機動戦艦ナデシコ コハクのモノガタリ 作:ただの名のないジャンプファン
ネルガルが幾ら払って弁償したか分からないが、関係者各位にかなりの迷惑をかけてナデシコは連合軍の防衛網を突破し、挙句の果てにバリア衛星まで破壊して地球を抜け出すと、補給予定の隕石コロニー サツキミドリ2号へと向っていた。
そのナデシコの医務室では‥‥
~ナデシコ 医務室~
ピィーと言う心電図を表示する医療機器の音が医務室の中で虚しく木霊する。
それは、1人の人間の死を知らせる音でもあった。
医務官が死亡時間を確認し、近くに居る看護師がカルテに死亡時間を記載する。
「‥‥」
医師と看護師のやりとりをアキトは呆然としながら見ていた。
やがて、医務官と看護師達が医務室から去って行くと、その場にはアキトと寝台の上で眠る様に死んでいるヤマダ・ジロウこと、ダイゴウジ・ガイの遺体のみが残された。
そしてアキトはガイが横たわる寝台に近づき彼に声をかける。
しかし、幾らアキトが声をかけても彼は起きる事はないし、目を覚ます事もない。
彼はもう、アキトに語り掛ける事もない。
それでも、アキトには何もしないと言う選択肢はなかった。
もしかしたら奇跡が起きるかもしれない。
アキトはこの時、そう思っていたのかもしれない。
いや、そう思っていた。
「ガイ、ガイ!!何か言えよ!!何か言ってくれよ!!ガーイ!!」
アキトの絶叫が医務室に痛々しく木霊した。
だが、奇跡なんてそう簡単に起きる訳でもなく、ヤマダ・ジロウこと、ダイゴウジ・ガイはナデシコで初の死亡者となった。
検死の結果、ガイの死因は銃弾による胸部損傷。
つまり彼は何者かの手によって銃で射殺されたのだ。
この時点で誰が彼を撃ったのかは不明だったが、資材倉庫に閉じ込めていたムネタケ達連合軍の兵士達の仕業と言うのが濃厚だった。
彼らはナデシコが防衛ラインの突破を図っている最中、ナデシコがビッグバリアを突き破った後、救命艇でナデシコを脱出。
ビッグバリアの機能が停止している間に地球へと悠々と帰還したのだろう。
ガイが倒れていたのはその救命艇が置いてあった傍であり、彼が死んだのは発見が遅れてしまった為である。
エステバリスの整備が終わり、格納庫に整備員がいない時に犯行は行われ、目撃者はおらず、たまたま格納庫に忘れ物を取りに来た整備員の1人が倒れているガイを発見するのと同時に救命艇がなくなっているのを発見した。
そして調査をした結果、資材倉庫に閉じ込めていた筈のムネタケを始めとする連合軍の兵士達の姿が無かったのもこの時に判明した。
この件はプロスペクターを通じてネルガル本社に伝えられ、ネルガルは連合軍の防衛網を強引に突破したと言う負い目がありつつもクルーが殺されたと言う事で連合軍側に対して抗議した。
それからすぐに、犯人と名乗る1人の兵士が軍事裁判所に出頭したのだった。
とは言え、緒戦の木星蜥蜴と連合軍の妨害戦を通じての死者は1名のみ‥‥。
しかも戦闘での死亡ではない事からナデシコが戦艦であることを考えると随分平和的な数なのかもしれない。
そのせいなのか初の死亡者が出たにも関わらず、ナデシコのクルーは皆落ち着いている様子だった。
そもそもこうした状況はナデシコのクルー同士の交流期間が短かった為で、別に彼がナデシコの皆から嫌われていた訳ではない。
現にアキトは彼の死に悲しんでいる。
だが、幾ら悲しんでもアニメ・漫画とは違い死んだ人間は生き返らない。
そして火星に行けば、これまでの戦闘よりも激しい戦闘が予測される。
もしかしたら、その戦闘でナデシコのクルーが大勢死ぬかもしれない。
明日は我が身かもしれない。
ナデシコのクルーにはそう言った割り切りがあったのかもしれない。
