機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ 作:ただの名のないジャンプファン
ミナトを無事に救出後、木連の過激派、地球側の過激派の襲撃はなく、何事もなかったかのように、相変わらず火星の荒野を調査団のトレーラー群は極冠へと砂煙を巻き上げてひた走っていた。
ナデシコクルーのトレーラーの運転席には合流したゴートがハンドルを握り、隣にはプロスペクターの姿が見える。
その他のメンバーはコンテナの居住スペースに居た。
「ミナトさん。寝ていなくて大丈夫ですか?」
救助されたミナトにコハクが訊ねる。
「平気、平気。連中、女には優しかったから」
「その辺が、いかにも木連らしいよな」
『女性は国の宝』をモットーにしている木連のおかげでミナトには傷1つつけなかったどころか、人質である彼女をかなり優遇していたらしい。
「しかし、ミナトさんの救出に成功したものの、忍者部隊を1人も捕らえることが出来なかったのは失敗でしたね」
ジュンが深刻そうにぽつりとそう漏らした。
「仕方ねぇだろ。人命優先だったし、とんだ伏兵まで出てきちまったんだから」
ウリバタケが呟く。
「みなさん逃げ足だけは早かったですからね」
コハクが夕べの地球と木連双方の撤収の早さに感心する。
「まっ、敵が最低でも二派いることはわかった。それだけでも上出来じゃないかな」
なんでもお気楽というか、ポジティブに考えるアカツキ。
「しかし、あの忍者部隊のジン・タイプは、一体どうしたんでしょう? あの後、結局どこかに消えてしまったままですが‥‥」
コハクが消えてしまったジン・タイプの行方をイネスに聞いた。
「おそらく、時間の環に捕らわれてしまったのよ……」
「……時間の環? なんだい?そりゃ?」
疑問符を張り付かせたアカツキが尋ねる。
「正確なところがわからないからこれは推論に過ぎないけど……まず間違いないわ。えっと……」
「……ユキナちゃん、それ、それ持ってきて上げて」
「はい、これね。ガラガラガラ……」
ウリバタケの声に答えてユキナがぱたぱたと”それ”に近づき、イネスの所へ持って行く。
「ありがとう」
イネスは、ユキナが運んできたホワイトボードに横線を勢いよく描くと、その線上に点を左からA、B、C、と打っていった。
「この横線は時間の流れを表し、左側を時間の”上流”、右側を”下流”とします。時間は左から右に流れ、点A、B、Cをそれぞれ時刻A、時刻B、時刻Cとします。さて、今回の問題は、時刻Cへとジャンプしたはずの誘拐犯のジン・タイプが、時間をさかのぼったそれより前の時刻Aへと出現してしまったことによって発生したものと思われます」
お得意の講義口調を披露するイネス。
そこにジュンがはい、と手を挙げる。
「そのせいで、一瞬だけジン・タイプが2機現れたんですか?」
「その通り」
「原因は、やっぱ例のあれかい?ボソンジャンプのズレってやつ?」
「そう、ナデシコの場合は時間が遅れる。つまり時間の流れを下る形でズレが現れたけど、あのジン・タイプは時間の流れを遡る形でズレたんでしょう」
恐る恐る質問するウリバタケにイネスはきっぱりと答える。
そしてそのままイネスの講義は続く。
「さて、ここからは推測が入るのですが、我々以上に、もう1機のジンの出現に驚いた誘拐犯は、途中、つまり時刻Bでボソンジャンプを中止したものと思われます」
「なら、何で元々の位置にいた機体まで消えちまったんだ? ジャンプを中止したんなら最初の機体はそのままなんじゃないか?」
「ここでタイムパラドックスが発生したのよ」
ふとした疑問を口にしたウリバタケに、イネスがつっこんだ。
口調は変わっていないが、目が楽しそうにきらきらとしているところがイネスの興奮を表している。
