機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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更新です。


第40話

 

 

 

 

 

 

 

雲の上から突然ユリカの声がしたと思ったら、木連過激派のジン・タイプ部隊の手前の大地に割り込むようにグラビティーブラストが降りそそぎ、雪原の一部を一瞬で消滅させた。

その一撃を受け、木連過激派のジン・タイプ部隊の動きがピタッと止まる。

そして空に広がる雲の間をぬって姿を現すナデシコ。

その姿は太陽に狭まれ、逆光気味でシルエットしかわからないが、ナデシコの象徴カラーであるホワイトボディだけは確認できる。

 

『みなさーん! すぐに喧嘩を止めないとぉ、きっつーいお仕置きですよー♪』

 

そしてナデシコから、この場に全く似つかわしくない、浮かれたようなユリカの声が辺りに響きわたる。

先程のグラビティーブラストはあくまでも警告であり、これ以上戦闘を繰り返すのであれば、容赦なく撃ち込むぞとユリカは警告する。

 

「艦長、はしゃぎすぎです」

 

高テンションのユリカに対して冷静に突っ込むルリ。

通信担当を務めるメグミが何か気づいたようにコンソールに向かう。

 

「艦長、盛り上がっているところですけど、敵の皆さんから通信が入ってきましたよ」

 

「ほいほい。メグちゃん、通信をこっちに回して」

 

開いた空間ウィンドウには木連の忍者の姿があった。

仮面に隠れて表情はわからないが、肩を震わせている様子から怒っているのは間違いないだろう。

 

『どういうつもりだ、貴様ら!?火星大気圏内での宇宙戦艦の使用は、木連・地球両陣営ともに禁止されておるんだぞ!!』

 

次いで開いたウィンドウには、地球側の過激派グループの姿が映っている。

こちらはフルフェイスのヘルメットを被っており素顔は見えないが、

 

『卑劣な! 貴様らはそうまでして遺跡の秘密を独占したいのか!?』

 

地球側、木連側どちらも顔は見えないが、きっと顔を赤くし、頭から湯気を吹き出しそうな勢いで怒鳴っている。

その様子を、ルリとメグミは冷めた視線で見つめていた。

 

「皆さん、自分のことは棚に上げて言いたい放題。おまけに頭に血が上って論旨がめちゃくちゃですね」

 

「言えている。宇宙船使わなきゃ、何してもいいとでも思っているのかしら?」

 

「まぁまぁ、メグちゃん。それより、こっちの回線も開けて」

 

メグミを宥めながら両陣営の過激派連中に通信回線を開くように頼むユリカ。

 

「はい、どうぞ」

 

メグミが両陣営に通信回線を開くと、

 

「どもどもぉ~ナデシコ艦長のミスマル・ユリカ、只今絶賛婚約中でーすぅ!!」

 

ユリカは暴走組の指揮官らしき人物達に説明を始めた。

 

「お2人の言い分はわかんなくもないんですけど、うちって民間の船なので、地球軍と木連軍の停戦条約とは無関係なんですよねぇ~そんなわけだから、攻撃を止めないとバンバン攻撃しちゃうつもりなんで、さっさと降伏してくださいね」

 

ナデシコを見上げる一同。

 

「おいおい」

 

「ユリカ~‥‥」

 

と、その時全員のコミュニケにイネスの映像が割って入ってきた。

遺跡付近にいる全ての者に対して公開通信モードのため、遺跡中のあちこちにイネスの姿が映る空間ウィンドウが乱入する。

 

「はいはい。茶番はそこまで!」

 

ナデシコの出現とイネスの突然の乱入により、戦場と化した遺跡周辺は、水を打ったように静まり返った。

 

『いい、これから太陽系規模の歴史的事件が起こるわ。それこそ地球だ、木連だ、火星だなんて言っているのが恥ずかしくなるくらいの大事件がね。私が過去の自分からもらったプレートには、今日これからこのことが起こることを私達人類に伝えるメッセージがこめられていたの。だから、くだらない忍者ごっこや戦争ごっこは止めて、こちらに注目!』

 

そしてコミュニケの空間ウィンドウが、極彩色の画面に切り替わった。

次いで、場違いなファンファーレの音が聴こえてくる。

 

”イネス先生のなぜなにナデシコ・特別編”

 