それでも彼と親しかったアキトには精神的負担と悲しみは大きく残った。
でも、とある人が言った。
人が本当に死ぬ時‥‥
それは誰からも忘れ去られた時だと‥‥
例え、1人でもいい‥‥
ヤマダ・ジロウ‥ダイゴウジ・ガイと言う男が確かにこのナデシコに乗っていたのだと言う事を忘れなければ、彼は本当の意味で死ぬことは無く、永遠に生き続けるのだろう。
その証拠にアキトは地球に送り返される筈だった彼の私物に関してプロスペクターを通じて遺族と連絡をとり、その殆どを引き取った。
ただ単に彼のゲキガンガーのコレクションが素晴らしかったのもあるが、これはあくまでもダイゴウジ・ガイがナデシコに乗っていた証になるからだ。
アキトが完全にガイの死を乗り越えている、いないに関係なしにナデシコはサツキミドリ2号に向かっていた。
~ナデシコ ブリッジ~
「ルリさん、食堂に行こう」
順調に宇宙を航行中のある日、コハクはルリを食堂へと誘った。
数日の間、コハクはルリの食生活を見ていたのだが、彼女が食べるものといえば、艦内に設置されている自動販売機で売っているジャンクフードかサプリメントだけ‥‥。
そこでコハクはオモイカネと相談し合い、コハクが作戦を立案し、物証データをオモイカネがかき集め、本日その計画を実行に移した。
「今日のお昼御飯はもう用意していますので必要ありません」
と言って取り出したのはやはり艦内の自動販売機で売っている固形状の健康食品、カ〇リーメ〇ト。
しかし、ルリのこの対応はコハクとオモイカネにとって計算の内だ。
「ルリさん、そんな物ばかり食べていちゃダメだよ」
「しかし、栄養学的上計算されて作られているので、これだけで基本的栄養素をまとめて摂取できるようになっています」
「確かにそうかもしれないけど、成長期なんだし将来の為にも、もう少し栄養を取ってもいいと思うけど‥‥?」
「‥‥」
コハクはそう言うと目線をミナトの身体のある一部に向ける。
すると、ルリもコハクに釣られてミナトを見る。
続いて2人は反対側のメグミに目を向ける。
「「‥‥」」
そして止めと言わんばかりにオモイカネが空間ウィンドウを開く。
其処には以下の様なメッセージが書かれていた。
《ああなる》
ミナトとメグミの2人に聞かれないようにオモイカネがコハクのセリフを代弁するかのように空間ウィンドウを表示する。
「行きます」
ミナトとメグミの身体の一部の比較とオモイカネのメッセージを見たルリは即答し、コハクと共に2人で食堂へと向かう。
コハクは振り向きざまにオモイカネに向かって「ミッションコンプリート」と言って、ブイサインをしてブリッジを後にした。
オモイカネは《OK》 《グッジョブ!》 《大変よく出来ました》の空間ウィンドウを開いて喜んでいるようにも思えた。
コハクの視線に気づき、かねてからルリの食生活を心配し何とかしたいと思っていたミナトは必死に笑いを堪え、反対に当て馬にされたメグミの方は何のことかわからずにキョトンとしていた。
~ナデシコ 食堂~
「おや?ルリ坊にハク坊?いらっしゃい、今日はなんにするね?」
食堂にやって来たルリとコハクに気づいたホウメイが注文を尋ねる。
「チキンライスをお願いします」
「僕は野菜ラーメン!」
「あいよ」
大勢の乗組員がいるナデシコの食事を預かるのはホウメイとホウメイガールズと呼ばれる5人の調理補助兼ウェイトレス達とテンカワ・アキトの食堂スタッフ達。
自動化が進んでいるとはいえ、大勢のクルーの食事をたった1人の専任コックが賄う事は大変な事ではあるが、実際のところ、ホウメイの仕事は普通の食堂の営業時間とたいして変わらない。
深夜の夜食に関しては、事前に注文を受けた上での弁当とホウメイガールズが持ち回りで軽食のサービスを提供して運営を行っている。
