機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ   作:ただの名のないジャンプファン

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第59話

 

 

 

 

 

木星プラントを奪還し、火星の後継者の戦力増強を阻止したナデシコであったが、首謀者である南雲は木星圏にはおらず、敵の策略にまんまと引っかかってしまったナデシコ。

 

「どういうことです?南雲がいないって?」

 

ハーリーがジークたちに南雲不在の理由を尋ねてきた。

 

「これを見てください。ナデシコが木星圏で遭遇した敵との戦闘記録です」

 

ジークがキーボードを操作すると、メインスクリーンには木星圏の宙域図とナデシコの戦闘場所が表示される。

 

「一定間隔で、敵と遭遇している!?」

 

ムスッとした顔のまま、それがどうした?というように答えるゴート。

 

「ええ。それにこの位置関係だと、戦闘中に十分間に合う距離です」

 

「しかし、それは疲労と消耗を謀る為なのでは?」

 

「我々が艦隊ならそれも考えられます。しかし、こちらはたったの一隻‥‥妙だと思いませんか?敵はプラントを有しており、戦力を常に増強でき、地の利まであるにもかかわらず、木星圏の守備をほとんど無人兵器に任せていました。もし、南雲の主力艦隊とこれらすべての無人艦隊が時間差をつけて一つの戦場に送り込まれていたら今頃ナデシコは沈んでいた筈です。でも、それを実行しなかった‥‥」

 

「と、いうことは‥‥」

 

唸るようにつぶやくゴート。

 

「木星プラントと守備艦隊はすべて陽動‥‥」

 

静かに、つぶやくように言うルリ。

 

「その通りです」

 

「敵の裏をかいて奇襲したつもりが、さらに裏をかかれた訳ですな」

 

プロスペクターはやれやれと言った感じで呟く。

 

「ええ。しかし、あのまま木星プラントをほうっておく訳にもいきませんでした。おそらくナデシコが『クシナダ』に飛ばされた時にはすでに火星の後継者の主力艦隊は、この宙域に集結していた。そして、極冠遺跡の警備が手薄になった所で‥‥」

 

「再度侵攻した」

 

ジークの言葉を静かに続けるルリ。

 

「俺たちは、まんまと一杯食わされました。それに今から火星に向かって急ごうにも、イネスさんによる単独ボソンジャンプは、まだ出来ません。ヒサゴプランのネットワークは奴らに握られているでしょうし‥‥」

 

自嘲するかのように呟くジーク。

 

「そうですね。単独ジャンプはジャンパーに肉体的、精神的負担をかけます。戦艦クラスのジャンプならばなおさらです。ヒサゴプランを使っても‥‥」

 

ルリが冷静にイネスの単独ジャンプが出来ないことを説明し、

 

「また、変な所に飛ばされるかもしれませんし‥‥」

 

ルリの説明を付け足すように落胆しながら言うハーリー。

そこで、思いついたかのように話し出すゴート。

 

「艦長の言う通り、もし敵艦隊がここから火星に向かったとすると、当然ネットワークを使ってジャンプした訳だ」

 

「ええ、おそらくそうです。艦隊すべてを単独ジャンプさせるほど敵にはジャンパーがいるとは思えません」

 

それがどうしたのかという風に聞くハーリー。

 

「という事は、火星までのルートは確保させているんじゃないか?」

 

「っ!?確かにその可能性は有りますよ!!」

 

「艦長、やってみる価値はあると思いますが‥‥」

 

「‥‥そうですね。ここでじっとしていても始まりません。やってみましょう!少佐、ここから一番近いターミナルコロニーは何処ですか?」

 

「『タケル』ですね」

 

「そうと決まれば皆さん。『タケル』に向かいましょうか!」

 

元気よくかけ声をかけるプロスペクター。

ナデシコは、既に敵の居なくなった宙域を後にし、最大戦速でターミナルコロニー『タケル』を目指した。

 

そして、ようやくターミナルコロニー『タケル』の近くへと来たナデシコ。

するとナデシコのセンサーが重力波反応を捉えた。

 

「重力波反応を確認!機動兵器です。しかもすごく速い!」

 

捉えたセンサーの反応をハーリーは見逃さず、報告をする。

 

「亡霊が出てきましたか‥‥?」

 

「そのようです」

 

「エステバリス隊出撃準備!」

 

『幽霊退治はおまかせ』

 

『いっちょ、暴れてくっか!