……ナデシコのクルーを除く、その場の全員が今度こそ完全に動きを止めた。

どうやら呆れて口も利けなくなったらしい。

 

『古代火星文明……今まで私達はこの遺跡をそう呼んできたけど、それでは古代火星人とはいかなる生命体だったのか、プロスさん、貴方はどのくらい知っているの?』

 

『そうですなぁ……』

 

突然のイネスからの指名に、プロスペクターは顎に手を当てて考える。

 

『今回はバカうさぎもガキおねーさんもいないから、貴方達に頑張ってもらうわよ』

 

「ガキ‥おねーさん‥‥」

 

ガキ扱いされたルリが少々険悪な反応を見せたが、イネスは無視を決め込んでいる。

もう1人のバカうさぎ扱いされたユリカは、気にとめた様子もなくあっけらかんとしている。

本人が認識していない可能性もかなり高いが、「バカうさぎって誰のことだろう?」と聞いてこないのが第三者にとっては救いである。

バカうさぎとガキおねーさん、本人達の反応を無視し、イネスは蕩々と流れるように説明を始めた。

古代火星文明の遺跡その他の出土品から、古代火星人達が酸素呼吸生命体でないことから、太陽系で進化した生命体ではなく、他の場所からやってきた者であるらしいこと。

火星と木星の遺跡の年代を考えると、彼らは太陽系外からまず木星に飛来し、それから火星にやってきたらしいこと。

 

『それじゃあ、古代火星人達は、どっかべつの太陽系から、ボソンジャンプで木星にやってきたって言うのかよ?』

 

ウリバタケがふと疑問を口にする。

 

『というわけにも行かないのよ……ボソンジャンプはチューリップからチューリップに向かって行うか、ジャンプをコントロールしている者がイメージしている場所にしか行くことが出来ない。この時イメージングが曖昧だと、ナデシコみたいに火星から地球まで八ヶ月もかかったり、アキト君みたいに2週間前に出ちゃったりする訳ね』

 

『あっちゃ~それでかぁ~……』

 

アキトが何事か呟いた。

過去の失敗の事を思い出しているのだろう。

 

『だから彼らは、まず目的地に向けて亜光速で進む無人艦隊を送り込み、資源のある惑星に辿り着いたところで工場を建設、居住可能な惑星に都市と大規模なボソンジャンプの制御装置を作り上げてから移住を行う……というわけ』

 

『だけど、そりゃずいぶんと気の長い話だねぇ……』

 

ウリバタケがまた呟いた。

まぁ、当然の感想だろう、亜光速の無人艦隊とは言え、恒星系から恒星系を渡ることには非常に長い時間がかかる。

この方法では、無人艦隊が目的を達するまでに何百年かかるかわからないのだから。

 

「古代火星人は、ものすごーい長生きだとか?」

 

『非常に良い疑問だわね、ウリバタケ君、ユキナちゃん。でも、彼らはここでボソンジャンプの特性を利用しているのよ。ボソンジャンプは空間移動であると同時に時間移動……。目的地の準備が整うまでの時間を予測して、未来に向かってジャンプすれば、本人達は一切年をとらずに目的地に到達できるのよ』

 

イネスの説明は続く。

だがそこで、話を聞き飽きたらしいユリカが割り込んだ。

 

「イネスさーん! 本題はまだですか~? 大事件って、いつ起こるの~?」

 

『相変わらず鈍い娘ね。じゃあ、貴女に聞くけど、これだけ高度な文明を築き上げた彼らが、どうして今じゃ幾つかの遺跡を残しただけで影も形もなくなっなっちゃったの?』

 

説明の邪魔をされたイネスは剣呑な目つきでユリカに質問した。

ユリカは真剣な、と言うには緊張感のない顔で考え始める。

 

「え、えーと、えーと……。どっかにいなくなっちゃったから!」

 

「艦長~」

 

「それじゃ、そのまんまでしょうが……」

 

そして導き出された回答に脱力するメグミとエリナだったが、質問者のイネスだけは呆れたような表情で手を叩いた。

 

『はい、正解。相変わらずおバカな癖に妙にさえているわね、艦長』

 

「えぇー!?」

 

「あぁ、そっか。また同じようにジャンプして別の星系に行っちゃったんだ」

 

ミナトが、得心がいったように呟いた。

 