「つまり、時刻Bでジャンプを中止したために、ジンが時刻Cにジャンプし、過去にさかのぼって時刻Aに第二の機体が出現することもなくなったわけでしょう?」
「……そりゃ、そうだわな」
「ということは、時刻Bでジャンプを中止する理由もなくなるでしょうが」
ウリバタケとイネスの問答は続く。そしてそこにジュンが口を挟んできた。
「ということは、結局あのジンはボソンジャンプを実行して……?」
「そう、再び時刻Cに向けてボソンジャンプを実行し、時をさかのぼって時刻Aに第二の機体が出現し……」
「それに驚いて時刻Bにジャンプを中止する……なるほどね」
それまで黙っていたアカツキが、納得した様子で1つ頷く。
「そして、またまた時刻Aには第二の機体が出現しなくなるから結局時刻Cに向けてジャンプを実行してしまう。……とまあ、こんなふうにあのジンは時刻AからCの間で無限ループを繰り返していると思われるわ」
ぽん、ぽん、ぽん、とイネスは線上の点A、B、Cを軽く叩いていく。
「それじゃあ、あんとき機体が2機ともどっかに消えちまったのはどういうことなんだ?」
再びウリバタケが疑問を口にする。
イネスは肩をすくめると、簡単だと言わんばかりに語った。
「……あのジンは、時刻AからCの間で無限ループに陥っているんだから、それ以降の時間線上には存在していないの。従って、時刻Cを通過してしまった我々の目の前から消えてしまった……そういう訳‥‥」
「悲惨な末路だな。永遠のループの中で出ることも許されず‥とはね‥‥」
「最も巻き込まれた当の本人は自分自身の身に何が起こっているのか、気づいてないでしょうけどね」
ジンのパイロットを哀れむようにアカツキは軽くため息をついた。
「それじゃもしあの時、ヒカルちゃんのエステバリスがジン・タイプに接触していたら……」
「ボソンジャンプに巻き込まれて一緒に時間のループに落ち込んでいたでしょうね、貴方達もろとも。もし、コハクちゃんが止めてくれなかったら大変だったわ。彼女の判断に感謝しときなさい」
もしかしたら自分も辿っていたかもしれない可能性に今更ながら青ざめてしまうジュンだった。
調査団一行のキャラバンは、夕日を浴びながら、遺跡に向かって走っている。
それからは何事もなく時が過ぎ、ついに一行は無事に火星の極冠遺跡に到着した。
いくつもの謎を抱え、それが解けるのを期待しながら‥‥‥。
地上から地下深くに存在する遺跡内部に高価な研究用機材が次々と運び込まれてゆく中、イネスの指示の元、そのセッティングをしている男性ナデシコクルー。
遺跡に到着するなり、イネスは間髪を入れずに不眠不休で調査を始めている。
男性クルー達は、訳も分からず、とにかくその手伝いで右往左往するばかりである。
バテた顔で、テントの椅子に座る男性クルー達。
「あぁー、こんなんだったら僕も警備のほうに回っときゃよかった」
アカツキが疲れた顔をして言った。
おそらく肉体労働なんて久々だったのだろう。
ちなみに、警備に回っているのはエステバリスのパイロットであり、かつ自分の機体があるアキト、リョーコ、ヒカル、イズミと木連側のジン・タイプの機体。
そしてその他の警備班をまとめているゴートとジュンである。
彼らは、遺跡の地上部とその周辺の警戒に当たっている。
「しかし、イネス先生はタフですなぁ」
プロスペクターが感心した口調で呟く。
労働量はともかく、彼もアカツキと共に働いたはずなのにそれほど疲れを見せていない。
「もう3日も寝てないんだぜ。バケモンだよ、バケモン」
ウリバタケもそれほど疲れた様子は見せていない。
こちらは力仕事よりも機材の調整にかり出されていたために、慣れている仕事ということもあってそれほど苦にならなかったのだろう。
しかし、3日間貫徹のイネスには驚いている。
