機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第38話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れと共に火星の荒野を走る行軍は終わり、荒野の一角ではキャンプ地の設営が始まっていた。

一夜の宿となるキャンプの設置が終わると、役割分担の上で夕食の準備が始まる。

意外と慣れた手つきで鉄板の上の肉を焼くウリバタケ、そしてこれまた器用に野菜を刻んでいくプロスペクターとコハク。

プロスペクターはヒラツカドックにてナデシコ奪還の折、ラーメン屋の屋台を引いてドックへと入り、艦長のユリカ達がナデシコに来るまでの間、コハク、ルリ、ゴートの三人にラーメンを振る舞っていた事から、元々最低限の料理の腕はあったのだろう。

ウリバタケは家族サービスでキャンプにでも行った経験があるのだろう。

一方で、化学実験でもするつもりなのか、ビーカーを持ち出して水の量を細かく量りながら米をといでいるイネス。

料理の腕で劣るアカツキとジュンは、テーブルを設置し、その上にユキナが皿などの食器を並べていく。

いつもならば料理の腕を振るっているはずのアキトはパイロット三人娘と共に引き続き周辺の警戒に当たっているため此処には居ない。

イスを設置する手を止めて、背伸びをしながらアカツキが言う。

 

「なーんにも無い砂漠を延々走って、遺跡まで片道10日……まるでラリーにでも出場した気分だね」

 

「和平交渉中のせいで宇宙船が使えないですから、時間もコストも余計にかかりますし……何より疲れますね」

 

「そうそう」

 

隣でイスを並べているジュンと、テーブルの向かい側に立って今度は箸を並べ始めたユキナが相槌を打った。

やがて肉を焼くのに一段落したのか、ウリバタケが手を休めながらおもむろに口を開く。

 

「まったくだ。食料に車の部品、燃料その他諸々、往復分と調査期間を合わせて一ヶ月分、運んでいるだけでも荷物が膨れ上がって大騒ぎだぜ。だいたい水素エンジンのトレーラーなんて年代物、よくこれだけ調達できたもんだ」

 

修理や調整や改造するのはなかなか面白かったけどよ、と最後に付け加えるウリバタケ。

確かにウリバタケの言う通り、食糧や検査機器は兎も角、ソレを輸送するだけのトレーラーを直ぐに用意できたのは地球も木連も遺跡の調査が今回のサミット中に行う事を見越していたとしか思えない。

 

「政治なんてものは常に大いなる無駄の上に成り立っているのさ。為政者の本音と建て前、それに形式や見栄、そこには常に政治に必要な無駄がある。まっ、これで両軍の首脳部が枕を高くして眠れるって言うなら安いものさ」

 

「よっ、流石は大物政商、言うことが大人だねぇ」

 

ウリバタケが明らかに皮肉と解る口調ではやし立てる。

それを薄笑いでかわすアカツキだったが、プロスペクターが追い打ちをかける。

 

「随分と落ち目ですがね。何せネルガルの株は休戦以来、戦争の黒幕だったことがバレたりで、株価は急降下。責任とって引退しろと株主やら重役連中から突き上げられていますからなぁ」

 

平和になれば兵器の需要は減る。

ましてや、あの戦争の元凶とも言える企業の兵器などいくら安全だと分かっていてもイメージ的に悪い。

ネルガルは今まさに正念場に立たされようとしていたのだった。

 

「そんな大変な次期に、火星まで来てこんなことしていて良いんですか?」

 

「ははは、みんなナデシコの仲間じゃないか、何を水臭い」

 

こちらは皮肉ではなく会社の行き先を心配して訊ねるジュンに、笑顔で答えるアカツキ。

セリフは感動的なのだがその笑いは乾いており、一目で裏があるとわかってしまう。

今回のこの調査で火星遺跡について何か分かれば、落ち目となっている会社の業績も回復出来るかもしれないと思っているのだろう。

何しろ遺跡の調査を担当するのはネルガル所属のイネスなのだから‥‥

 

「追求逃れの時間稼ぎのついでに、地球と木連の首脳部に恩を売りつけ、さらにはそれを持って立場を良くしよう、というところですかな?」

 

そんなアカツキの思惑をプロスペクターが暴露してしまう。

 

「プロス君……君、最近僕に遠慮がなくなってきたんじゃないかな?一応、僕は君の上司なんだけどなぁ‥‥」

 

「ええ何せ古狸ですからなぁ」

 