『そう、プレートのメッセージによると、私達の太陽系は、彼らの本来の目的地に向かうための休憩所のような物だったの‥‥そして彼らは、また次の休憩所に向かって無人艦隊を送り出し、準備が出来た頃合いを見計らって、未来に向かってボソンジャンプしたのよ。そのジャンプした日、いえ、する日が、今日……』

 

イネスは、言葉と共に頭上を振り仰ぎ、小さな笑みを浮かべた。

彼女のその仕草につられるように、全員が雲一つない火星の空を見上げた。

その彼らの視線の先で、文字通り空が開いた。

晴れ渡った空に突如放電が走り、雲が割け、風が巻き起こると、空に突然ぽっかりと、一切の光を吸収するブラックホールのような、漆黒の穴が開いたのだ。

 

「なるほど。つまり、その大ボソンジャンプで過去から古代火星人たちがここにやってくるわけですか?」

 

「「「「えぇぇぇ―――――!?」」」」

 

「そうよ。そして、ここから別の太陽系へとジャンプするためにね」

 

「……何か……見えるよ?」

 

「ありゃあ……」

 

「宇宙船?」

 

やがて、漆黒の”穴”に変化が現れた。目敏くそれに気づいたユキナの声に反応して、隣に立っていたウリバタケとミナトが空中に空いた”穴”を改めて注視する。

穴の向こう側に、まだテラーフォーミングされる前の昔の赤い火星の姿が見え、中から1隻、また1隻と古代火星人が乗る宇宙船がゆっくりと姿を現す。

円盤形に見えるその物体は、20世紀代の表現を借りれば、いわゆるUFOと呼ばれる類のものだった。

古代火星人の船団は次々と”穴”を通ってやって来る。 

やがて、後続の船がいなくなると、”穴”は消えようとせず、再び漆黒のものへと姿を変えた。

空を埋め尽くす円盤の群れ、その圧倒的な光景はアメリカが作る宇宙からの侵略者映画の場面のようで見る者の心に畏怖すら呼び起こさせる。

 

「……そろそろ、何かアクションがあっても良いはずなんだけど……?」

 

性格はともかく、ボソンジャンプに関しては一流の科学者であるイネスを完全に信頼しているナデシコのクルー達は、圧倒されつつも冷静にその光景を眺めていた。

だが、ナデシコのクルー達以外はそうはいかなかったらしい。

あまりの出来事に正常な判断力を失い、恐怖のあまりにそれらに武器を向けようとする者は多かった。

すると、一番大きな円盤から女の人の声が聞こえた。

”皆さん、落ち着いて下さい……私達は皆さんに危害を加えるつもりはありませ‥‥私達は時代に向けての時空跳躍を行おうとしていた際、あなた方人類が私達の残した装置を使って不完全な時空跳躍を繰り返し、小規模なタイムパラドックスを引き起こしては時空連続体にダメージを与えていることを知り、あなた方への注意と、私達の接近を知らせるための、我々へのメッセージを送りました。”

 

「メッセージ?それって‥‥」

 

古代火星人説明を聞き、一同の視線がイネスに向けられる。

 

“私達はもっとも確実な方法として、私と同様に時空跳躍に巻き込まれた少女にメッセージを記録したプレートを託したのですが、今の様子では、上手くいかなかったようですね……。ともあれ、私達はこれからすぐに別の星系へと旅立っていきます。私達が去った後、残った装置は我々の自由にして構いません。しかし、今回の大跳躍の前後数年は、その影響で跳躍に誤差が生じるのでご注意を‥‥”

 

「この間からのジャンプのずれや実験の失敗は、それが原因だったのね……」

 

「前後数年って……今頃そんなこと言わないで欲しいわね……」

 

呆れたように、どこかほっとしたようにエリナは言った。

だが、イネスの口調はどこか悔しげだった。

研究者としてジャンプのズレの原因を自分で突き止めることが出来なかったことが悔しかったのかも知れない。

 

「よかったぁ~! 俺達のせいじゃなくて、ほんと~によかったぁ~!」

 

「……これで賠償金の必要はありませんな。やれやれ」

 

対してウリバタケとプロスペクターのリアクションは非常に分かりやすかった。

それぞれの反応を示す彼らの目の前で、空に開いたままの”穴”が、また変化を見せた。

今度は古代の火星ではなく、緑の草のような物に覆われた。

どこかの星の大草原のような景色が見える。

古代火星人達の宇宙船は、1隻、また1隻とその光景に向かってジャンプしていく。

そして、最後の1隻がジャンプにはいる前に再び古代火星人が忠告を発した。

 