 

『悪霊退散!艦内あんぜ~ん』

 

ヘルメットにお札をはって答えるイズミ。

相変わらずである。

パイロット三人娘はいつでも出撃できるようだ。

 

「敵機動兵器は‥‥っ!?」

 

レーダーで敵機の方位、距離を測定していたハーリーが突然レーダー上から消えた敵の反応を見て驚いている。

 

「どうした!?」

 

「レーダー反応ロスト!敵機を捕捉出来ません!!」

 

「‥‥同じだな」

 

「ふむ、これでは作戦の立てようがありませんな」

 

隕石群での戦闘同様レーダーに映らない相手ではまた逃げの一手しかない。

 

「そこで俺の出番ってわけだ」

 

「待っていました」と言わんばかりにウリバタケが名乗り出た。

 

『ウリピーどうしてここに?』

 

「お前らが弱音を吐いているんじゃないかと思ってな。いいか、相手は性懲りも無くバカの一つ覚えのレーダージャマ―を使っていやがる。こいつがやっかいなのはパイロット諸君ならよく分かっている筈だ。そこで、こんな事もあろうかと!そう、こんな事もあろうかとだ!この俺様がレーダージャマ―除去装置を密かに開発しておいたのだ!」

 

ただウリバタケの説明では除去装置をエステバリスに取り付けるには少し時間がかかるらしくそれまではナデシコで持ちこたえなければならなかった。

そんなナデシコに追い討ちをかけるように『タケル』付近にボソンジャンプ反応があった。

クルーは六連かと思ったが、増援としてボソンジャンプしてきたのはバッタだった。

バッタのボソンジャンプと意外な事態が起こるも迎撃をしないわけにもいかずナデシコはジャンプアウトしてきたバッタに攻撃を開始した。

バッタと六連の攻撃を耐え忍んでいる間にウリバタケは除去装置をすべてのエステバリスに装備し、装備が完了したエステバリスから順に出撃、六連に対し、攻撃を開始する。

レーダーに映らず、自分たちの居場所を満足に特定できぬと高を括っていた六連たちは動揺する。

 

『どうだ!俺のレーダー・ジャマー除去装置、「ジャマークリーナー」の威力は!?』

 

『そんな名前あったの?』

 

『さっきつけた』

 

『あっそ』

 

こんな中でも軽口をたたき合っているのが、いかにもナデシコクルーらしい。

姿さえ映れば六連などナデシコのパイロットたちにとっては敵ではなくたやすく撃退できたが、六連が退いてもバッタは次々とボソンジャンプしてくる。

すると『タケル』の影から一隻の木連型戦艦が姿を現した。

 

「あれはっ!?『ゆめみづき』!!』

 

『ゆめみづき?』

 

「大戦中、白鳥九十九 大佐が乗艦していた戦艦だ。そうかあれなら短距離ジャンプが出来るな‥‥」

 

ゆめみづきは『タケル』の正面に布陣し、ナデシコの前に立ちふさがった。

 

ジョンプアウトしてくるバッタをナデシコが迎撃し、ゆめみづき本体にはエステバリス隊五機が全方位から攻撃に当たる。

戦闘開始当初はフィールドを張り、バッタを次々とボソンジャンプさせていたゆめみづきであったが、攻撃を受け続け、フィールド発生装置に異常が出て、フィールドが消失、続いてゆめみづきの構造を良く知るサブロウタの攻撃で格納庫及びジャンプ装置を破壊され、バッタの短距離ジャンプが出来なくなり、ナデシコもゆめみづき攻撃に加わり、ゆめみづきはあえなく沈んだ。

 

ターミナルコロニー『タケル』の前に立ち塞がった北辰の亡霊はウリバタケの開発したレーダー・ジャマー除去装置の前に破れ、最後の砦と言わんばかりにナデシコの前に姿を現した木星戦艦『ゆめみづき』もエステとナデシコの連携攻撃の前に沈んだ。

 

「前方にターミナルコロニー『タケル』を確認」

 

邪魔者を片付け、いよいよ『タケル』から火星へと向おうとしていたナデシコの前にまた新たにボース粒子の増大反応‥‥すなわちボソンジャンプ反応があった。

 

「ボース粒子増大!『タケル』に艦隊を確認しました!」

 

「火星の後継者か!?」

 

艦内に緊張が走る。

 

「ち、違います!識別信号‥‥えっと‥‥これは統合軍の艦隊です!!」

 

