをメンバーに加え、予定通り、火星極冠遺跡に向けて出発した。

いつやってくるともしれない地球、木連双方の跳ね返りの強硬派を警戒しつつ、遺跡の探索行に出発したのであった。

朝日を浴びて火星の原野を、トレーラーの群が砂煙を蹴立てて進んでいく。その周りには地球、及び木連が共同で組織した警護の部隊が併走している。

木連からは、かつてナデシコクルーに『ゲキガンタイプ』と呼ばれていた大型機動兵器『ジン・タイプ』が出張っていた。

そして地球側からは、リョーコ達の操縦するエステバリス部隊が警護にあたっている。数は木連側より少ないものの、リョーコ達、ナデシコのエステバリス部隊は、いずれも実戦経験豊富なトップエース揃いである。

 

ナデシコクルーの乗るトレーラーのハンドルを握っているのはアカツキで隣には、ジュンとプロスペクターが座っている。

アカツキの好みからすれば、隣には女性を乗せたいのだろうが、生憎と同行している女性陣はイネスとユキナの2人だけ‥しかもその2人は、ウリバタケと一緒に後部貨物室に居る。

ちなみに、本来ユキナはユリカ達と共に残るはずだったのだが、本人のたっての希望で調査団に入っていた。

一刻も早くミナトを助けたい、ミナトに会いたい、という本人の強い希望を汲んだ上でのことである。

 

「結局、誘拐犯からの接触はありませんでしたね……」

 

「こうも派手に警戒されちゃあねぇ」

 

「とは言え、こうなることが解らないほど犯人達も馬鹿ではないでしょうから」

 

「やはり、出方を待つしかないんですか……」

 

溜め息をつくジュン。

根が真面目なだけに、あの時ミナトを攫われてしまったことに責任を感じ、深く沈んでいる。

 

「走り回っているゴートさん達には気の毒ですが、結局そーゆーことになるでしょうな」

 

「しかし、アオイ君。当事者とは言え随分とミナト君のことを気にしているじゃないか。 艦長にふられて、ミナト君に乗り換えたのかい?」

 

雰囲気を変えようと、話を別の方向に持っていくアカツキ。

微かに笑っているその表情から、からかっているのは明らかなのだが、ジュンはてきめんに反応した。

 

「そ、そんなんじゃありませんよ! ふ、ふられたからとかそう言うのじゃなくて、ミナトさんが居なくなってからユキナちゃん元気なくなっちゃっているし、そんな顔を見ているのは辛いし、僕がもう少ししっかりしていれば防げたことなんですし‥‥そ、それにミナトさんには白鳥さんがいるじゃありませんか!」

 

「そうか、ミナト君じゃなくて、本命はユキナ君だったのか。意外だねぇ、君にそんな趣味があったとは」

 

「な、何、言っているんですかアカツキさん! そういうワケじゃなくて僕は純粋に、ですね!ユキナちゃんのことを心配して‥‥」

 

「皆まで言わない、皆までいわない」

 

犯人からの連絡もなく、目的地まで着くまで何もする事が無く暇なのか、ジュンをからかうアカツキとプロスペクター。

そんな時、コミュニケの空間ウィンドウが開き、ウリバタケが現れた。

 

『いよう、お取り込み中失礼するぜ』

 

「何の用だい? ウリバタケ君」

 

これから面白くなろう、というところを邪魔されたアカツキは棘のある視線と言葉を向けるが、ウリバタケはサラリとそれを受け流す。

 

『つれないねぇ、落ち目の会長さんよ』

 

「落ち目は余計だよ」

 

そしてアカツキとちょっとした会話を交わした後、空間ウィンドウがジュンの前に移動した。

 

『ジュンよ。ちょっと来てくれ、出来ればプロスの旦那も』

 

「そりゃ構いませんが、何の用ですかな?」

 

 怪訝そうな顔をする2人に、セイヤは実に簡潔な説明をした。

 

『イネスさんが呼んでいるんだ。何か話があるんだとよ』

 

「解りました。ではアオイさん、行きますか」

 

「はい」

 

プロスペクターとジュンはシートから立ち上がり、後部の貨物室へと向った。

後部の貨物室は、イネスの研究機材と、ウリバタケの工具及びエステバリスの交換部品が所狭しと並べられ、イネスの研究室とも作業場ともつかない場所となっていた。狭い貨物スペースに大量の荷物を積み込んであるので、荷物の隙間の通路は人一人がやっと通れるという有様であり、歩き難いことこの上ない。

ようやく小さな空きスペースあり、作業台と端末が設置されている。

そこへ連れだってやって来た2人が最初に見たものは、意外な人物が其処に居た。

 

「「コハクちゃん!(さん!)」」

 

そこには本来、宿舎で待機していた筈のコハクの姿があった。

 

「なぜここに?」

 

「さっきコンテナの中に忍び込んでいたのを見つけたのよ」

 

「どうしてついて来たんですか?」

 

プロスペクターが目を鋭くして言う。

 

「ぼ、僕もミナトさんのことが心配で‥‥それに‥‥」

 

「それに?」

 