“制御装置は、未来に向かって使用することは構いませんが、過去にさかのぼる方向には使用しないこと。それから、今回開けた跳躍門は、銀河系内に存在する他の全ての門に向かって跳躍可能ですが、銀河系内に存在する数百を越える知的生命体の中には粗暴な者も多いので、接触には細心の注意を払ってください”

 

『ぜ、全銀河に……』

 

『数百、だとぉ……?』

 

『ひょえ~……』

 

彼女は何でもないことを語るようにさらりと語ったが、そこに含まれた事の重大さに、木連の忍者部隊も、地球の暴走グループも、そして滅多なことでは動じないユリカでさえも、そんな反応を返すことしかできなかった。

 

『細心の注意を計ること……って‥‥』

 

『向こうから来ちゃったらどーするんだよ、おい!?』

 

三郎太もアキトもそれは同様のようだった。

だが、アカツキだけは柄にもなく興奮した様子でエリナに語りかけていた。

 

『いきなり銀河市民の仲間入り、か。こりゃ確かに内輪で戦争なんかしている場合じゃないな。エリナ君!至急重役会議を招集して!人類の夜明けだ、夜明け!』

 

『はいはい‥‥』

 

最後の宇宙船が”穴”の向こうへとジャンプしていくと入れ替わるように1機のダイマジンが現れた。

どうやら、以前ジャンプに失敗して無限ループに捕らわれた忍者部隊のダイマジンらしい。

状況が理解できないのか、当たりを戸惑ったように見回している。

 

“私達の助けはこれが最後です。以後注意してください”

 

声だけが最後にそう語り、空の”穴”が消滅した。

こうして 極冠遺跡を巡る攻防戦は、古代火星人達の出現によりその目的を見失い、自然と終結した。木連の忍者部隊も地球の過激派グループも、長居は無用とばかりに引き上げていく。

両陣営が機動兵器のみで、火星大気圏内での宇宙戦艦の使用は、木連・地球両陣営ともに禁止されていてある意味地球、木連両陣営は救われていたかもしれない。

もし、この場にナデシコ以外の宇宙艦船‥‥地球、木連の宇宙艦船が居た場合、古代火星人の船を撃ち落としてまでも古代火星文明の技術を手に入れようとしていたかもしれない。

ただ、その場合、古代火星人の手によって地球人類も木連の人間も皆殺しにされていた可能性があった。

 

「相変わらず逃げ足だけは早いですね‥‥」

 

誰かがボソリと呟いた。

ミナトの誘拐、地球側、木連側の過激派の乱入、古代火星人のボソンジャンプアウトなどさまざまなことがあった遺跡調査だが、イネスが過去の自分から貰ったプレートの謎は解明されたが、ボソンジャンプの本質的解明はこれから先まだまだ研究が必要なようだった。

遺跡と調査と解明の他にコハクにはもう1つ解いておかなければならない謎があった。

それは時折自分の頭の中に響いてくるあの声の正体を解くこと‥‥

あの声は遺跡に来いと言っていたが、遺跡に来てここ暫くは、声も聞こえないし、コハクの身体にも周りにも何の変化もない。

遺跡の調査期間中、イネスはほぼ不眠不休で遺跡の調査を行い、コハクの方も遺跡に何か手がかりがあるのではないかと思い、イネスと共に遺跡の調査を行っているが、今の所何の成果も得られない。

ナデシコはまた地球、木連の過激派が襲ってくることを懸念し、調査団の護衛を行い、コロニーからここまで来るのに使ったトレーラー(トレーラーバリス)はナデシコに収容され、調査員達も夜はナデシコで寝泊りしている。

そしてついに何の成果も得られず、声の正体もわからないまま遺跡調査最終日を迎え、明日の朝にはコロニーへ戻らなければならなかったその日の深夜。

就寝前には確かに隣に眠っていたコハクが居ない事に気がついたルリはオモイカネにコハクの居場所を聞いた。

トイレにでも行ったのかと思ったが、オモイカネからは、コハクは後部格納庫に通じる通路を歩いているという答えが返ってきた。

こんな時間にそんな所へ何の用があるのだろうと思いながらも、ルリはコハクの後を追いかける。

格納庫でようやくコハクの後姿を確認できたルリはコハクの行動に不審な点を感じた。

コハクはなんだか、夢遊病患者のように少しふらつきながら歩いているのだ。

 