ハーリーが味方識別信号を確認すると、火星の後継者でないことが確認され、若干艦内の緊張が緩んだ。

やがてボソンジャンプし終えた統合軍艦隊、リアトリス級戦艦『ゆみはりづき』から通信が入る。

 

『ナデシコB、こちらは統合軍第五艦隊所属「ゆみはりづき」である。君たちの行動は明らかに新地球連合軍規に違反している。よって直ちにナデシコの機関を停止してマスターキーをこちらに渡してもらおう。言っておくが妙なマネは起さん事だ。こちらの指示に従わない場合は反乱とみなし実力行使もやぶさかではない!これは脅しではないぞ!』

 

通信が切れると統合軍第五艦隊の艦艇すべての砲門がナデシコへとロックされる。

 

「どうやら本気のようですね」

 

「俺たちの苦労も知らないでまったく勝手だよな」

 

「僕たち軍法会議にかけられるんでしょうか?」

 

ハーリーが不安そうに尋ねる。

 

「そういうことになるんじゃない」

 

サブロウタは軍法会議にかけられるかもしれないと言うのに、あっけらかんとした感じで言う。

 

「うぇ~ん ホントですかぁ~」

 

それを聞いてハーリーは涙目となる。

 

「宇宙軍本部に連絡はできないか?」

 

「だめです通信回線が開きません!!」

 

先程の戦闘の影響か?

それとも統合軍がジャミングをしているのか回線が開かず、『通信不可』のウィンドウが表示される。

 

「さて、どうしますか艦長?」

 

「ここは相手の指示に従って様子を見たほうがいいと思います」

 

数においても戦力においても今ここで統合軍の艦隊と戦っても勝ち目はないし、反対に自分たちが反逆者にされてしまう。

 

「‥‥そうですね‥‥機関停止‥‥マスターキー解除」

 

ルリのアドバイスを聞き、悔しそうにジークは機関を止め、マスターキーを抜いた。

 

「ナデシコB 機関停止!マスターキーを解除しました」

 

「じゃあ私が向うにいってきます」

 

ルリは自ら統合軍との交渉役を志願した。

 

「いえ、それは俺が‥‥」

 

ジークは艦長である自分が交渉役としていこうとしたが、

 

「艦長はナデシコで待機していてください」

 

「それがいい。失礼ですが艦長といっても訓練の延長上でのことです。話がややこしくなると不味い‥‥」

 

と、ルリとゴートによって止められた。

 

「どうです艦長?ここはルリさんに任せてみては?」

 

「わかりました。それじゃあホシノ少佐よろしく頼みます」

 

「はい」

 

ゆみはりづきに赴いたルリは早速、ゆみはりづきの艦長室へと案内された。

 

「連合宇宙軍少佐、ホシノ・ルリです」

 

「ナデシコのマスターキーは持ってきたかね?」

 

「はい。‥‥でも、その前にお話があります」

 

「君たちは既に任を解かれている。発言する権利は無い」

 

「問答無用ですか‥‥?」

 

そう言ってルリは、ゆみはりづきの艦長にゼンマイの形をしたナデシコのマスターキーを手渡す。

 

「‥‥そういうことだ。以後、火星の後継者鎮圧は我々統合軍が引き受ける。君には色々と説明してもらわねばならんな、少佐。ホシノ少佐を連れて行け」

 

艦長の部下に促されて部屋を出ていくルリ。

扉の所で、横目で艦長を見ながら、ルリは一言言い放った。

 

「‥‥バカ」

 

一方、ナデシコでは単身で、ゆみはりづきへ乗り込んだルリの身を案じるハーリー。

ルリを信じ、ハーリーを励ますサブロウタ。

飄々として事態を見守るプロスペクター。

ジークは何度も宇宙軍本部と連絡を取ろうとするが、未だに通信回線は開かない。

 

「どっちにしても待つしかないか‥‥」

 

そんな中沈黙を続けてきた『ゆみはりづき』より通信が入る。

 

『我々はこれより火星に向かい、統合軍主力艦隊と合流する。君たちは回収艦が迎えに来るまで、そこで大人しくしていてもらおうか。これ以上勝手な行動をとられてはかなわんからな‥‥』

 

通信中にも続々と『タケル』に入りボソンジャンプをしていく統合軍第五艦隊。

 

「では、とりあえず、ホシノ少佐を返してもらいましょうか?」

 

睨み付けるように言うジーク。

ゆみはりづきの艦長はそれに動じず、むしろ余裕を持って答える。

 