「もしかして、根に持っていたのかな?」

 

「はてさて、何の事やら……」

 

どうやら、プロスペクターはアカツキの言った『古狸』発言を根に持っていた様だった。

その時、そういう企業の世界とは無縁のジュンが冷や汗をかくような大人の会話を交わすアカツキ達を横目に見ながら、準備の終わった料理を盛りつけ始めていたユキナが、素っ頓狂な声を上げた。

 

「あれぇ? 何これ!?」

 

「ユキナちゃん、どうしたんだい?」

 

「お皿の間に封筒が張り付けてあるの。こんなの挿んだ覚えはないんだけどな‥‥」

 

怪訝な顔で手の中の封筒を眺めるユキナ。

ジュンも封筒をひっくり返してみたが、それには宛名も何もなく、ただ真っ白な封筒だった。

大したものが入っている様子もなく、薄くて、軽い。

封筒を開こうとしたユキナだったが、その直前に、すすっ、と後ろから手を伸ばしたプロスペクターが封筒をユキナの手から取り上げた。

 

「あっ‥‥」

 

「どれどれ、ちょいと拝見……」

 

慣れた手つきで封を開いたプロスペクターの周りに、一同が集まって手紙を覗き込んだ。

そしてプロスペクターが読み上げたメッセージは、実に短く、解りやすいものだった。

 

「何々……『我々が預かっている女の命を助けたければ、フレサンジュ博士と彼女の持つ遺跡のデータを引き渡せ。交換場所は追って指示する』……どうやら誘拐犯からのようですな」

 

「えぇーっ、……むぐっ!」

 

「騒いじゃダメだってば! 俺達以外の奴らは犯人との交渉なんか許す気無いんだから!」

 

声を上げかけたユキナの口をウリバタケが慌ててふさぎにかかる。

そして、目を白黒させているユキナの周りで、彼らは声を潜めて相談を始める。

 

「一体いつの間に……」

 

「チャンスは、みんながキャンプの設営をしていたこの1時間程度の間しかなかったはずね」

 

「しかも、怪しまれずに僕らのトレーラーに近づいて、この封筒を仕込めたとなると……」

 

「護衛や随行スタッフの中に、犯人の一味が紛れ込んでいることになるわね。考えておくべき問題だったわ……。」

 

「ですなぁ……内部にスパイを潜ませる‥こんな事を忘れていたとは……ミナトさんを攫われて、私達も結構冷静さを失っていたんですな」

 

その深刻な結論の前に、言葉を失って考え込む一同。

ナデシコ時代から見知ったクルーや、新参とは言えミナトに保護されている身で、疑う余地がまるでないユキナは別としても、数十人の調査団やその護衛の中に紛れ込まれてはスパイをあぶり出す方法がない。

そもそも紛れ込んだスパイが1人だけとは限らない。

ましてやこの調査団は地球連合・木連の双方から出された人員で構成されており、見付けるのは至難の業であり、警戒するのも難しい。

スパイにいいように動かれてはこちらがどれだけ不利になるか、それこそ考えるまでもない。

かといって下手に周りを不安にさせる訳にはいかない。

疑心暗鬼になればそれこそ犯人たちの思う壺である。

重度の疑心暗鬼は地球と木連の休戦にも影響を与えてしまうかもしれない。

それほど、今回の火星遺跡の調査は重大な案件なのだ。

そうして深刻な顔をつきあわせている一同の所にどこからか三郎太がやってきた。

のんきに鼻歌など歌いつつやって来た彼は、そばに来てようやく場の雰囲気がおかしいことに気づいた。

 

「あれ?どうしたんですか?みなさん、深刻そうな顔しちゃって。あっ、食事、まだでしたか? 結構期待しちゃったりしていたんですが‥‥」

 

明るい声でそう言う三郎太。

彼の出現に、一同は無理矢理顔を元に戻して平然さを装った。

 

「いや、丁度高杉さんの舌に合うかどうか、と味見をしていたところでして。 そろそろ来て頂こうかと思っていたところだったんですよ」

 

プロスペクターは、自然な動作で三郎太に気づかれる事無く、スッと封筒を懐に納めながら、その場を取り繕った。

 

「そりゃ嬉しいな、私は、好き嫌いはありませんからなんでも食べますよ。いささか食べる量が人より多い、とよく言われますがね」

 