「コハク、こんな時間に何しているんですか?」

 

ルリは声をかけたが、コハクは振り向こうともせず格納庫の外部開閉ハッチの方へと向っていく。

 

「呼んでいる‥‥僕を‥‥」

 

「コハク、待ちなさい!」

 

ルリは声をあげるが、コハクはルリの声を無視し、ハッチを開けると突然背中に翼を生やし、遺跡の方へと飛んでいってしまった。

 

「コハク‥‥」

 

ルリは困惑しながらもコミュニケでアキトを呼び出し、コハクが1人で遺跡へと行ってしまったことを伝え、自分もコハクを追いかけたいので、エステバリスのパイロットを頼んだ。

ルリから連絡をもらったアキトは格納庫へと向い急いでルリを自らのエステバリスに乗せて遺跡へと飛んだ。

 

遺跡に着いたルリはエステバリスから飛び降り、コハクを探し回る。

そして、遺跡の中央部、コアのあった部分にぼんやりと立っているコハクを見つけた。

その目は光が宿らず、虚ろな状態で中央部を見つめている。

すると中央部が光だし、床から触手の様な物が無数に生えてくるとコハクを包む。

 

「コハク!」

 

ルリは走ってコハクに近づくが、間に合わず触手もコハクの姿も消えた。

 

「き、消えた‥‥一体何処に‥‥?」

 

「コハクちゃん‥‥」

 

消えたコハクにルリとアキトは不安が隠せなかった。

 

 

 

 

「ようやく会えたね‥‥」

 

突然、頭の中に声が響く。

そう、それは火星に向かっている頃から時折、頭の中に響くあの声だった。

コハクが目を開けると、そこはさっきまで自分がいたナデシコの部屋じゃない。

暗闇の中、所々星明りの様な光が有る不思議な空間にいた。

しかし、ここがナデシコの部屋でもなく、バーチャルルームでもない、まして火星のどこかだとも思えない。

 

「‥‥貴方はいつも僕に声をかけてくる人‥‥ここはどこ?それに貴方は誰‥‥?」

 

「まぁまぁ、落ち着いて。今から君の前行くから‥‥」

 

すると、コハクの前に光を帯びた青年が姿を現した。

逆光と前髪の影で顔はよく分からないが、年齢はアキトやジュンと同じぐらいだろう。

 

「貴方は‥‥?」

 

「僕はもう1人の君で、君はもう1人の僕だよ」

 

突然現れたかと思うとわけの分からないことを言う青年。

 

「貴方‥何を言って‥‥」

 

「輪廻転生‥‥って知っているかい?」

 

「りんねてんせい?」

 

青年はコハクの言葉を遮って説明をする。

輪廻転生、死んであの世に還った魂がこの世に何度も生まれ変わるという考えである。

 

「それって‥‥つまり‥‥」

 

「そう、君は僕の生まれ変わりで、僕は前世の君だよ」

 

「突然そんなこと言われても信じられる訳が‥‥」

 

「君はナデシコにいる時、アキトさんの屋台を引いている時、ルリちゃんと居る時どこか懐かしく思ったり、どこかで体験したと思ったことはない?」

 

「っ!?」

 

青年に言われ、たしかに過去何度かそんなことを思った経験があるため、反論の言葉が出ないコハク。

それに目の前の青年がアキトやルリのことを知っているのも気になった。

 

「どうやら図星のようだね」

 

「か、仮に貴方が前世の僕だったとして、なんで僕を此処へ?」

 

「君にはこれから起こる未来の悲劇を防いで貰いたい」

 

「未来?悲劇?」

 

「今から君に僕が体験した未来の出来事を君に見せよう‥‥」

 

青年がそう言うとコハクの目の前は光に包まれた。

コハクが目を開けるとそこは教会だった。

神父の前には新しく夫婦となった男女の姿がある。

純白のウェディングドレスに身を包んだユリカと同じく白いタキシードを着たアキトの姿があった。

教会の外では、ナデシコのクルーとユリカの父、ミスマルコ・コウイチロウが2人を祝福している。

幸せそうな顔でブーケを投げるユリカ。

そして投げられたブーケは放物線を描きルリの手の中へと落ちた。

 