「はっはっはっ、訓練生風情が何を言うか。そんな事より、自分の身を案じた方がいいぞ。せいぜい、軍法会議での言い訳でも考えておくんだな」

 

そう言って、ゆみはりづきはルリを乗せたままボソンジャンプしていった。

宇宙軍総司令部のコウイチロウの元では統合軍第五艦隊から報告を受けた統合軍司令部が抗議の通信を入れていた。

 

『ナデシコは火星の後継者鎮圧の任を我々統合軍が引き継いだにもかかわらず、勝手な行動をしていた。これは新地球連合軍軍規に違反する越権行為だ!したがって以後火星の後継者の件についてはナデシコの介入を一切禁止とする。以上だ』

 

統合軍司令部からの通信を呆れながら聞いていたコウイチロウは通信が切れるのと同時に一息ついた。

 

「相変わらず勝手ですね統合軍は」

 

「ん?」

 

執務室にいた白鳥がコウイチロウに話しかける。

 

「我々宇宙軍に獲物を弱らせておいて、弱った所を横から掻っ攫う‥‥まるでハイエナかハゲワシですね」

 

「なかなか言うね。君も」

 

「恐れ入ります。しかしどうします?総司令。このまま手を拱いて事の成り行きを見ているだけですか?」

 

「ふむ‥‥ここはもう一枚の切り札を使うとするか‥‥」

 

「もう一枚の切り札‥‥ですか?」

 

「その通りだよ。白鳥君。宇宙軍にはナデシコの他にもう一枚切り札があるのだよ」

 

そう言ってコウイチロウはどこかに通信を入れた。

 

ルリたちナデシコが南雲率いる火星の後継者達と火星や木星で激しい戦闘を繰り返している時、妹であるコハクも彼女なりに大変な仕事をしていた。

 

 

天王星軌道 

 

地球時間午前六時

 

艦内に起床ラッパの放送が鳴り響き、ベッドで寝ていたクルーたちは一斉に飛び起き、素早く隊員服へと着替え自分たちの持ち場へと走っていく。

 

「総員、配置完了」

 

「時間は?」

 

「七分三十六秒」

 

宇宙戦艦 銀河の第一艦橋でその報告を聞いたコハクは少々不満そうな顔をした。

 

「なんとか五分代まで短縮出来るようこの訓練は続けましょう」

 

「了解」

 

ルリたちナデシコBでは連合大学校の艦長候補生一人の訓練であったが、コハクの場合、銀河を動かす最低人数のクルーの訓練を行っていた。

その理由は今宇宙軍が保有している波動エンジン艦は銀河一艦だけではあるが、来年にはネルガルから波動エンジン搭載艦が次々と建造される予定で、それまでには波動エンジンを扱えるクルーの育成が今回コハクの受けた任務であった。

クルーの着任から数日間はまず艦内配備の確認と波動エンジンがどのような物なのかの講義が開かれ、その後に今回の訓練日程の確認が行われた。

 

起床後の配置集合の後、朝食、小休止の後、戦闘訓練へと入った。

天王星軌道はまだ開拓されておらず、統合軍や木連、他の宇宙軍の艦艇は居らず、広大な宙域を銀河一艦が堂々と使うことが出来る。

 

「標的用ロケット発射」

 

銀河から標的用のロケットが発射され、いずこかへと飛んでいく。

暫くするとロケットは逆噴射して時間差を付けて銀河へと戻ってくる。

それを撃ち落すのが戦闘の基本的訓練であった。

 

「ロケットの中には攻撃をしてはならない味方のロケットもあるので味方識別を怠らないように」

 

「了解。フォルヴェッジオペレーター識別信号の確認よろしく頼むぞ!」

 

銀河の砲雷長、カウレス・フォルヴェッジがオペレーターのフィオレ・フォルヴェッジに声をかける。

カウレスとフィオレは双子の姉弟で、士官学校ではそれぞれ異なる科に所属していたが、双子であり息が合う事で、今回銀河のクルーに抜擢されたのだ。

 

「了解」

 

頼られたフィオレは今まで扱ったことの無いセンサーを不慣れながらも必死で操作し敵と味方の識別を行った。

 

「敵、第一波左舷上方330度から接近」

 

一発目の敵を探知したフィオレがカウレスに報告する。

 

「航海長、右、十五度転換」

 

「了解、右、十五度転換」

 

航海長のアストルフォ・マーシアが操縦桿を操作し艦首を右へと回頭させる。

銀河の三連装主砲四基が左方へと旋回する。

 