その他はルリがよく利用している自動販売機で売っているインスタント食品やジャンクフード、携帯式の健康食品等である。
「お待ちどうさま。チキンライスと野菜ラーメンです」
注文の品を持ってきたアキト。
「「ありがとうございます」」
礼を言って注文の品を受け取る少女達。
「そう言えばアキトさん」
注文したラーメンを前にコハクはアキトに声をかける。
「ん?なに?」
「ゴートさんから聞いたのですが、パイロットの補充までコックの他にエステバリスのパイロットも兼任されると聞いたのですが本当ですか?」
これから行くコロニーでパイロット3人とエステバリスの0G戦フレームを受け取ることになっている予定だが、その間に万が一敵の攻撃を受ける可能性があるということで、これまでのエステバリスの操縦と第三防衛ラインでの経験を買われアキトはコックの他にエステバリスの臨時パイロットも兼任していた。
「ああ、本当だよ‥‥今はその‥‥ガイも居なくなっちまったし‥‥」
コハクの質問の内容を肯定するアキト。
「大丈夫ですか?」
ガイの死を引きづっている感じで何だが空元気な様子のアキトに対してコハクが心配そうに声をかける。
「へ、平気だよ。それにコハクちゃんが言ってたじゃないか。『重要なのは恐怖に飲み込まれないことだ』って‥‥俺はもう平気だからさ」
「‥‥確かに言いましたがアキトさん何だか元気が無さそうですよ。やっぱりヤマダさんの事を‥‥」
「‥‥‥」
「それに、2、3回程度のエステバリスの戦闘経験では、本格的な戦闘については行けず撃墜されてしまうのがオチですよ」
「じゃあ、どうすれば‥‥?」
「食堂の仕事の合間を縫ってシミュレーターで訓練をしてはいかがでしょうか?」
「シミュレーター?」
「はい。オモイカネが操作する自動制御の対戦相手設定も出来ますし、火星に近づけば戦闘はどうしても避けられないでしょうから、今の内にシミュレーションですが、エステバリスの操縦と戦闘に慣れておく必要があるでしょうから」
「特にテンカワさんには少しヤマダさんと同じく熱血っぽい所がありますからね。ただ考えもなしに突撃するだけでは危ないですよ」
ルリもコハクの指摘には共感するところがあるようだ。
連合軍の兵士達にナデシコが一時占拠された時にゲキガンガーのアニメを見て、行動を起こしたアキトに熱血成分が皆無とは言えない。
「‥‥アキトさん‥午後、休み取れますか?」
「えっ?ああ、1時から6時まで休みだけど‥‥なんで?」
「それじゃあ、僕とちょっと付き合ってください」
「えっ?」
「僕が相手になります。アキトさんの」
「ええー!!」
コハクの提案に声をあげるアキト。
「付き合うってコハクちゃん。エステの操縦や戦闘できるの?」
「ゴートさんに少しだけ教わりました。でも、少なくとも今のアキトさんより強い自信はあります」
「わ、わかった」
こうして午後の休みはコハクと共にシミュレーターに付き合うことになったアキト。
~ナデシコ シュミレータールーム~
「――――と言う訳で、アキトさんはこれから僕とシミュレーターで対戦してもらいます」
シミュレータールームにはアキトと居た。
尚、アキトを誘った時、その場に居たルリはギャラリーとして同行して成り行きを見守っている。
「ほ、本当にやるのかい?コハクちゃん」
アキトはいくら自分がエステバリスでの戦闘経験が少なすぎると言っても第三防衛ラインで戦った自分と自分よりも年下のコハクがシミュレーションとは言え、本当にエステバリスの戦闘が出来るのか懐疑的だった。
「ん?怖いの?僕に負けるのが?」
アキトの体がピクッと反応する。
「い、いや、そう言う訳じゃないけど‥‥」