そしてその3人が見る視線の先には、遺跡中枢部に据え付けられた研究用機材の山の中で、文字通り不眠不休で調査に当たっているイネスの姿が見えた。
「皆さん、どうぞお茶です」
コハクが休憩しているアカツキ達に労いのお茶を配る。
「そういえば、1つ気になっていたんですけど‥‥」
「何だぁ?」
お茶を配り終えたコハクが気になったことを聞く。
「……イネス先生のプレート、あれの再生方法が分かっても、中身の解読が出来なきゃ仕方がないんじゃないですか? たった10日じゃ、とても無理なんじゃ……?」
「ああ、それなら問題ないみたいだぜ。何でもメッセージは、テレパシーみたいな形で伝達されるから、再生さえ出来りゃあその内容がイネスさんに理解できる形で伝わるんだそうだ」
「……?」
ウリバタケがイネスから聞いたとおぼしき知識を披露する。
「テレパシー‥‥ですか」
「パイロットの皆さんが使用しているIFSとは違うのですかな?」
プロスペクターもテレパシーと聞き、それに近いIFSとどう違うのかを聞く。
その疑問にはイネスにある程度の説明を聞いたらしいアカツキが答える。
「そう、火星古代人が使っていたインターフェイスらしくてね、僕らが使っているIFS、あれを更に洗練したようなもの‥らしいよ。IFSは体内に注入されたナノマシンを介して脳とコンピュータをダイレクトに繋いで情報の伝達を行うわけだけど、古代火星人が使っていた方法はナノマシンのような物理的なインターフェイスを必要としないらしい」
「と言うと?」
アカツキの後を受けて、ウリバタケが説明を続ける。
「何の物理的な接触もなしに、直接イメージをやりとりできるらしいんだ。ところが俺達の科学力じゃあどういう仕組みかさっぱり理解できねぇんで、テレパシーみたいな、としか言いようがないんだってよ」
「もっとも、それをきちんとやりとりできるのは、木連の優人部隊の連中か、アキト君や艦長、それにイネスさんや君のような火星生まれの人間だけらしいけどね」
「なるほど。有人ボソンジャンプの件ですな」
「テレパシーはわかりましたけど、何で優人部隊と火星生まれの人間だけなんですか?やっぱりナノマシンが関係しているんでしょうか?」
火星生まれの人間は、遺跡の影響を受けたナノマシンによって遺伝子構造を変えられ、生体ボソンジャンプが可能となった、という以前エリナから聞いた説明がふと脳裏を横切る。
「その通り。ジャンプの際、遺跡はジャンプの当事者の思考に従ってジャンプを行おうとする。ところが、古代火星人の思考と人間の思考は全然違うものらしくてね」
「ジャンプしようとすると、遺跡は上手く人間の思考を翻訳することが出来ず、ジャンプに入った人間は……」
「どっかーん、といっちゃう訳さ」
身振り手振りを交えて説明するアカツキとウリバタケ。
更にプロスペクターが説明を続ける。
「木連の皆さんは有人ボソンジャンプを可能とするため、人間の思考パターンを遺跡が理解できるようなものへと変更できるように、遺伝子改造によって脳に新たな機能を与えた優人部隊を作ったわけです」
「で、アキトさんやユリカさん火星生まれの人間は、胎児の頃に受けたナノマシンの影響で遺跡との間のインターフェイス機能を産まれながらに持っている、と‥‥」
「そう言うこと。だから再生さえ出来りゃあ、その内容はイネスさんにわかる形で伝わるはずなんだよな」
そう締めくくったウリバタケの表情には、何かを期待するような色があった。やはり技術者として、未知の技術に触れていることに興奮を覚えているのだろう。
だがそんなウリバタケとは対照的に、アカツキは今にも重いため息をつきそうな顔をしていた。
「まっ、僕はそんなことよりさっさとボソンジャンプのズレの原因を解明して欲しいね」
その一言に、その場の一同のガックリとトーンを落として顔を突き合わせた。