『ショックカノン動力接続‥‥測敵完了‥‥自動追尾装置セット完了』

 

「誤差修正右一度、上下角三度」

 

「目標本艦の軸線に到達」

 

「発射」

 

カウレスの命令が主砲管制室に届くと、管制室のチーフが発射ボタンを押す。

十二本のライムグリーン色の光線が標的ロケットへと吸い込まれるように向かい命中する。

 

「目標の破壊を確認」

 

フィオレが標的ロケットの撃破を確認した後、またセンサーを操作して次の標的ロケットの接近を知らせる。

 

「艦載機隊出撃!!」

 

「了解!!行くぞ!!おめらぁ!!」

 

『応!!』

 

銀河の格納庫からは飛行長であるアキレウス・オデュッセイアの掛け声と共に次々と搭載されていたスペース・ウルフが出撃していく。

出撃した艦載機隊は標的ロケットやアステロイド相手に飛行訓練を行う。

 

 

艦橋で銀河の目と頭脳のようなやり取りが行われている中、艦内の他の部署でも様々な訓練が行われている。

 

『第三ブロック被弾!応急修理隊!至急応急修理せよ!』

 

「急げ!」

 

消火器や修理道具・資材を抱えた修理班が被弾箇所へと急ぐ。

被弾箇所へと着いた修理班は消火活動と修理作業を行う。

 

「お前ら訓練学校で何を習ってやがった。応急パッキンの当て方が逆だ!グズグズしているとお陀仏だぞ!」

 

修理班のチーフが隊員の間違いを指摘する。

 

『機関に異常振動!推力低下!』

 

「波動エンジンチェック急げ!」

 

「りょ、了解」

 

機関長のロード・エルメロイが直接機関室へと向う。

機関メンテナンスは機関室にあるメンテナンス用のロボットも搭載されているが、いざという時は直接人の手で行えるよう機関の非常時訓練に組み込まれている。

 

「主電源停止!補助機関へ動力接続!エネルギー伝導管のチェックを!」

 

機関室に着いたエルメロイは機関室を走りながら機関員に指示を下していく。

このような訓練を銀河は連日繰り返していた。

 

「訓練終了。時間、地球標準時、十九時三十五分!」

 

「五分遅れか‥‥」

 

終了時間を聞いたアオイ・ジュンが呟く。

 

「まぁ初期の頃の十分遅れに比べると練度は確実に上がっていますよ」

 

「そうだね」

 

「それにしてもアオイさんの方が、同じ中佐でも年功序列で立場が上なのに副長のような立場になってしまって申し訳ありません」

 

連合宇宙軍中佐アオイ・ジュンも研修という形で銀河に乗艦していた。

 

「そんなことないよ。いずれ僕も波動エンジン搭載艦に乗ることになるだろうから今回の研修はいい機会だと思っているよ」

 

生真面目なジュンらしいコメントだった。

 

訓練日程を順調にこなし、乗員の練度も上がっている銀河。

そんな日のある夜、

 

『‥‥順‥‥です。』

 

(あーこれは夢だ)

 

ボソボソと話す男の声が聞こえる。

 

『そう‥‥でき‥ボソン‥‥できるように‥‥』

 

そして男の声と会話するかのように女の声も聞こえる。

うっすらと目を開けると視界がぼやけてよく見えないが、白衣を着た男とブロンドの髪をし、赤いスーツを着た女の人が自分を見ていた。

 

夢はそこで覚め、見慣れた銀河の部屋の天井を呆然としながらコハクは心の中で思った。

 

(星の海に出る度毎回妙なことが起こる。やっぱり私は宇宙に出ない方がいいのだろうか?)

 

訓練日程も最終に近付いていたある日。

 

「総員配置完了。時間五分五十三秒!」

 

ようやく目標としていた五分代に入り、その報告を聞いた直後、

 

「艦長、宇宙軍総司令部より通信が入っています」

 

「繋いで」

 

フィオレが通信回路を開く。

メインパネルには宇宙軍総司令のミスマル・コウイチロウが映る。

 

「お久しぶりです。総司令」

 

コハクが敬礼しコウイチロウに挨拶をする。

 

『ああ、どうかねコハク君、銀河乗員の訓練は?』

 

「訓練そのものは順調でクル達の練度は確実に上がっています」

 

『そうか、それはよかった』

 

「それで総司令。今日は何のご用件で?」

 

『うむ、実は今火星・木星圏で火星の後継者が再び活動を開始してナデシコにその鎮圧を極秘に担当してもらっていたのだが、統合軍にそれがバレてしまってな』

 