「そう?それじゃあ、アキトさんは初めてのシミュレーション戦闘だからハンデあげようか?」
小悪魔的な笑みを浮かべてアキトを更に挑発するコハク。
「むっ!?そこまでしなくても大丈夫だ!!」
やはり自分よりも年下の女の子にそう言われると年上の男としてのプライドがあるのだろう。
「そう、わかった。でも、初めてシミュレーション戦闘だからまず、どんなものなのかを知って貰う為に重力負荷と衝撃振動はカットさせてもらうね」
シミュレーター制御のコンピューターを弄り設定を変更するコハク。
「アキトさんの使用する機体は今度搬入される新型の0G戦フレームを使ってください」
「わ、分かった」
「私は空戦フレームで十分~♪」
「‥‥‥‥随分と馬鹿にしてくれるな」
設定が終了したシミュレーターに乗り込み、不正が無いか互いに機体のスタータスの確認をする。
この時点でステージと機体は既に変更不可となっている。
「さてと‥それじゃあ、始めるよ。準備はいい?」
「ああ、いつでもOKだ」
「じゃあ、始めるよ」
『Ready‥Go!!』
戦闘開始の合図が発せられ、小悪魔VSコック見習いの戦いが始まった。
そして‥‥
シミュレータールームには魂が抜け落ち、真っ白になったコック見習いがいた。
口からはエクトプラズムの様なモノが出ているように見える。
表示された空間ウィドウには、
『テンカワ機:損傷率87%。パイロットは重症。自力による脱出可能率はほぼゼロ』
『コハク機:被弾なし』
アキトは戦闘開始から僅か45秒でノックアウトされた。
「アキトさん、どうでした?」
コハクはアキトに初めてのシミュレーション戦闘についての感想を尋ねる。
「あ、ああ‥‥何というか‥‥想像以上に凄いとしか言えなかった‥‥」
アキトは半ば放心状態で返答する。
「さて、アキトさん」
「あっ、はい」
「まずは今回の戦いによってアキトさんの癖などを検討した結果、その反省点と改善点を説明します‥‥」
「は、はい」
コハクは空間ウィンドウを出してアキトに説明する。
「まだ初回なので仕方ないですが全般的に精度が甘いです。近距離を中心に接近戦を好むようですが、今後もそのスタイルを維持、向上させたいのなら、柔術・合気道・空手のような技の習得をお勧めします。後、中距離における射撃と体力不足、そして常に冷静でいられるように平常心を身につける訓練が必要ですね」
「体力や平常心はわかるけど、空手とかは何で?」
アキトが疑問を口にする。
この疑問にはルリがオモイカネを使って丁寧に説明してくれた。
IFSは使用者が手足を動かす感覚(イメージ)で機体を制御する。そのため、パイロットの運動能力が機体の能力に与える影響は大きいからだ。
「なるほどね」
ルリの補足説明を聞いて理解したアキト。
「それに、お姫様を守る王子様なら、強くなっても損はありませんよ」
からかい半分の笑みを浮かべながら、コハクはアキトにオマケの忠告をしておく。
「い、いや俺は別に…のことなんて‥‥」
肝心の部分が聞こえはしなかったが、コハクはアキトが誰を守ろうとしているのかは何となく分かった。
と言うか普段からあれだけアプローチをされているのだから嫌でも分かる。
「照れない、照れない。では、次からは重力負荷と衝撃振動を入れての訓練になります」
「ああ、分かった」
その後、アキトとコハクは時間の許す限り、シミュレーションによるエステバリスの模擬戦を何度も行った。
だが、結果はアキトの全戦全敗だった。
それでも最後の方はエステバリスの操縦はそれなりに出来るようになった。
(アキトさん、覚えも良いしエステの操縦テクニックに関して才能が有るかも‥‥このまま訓練を続ければ、エースの領域へ行けるんじゃないかな?)