「これは‥‥もしかして、アキトさんとユリカさんの結婚式?」

 

「その通り‥‥今年の‥‥西暦2199年の6月10日にアキトさんとユリカさんは結婚した‥‥そして‥‥」

 

目の前の光景が教会から宇宙空港へと変わる。

 

「結婚式から9日後の6月19日に2人は新婚旅行へ故郷である火星へ行くことにした‥‥」

 

満面の笑みで見送りに来てくれたナデシコクルーに手を振り、火星行きのシャトルに乗るアキトとユリカ。

やがて発射時刻になり飛び上がる火星行きのシャトル。

しかし、空へと上がったシャトルは突然空中で大爆発をおこした。

空港職員や他の利用客が突然の爆発事故で混乱する中、ナデシコクルーは皆その場に動かず、泣き崩れる者、呆然とする者、様々であったが、共通しているのは深い悲しみがクルー達を包んでいた。

あの状況下ではとてもアキトとユリカの生存は望めない。

 

「そ、そんな‥‥アキトさん‥‥ユリカさん‥‥」

 

目の前の光景が信じられないと言った顔で見るコハク。

 

「これが悲劇の幕開けだった‥‥」

 

また目の前の光景が変わり、今度は宇宙へと変わった。

球体状の大きなコロニーを黒いロボットが縦横無尽に駆け巡る。

 

「あれはオモイカネの自意識部分で出てきたロボット‥‥あのロボットは一体‥‥?」

 

「あのロボットは復讐鬼となったアキトさんが乗る装甲エステバリス『ブラックサレナ』‥‥恐らくオモイカネは君の頭の片隅にあった僅かな記憶を読み取ったんだろう‥‥」

 

(‥‥オモイカネ‥お前は"あの人"がした事を正しいと思ってくれるんだな‥‥)

 

青年はコハクの話を聞いてオモイカネが何故、自意識部分でゲキガンガーではなく、ブラックサレナを出現させたのかを聞いてオモイカネが復讐鬼となったアキトの行動に正当性があったのだと理解した。

 

「アキトさん?‥アキトさんはあの事故の中で生きていたんですか?」

 

コハクがアキトの名を聞き、青年に尋ねる。

すると青年は頷いた。

 

「まさか、あの爆発の中をどうやって‥‥」

 

コハクとしてはあのシャトルの爆発の中で一体どうやってアキトが生き延びたのか疑問だった。

 

「あの事故はただの事故ではなく、アキトさんとユリカさんを攫う為にアイツ等が仕組んだ偽装事故だったんだ‥‥」

 

青年は顔を歪め、何故シャトル事故で死んだと思っていたアキトが生きているのかをポツリと零す。

 

「アイツ等?」

 

ブラックサレナはやがて倉庫のような箇所に行く。

その後を追う赤いエステバリス。

そして倉庫の先にあったのは解体されたナデシコのYユニット‥それにあの戦争の終盤に宇宙の果てに飛ばした筈の火星の遺跡のコア‥‥ボソンジャンプの演算機があった。

 

「な、なんであれが此処に‥‥?あれは宇宙の彼方に跳ばした筈なのに‥‥」

 

死んだはずのアキトが生きていた事、

宇宙の彼方に跳ばした筈の演算ユニットが何処かのコロニーに存在していた事、

コハクには訳が分からなかった。

すると、同時に巨大な空間ウィンドウが遺跡の前に開く。

 

「それは!!人類の未来のため!!!」

 

「草壁‥中将‥‥アイツ、生きていたのか!?」

 

熱血クーデターにより、政権を奪われ、その後は行方不明となっていた草壁が今、目の前にいる。

一度動きの止まったブラックサレナと赤いエステバリスに何かが迫る。

反射的にかわそうとした赤いエステバリスが、半歩遅れ、かわしきれずに、錫杖で床に縫いとめられた。

するとどこからともなく、

 

シャン‥‥

 

という金属音が聞こえて来た。

続いて‥‥

赤い機動兵器が出現する。

そしてそれを守るように、先程赤いエステバリスを錫杖で床に縫いとめた茶色い壺の様な機体が6機。

そして展開しはじめる遺跡ユニット。

外装がまるで花弁の様に1枚1枚剥がれていくかのように展開されていく演算ユニット。

 

「あ、あれは‥‥」

 