そう言って笑う三郎太。

気を取り直したユキナが料理を盛りつける頃には、その場にあった重い雰囲気は、一応消えていた。

だが一同の頭からは、つい先程突き当たった調査団の内部に居るであろうスパイの存在という問題が消えることはなかった。

 

「とりあえず犯人からの次の指示待ちだな」

 

「了解」

 

ウリバタケとアカツキが小声で確認するかのように呟いた。

 

一行は未だ火星の極冠遺跡に向けての進路をとっている。

辺りは岩と砂だけの何もない砂漠。

そんな砂漠を黙々と進んでいる。

ミナトを攫った連中からは、あの手紙以降何の連絡もないままだ。

結局、犯人からの指示があったのは、その3日後の長い渓谷の間にさしかかった辺りのキャンプ地での事だった。

犯人からの指示が書かれた手紙は、今度はトレーナーの内部に設置されている乾燥機の中に投入されていた。

手紙を見つけたコハクがその手紙を広げると、アカツキ、プロスペクター、ウリバタケが手紙の内容が気になるらしく覗き込んでくる。

 

「今度は乾燥機の中でした」

 

「こりゃ、やっぱり調査団内部に居るスパイの犯行だな」

 

「いや、でも考えてみたら、犯人が木連の人間なら、自由にボソンジャンプができる奴ってこともあるんじゃないの?」

 

「木連の‥‥優人部隊か?」

 

「まさか、タカスギさんが……?」

 

「怪しさでは彼がダントツだね」

 

「そんな、仲間を疑うなんて‥‥」

 

「甘いな、考えてもみろ、奴は元々木連側の人間だぞ。それにミナトさんを誘拐したのも木連絡みだ。そうなれば疑うには十分すぎる内容だぜ」

 

「まぁ、彼がそうでないしにしても、このことは我々以外には内密にしときませんといけません。なにしろ木連絡みとなると国際問題に発展しかねますからね。対応を間違ったらまた戦争になってしまいます」

 

犯人が誰であれ、今回の手紙の内容はミナトとイネス、遺跡のデータとの交換場所を指定する内容だった。

その後、誘拐犯の調査をしていたゴートから連絡が入り、キャラバンに不審な女が出入りしているという情報が入った。

取引に指定された場所‥そこには火星の荒野には珍しいちょっとした森があった。

人質交換の時間は深夜に指定されていたが、ナデシコクルー一同は早速それを逆手に取った。

キャンプ地に到着したドタバタとした時間を利用して、クルーの一部が忍者部隊に先んじて取引場所の森に潜んだのである。

ウリバタケ印の光学迷彩服に身を包んで、取引場所の周囲に潜んだ彼らは忍者部隊に気づかれた様子もなく、その時まで息を殺してじっと待っていた。

その1人に志願したジュンは、頭の中で手順を何度も確認しつつ、辺りの様子をうかがっていた。

そして何度目かの確認を行おうとした時、ようやくイネスと付き添いのコハクがやってきた。

2人は無骨なスターライトスコープを装着し、星明かりも届かない真っ暗な火星の森の中を危なげない足取りで歩いてやって来る。

そんな二人の様子を窺いながら不測の事態に身構えるジュン。

そしてその2人にどこからともなくライトの光が当てられた瞬間、彼はいつでも飛び出せるよう全身を緊張させた。

イネスの周囲には、いつの間に姿を見せたのか、黒装束の人影が幾つも立っていたのだ。

だが、彼らはナデシコクルー一同の狙い通り、クルーが作った輪の中にいた。そうとは気づかないままに、忍者部隊のリーダーらしき女とイネスに語り始める。

 

「警備に見つかって困るのはそちらじゃない?」

 

「貴様以外の食事には睡眠薬を仕込んだ。今頃はどいつもこいつも高いびきだ。ところで貴様の隣に居るソイツは何者だ?」

 

「随分と用意周到なことで‥‥この子は私の助手よ。遺跡について知りたいのであれば、この子の力も必要になるから、一緒に来てもらったの」

 

イネスはコハクを自らの助手だと偽り、コハクが此処に来た理由を忍者部隊のリーダーに説明する。

 

「フン、まぁいいだろう」

 

「それで、ミナトさんはどこ?」

 

「その前にゴーグルを取れ、本当にフレサンジュ博士本人なんだろうな?」

 

イネスとコハクは相手の言うとおり顔を隠していたゴーグルを外した。

 

「ふむ、確かにフレサンジュ博士で間違いないようだな。それで?遺跡で発見したというプレートはちゃんと持ってきただろうな?」

 

「取引は順番に‥次はこっちがミナトさんの無事を確認する番よ」

 

「良いだろう……見せてやれ」

 

それまで物陰にいた忍者部隊の1人が、縛り上げられて身動きのとれないミナトを抱えて姿を現した。

ミナトの姿を確認したジュンは、思わず飛び出しそうになった。

ミナトに一番近い位置にいるのは自分だったからだ、これでミナトが拉致されたときの失敗を償うことが出来る!