「……あれさー、やっぱ俺達が遺跡のコアを放り出しちゃったからなんじゃないの?」
「そーゆーことは思っても口に出さないもんだよ、ウリバタケ君!」
「……一応イネスさんの説明では、遺跡のコアの内部は時間と空間の概念を超越しているので切り離しても問題はないということでしたが……」
「……でもよ、まだ他にはばれてないようだけど、変な時間のずれはあれ以来大きくなっているんだろう? となると、これはどう考えても……」
「言うな! そんなことまで僕らの責任ってことになってみろ、それこそ旧ナデシコのクルーは太陽系に居場所が無くなっちゃうよ」
アカツキ達の会話は更に深刻さを増していく。
「イネスさんの調査で別の原因が判明することに期待するしかないですね」
その時、遺跡の内部が至る所で発光し始めた。
そして奥の中枢部から、細く、甲高い女性の悲鳴が聞こえてくる。
「今の……」
「イネス先生の声だ!」
「君たち、行くぞ!」
4人は立ち上がると、風を巻くような勢いで走り出した。
遺跡の壁面はやはり輝いている。
中核エリアといわれ、かつてコアが設置されていた場所だったのだが、今はそこに調査用の機材がごてごてと設置され、それらを繋ぐケーブルが床を埋め尽くす蛇のようにそこら中にのたくっている。
そしてその機材の1つの影、そこに立っているイネスの姿が、遺跡の内部を満たそうとしているものと同じ色の光に包まれている。その瞳は焦点を失い、ほどけた髪が風に舞うように緩やかに波打っている。
アカツキ達4人が駆けつけたのは、そんなイネスをミナト、ユキナ、三郎太がどうしたものかと途方に暮れて見守っていたときだった。
「何事です?」
「わかんないのよ。イネスさんがプレートの差込口を見付けた、とか言って……」
その場の光景に唖然としてしまっている他の三人と比べ、真っ先に立ち直ったプロスがミナトに尋ねる。だが、ミナトはその言葉通りに困惑した視線を返すばかりだった。
「先生がプレートを差し込んだとたん、この始末だ。何を言っても反応してくれない」
三郎太も冷静に状況を見ているようだが、打つ手がまるでわからずに戸惑うばかりだった。
「ユキナちゃん! プレートを抜き取るんだ!」
「あっ、はい! えっと、ごそごそ……」
次に立ち直ったアカツキが、イネスのすぐ側にいたユキナに指示を飛ばす。その声に、ユキナは弾かれたように床から突き出た遺跡の柱――コンソールのようにも見える――その1つに近づくと、そこを探り始めた。
「えーっと、確かこの辺に……ごそごそごそ……」
「待って!」
だがその時、棒立ちになって呼びかけにもなんの反応も見せなかったはずのイネスの制止の声が響いた。
見れば、イネスを取り巻いていた光は遺跡内部の光と共に徐々に薄くなって消えて行き、風もないのに波打ち、逆立っていた髪は動きを止めている。
「……驚かせてごめんなさいね。急にメッセージの再生が始まったもんだから、驚いちゃって」
それまでのことがなんでもなかったようにあっさりと流すイネス。
だがプロスペクターは納得できなかったのか、難しい顔つきをしていた。
「ですがあの悲鳴、どうもかなりキョーレツな機械のようですなぁ」
「ええ、もう臨場感抜群。バーチャルルームが大昔のTVくらいに思える程ね」
「ローコストで大量生産できりゃ、ボロ儲けできそう」
皆を安心させるかのように軽口を叩くイネスに、商売人らしい軽口を返すアカツキ。
やがて遺跡の発光も完全に治まると、柱からプレートがせり出し、ユキナの手の中へと落ちた。
「あれれ? 勝手に出てきた?」
そしてようやく完全に元に戻ったらしいイネスが乱れた髪をまとめながら、コハクに尋ねた。
「コハクちゃん。今、何時かしら?」
「えっ?」
イネスに言われコミュニケを見るコハク。