「どうしても遺跡に行かなければ行けない訳が‥‥ありまして‥‥」

 

実は昨夜コハクはまたしてもあの声を聞いた。

そしてその時、声は遺跡に来てくれと囁いていた。

遺跡に行けばこの声の正体も分かると思いコハクは昨晩ルリを説得した後、こっそり調査のため、トレーラーに搬入されていたコンテナの1つに忍び込んだのだ。

 

「その訳とは?」

 

「すみません。今は言えません‥‥」

 

「どうしますプロスさん?」

 

「仕方ありませんね、今更戻るというわけにもいきませんから」

 

「ありがとうございます。プロスさん」

 

こうしてコハクは遺跡の調査に強引ではあるが、参加することに成功した。

 

「そっちの話はいいかしら?こっちも話したいことがあるんだけど」

 

先程まで難しい顔で端末を眺めているイネスがコハクの処遇を考えていた面子に話しかける。

 

「あ、はい」

 

「それじゃあ、早速だけど、アオイ君、プロスさん、貴方達のコミュニケ‥今何時を指している?」

 

いきなりの質問に疑問符を浮かべる2人だったが、すぐにコミュニケに視線を落とした。

 

「太陽系標準時だと、時刻01:42ちょうどですけど」

 

「私の方は同じ……いや2,3秒程早いですなぁ‥‥」

 

それが何か? と2人はイネスに目で問いかける。その視線を綺麗に無視して、イネスは続けて質問を重ねた。

 

「3秒遅れか‥‥2人とも、最後に時間設定を合わせたの、いつだったか覚えている?」

 

「僕はこれをもらってから、合わせたのは……ナデシコを降りる直前だったと思います」

 

「私は、今回の火星行きが決まってからですかな」

 

答えを確認したイネスは、二人から視線を外すと、真剣な表情を更に深刻にして考え始めた。

 

「なるほど、とすると、狂っているのはやはりナデシコの時計だった訳ね……」

 

「あの、それが何か?」

 

イネスの話の展開にまるでついていけないジュン。言っていることは至極簡単なことなのだが、その意図がまったく分からない。

そのジュンに、今まで退屈そうに立っていたユキナが助け船を出した。

 

「ナデシコが最後にボソンジャンプしたときに、時間がずれちゃったんですって」

 

良く分かんないけど、と態度で付け加えるユキナ。

その姿はいつもと変わらない元気なユキナのものだったが、ミナトの件に関して責任を感じ、また落ち込んでいるユキナの姿を見ていたジュンには、空元気を出しているような、痛々しい姿に見えてしまう。

だが、そんなジュンに構わず、プロスペクターは誰にともなく呟いた。

 

「ですが、ナデシコは最初のボソンジャンプに八ヶ月もかかりましたが? 今更3秒くらい、どうということはないんではないでしょうか」

 

「あま~い! 甘いわよ!プロスさん! 今回のずれには、大変な問題が含まれているのよ!」

 

その言葉と共に立ち上がったイネスの背後には、どこからともなく巨大はホワイトボードが現れ(どうやら自走式らしい)、その意味を察したウリバタケが投げやりに呟いた。

 

「あー、はいはい、説明は手短に頼むぜ、イネスさんよ」

 

「それでは……おほん。ボソンジャンプが、物体を素粒子レベルまで分解し、各種フェルミオンから、時間を遡航するボソンに変換することで時間移動を行って、空間移動にかかった時間を相殺する、ということはもう知っているわよね?」

 

「ええと、確か火星の遺跡で説明した話よね」

 

ユキナがそう答える。もっとも、その顔はまだ話の中身を理解しているようには見えないが。

それは決してユキナだけではなく、その場にいる人間の中で、ボソンジャンプ理論を完全に理解しているのはイネスくらいのものである。

 

「ええ、そうよ。この時間遡航ボソンに、私は発見者の特権としてレトロスペクトと命名したの。ボソンジャンプをする場合、消失地点、要するにジャンプに入った地点ではこのレトロスペクトが、そして出現地点、すなわちボソンアウトした地点では通常の様々なボソン、つまり……、光子・π中間子・Wボソン・重力子等……、が、それぞれ検出されるの」

 

「ふえ~?」

 

「……おい、解るか」

 

「僕は、理系教科は苦手で……」

 

「……おじさんにはちょいと難しいですなぁ」

 

一同はイネスの説明の内容を理解しようとしているが、素養のないユキナはもとより、ある程度の教育を受けているはずのウリバタケ、プロスペクター、ジュンにも内容が高度すぎてどうにもならないようである。

コハクは頷きつつメモっている。

 

「正確な例えじゃないけど、まあ、海に潜るときと、出てきたときの水しぶきみたいなもんね」

 

「……話がなげーよ、イネスさん」

 

「ふにゃ~、知恵熱がでそう……」

 

「大丈夫かい、ユキナちゃん」

 

「外野うるさい!もうちょっとだから辛抱する!」

 