しかし、寸前の所で踏みとどまった。

 

「(焦るな……! 次はリョーコ君達がエステで乱入して奴らに隙を作る番だ、ミナトさんを助けるのはその時に……!)」

 

だが、次に起きたことは双方が思いもよらない事だった。

イネスがプレートを出そうとした瞬間いきなり空戦フレームのエステバリスが上空から現れたと思ったら巨大なサーチライトでその場の全員を照らした。

 

(リョーコ君!?いや、違う)

 

当初はリョーコ達がタイミングを見誤ってきたのかと思ったが、それは違った。

 

「全員、その場から動くな!!」

 

「武器を捨て、両手を上げろ!!」

 

突然現れた空戦フレームのエステバリス部隊。それはアキト達のエステバリスではなく、セリフと声から察するに、おそらく以前イネスを拉致しようとした地球側の暴走したグループの連中だった。

 

「あの声‥‥最初に路地でイネスさんを襲ってきた連中‥‥」

 

空中からライフルを乱射する空戦エステバリス。

 

「イネスさん!」

 

イネスを庇い地面に伏せるコハク。

 

忍者部隊もエステバリスの乱入に慌てた様子を見せる。

即座に撤退すべきか応戦するべきか?

それとも目の前にいるイネスを確保するべきか?

突然の予期せぬ事態に決断を迷ってしまったのだ。

 

『どっちにも渡すかよ!』

 

威勢のいいリョーコの声が外部スピーカーから辺りに響きわたる。一歩遅れてリョーコ達が乱入したのだ。

 

『ったく、余計な奴らのおかげでこっちの予定まで狂っちまった!』

 

3人娘の空戦フレームが地球側の暴走グループに襲いかかる。彼女たちの空戦フレームは軽やかな動きと正確な射撃で敵を圧倒する。

当然乱入してきた空戦エステバリス部隊も応戦するが、超エース級ばかりのリョーコ達の腕の前に次々と撃墜されていく。

そしてここにいたって、忍者部隊も腹を決めたようだった。

 

「ひとまず撤退する!」

 

リーダー格の女が仲間の方へと振り返り、撤退を指示する。

しかし、忍者達が動き始めたその時には既にもう、潜伏していたナデシコクルー達が忍者部隊に襲いかかっていた。

忍者達の逃げる方向に突然1機のエステバリスが崖の上から飛び降りてくる。

そして、忍者たちの前に立ち塞がった。それは伏兵として待機していたアキトが乗る月面フレームだった。

 

『おっとここから先へは行かせない!!』

 

「貴様人質がどうなってもいいのか」

 

「そのことならご心配なく‥‥喰らえ!」

 

「ぐあッ!」

 

ジュンがスタンスティックでミナトを抱えた忍者を一撃する。

身体に特殊な装備を付けているのかそれとも訓練を受けている為なのか、スタンスティックの一撃で昏倒させることは出来なかったが、ジュンは体勢を崩した忍者からミナトを奪い取ることに成功した。

 

「アオイ君、よくやった!」

 

こちらも、手慣れた様子で忍者の1人を打ち倒したゴートが声をかける。

この場に伏せていたのは、ほとんどがゴートの部下である荒事のプロ達だ。

そしてその本質とは逆に、ナデシコクルーに得意の奇襲をされた忍者達はろくに対抗することも出来ずにじりじりと追いつめられていく。

 

「アオイ君! ミナト君を連れて下がれ!」

 

「は、はいっ!」

 

ジュンは指示通りにミナトを連れ、一足先に逃げ出したイネスとコハクの後を追う。

上空の地球側グループはそのほとんどを撃墜されて僅かな生き残りも次々と撃墜され、脱出している者達は逃走し、忍者達も制圧されつつある。

完全にナデシコクルーの勝利かと思ったその時、忍者部隊は隠し持っていた最後の切り札を出した。

 

「おのれ! このままにしてはおくものか! もはや手段は選ばぬ! 出よ! ダイマジ―――ン!」

 