「太陽系標準時ですか?それとも火星標準時ですか?」
「どっちでもいいから」
「太陽系標準時で00:33です」
唐突な質問に困惑しながらも、コハクはコミュニケに表示された時間を見て素直に答える。
「しまった。もう始まっちゃうわね……もう少し早く分かれば良かったんだけど……」
「なんのことだよ、イネスさん?」
「あのプレートはね、今日、これから起こることを予告してくれていたものだったのよ。本当ならあの時、1年以上余裕を持って予告してくれていたのに、事の起こる直前まで私達はそれを知ることが出来なかったなんて……」
「イネス先生、自分だけで納得してないで僕たちにも教えてくれないかな? これから何が起こるんだい?」
1人ブツブツと何事か呟いているイネスに、ウリバタケとアカツキが疑問の声を投げかける。
だが、それはその場にいる全員の意見だったろう。
「とても素晴らしいことよ」
イネスは静かに微笑みながら答えた。
イネスが謎めいたことを静かに微笑んで言った時、それが引き金か合言葉だったかのように突然遺跡が震え始めた。
それと同時に、一度は治まったはずの内部の発光が再び始まる。
「イネスさん一体何が起ころうとしているんです?」
コハクが尋ねてもイネスは微笑んでいるだけであった。
イネスの謎めいた言葉ともに突如遺跡が振動し、再び遺跡内部が発光しだす。
「ゆ、揺れている――――!?」
「ん?な、なんか段々せりあがっていってない?」
突然の揺れにしゃがみ込むユキナ。
揺れはますます大きくなり、床の上昇も、もうその場の全員が確認できるほどにはっきりとした動きになっている。
バランスに自信のある者もない者も1人を除いて床に片膝ついて、これからどうなるのか固唾をのんで待ち受けている。
ユキナとミナトが互いを支え合い、コハクは羽根を生やして床から僅かの高さで宙に浮き、イネスは揺れの中でも慌てることなくじっと立ち尽くし、男達は身構えるようにただ待っていた。
だがその時、何が起こるかをイネス以外の者が把握する前に、プロスペクターのコミュニケが開いて、珍しく泡を食ったように慌てた。
コミュニケの通信回線を開くと空間ウィンドウにいかついゴートの顔が現れた。
『どうした! 一体、何が起こっているのだ!?』
「いや、私達にもはっきりしたことは言えないのですが、どうやら遺跡が床ごと上昇しているようでして……」
『最下層部の床が上昇しているだと!?』
「そっちは何か変わったことはないのかい!?」
2人の会話にアカツキが割り込んだ。
『遺跡上層部を幾重にも防護していたディストーションフィールドが次々に解除されていっています。とりあえず、我々警備班は地上部を放棄して遺跡の外へと退避中です』
ゴートの報告にアカツキが驚きを隠せない表情で黙り込んだ。
何と言っても、この遺跡のディストーションフィールドにはさんざん手を焼かされた彼とネルガルである、胸中には複雑なものがあるのだろう。
そしてそのアカツキの後ろから、イネスがゴートに告げた。
「賢明な処置ね。もうすぐこの遺跡の最下層部が地上に出ます。それまで、遺跡の外で待っていてください。遺跡の外には、全く影響がないはずだから安全よ」
『なんだって!? ドクター、それはどういうことだ!』
「黙って見ていなさい。お楽しみはまだまだこれからよ」
やがて全てのフィールドが解除されドーム状の建造物が地上にその姿を全て現すと、今度はドームの屋根が四方に開き始めた。
ドームの地上部付近にまだ上昇によって巻き起こされた土煙が舞っている中、天井はゆっくりと開き、内部に太陽光を招き入れる。
4つに別れた天井は淀みなくスムーズに開いていき、ほんの僅かの間に内部の全てを陽光の下にさらけ出した。