遺跡の中には眠るように目を閉じているユリカの姿があった。

彼女の身体は遺跡ユニットと融合しているかのような状態だった。

 

「ゆ、ユリカさん!?」

 

アキトが生きていた様にユリカも演算ユニットと融合していた様だが生きていた。

するとまた目の前の光景が変わる。

火星の極冠遺跡でボロボロになったナデシコに似ている白い艦。

そして草壁から通信が入る。

 

「流石、『電子の妖精』といわれるホシノ少佐、そして『白騎士』。今回は引くが、我々は決して諦めたわけではない」

 

そして火星遺跡から撤退していく草壁。

 

「あの時‥‥あの時、草壁を逃がさなければこんなことには‥‥」

 

青年が悔しそうに言う。

 

「それで、この後どうなったんですか?」

 

「草壁の逃亡を許した僕とルリちゃんは軍と政府から厳しく非難され、草壁討伐の際、捨て駒とも言うべき任務に就かされた」

 

「捨て駒?」

 

「ああ‥‥草壁率いるテロ集団、『火星の後継者』の主力艦隊の目を逸らすための囮部隊‥‥圧倒的数の敵相手に少数で囮として主力艦隊を根拠から引き離し、その隙に味方の本隊が草壁を討つ‥‥そんな作戦をさせられた‥‥そして僕もルリちゃんもこの戦いで‥‥」

 

「それじゃあ、僕がナデシコで見ていたあの悪夢は‥‥」

 

「恐らく僕の最後の記憶だ。夢として生まれ変わった君にもそれが伝わったのだろう」

 

「こんな‥‥こんな未来がこの先に‥‥?」

 

コハクの問いに青年は頷き言う

 

「多少異なるかもしれないが、大まかな流れはこの世界でも類似している筈だ。だけど今の僕にはもう、どうすることも出来ない。だから君を呼び続けた‥‥お願いだ、こんな悲劇的な未来をどうか変えてくれ!頼れるのはもう、君しかいないんだ!!」

 

「‥‥分かりました。僕もユリカさんには幸せになってと言った手前、この様な未来を見過ごすわけにはいきません」

 

「ありがとう‥‥これで僕の役目は終わった‥‥ようやくルリちゃんや仲間の所に逝ける‥‥」

 

「お別れの前に貴方の名前を聞いてもいいですか?」

 

「カイト‥‥ミカズチ・カイト‥‥君は?」

 

「コハク‥‥ホシノ・コハク‥‥」

 

「コハク‥‥そうか‥‥いい名前だ。さようなら、ホシノ・コハク‥‥この先の未来も記憶も全部君だけのモノだ‥‥大切に‥‥そして未来を‥‥アキトさん、ユリカさん‥そしてルリちゃんを頼んだよ‥‥」

 

「ありがとう‥そして、さよなら‥ミカズチ・カイト。もう1人の僕‥‥」

 

青年は微笑むとその姿はだんだん薄くなっていき、やがて消えていった。

同時にコハクの視界もまた白い光に包まれた。

 

 

突如遺跡の中心部がまた光りだした。

 

「な、なんだ?」

 

突然光りだした遺跡の変異にアキトはルリを庇うかのように立つ。

やがて光が収まるとそこには倒れているコハクがいた。

 

「コハク!」

 

「コハクちゃん!!」

 

「‥‥う、ううん‥‥あれ?アキト‥さん?‥‥ルリ?」

 

うっすらと目を開けるコハク。

コハクの真紅の瞳が自分を心配そうに見るアキトとルリの姿を確認する。

 

「大丈夫?コハクちゃん。どこか痛いところとかない?」

 

「‥‥大丈夫です。それよりここは?」

 

「遺跡‥コアのあった所だよ。コハクちゃん1人でここに飛んで行っちゃったってルリちゃんに聞いて慌てて追いかけてきたんだ」

 

「何も覚えていないんですか?」

 

ルリに問いにコハクは頷く。

確かにどうやってナデシコから此処まで来たかは覚えていない。

でも、前世の自分が見せてくれたこれから起こりえる未来の出来事は鮮明に覚えている。

 

「とにかくナデシコに戻ろう」

 

「そうですね」

 

「はい」

 

アキトが操縦するエステバリスで3人はナデシコへと帰った。

そんな中、コハクは前世の自分が教えてくれたあの悲劇な未来をどうやって変えるかを思案した。

 

・・・・続く

 




ではまた次回。
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