その声に答えるように、あからさまに電子合成音とわかる雄叫びが辺りに響きわたった。そして、今までどこに隠れていたのか、木連の機動兵器、”ジン・シリーズ”の1つ、”ダイマジン”が木々をかき分けて立ち上がる。

 

「いたしかたない“都市”の秘密もろともここで消えてもらうぞ」

 

「まずい……!」

 

ミナトを支えて走るジュンは、ダイマジンの巨大な姿に恐怖すら感じた。

1年以上前、ナデシコのブリッジからその姿を見ていたときには微塵も感じなかったが、いざ生身で対面してみるとその姿形、大きさは恐怖を感じるに充分なものがある。

しかも、相手はまず間違いなくこちら、正確に言えば少し前を走るイネスを狙っているのだ、焦るなという方が無理だろう。

思わずジュンは、走りながら腕のコミュニケに向かって叫んだ。

 

「みんな! こっちを援護してくれ! このままじゃ逃げ切れない!」

 

『ちょっと待っていてくれ! 今、ヒカルちゃんとイズミさんがそっちへ行った! 奴は俺とリョーコちゃんで引き受ける!』

 

目の前に開いた空間ウィンドウからアキトが答える。

振り返って上を見れば、2機の月面フレームと1機の空戦フレームがダイマジンに向かい、こちらに2機の空戦フレームが向かってくる。

 

『おっ待たせー! ジュンくんご苦労さん! 早くエステの手に乗って!』

 

「あら、アカデミー賞モノの演技で奴らの気を引いた私には一声も無しなの?」

 

『だぁって、イネス先生ならあのくらいお手の物でしょ~? なんと言っても年経た女狐だしぃ~』

 

「ヒカルちゃ~ん? 後でゆっくりO・HA・NA・SHI‥しましょうね?」

 

「ひぇ~」

 

「イネス先生、お話はその位にしてお早く……」

 

安心したのか、いつもの軽口をたたき合いながらイネスとコハクがヒカル機の掌に乗る。

次いでジュンとミナトは、目の前に下りてきたイズミ機に転がり込むように乗り込んだ。

更にふと気がつけば、いつの間にかゴートまでも同じイズミ機の掌に乗っている。

 

『ご苦労さん、慣れない荒事、頑張ったね。洗い事は得意そうなのに。一字違いで大違い、くっくっく、はっはっは……』

 

人一人抱えて走ったために息を切らせたジュンには、いつものイズミのギャグに答える気力は残っていなかった。

 

「よくやった、ご苦労、アオイ君。私の部下達も脱出させた。後は私達が脱出するだけだ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

滅多に人を褒めることのないゴートの賞賛に、ジュンは意表をつかれたように答えた。後はすぐそばのキャンプ地に逃げ込めば終わり、エステバリスならば1分とかからない距離だ、今度こそ彼らの完全勝利のはずだった。

だが、

 

『逃がすかぁ!』

 

ダイマジンに乗り込んだ女忍者の声が外部スピーカーにのって辺りに響く。

そしてダイマジンの機体が、ナデシコのクルーには見慣れた発光現象に包まれた。

 

「ボゾンジャンプ!?」

 

誰かが叫んだ。

 

「しまった! こいつらはジャンプできるんだった!」

 

アキトもリョーコも自分の迂闊さを呪わずにはいられなかった。大戦中何度もジン・シリーズとは戦闘経験があった筈なのに‥‥

やはり半年の間、実戦からの遠のいたブランクが2人の感覚を僅かに鈍らせた。

 

『まだだ! 奴を止めるんだ!』

 

『ダメだ、アキト! もう間にあわねぇ!』

 

通信回線の向こうからアキトとリョーコの叫びが届く。

ジンのジャンプ先はおそらくヒカル機の所、どうやっても今からヒカル機の所へダイマジンより先にたどり着くことは出来ない。

ダイマジンの様子に気づいたヒカルも、逃げだそうと加速をかける。

だが、掌の上に人を乗せた状態では全力で加速するわけにもいかず、一足遅く行く手にボゾンアウトの兆候の光が見える。

 

『こんのぉ~!』

 

ヒカルはそこを突破しようというのか、スピードを落とさない。

だがその時、コハクの頭の中でまた例の声がした。

 

『行ってはダメだ! 巻き込まれる!』

 

「っ!?」

 