それはまさに天候型ドームのようでもあった。そしてその中では、遺跡外部にいた面々と同様に、ナデシコのクルー達が目の前で繰り広げられるその壮大な光景を呆気にとられながら眺めていた。
「お外だ……」
「……あの深さを、一気に上ってきたってのかよ!?」
ウリバタケとユキナが何とか言葉を絞り出すが、その他の面々は、イネス以外は声も出ないと言う状況らしい。
そしてようやく遺跡天井部の開放が終わったとき、遺跡内部の発光もまた、始まったとき同様唐突に消えた。
「……イネスさん、まさかこれで終わりって訳じゃないよね?」
アカツキもようやくそれだけセリフを絞り出す。まだその口調は驚愕のためか、いつもの調子が戻っていない。
だがイネスは平然と、楽しそうとすら思える口調で答えた。
「ええ、メインディッシュはこれからよ」
「これで前菜ですか?となると、メインディッシュがどれだけ凄いものか、ちょっとワクワクしますね」
コハクも興味ありげに笑みを浮かべながら言う。
と、そのとき遺跡の外から銃撃戦の音が聞こえ、一同は一斉に外を見た。
「こんなときにまたかよ」
三郎太が呆れながら言う。
「今度はどっちだ?地球側か?木連側か?精がでるねぇ」
ウリバタケがいつもの調子で襲撃してきた側の確認をする。
遺跡周辺ではキャラバンを包囲し攻撃を繰り返す月面エステバリス十数機の姿が確認できた。
「地球側ね……」
『……どうやら遺跡の謎の解明が進んでいるようですな、フレサンジュ博士。無駄な抵抗は止め、全てを我々に引き渡していただきたい。我々は地球のため、ひいては正義のために行動しているのだ、そこの所を良く理解していただきたい』
もはや聞き慣れた感すらある声が、イネスの呟きに答えたようにコミュニケに割り込んでくる。
被弾し、倒れていく警備班のエステバリスやジン・タイプを後目に左右に散会して敵の包囲網を切り込んでいくアキトの月面フレームとリョーコ達の陸戦エステバリス3機。
『なぁに勝手なことほざいてやがる!!』
『貴様らの何が正義だ! 遺跡の秘密を手に入れて、また木連と戦争を始めようって腹だろう!?そんな連中に、イネスさんは渡さない!!』
『そーだ そーだ!』
『舵を取る……操舵‥‥』
敵をかき回すことには成功したアキト達だったが、さすがに一息に勝負を決めることは出来なかった。
敵はバッタやジョロではなく、エステバリスを使っている。
互角の機体性能と3倍以上の数が相手では、押されることはないまでも、押し切ることは難しいようだ。
その様子は、とりあえず地上に残ったゴート達と合流したアカツキ達からもよく見えた。
「ちょいと戦力差があるみたいだな。僕もテンカワ君達を助けに行くか」
「そうですね」
「でも、どうやって? 機体が無ければ何もできませんよ」
アカツキの言葉に三郎太が真っ先に賛成したが、ジュンが根本的な疑問を口にする。確かに、彼らの武装らしい武装は、アキト達のエステバリス以外は護身用スタンガンや拳銃ぐらいのものしかない。
そんなものでエステバリスを倒す事は不可能だ。
「心配ご無用!こんなこともあろうかと、ちゃんとパイロットの人数分、機体は用意してあるのよ! ちょちょいと、なっ‥‥」
ウリバタケが言葉と共にコミュニケに何事か打ち込むと、キャラバン内に駐車しておいたはずのトレーラーが突然独りでに動き出した。
動き出したトレーラーはまるで立体キューブパズルを目にも止まぬ早さで展開するかのごとく、あっという間に空戦型のエステバリスに変形してしまった。
変形したトレーラーは遺跡の中に飛び込み、アカツキ達のそばに着地した。
「見たか。”完全変形トレーラーバリス”!!」
「ウリピー。いくらなんでも、それはないんじゃない?」
「乗っても大丈夫なの、アレ?」
ミナトとユキナはトレーラーバリスにあからさまな不審の目を向ける。