「統合軍に?」

 

統合軍にあまり良い印象をもたないジュンがナデシコを心配するかのように言う。

 

『ナデシコは現在、木星圏のターミナルコロニー「タケル」でマスターキーを抜かれた状態でいる。艦長補佐のルリ君も統合軍に身柄を拘束された』

 

「ルリが!?」

 

身柄を拘束されたとの情報を聞き、コハクとジュンは僅かながらも動揺する。

 

「それで総司令、我々にどうしろと?」

 

『ひとまずナデシコ乗員の収容を頼みたい』

 

「その後は?」

 

『訓練を続けてもらって構わない』

 

「‥‥わかりました。ナデシコ乗員収容後、本艦はそのまま訓練を続行します」

 

コハクはコウイチロウの言葉の意味を理解したのか不敵な笑みを浮かべコウイチロウの命令を復唱し、通信をきった。

 

「コハク君、いいのかい?ルリ君は統合軍に身柄を拘束されているし、火星の後継者がまた活動を再開し立って言うのにこのまま訓練を続行だなんて」

 

ジュンは今後の方針が不服な様子でコハクに尋ねる。

 

「アオイさん。もし、訓練中に所属不明艦から攻撃を受けた場合は自衛のため、攻撃はやむを得ませんよね?」

 

「あ、ああそうだけど、それとこれとはワケが‥‥あっ!?」

 

ようやく先程のコウイチロウの言葉の意味を理解したジュン。

 

「そういうことか‥‥総司令も人が悪いな‥‥」

 

「そういうわけです。フィオレさん艦内放送を」

 

「はい」

 

フィオレが艦内放送をオンにする。

 

『銀河艦長のホシノです。先程宇宙軍司令部より、通信があり、本艦はこれより木星圏で停止状態のナデシコの乗員を収容後、火星圏にて訓練を行います。なお、現在火星・木星圏では火星の後継者が活動を再開しており、統合軍との戦闘状態にあります。万が一戦闘に巻き込まれた場合、本艦は自艦防衛のため戦闘も辞さない所存です。各員の奮闘に期待します。以上』

 

コハクの艦内放送を聞き、乗員がざわつく。

 

「聞いたか?戦闘だってよ!」

 

「実戦になるってことか?」

 

「火星の後継者って夏にテロを起こしたあの火星の後継者だよな?」

 

「いいじゃねぇか。その時には日頃の訓練の成果を統合軍の連中に見せ付けてやろうぜ」

 

「ナデシコの乗員収容ってことはホシノ少佐も乗艦するってことだよな?」

 

乗員がざわつく中、銀河は木星圏のターミナルコロニー『タケル』へと向かうため、ワープ準備に入る。

 

『総員に告ぐ、本艦はこれより、木星圏へ向けワープに入る。総員、ワープ部署につけ!繰り返す総員ワープ部署につけ!』

 

放送を聞いた乗員たちは駆け足でワープ部署へとつく。

 

「時間曲線走査開始。空間歪曲装置準備よし」

 

「出力120パーセントを維持」

 

「時間曲線同調‥‥空間歪曲装置作動開始‥‥ワープ」

 

銀河は天王星圏から木星圏へとワープした。

 

 

火星宙域 

 

火星の某宙域に一隻の宇宙戦艦が停泊していた。

その姿は、木連・地球どちらの物とも違っていた。

艦中央部から延びるブリッジパート。

中央部にはエンジンブロックと、ブリッジパートの付け根に設けられたトリプルレーザーが六門。

船底にはグラビティーブラストが一門据え付けられている。

また、中央部から左右にアームが延び、さらにエンジンブロックがあり、その前には荷電粒子砲が据え付けられ、根本には各種センサーが取り付けられている。

全長は通常戦艦クラス、全幅は通常の三倍は有り、艦全体はワインレッドを基本とした色に塗られている。

 

「本艦は火星軌道に座標固定」

 

「南雲の艦隊はどうなっています?」

 

艦長席にはネルガルのライバル企業であるクリムゾングループの最高幹部の一人で、クリムゾンの会長の孫娘でもあるシャロン・ウィードリンが居り、彼女は南雲の艦隊の行方をオペレーターに尋ねる。

オペレーターはコンソールを操作し火星周辺の宇宙海図を表示し、説明する。

 

「既に所定座標に主力艦隊が集結しています」

 

「統合軍艦隊のジョンプアウト予想時刻は?」

 