白衣をひるがえして指し示した先のホワイトボードには、2枚のグラフが浮かび上がっていた。

どちらも二次元のグラフで、横軸は時間、縦軸はボソンの検出量を表している。

そして左のグラフは綺麗な釣り鐘状の正規分布曲線を描いているが、右のグラフは、釣り鐘の頂点が右にずれたいびつな形をしており、更に本来釣り鐘の頂点であるとおぼしき点をピークとした、鋭い山が描かれている。

 

「普通は、消失点のレトロスペクトも出現点の通常ボソンも、ボソンジャンプの瞬間に最大値となり、その前後では正規分布を記録するの、ところが……」

 

『ところが?』

 

声を合わせる一同。

 

「右側のグラフを見てちょうだい、山が右にずれ、元々最大値を指していた時刻のところに、鋭いピークが、違う色の線で示されているでしょう」

 

『ふむふむ』

 

「前回のナデシコのボソンジャンプ時の記録がこれ。消失時は通常通りなんだけど……」

 

「この山が右にずれているのが、出現が3秒遅れたことを表しているんですな。で、この色違いの鋭い山は何を表しているのです?」

 

眼鏡の位置を直しつつ、質問するプロスペクター。

 

「それは、通常は出現点では観測されないはずの、レトロスペクトなのよ」

 

「……ナデシコの出現が遅れたから検出された、ということではないんですね?」

 

続いてジュンが確認する。

 

「ええ。通常は時間にずれが生じても、出現点にはレトロスペクトは検出されないはずなの」

 

「もー、で、それが観測されたから何だってゆうのよー? 早く結論を言ってよー、ぷんぷん」

 

癇癪を起こす一歩手前の様子のユキナが騒ぎ出す。

 

「これはまだ仮説に過ぎないんだけど、このレトロスペクトは、ナデシコが最初に出現した時刻を表しているんだと思うの」

 

「はて? 最初に出現? それはまたどういう意味ですかな?」

 

「つまり、本当はあの時、ナデシコは時間のずれなく、ジャンプに成功したんだけど……」

 

一旦言葉を切るイネス。

 

「この1年で3秒、出現時刻がほんの少しずつズレていったってこと。だから、その時のパラドックスが、レトロスペクトの形で検出されているのよ」

 

「……ってちょい待ち。じゃ何かい? 俺達の知らない間に、ボソンジャンプのずれがどんどん拡大しているっていうのかい?」

 

そこまで質問もせずに説明を聞いていたセイヤだったが、突然顔色を変えて立ち上がった。他の皆は、何事かとウリバタケを見上げている。

 

「そうなのよ。戦争中の木連部隊の記録もつき合わせて検証中なんだけど、まず間違いないわ」

 

「間違いないわって……、そりゃ大変じゃねえか!」

 

イネスの答えに、ウリバタケの顔色はどんどん悪くなっていく。

 

「だから、何がどーしたってゆーのよ!? ちゃんと解るように説明してよー!!」

 

「もう……それじゃ、噛み砕いて手短に解りやすく説明して上げるわ。時間という物を、一本の線と思ってちょうだい。私達はこの時間の流れに乗っているから、通常、この流れに沿って常に過去から未来へと流れているわ」

 

ホワイトボードのグラフが消え、変わりに1本の線と、その線上の点Aが現れる。

そして説明を始めると同時に、不機嫌な表情を消して、楽しげに語り始めるイネス。

 

「ボソンジャンプする際、私達は空間を移動すると同時に、時間を逆行することによって、空間を移動する際に費やすはずの時間を相殺する、というのが通常の場合‥しかーし!」

 

ぴしっ、とその手が時間線上の点Aを指し示すと、その隣に点Bが現れ、ゆっくりとだがBがAから離れていく。

 

「前回のボソンジャンプにおいて、何らかの要因が加わって時間が相殺できなくなった……、いやそれどころか、ずれが拡大しつつあるわ。これ自体は過去の出来事だけど、私達の時間線の過去である以上、当然現在の私達に影響を与えるの。よって、出現時間の狂いが大きくなるにつれて、私達のずれも大きくなる……」

 

さらに、深刻な顔で、これはナデシコだけの問題じゃないわ、と付け加える。

 

「今はまだ秒単位だからたいしたパラドックスは起こっていないけど、これが分単位で狂いだしてご覧なさい」

 

「今までの戦闘結果が、大きく変わる……、ということもあり得ますな」

 

イネスの話をようやく理解し、事の重大さを理解したプロスペクターがゆっくり口を開いた。その隣のジュンは、理解したことで受けた衝撃からい顔色が青くなっている。

 

「そう、ましてや時間単位で狂いだしたら、本当に歴史の流れが変わっちゃうわ。もっとも、変わったとたんにそちらの時間線にみんなそろって乗り換えちゃうから、誰も気づかないでしょうけどね」

 

深刻そうな口調から、最後は一転して冗談めかした口調で語るイネス。だが、その場の雰囲気はそんなものではまったく変わらなかった。

 

「ねえ、それって……、もしかし凄くヤバくない?」

 

「……めちゃくちゃヤバい」

 

ユキナとウリバタケの短いやりとりが終わると、その場に重苦しい沈黙と空気が流れた。

 




ではまた次回。
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