今は、素人に毛が生えた程度の実力しかないアキトであるが、それでも彼にはエステバリスのパイロットとしての才能が有る事をコハクは薄々感じた。
「それじゃあ、失礼します。あっ、もし、今後も訓練が必要な時は言ってください。相手になりますから」
「ああ、ありがとう。コハクちゃん」
「テンカワさん。頑張ってくださいね」
「うん。ルリちゃんもありがとう」
アキトに一声かけてルリとコハクはシミュレータールームを後にした。
~ナデシコ 大浴場~
「随分と親切なんですね?」
シミュレータールームからの帰り、大浴場の前を通ると一緒にお風呂に入ろうという話になり、ルリがコハクの背中を洗っている時に切り出してきた。
「ん?そう?」
コハクは今後のためと思いアキトの戦闘スタイルと性格矯正のための最適手段をとったに過ぎないとそう思っている。
「そうですよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
「‥‥そう‥なのかな‥‥?」
しかし、ルリにしてみれば、親友‥妹とも思い始めてきたコハクの一面に困惑を隠せない。
なんだかコハクがアキトに取られてしまうような‥‥嫉妬の様な‥‥ヤキモチの様な感情がルリの中で沸々と沸き上がり始めた。
それも本人の自覚なしに‥‥
「でもこの先、パイロットを続けるのであれば、アキトさんには色々と頑張って貰わないと大変そうだもの‥火星に近づけば近づくほど、木星蜥蜴の攻撃は激しくなる。その時、平常心と生き残る術を身に着けて貰わないと、アキトさんもナデシコの皆も死んでしまう可能性もあるからね」
「ふふ、そうですね」
その言葉に今度は笑みを浮かべる。
互いに背中や頭を洗ったルリとコハクは、たっぷりと肩まで湯に浸かり十分に温まった。
「そろそろ出ましょう」
「うん」
ルリが声をかけて、2人は湯船から上がる。
脱衣所でコハクは牛乳、ルリがフルーツ牛乳で入浴を締めて2人は大浴場を後にした。
その後、ルリとコハクは夕食を食堂で食べ、後は眠るだけだと言うのにコハクの表情は何故か優れなかった。
ブリッジではルリ同様冷静なコハクにも苦手なことがあった。
本人曰く『ナデシコで眠るのが怖い』だそうだ。
ナデシコに乗艦してから夜に眠るとコハクは悪夢に魘されることがある。
その夢は決まって同じ様な悪夢だ。
燃え盛る戦艦の場所らしきブリッジ‥‥
血まみれの白い服の少女‥‥
辺りを包むのは絶望と深い悲しみ‥‥
大切な人を守れなかった自分に対する怒り‥‥
そんな夢をコハクはナデシコに乗ってから何度も見るようになった。
そしてそれは今夜もそうだった‥‥
~ナデシコ ルリ・コハクの共同部屋~
静まり返る室内に突然、呻き声が混じる。
「‥うっ‥‥っ‥くっ‥うぅぅ~‥‥」
眠りは深かったルリだが、この声に目を覚ます。
(ん?またですか?)
隣のベッドで眠るコハクの寝顔は何か耐え切れない悲しい夢を見ているのか目元に涙を浮かべている。
余程の悪夢なのか手でシーツや毛布を酷くかき乱している。
それでもコハクは目を覚ます気配はない。
最初は夢で魘され、涙を流していたコハクにどう対処すればいいのか戸惑っていたルリだが、今ではその対処法もちゃんと熟知している。
「よしよし」
慣れた様子でルリは自分のベッドからコハクが眠るベッドへと移り、身体を寄せコハクを軽く抱きしめ、毛布の上から胸の辺りをポンポンと優しく叩いたり、頭を撫でてやる。
その様子はまるで母親が夜鳴きをした赤ちゃんを泣き止ませる時と同じ様な仕草だが、コハクにはこの方法が思いのほかよく利く。
そしてルリの温もりを確かめるかのようにコハクがルリの身体をギュッと抱きしめ返し、ルリの足に自分の足を絡めてくるとようやく穏やかな表情になる。
「フフ‥甘えん坊さんですね‥‥」
コハクの誰も知らない一面を見て、それを独占している満足感と優越感が彼女にはあった。
「‥ル…リ‥‥」
「大丈夫。私はどこにも行きません。ずっと一緒ですよ‥コハク‥‥」
微笑を浮かべ、そのままコハクを抱いてそしてコハクに抱かれて眠るルリ。
翌朝‥‥
「‥‥‥またか」
大抵、ルリよりも先に起きるコハクはルリの身体をがっちりと掴んでいた事に気づく。
眼前にはルリの寝顔がある。
いい加減、慣れてきているし諦めているが、『情けない』の一言である。
しかし、ルリはこのことを他の誰にも言うことはしないし、迷惑している様子もない。
むしろ喜んでいるのが唯一の救いであった。
だが、コハクとしては無意識に変な寝言を言っていないか気が気でなかった。
モニターでチェックを入れた後、映像を消去したいところだが、どうやらその映像をルリが保存している様だ。
自分以上にルリにベッタリのオモイカネが自分の頼みを聞いてその映像を消去してくれる可能は非常に低い。
それ以前になぜ自分はこうも同じ様な悪夢に魘されるのだろうかと考えるコハクであった。
(そういえばあの夢に出てくる女の人、なんとなくルリさんに似ていたな‥‥)
夢に出て来たあのルリにそっくりな女の人‥‥
彼女はあの時、研究所に居た時やルリと始め出会った時もその姿がコハクの脳裏を過ぎった。
しかし、夢に出て来たルリにそっくりな女の人と自分は面識がない。
それにも関わらず、どうしてあの人は自分の夢の中に出てくるのだろうか?