だが、ウリバタケはそんな疑いはどこ吹く風、とばかりに説明を始める。
「バカ言え。俺様の作ったものに何の問題があろうや。ただし、IFS対応じゃないんで、手動で操縦しないといけないけどな」
「でもさ、なんで3機なの?」
「ほんとはトレーラー全部を改造したかったんだが、製作時間の関係上、3機が限界だったんだ」
時間の都合上でも3機も作れたのだから十分に凄い。
「……でも、これでみんなを助けに行けますね!」
それまで呆れ返っていたためか、反応の鈍かったジュンがようやく復活し、ウリバタケとユキナの会話に割り込んだ。
「じゃあ、一丁行きますか!」
「上も本格的に苦戦しているようだし、ね」
そのジュンに続いて、三郎太とアカツキがトレーラーバリスへと向かう。
「あれ? でもジュンちゃん、あれの操縦なんか出来るの? アカツキさんと高杉さんは大丈夫だろうけど」
ユキナはロボットを操縦しているジュンの姿が想像できないのか?首を傾げながら、ウリバタケに問う。
彼女がナデシコにいる時、ジュンはエステバリスに乗っていた姿を見た事がなかったから、疑問に思うのも当然なのかもしれない。
「心配ご無用だって! ジュンの奴は士官学校出ているんだから機動兵器の操縦もできるはずだ!」
そんなユキナにウリバタケは心配無用だと言う。
確かにジュンは士官学校卒でナデシコが地球を初めて出る時もデルフィニュウムを操縦している経験がある。
「おーい、お前ら聞いているかぁ! さっきも言った通りにそれのサポートシステムは万全だから、お前らは大まかな操作をすりゃいい! 後は機械がやってくれるぞ!」
ウリバタケはコミュニケでトレーラーバリスに乗ったパイロット達にトレーラーバリスの説明をする。それに応じて、トレーラーバリスからそれぞれの返事が返ってくる。
そしてパイロットを乗せた3機のトレーラーバリスは、一斉に飛び立ち、激戦の中へと飛び込んでいった。
『やぁ、お待たせ。苦労しているみたいだね?』
『おいしいところ、残しといてくれたかい?』
『助けに来たよ!』
見慣れない機体の乱入に驚いていたアキト達に、アカツキ、三郎太、ジュンの3人が通信を送ってくる。
『援軍か!助かるぜ!』
心強い援軍にリョーコが歓声を上げる。
アカツキ達の参加によって、状況は好転した。
たった3機の援軍だったが、その3機の参加で包囲される可能性がほぼゼロとなり、さらに自由な機動が可能になったのである。
『おのれぇ! 正義を理解しない馬鹿者共め!』
敵部隊の指揮官らしい怒声が響きわたる。
そしてその声が響く中、1機また1機、地球の過激派の月面フレームがスラスターを破壊されて火星の大地に落ちていった。
戦いが変化し、一気に押し返せるかに見えた。
だが、地球側の過激派、ナデシコクルー両者が混戦状態の中、彼らに向かって、別の方角からミサイルの雨が降り注いだ。
ミサイルの飛来方向から今度はジン・タイプの大部隊が現れた。
『待て、待て、待てーい! 人類の至宝とも言うべき”都市”の遺跡を、貴様らのような輩に渡すわけには断じていかぁーん! あれは、我々のような選ばれた者が管理することが、人類全体のためなのだぁ!』
「今度は木連の過激派か‥‥しかしなんとも悪役らしい、ありきたりなセリフだな」
アカツキがやれやれといった様子で木連の過激派が乗ったジン・タイプの部隊を見ながら言う。
「あっ‥いや、我が同胞ながら、お恥ずかしい‥‥」
恐縮した三郎太が頭を下げる。
「しかし、更にあの連中まで相手にするのは、さすがに辛いですね」
アキト達ナデシコクルーのエステバリス隊はほとんど無傷だが、このままの戦力で新手のジン部隊を相手にするのは物理的に難しい。
そんな絶望的な状況の中、
『おっまかせー!』
突如この場に居ない筈のユリカの声が遺跡の周辺にこだました。
ではまた次回。