「火星標準時で二十時ニ十五分です」

 

「結構‥‥フフ‥‥情報がこちらに漏れているとも知らずに・・・・不意打ちを食らうのはあなた方なのですよ。全艦に通達、敵艦隊ジャンプアウト後にただちに攻撃」

 

「了解」

 

「ただし艦隊旗艦は無傷で捕獲・・・・大事な取引きの材料、扱いは大切にしなければ。フフフ‥‥」

 

どうやら、彼女は南雲の艦隊を討伐しに来たわけではなく、むしろ南雲の協力者であった。

 

 

 

木星圏 ターミナルコロニー『タケル』付近 ナデシコB ブリッジ

 

 

「これからどうするんです?ナデシコは動かないし‥‥ルリさんは連れて行かれちゃうし‥‥」

 

ボソンジャンプする統合軍艦隊を、どうしようもなく見送った後、ハーリーが涙声になりながら言う。

 

「ナデシコがこの状態じゃ、どうしようもないさ」

 

いつものように、コンソールに足を投げ出して答えるサブロウタ。

 

「打つ手無しですか‥‥」

 

肩を落としながらプロスペクターが呟く。

 

その時、ブリッジに警報音が鳴り響く。

 

「前方に空間歪曲反応!」

 

「敵か?おいおい、こんな時に冗談じゃないぞ!」

 

歪曲空間から出てきたのは一隻の戦艦。

 

「ぎ、銀河!?」

 

艦の形状がはっきりした途端、叫ぶハーリー。

そして、その銀河から通信が入る。

 

『おまたせー‥‥ブイッ!』

 

スクリーン一杯に写るコハクの笑顔。

 

『戦艦、銀河ただいまお迎えに参りました』

 

「おお、コハクさん!!」

 

珍しく驚いた様子のプロスペクター。

 

『みなさんお久しぶりです』

 

「ホシノ中佐!」

 

嬉しそうに呼ぶハーリー。

 

『久しぶり弟君!約一ヶ月ぶりだねぇ。元気にしていた?』

 

「は、はい」

 

「よかったな、ハーリー。愛しのお姉様に会えて」

 

「さ、サブロウタさん!」

 

サブロウタにからかわれ声をあげるハーリー。

 

『さあ、話は後で、とりあえずみなさん、銀河へ移乗してください』

 

ナデシコBに接舷する銀河。

接舷と同時に整備班はエステバリスや、武器弾薬、物資の搬入にかかり、コハクとフィオレはオモイカネの移植作業に移った。

 

「ごめんね、銀河。ちょっと狭くなるけど我慢してね」

 

『大丈夫です艦長。彼には一度私の中に侵入された経験がありますから』

 

未だに自分が犯されそうになったことを根に持っている銀河であった。

 

 

ジークたちは銀河乗員の案内の元、第一艦橋へと上がった。

 

「ホシノ中佐にアオイ中佐ですね。連合大学、艦長候補生のジーク・ブレストーン・ユグドミレニアです」

 

「ナデシコの新しい艦長さんですね?銀河艦長のホシノ・コハクです」

 

「地球連合宇宙軍中佐、アオイ・ジュンです。よろしく」

 

「あの?ホシノって‥‥」

 

「あっ、ルリと私は戸籍上姉妹関係なんです」

 

「そうなんですか‥‥」

 

「あっ、弟君~」

 

ハーリーを見つけたコハクは恒例の「ギュっ」を行う。

 

「こ、コハクさん!や、やめてください。みなさんが見ているじゃないですか!?」

 

「大丈夫だって、今更みんな知らないわけじゃないんだし」

 

「い、いやでも‥‥・」

 

「つべこべ言わない」

 

更に力をいれ、ハーリーを抱きしめるコハク。

その様子を唖然として見るジーク。

 

「あ~ そういえば言っていませんでしたね。ホシノ中佐はハーリーを見つけると大体ああなるんですよ。中佐にとってハーリーは大事な弟のような存在なんで‥‥」

 

コハクの様子を唖然として見ているジークにサブロウタはコハクとハーリーの関係を説明する。

 

「はぁ~‥‥」

 

「私たちも噂で聞いたときも嘘かと思いましたが、実際この目で見て納得しました」

 

オペレーターのフィオレがハーリーと戯れているコハクを見て苦笑しながら言う。

 

「あっ、ジーク!!」

 

アストルフォはジークの姿を見つけ、声をかける。

 

「アストルフォ!?」

 

アストルフォの姿を見て、意外そうな声を上げるジーク。

 