もはや突然頭の中に響くあの声に驚くコハクではない。

それよりもさっきの声の言葉の意味が気になり、コハクはヒカルに向かって叫んだ。

 

「ヒカルさん! 止まって! アイツに近づいちゃダメ!」

 

『えぇっ!?』

 

コハクの叫びに、ヒカルは思わずスロットルを緩め、機体を反転させる。

掌の上の2人が悲鳴を上げているようだが、落とすこともなく怪我をした様子もないのでとりあえずヒカルは無視する。

 

『どうしたの、コーくん……!?』

 

ヒカルだけでなく、その場の皆がダイマジンの奇妙な様子に目を奪われていた。

ダイマジンは、ジャンプの開始地点と出現地点の2カ所に、同時に存在していたのである。

 

『な、なんだ!?あれ!? 新しいボゾンジャンプなのか!?』

 

『新手‥じゃないよね?』

 

『どうなっていやがんだよ!?』

 

『……忍者だけに、分身の術じゃないの?』

 

アキト達が狼狽えた様子でそのダイマジンの姿を見つめている。

イズミのギャグも、目の前の怪現象のためかいつも以上に切れがない。

そして2機のダイマジンは混乱しているかのように明滅を繰り返した後、霞のようにふっ、と消えていった。

 

「ボゾンジャンプが過去にずれたのね……」

 

イネスのその呟きは、ダイマジンに気を取られていたナデシコのクルー達には聞こえなかった。

呆然とするナデシコクルー達。

 

「今のは‥一体‥‥?」

 

静寂が再び渓谷内に戻ったと思うや否や、いきなり照明弾がいくつも撃ち出され、昼間のように辺りを照らし始めた。

その正体は、ナデシコクルー達が使っているトレーラーだった。

運転席にアカツキ、隣の席にはプロスペクターとユキナが居た。

そしてトレーラーのコンテナの上にはウリバタケと三郎太が座り込み、せっせと照明弾を打ち上げていた。

 

「「やっほ――――!」」

 

照明弾を打ち上げている2人はなぜか高テンション。

 

「ミナトお姉ちゃん!」

 

「なんか派手にやっているねぇ。ずいぶんと計画と違うけど、ちゃんと人質は救出できたんだろうね?」

 

「ええ、ミナトさんは無事救出できたんですけど‥‥」

 

ジュンがトレーラーのアカツキ達に報告する。

 

「ん?何か問題でも?」

 

「色々ありまして‥‥それより三郎太さんはどうして此処に?」

 

「結局、バレバレでさぁ‥‥」

 

「ここまできて仲間外れはないだろう。オレは正義の味方だって言っているのにさ」

 

ニヤニヤと笑う三郎太、どうやら彼は木連の掲げる正義よりもナデシコ向きの人材だったようである。

もし、彼が地球に生まれていれば、初期の段階でナデシコのメンバーになっていたことだろう。

そして、後にそれは実証される事になる。

彼はこの後、新型のナデシコの副長に就くことになった。

 

「‥‥って、ああなのよ」

 

「ははは‥‥」

 

ジュンは乾いた声で笑うしかなかった。

 

トレーラーから飛び降り、無事だったミナトを見付けたユキナが真っ先に駆け寄り、抱きつくと感極まったように泣き出してしまった。

ミナトに甘えるユキナを見て、ジュンはようやく肩の荷が下りた思いだった。

 

その後、一同はキャンプ地に戻り、事後処理をプロスペクター達に任せて、自分のテントに潜り込んでしまおうとそちらに足を向けたとき、ジュンは後ろから呼び止められた。

 

「アオイさん、ちょっと待って!」

 

「ユキナちゃん?」

 

ほんのさっきまで大泣きしていたユキナは、まだ目の周りを赤く腫らしていた。

だがその顔には晴れ晴れとした笑みが浮かんでおり、ジュンも思わず微笑みを返してしまう。

 

「ミナトおねーちゃんを助けてくれて、ほんとにありがとう!」

 

「いや、僕は自分の責任を……」

 

「これは、お礼ね!」

 

ユキナは一瞬の早業でジュンの頬にキスすると、脱兎のような身のこなしで離れて行った。

そして少し距離を置いたところで振り返ると、

 

「じゃ、おやすみ、ジュンちゃん!」

 

呆然とするジュンに笑みを浮かべながらそう言い残して、向こうに待つミナトの所へと戻っていった。

何をされたのか、何を言われたか把握しきれず、その場に立ちつくすジュンだった。

 

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。
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