コハクの悩みと悪夢はこれから先もまだまだ続きそうだった。
~ナデシコ 食堂~
昼休み、今ではルリも普通にナデシコの食堂で食事をするようになり、この日も普段通りお昼ご飯を食堂で食べているとユリカが来てルリに声をかけてきた。
「ねぇ、ルリちゃん」
「なんでしょう?」
「アキトが何処に居るか知らない?」
仕事の無いときは常にアキトのことしか頭にないのでは?と聞きたくなるくらいアキト一筋のユリカ。
「テンカワさんならコハクと一緒に汗を流しています」
「えっ!?」
ルリの言い放ったこの一言にユリカは石のように固まった。
「い、一緒に汗を‥流している?‥‥それって‥‥それって‥‥」
ユリカの顔が茹でた蟹の様にみるみる内に赤く染まっていく。
「だ、ダメよ!アキト!!コハクちゃんの同意の上でもコハクちゃんはまだ10歳よ!!10歳!!アキト!!それは犯罪よ!!」
「艦長、一体何を想像しているんですか?」
妄言を吐いているユリカにルリが首を傾げながらその真意を聞く。
「えっ?あははは‥な、なんでもないよ」
ルリの質問に笑ってごまかすユリカ。
「艦長が何を想像したかわかりませんが、コハクとテンカワさんは今、トレーニングルームにいます」
「えっ!?そうなの!?」
「はい。コハクは今日、テンカワさんの体力作りに付き合っています」
「胴着姿で男らしく戦っているアキト‥‥フフフ‥‥」
アキトの胴着姿を想像して再び妄想の世界に入るユリカ。
「‥‥バカ」
ルリはやれやれと言った様子で呆れながら一言そう呟いた。
~ナデシコ トレーニングルーム~
ドタン バタン ドガッ
人が投げられ床に敷かれたマットに打ち付けられる音がトレーニングルームに響く。
此処、ナデシコのトレーニングルームではコハクとアキトが胴着姿で稽古をしていたが、一方的にアキトがコハクに投げられていた。
「くっ、くそっ」
アキトがコハクに掴みかかるが、あっさりと躱され、そのままコハクに掴もうと伸ばした手をコハクに掴まれ、逆に投げられる。
「ハァ‥ハァ‥‥だ、ダメだ‥‥ぜんぜん‥掴めない」
息を切らしながらマットの上に大の字になって倒れるアキト。
「そんなことはないですよ」
「えっ?」
コハクは微笑みながら大の字で倒れているアキトの顔を覗き込みながら、アキトの言葉を否定する。
「アキトさんは気づいていないかもしれませんが、僕は切り返しのたび徐々にスピードを上げていたんですよ。少なくともアキトさんの目の動きと身体の動きは段々と早さに慣れてきたということです。それはつまり、アキトさんに体力がついてきている証拠ですよ」
「そうかな?」
「そうですよ。さて、もう一戦したら今日は終わりにしましょう」
「よしっ!」
アキトは一度両手で頬をパンッと叩き、気合を入れ直して立ち上がる。そしてアキトとコハクは互いに距離をとり、構える。
「たぁ!」
勢いよくアキトがコハクに掴みかかるが、コハクは手で払いのける。
アキトはコハクのカウンターに注意しながら攻撃の手を緩めない。
続いて足を絡めた攻撃と連動しコハクを攻め、彼女の見せたほんの僅かな隙を見逃さず、コハクをそのまま押し倒した。
「ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥や、やった‥‥」
手加減しているとは言え、一度でも自分を倒したアキトに対してコハクは彼を称賛した。
「お見事ですアキトさん」
「ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥いや、こっちはもうガタガタだ‥ハァ‥ハァ‥ハァ‥それにコハクちゃん、ぜんぜん息を切らしていないじゃないか‥ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥コハクちゃん、手加減していたんだろう?」
「レベルにあった力加減でないと、アキトさんの体力が持ちませんからね。それにアキトさんにケガをさせたら艦長に怒られてしまいますから」
「ハァ‥ハァ‥‥でも、いつかは‥‥全力を出したコハクちゃんに勝って‥ハァ‥ハァ‥ハァ‥みせるよ‥‥」
「はい、その日を楽しみに待っています♪」
息を切らしながらもニッと笑みを浮かべるアキト。
そして、そんなアキトに対して微笑むコハク。
何だかいい雰囲気な2人。
そこに、
「アーキートー!!」
食堂でアキトの居所を聞いたユリカが来た。
そして、トレーニングルームの扉を開けてユリカがトレーニングルームで見たその光景は‥‥
互いに胴着姿でコハクを押し倒し、コハクを見つめているアキトの姿だった。
それも今にも互いにキスをしそうな至近距離で‥‥
「えっ‥‥あ‥あ‥‥あ‥‥」
「ユ、ユリカ?」
「あれ?艦長?」
ギリギリと油が切れ掛かったカラクリ人形のように自分の名前を呼んだ方へと首を動かすアキト。
反対にコハクは突然のユリカの登場にキョトンとする。
2人の視線の先には顔を真っ赤にしたユリカがいた。
「ふ、ふ、2人とも離れなさーい!!」
ユリカの叫び声がトレーニングルームに響いた。
即座にコハクから離れるアキト。
その後、コハクは迎えに来たルリに引き取られたが、
「いい、アキト!!コハクちゃんはまだ10歳なのよ!!10歳!!それなのに手を出すなんて犯罪なのよ!!犯罪!!私はアキトがそんな犯罪を起こす様な人とは思ってはいないけど‥‥でも、一時の間違いって誰にでもあるし、アキトだって年頃の男の子だし、女の子には興味があると思うけど‥‥」
「だ、だからな、ユリカ、之には訳が‥‥」
「訳!?訳ってどういう訳があるのよ!?アキトのロリコン!!」
アキトはその場でユリカに散々小言を言われた。
そして暫くした後、ナデシコでアキトがコハクに手を出したという噂が流れた。
どうもあの時、食堂でユリカが妄想し、大声で出していたのを同じく食堂にいた他の乗員がそれを聞き、噂が噂を呼び、更に尾ヒレがついて、ナデシコ艦内を駆け巡ったのだ。
『アキトがコハクに手を出した』、『コハクとアキトの2人は実は兄妹で禁断の恋に走っている』等の噂が流れ、そしてその噂を聞いたユリカは暴走し、噂の真相をたしかめるべくある日、ルリと共に食堂にいたコハクを捕まえ言った。
「コハクちゃん、今日の夜、私と付き合って!!」
「えっ!?」
ユリカの言葉の意味は分からずドキッとするコハク。
するとルリがムッとした表情をしてユリカに言い放った。
「ダメです!コハクは私のモノです。夜はいつも私が相手をしているんですから」
などと、更に事態を混乱させる発言をして、『実はコハクは男なんじゃないか』とか『コハクは同性愛好者』などという噂が流れたが、ナデシコがサツキミドリ2号に着く前にその噂はプロスペクターの影の努力により沈静化されたが、噂の的になったコハクはちょっとショックを受けて暫く部屋に引き篭もっていたと言う。
・・・・続く