「まさか、君が此処に居るなんて‥‥」

 

「驚いた?ボクはこの艦の航海長に抜擢されたんだ!!」

 

「アストルフォが航海長!?」

 

「うん!!」

 

アストルフォが銀河の航海長を務めていることに更に驚くジーク。

その後、他のクルーたちもジークに自己紹介をする。

 

「砲雷長を務めているカウレス・フォルヴェッジです」

 

「オペレーターのフィオレ・フォルヴェッジです」

 

「えっと‥‥お二人とも同じ苗字ですけど‥‥?」

 

「カウレスと私は双子の姉弟なんです」

 

「我が名はロード・エルメロイ。この機関長を務めている」

 

「ジーク・ブレストーン・ユグドミレニアです。よろしくお願いします」

 

ブリッジ要員と挨拶を済ませた後、宇宙軍司令部より通信が入った。

 

『諸君、無事かね?』

 

「総司令!」

 

空間ウィンドウが開き、そこに映し出されるコウイチロウの姿。

 

『連絡出来ずに済まなかったな、艦長。こちらも統合軍と折り合いをつけるのに手間取ってね。銀河の発進準備はよろしいかね?』

 

「はい」

 

『では、すぐに火星に向かってくれたまえ。火星の後継者と統合軍艦隊が交戦中だ』

 

「しかし、我々は命令違反により、現在任務を解かれていますが‥‥?」

 

ジークがコウイチロウに尋ねる。

 

『それはナデシコBの話だ。今、君たちが乗っているのは銀河だよ』

 

さも可笑しそうに言うコウイチロウ。

 

『統合軍も火星の後継者に苦戦している。それに銀河は今訓練航海中だ。たまたま訓練中に統合軍と火星の後継者との戦に巻き込まれただけだろう?万が一の時は私が責任を持つ』

 

「総司令‥‥」

 

『コハク君、新艦長をしっかりサポートしてくれ』

 

「了解しました」

 

『では、諸君健闘を祈っておるよ』

 

 

「ではユグドミレニア艦長、指揮をお願いします」

 

「えっ!?でも銀河の艦長はホシノ中佐じゃあ‥‥?」

 

「今から艦長交代です。それに火星の後継者鎮圧はユグドミレニア艦長が宇宙軍司令部より託された命令です。その命令が撤回されない限り、例え艦が移っても艦長職を全うしてください。銀河の乗員も了承済みですから」

 

「わかりました」

 

ジークはフィオレに頼んで艦内放送を入れてもらった。

 

『皆さん、先程ホシノ中佐より艦長職を引き継いだジーク・ブレストーン・ユグドミレニアです。銀河乗員の皆さんには納得がいかないかもしれませんが、ナデシコ艦長、ホシノ少佐の救助と火星の後継者を鎮圧するため、皆さんの力を貸して下さい』

 

『こちら機関室、発進準備完了!』

 

『射撃管制室いつでも撃てます』

 

『CIC要員配置完了』

 

各部署から発進準備、隊員の配置が終了した報告が届く。

 

「艦長、総員配置完了、銀河発進準備完了しました」

 

「‥‥戦艦銀河はこれより火星へ向かいます!」

 

「了解。銀河、連続ワープは機関に大きな負担をかける、今回はターミナルコロニーを使って火星圏へボソンジャンプするよ」

 

『了解』

 

「では、皆さん配置について下さい。エステバリス隊の準備はいいですか?」

 

『いよいよ決戦だな!こっちは準備OKだぜ!』

 

『まずは、ルリルリを連れ戻さなきゃね』

 

『今度ばかりは”マジ・イズミ”です』

 

「ウリバタケさん、搬入の方は終わりましたか?」

 

『おう、バッチリよ』

 

「では、各員配置についてください。火星へ向った統合軍を追いかけます」

 

「ルート確認します‥‥ルート確定!ターミナルコロニー『タケル』より『カグヤマ』、『サヨリ』を通って『ウズメ』へ!」

 

「ヒサゴプランのシステムは?」

 

「正常に機能しています。どうやら、統合軍がシステムを奪回したようですね」

 

ターミナルコロニー『タケル』へと入っていく銀河。

 

「通信回線閉鎖、生活ブロック準備完了」

 

「フィールド出力異常なし、波動エンジン異常なし」

 

「レベル上昇中」

 

「じゃんぷ」

 

銀河はボソンジャンプを行い火星へと向かった。

 

 

 

・・・・続く


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